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ヂリリリリリリ!!
けたたましい目覚ましの音が部屋中に響き渡る。
カーテンの隙間から差し込む朝日が、閉じた瞼を容赦なく照らしていた。
「んぁ~……」
まだ眠りを求める身体を無理やり起こし、目をこする。
枕元で暴れ続ける目覚ましを止めると、小さく欠伸をひとつ。
制服に着替えながら部屋を出て、そのままリビングへ向かった。
「おはよう。」
キッチンでは、すでに出勤の支度を終えた母さんが朝食を作っていた。
「おはよう、朝陽。」
夜宵はフライパンを振りながら振り返り、柔らかく微笑む。
「夕奈、まだ寝てる?」
「あの子ならまだぐっすりよ。」
「了解。」
俺はそのまま夕奈の部屋へ向かった。
コンコン。
返事はない。
そっとドアを開けると、掛け布団を抱き枕のように抱え込み、幸せそうな顔で眠っている妹の姿があった。
「夕奈、朝だぞ。」
「ん~……。」
寝ぼけた声だけが返ってくる。
「ほら、学校遅れるぞ。」
頭を優しく撫でると、ようやく薄く目を開けた。
「……お兄ちゃん?」
「おはよう。」
「おはよぉ……。」
これが黒鉄家の毎朝のルーティンだ。
眠そうにふらつく夕奈の手を引き、リビングまで連れて行く。
椅子へ座らせると、ようやく朝食が始まる。
しばらくすると、母さんがバッグを肩に掛けた。
「じゃあ、お母さん仕事に行ってくるね。」
玄関へ向かいながら、毎日欠かさず同じ言葉を口にする。
「二人共今日も一日、元気に、明るく、楽しんで。気を付けて行ってくるのよ」
仕事に家事、それに子育て。
父さんが亡くなってから、母さんは一人で全部背負ってきた。
だからこそ思う。
(早くバイトを始めて、少しでも母さんを楽にしてあげたい。)
そんなことを考えながら朝食を食べ終え、家を出る時間になった。
「行ってきます。」
玄関を開けると、夕奈がリビングの方を向いて元気よく声を上げる。
「お父さん、行ってきます!」
父さんはもういない。
それでも夕奈は毎朝欠かさず、父さんへ挨拶をして家を出る。
それが夕奈なりの日課だった。
玄関の鍵を閉め、兄妹二人で歩き出す。
夕奈の通う小学校は駅へ向かう途中にあるため、毎朝途中まで一緒に登校している。
学校が見えてくると、校門の前で待っていた友達が夕奈に気付いて大きく手を振った。
「夕奈ー!」
「お兄ちゃん、行ってきます!」
「おう。気を付けてな。」
夕奈は満面の笑みを浮かべると、ランドセルを揺らしながら友達の元へ走っていった。
その後ろ姿を見送ると、自然と頬が緩む。
(今日も元気そうでよかった。)
朝から少しだけ幸せな気分になる。
それだけで、一日の始まりとしては十分だった。
通勤ラッシュの電車へ乗り込み、吊り革を握る。
流れる景色をぼんやり眺めていると、不意に昨日の出来事が頭をよぎった。
神白さん。
青嶌さん。
そして――黄瀬。
(昨日は……本当に色々ありすぎたな。)
電車に揺られながら、俺は静かに昨日を思い返していた。
校門をくぐる。
朝の校舎は今日は活気に満ちていた。
運動部の掛け声。
友達同士の笑い声。
そんな何気ない日常の音を聞きながら、教室の扉を開ける。
「おはよーー!」
教室に入るなり、元気いっぱいの声が飛んできた。
「黒鉄くん!」
青嶌羽唯が大きく手を振っている。
昨日見せた鋭い表情など微塵も感じさせない、明るい笑顔だった。
「おはよう。」
「テンション低っ!」
「高校二日目だよ? もっと元気出していこうよ!」
「朝はこんなもんだよ。」
「えー! もったいない!」
青嶌さんは両手を広げ、大げさに肩を落とす。
「朝って一番テンション上がる時間じゃん!」
「俺は一番眠い時間だけど。」
「人生損してるよ、それ!」
思わず苦笑する。
「おっ、笑った。」
振り返ると、黄瀬が教室へ入ってきた。
「おはよー。」
「おはよう。」
「黄瀬くんもおはよー!」
青嶌さんは勢いよく黄瀬のところまで駆け寄る。
「今日は新しい技覚えてきた?」
「いや、一晩じゃ無理でしょ。」
「えー、残念。」
「そんなゲームのレベルアップじゃないんだから。」
黄瀬が笑うと、青嶌さんは「君には素質がある!」と声を上げて笑った。
そのやり取りを見ていると、自然と肩の力が抜ける。
「おはようございます。」
柔らかな声が聞こえ、教室の入口へ目を向ける。
神白さんだった。
「伊吹ちゃん、おはよー!」
青嶌さんが真っ先に駆け寄る。
「今日も可愛いね!」
「えっ!?」
神白さんは一瞬驚き、照れたように頬を赤くする。
「朝から急に……。」
「思ったことはすぐ言うタイプなんだよね!」
「黒鉄くんもそう思うでしょ?」
「なんで俺に振るんだよ。」
「ほらほら!」
