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期末テスト初日。
教室には、いつもより静かな空気が流れていた。
「……終わった。」
一時間目のテストが終わった瞬間、黄瀬が机に突っ伏す。
「まだ一時間目だよ。」
青嶌さんが笑う。
「俺の期末テストはもう終わった。」
「勝手に終わらせないで。」
朝からそんな調子だった。
それでも、勉強会の成果はあった。
俺も思っていたより問題を解くことができたし、神白さんや小紫さんも順調そうだった。
そして――。
数日後。
「終わったぁぁぁ!」
最後のチャイムが鳴った瞬間、黄瀬が両手を上げた。
「期末テスト終了!」
「お疲れ。」
俺が鞄を持ち上げる。
「よし!」
青嶌さんが笑う。
「今日は打ち上げね!」
「賛成!」
黄瀬が即答する。
「神白さんと小紫さんも行こうよ!」
「はい。」
神白さんが嬉しそうに頷く。
「ぜひ、ご一緒させてください。」
「私も楽しみです。」
小紫さんも微笑んだ。
そのまま五人で駅前のファミレスへ向かった。
テストの答え合わせをしたり。
黄瀬の珍回答を笑ったり。
青嶌さんがそれを面白がってさらに話を広げたり。
気付けば、勉強よりも笑っている時間の方が長かった。
「いやー、今日は最高だったな!」
店を出た黄瀬が大きく伸びをする。
「テスト終わったし、しばらく自由だ!」
「結果が返ってくるまではね。」
青嶌さんが笑う。
「……それは言わない約束だろ。」
「ふふっ。」
神白さんが笑う。
小紫さんも隣で楽しそうに微笑んでいる。
俺もつられて笑った。
帰る頃には、勉強で疲れたのか、笑い疲れたのか分からない。
ただ――。
今日は本当に楽しかった。
そんな何気ない一日だった。
少なくとも。
この時の俺は、そう思っていた。
ファミレスを出ると、夜の空気が少しだけ冷たく感じられた。
「いやー、食った食った!」
黄瀬が満足そうに腹をさする。
「黄瀬、最後まで食べてたもんね。」
青嶌さんが笑う。
「テスト終わったんだからいいだろ!」
「まあ、それはそうだけど。」
「ふふっ。」
神白さんも楽しそうに笑っている。
小紫さんも、その様子を見ながら微笑んでいた。
五人はそのまま、いつもの帰り道を歩いていく。
「それにしても、期末終わったの最高だな!」
黄瀬が大きく伸びをする。
「これでしばらく勉強しなくて済む!」
「結果が返ってくるまではね。」
青嶌さんが笑う。
「……それは今考えたくない。」
「現実逃避するなよ。」
「朝陽、お前まで言うか!」
そんなくだらないやり取りをしながら歩いていると、やがて神白さんの家が見えてきた。
大きな門と、綺麗に整えられた庭。
夜の照明に照らされた邸宅は、相変わらず別世界のように見える。
「もう着いちゃったね。」
青嶌さんが言う。
「はい。」
神白さんが少し名残惜しそうに笑った。
「今日は本当に楽しかったです。」
「私も。」
小紫さんが頷く。
「また皆さんとこうして過ごしたいです。」
「じゃあ、また学校で!」
青嶌さんが手を振る。
「はい。また明日。」
神白さんも手を振り返す。
「気をつけて帰ってくださいね。」
「神白さんもね。」
「ありがとうございます。」
神白さんは門の前で一度頭を下げ、それから屋敷へ入っていった。
俺たちはそのまま、駅へ向かって歩き出す。
しばらく四人で歩いていると、青嶌さんが足を止めた。
「じゃあ、私たちはここで。」
「え?」
黄瀬が首を傾げる。
「いつもより早くないか?」
「うん。でも、ここからちょっと寄るところがあるんだ。」
青嶌さんがさらりと答える。
「寄るところ?」
「そうそう。」
青嶌さんは笑って、小紫さんを見る。
「小紫さんも一緒だから。」
