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護衛対象は、お嬢様でした。  作者: 愚兎
護衛対象は、お嬢様でした。
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自室に戻った俺は、姿見の前でネクタイを緩め、制服を脱ぐ。

ベッドへ腰を下ろすと、ポケットから一枚の名刺を取り出した。

――青嶌源吾。

指先でその名をなぞる。

(明日から、本当に俺が護衛なんて……。)

期待よりも、不安の方が大きかった。

窓の外では街の灯りが静かに揺れている。

俺はまだ知らない。

その頃――。

俺とはまったく別の場所で、新たな歯車が静かに動き始めていたことを。



◇ ◇ ◇

人気のない倉庫。

薄暗い空間には、男たちの荒い息遣いだけが響いていた。

「お、お願いします……!」

「もう一度だけチャンスを……!」

床へ這いつくばる三人の男。

昨日、神白伊吹の誘拐に失敗した連中だった。

コツ……コツ……。

静かなヒールの音が倉庫へ響く。

姿を現したのは、一人の女だった。

薄桃色のショートヘアはゆるくパーマがかかり、無造作に跳ねている。

華やかな髪色とは裏腹に、切れ長の瞳には一切の温もりがない。

鋭く吊り上がった目元は、人を一瞥するだけで背筋を凍らせるほどの威圧感を放っていた。

ワインレッドのタイトスカートスーツに身を包み真紅の口紅を引いている。

その美貌には、一片の笑みもない。

「……このグズどもが。」

次の瞬間。

バキッ――。

容赦なく振り抜かれたハイヒールが、スキンヘッドの男の顔面を蹴り飛ばした。

男は悲鳴を上げる間もなく床へ転がる。

残る二人は腰を抜かし、その場から動けなかった。

ロゼは冷え切った視線を向ける。

「あんたらみたいなグズに、いくら金を掛けたと思ってる。」

その目は、人間ではなく壊れた道具を見るようだった。


その時倉庫の奥。

光の届かない闇の中から、一人の男がゆっくりと姿を現した。

「だから言ったじゃなぁい。」

「素人なんかに任せちゃダメだってぇ。」

間延びしたオカマ口調。

男は異様な風貌をしていた。

左右を大胆に刈り上げたモヒカン。

髪は七色に染め上げられ、薄暗い倉庫だというのにサングラスを掛けている。

耳と鼻にはピアス。

さらに口元の右側には三つ並んだピアスが鈍く光っていた。

黒いスーツに身を包みながらも、その姿は誰よりも異質だった。

男はサングラス越しに三人を見下ろし、ニヤリと口角を吊り上げる。

「あらぁ?」

「そんなに震えちゃってぇ。」

「まだアタシ、何もしてないわよぉ?」

「ねぇ、ロゼちゃん。」

男はゆっくりとしゃがみ込み、金髪の男の頬を指先で優しく撫でた。

「安心してぇ。」

「アタシ、とぉ~っても優しいから。」

表情がわずかに緩んだ――その瞬間。

男は金髪の髪を乱暴に掴み、床へ叩きつける。

ゴンッ――。

鈍い音が倉庫中に響いた。

「誰が許すって言ったのかしら?」

笑顔はそのまま。

声色も変わらない。

そのギャップが、かえって底知れない恐怖を生み出していた。

ロゼは腕を組んだまま、小さくため息をつく。

「相変わらず趣味が悪いわね。百鬼 虹士郎こうしろう

百鬼は肩をすくめて笑う。

「だってぇ、尋問担当ですもの。」

「ちゃんとお仕事しなくちゃ。」

決して、それだけではない。

百鬼の歪みきった性質そのものが、容赦ない暴力を生み出していた。

ロゼは冷たい視線を百鬼へ向ける。

「……ただ、今回は私の仕事だったはずよ。」

「勝手に手を出さないでちょうだい。」

独断で動いた百鬼を咎めるように言い放つ。

百鬼は肩をすくめ、大げさに両手を広げた。

「あらやだぁ、ロゼちゃん怖いわぁ。」

「分かった、分かった。」

「今日は大人しくしてるから安心してぇ。」

そう言うと、壁にもたれ掛かり、面白そうに成り行きを眺め始める。

ロゼは床に倒れ込む二人の男へ視線を移した。


ロゼは三人を冷めた目で見下ろすと、小さくため息をついた。

「……興が冷めたわ。」

「今回は見逃してあげる。」

「二度と私の前に顔を見せないことね。」

それだけ言い残すと、ヒールを鳴らしながら倉庫を後にした。

扉が閉まり、倉庫に静寂が訪れる。

残されたのは、百鬼と三人の男だけだった。

床には気絶した二人。

そして、その隣で震えながら座り込む長髪の男だけが、かろうじて意識を保っていた。

百鬼は閉まった扉を見つめ、肩をすくめる。

「本当にロゼちゃんは優しいこと。」

そう呟くと、スーツの内側から鈍く光る一対の鉤爪を取り出し、ゆっくりと両手へ装着する。

カチリ――。

乾いた音が倉庫に響いた。

長髪の男は恐怖で顔を引きつらせた。

「た、助けてくれるんじゃ……。」

百鬼はにっこりと微笑む。

「ロゼちゃんはね。」

「でも、アタシは汚れ仕事担当なの。」

一歩、また一歩と男へ近づく。

「それにぃ……。」

「君たち、アタシたちみたいな組織があることを知っちゃったじゃない。」

「それって、生かして帰せる理由が一つもないのよねぇ。」

男は後ずさる。

「ま、待ってくれ! 俺は誰にも――」

最後まで言わせなかった。

ズブリ。

鉤爪が男の肩へ深々と突き刺さる。

「ぎゃああああぁぁぁっ!!」

悲鳴が倉庫中に響き渡る。

百鬼はその悲鳴に恍惚とした笑みを浮かべた。

「大丈夫よぉ。」

「すぐには殺さないから。」

血の跡を床に残しながら、長髪の男を倉庫の奥へ引きずっていく。

暗闇へ消える直前、百鬼は気絶した二人へ一瞥だけ向けた。

「安心してぇ。」

「次はちゃんと迎えに来てあげるから。」

やがて長髪の男の悲鳴だけが、光の届かない倉庫の奥からいつまでも響き続けていた。

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