昨日とは違い高い位置でまとめられているクシュッとしたお団子ヘアーを見て
「……まあ、その、今日の髪型もすごく似合ってるとは思う。」
神白さんはさらに顔を赤くした。
「ありがとう……ございます。」
その様子を見て、青嶌は満足そうに笑う。
「うんうん! 朝から癒やされた!」
教室には、昨日までと変わらない穏やかな空気が流れていた。
そう思った、その時。
教室の外。
廊下の窓際から、こちらをじっと見つめる人影があった。
長い黒髪。
整った顔立ち。
小紫楓だった。
俺と目が合う。
しかし彼女は何も言わず、小さく会釈だけすると、そのまま静かに歩き去っていった。
(……何なんだ、あの人。)
やがて始業のチャイムが鳴り響く。
「お前ら、席につけー。」
担任が教室へ入ってくる。
俺たちはそれぞれ席へ戻り、新しい一日が始まった。
始業のチャイムが鳴り、一日が始まった。
数学。
現代文。
英語。
高校生活二日目。
休み時間になるたび、青嶌は教室中を動き回っていた。
「あっ、そのシャーペン可愛い!」
「ねぇねぇ、何中だったの?」
「え、それ知ってる! あたしも好き!」
誰とでも分け隔てなく話し、気付けばクラスの中心にいる。
(すごいな。)
昨日の護衛としての姿とは正反対だ。
「黒鉄くーん!」
その本人が、俺の机までやって来た。
「ん?」
「購買ってパン美味しいのかな?」
「知らない。」
「じゃあ一緒に行こ!」
「何でそうなる。」
「だって一人じゃつまんないじゃん!」
断る間もなく腕を引っ張られる。
「黄瀬くんも行こ!」
「お、いいねぇ。」
「伊吹ちゃんも!」
「え、わ、私もですか?」
「もちろん!」
結局、四人で購買へ向かうことになった。
廊下は昼休みの生徒たちで賑わっている。
「あっ!」
青嶌が急に立ち止まる。
「焼きそばパン!」
次の瞬間、一直線に走り出した。
「させるかーー!」
その勢いに周りの生徒も驚いて道を開ける。
数秒後。
「勝ったぁー!」
両手で焼きそばパンを掲げる青嶌。
「そんなに嬉しい?」
黄瀬が笑う。
「嬉しいよ!」
「焼きそばパンは戦争だからね!」
「そんなルール初めて聞いた。」
思わず笑ってしまう。
神白さんも口元を押さえ、小さく笑っていた。
「ふふっ……。」
「どうしたの?」
青嶌さんが首を傾げる。
「いえ……。漫画でよくこんな場面見てましたので」
神白さんは少し照れたように微笑む。
「この学校で本当に良かった…。」
その一言で、三人とも意味を理解した。
購買へ走ること。
パンを取り合うこと。
友達と笑いながら昼食を買うこと。
そんな何気ない時間さえ、神白さんにとっては初めての経験だったのだ。
「じゃあ今日は記念日だ!」
青嶌さんが焼きそばパンを掲げる。
「伊吹ちゃん、青春デビュー記念!」
「そ、そんな大げさな……。」
「大げさじゃないよ!」
黄瀬も笑う。
「俺も購買ダッシュ初めて見たし。」
「黒鉄くんは?」
「……俺も。」
「ほら!」
青嶌さんは満足そうに笑った。
四人で中庭のベンチへ座り、他愛もない話をしながら昼食を食べる。
漫画の話。
好きな食べ物。
子どもの頃の失敗談。
どれも取るに足らない話だった。
だけど、不思議と時間が過ぎるのが早かった。
(これが……。)
神白さんが憧れていた高校生活なんだな。
そんなことを思っているうちに午後の授業も終わり、放課後を迎える。
「じゃあ帰ろっか!」
青嶌さんが鞄を持ち上げた、その時だった。
「黒鉄くん。」
いつもより少しだけ静かな声。
振り返ると、青嶌さんが俺だけを見つめていた。
「少しだけお時間頂けますか?」
さっきまでの無邪気な笑顔は変わらない。
だけど、その瞳だけは真剣だった。
「……俺だけ?」
「はい。」
「十分程度で終わります。」
「分かった。」
「黄瀬くんと伊吹ちゃんは先に昇降口で待ってて!」
「りょーかい。」
「わ、分かりました。」
二人を見送ると、青嶌は話し出した。
「本日中に、父があなたへ接触します。」
「……え?」
思わず聞き返す。
「青嶌さんのお父さんが?」
「はい。」
その返事は淡々としていた。
「何で俺に?」
「理由につきましては、父から直接お話しいたします。」
「私の立場から先に申し上げるべきではありません。」
少し間を置いて、青嶌さんは続ける。
「ですが、一つだけ。」
真っ直ぐ俺を見る。
「これは伊吹様の今後にも関わる、大切なお話です。」
「可能であれば、お時間をいただきたいと思っています。」
昨日見た姿と同じだった。
本作をお読みいただき、誠にありがとうございます。
まだまだ読者の方も少なく、皆様がどのように感じられたか、そわそわとした気持ちでおります。
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