「はい。」
小紫さんも自然に頷いた。
「少し用事がありまして。」
「へぇ。」
黄瀬は少し不思議そうな顔をしたものの、それ以上は聞かなかった。
「じゃあ、二人ともまた明日な!」
「うん! また明日!」
青嶌さんが明るく手を振る。
「はい。また明日。」
小紫さんも微笑みながら頭を下げた。
「気をつけて帰れよ。」
俺が声を掛けると、
「黒鉄君たちも。」
小紫さんが柔らかく笑う。
「じゃあね!」
青嶌さんと小紫さんは、そのまま並んで歩いていった。
「……寄るところってなんだろうな?」
黄瀬が二人の背中を眺めながら呟く。
「さあ。」
俺は適当に答えた。
「女の子同士の用事じゃないか?」
「なるほど。」
黄瀬はあっさり納得する。
「じゃあ、俺たちは駅行くか。」
「うん。」
俺たちは二人の背中を見送ってから、駅へ向かって歩き始めた。
さっきまで五人で歩いていた道が、妙に静かに感じる。
「今日は楽しかったな。」
黄瀬がぽつりと言う。
「うん。」
「勉強会も良かったけど、やっぱテスト終わった後の飯は最高だわ。」
「結局そこか。」
「当然だろ。」
黄瀬が笑う。
駅へ着く。
改札を抜け、ホームへ向かう。
「じゃあ俺、こっち。」
黄瀬が反対側のホームを指差す。
「俺は向こうだな。」
「じゃあ、また明日!」
「おう。」
黄瀬が手を上げる。
「気をつけて帰れよ。」
「朝陽もな。」
黄瀬はそのまま階段を下りていった。
俺も反対側のホームへ向かう。
こうして、いつものように別れた。
それが、今日最後の会話だった。
◇
――。
黄瀬は最寄り駅へ到着すると、改札を抜けた。
時間は、夜の九時を少し回った頃。
駅前にはまだ人の姿がある。
コンビニの明かり。
遅い時間まで営業している店。
車の走る大通り。
いつもの見慣れた景色だった。
「……疲れた。」
黄瀬は肩を回しながら歩く。
テストが終わった解放感もあって、足取りは軽かった。
駅前の大通りを抜け、自宅へ向かう。
少しずつ人通りが減っていく。
住宅街へ入ると、車の音もほとんど聞こえなくなった。
街灯が一定の間隔で並んでいるだけ。
窓から漏れる明かりも少ない。
「……静かだな。」
黄瀬が独り言を漏らす。
その時だった。
「……。」
前方に、人影があった。
街灯の下。
一人の男が立っている。
灰色の長い髪。
肩まで伸びた波巻きパーマ。
黒い服に身を包み、顔の大半は髪に隠れている。
黄瀬は歩みを止めた。
「……誰だ?」
男は答えない。
ただ、こちらを見ている。
黄瀬は少し警戒しながらも、横を通り抜けようとした。
その瞬間。
男が一歩、横へ動いた。
道を塞ぐ。
「……は?」
黄瀬が眉をひそめる。
「悪いけど、そこ通りたいんだけど。」
沈黙。
「……聞こえてる?」
男はしばらく黄瀬を見つめたあと、ようやく口を開いた。
「……神白。」
たった一言。
「……神白?」
黄瀬の表情が変わる。
「神白さんのこと?」
男は答えない。
「お前、誰だよ。」
沈黙。
ただ、男の目だけが黄瀬を捉えている。
嫌な空気だった。
黄瀬は拳を握る。
「……喧嘩売ってんのか?」
男は答えない。
ただ、一歩。
また一歩。
ゆっくりと距離を詰めてくる。
「……なんなんだよ。」
黄瀬が身構える。
男の灰色の髪が、夜風に揺れる。
その奥から覗く目には、怒りも興奮もない。
ただ、何もない。
そして――。
男の身体が、一瞬で沈んだ。
「っ!」
次の瞬間。
黄瀬の目の前まで、一気に距離が縮まった。
「な――!」
拳が迫る。
黄瀬は咄嗟に腕を上げた。
ドンッ!!
衝撃が腕を突き抜ける。
「ぐっ……!」
想像以上の重さ。
黄瀬の身体が大きくよろめく。
男は何も言わない。
ただ、もう一度拳を握った。
黄瀬は歯を食いしばる。
「……上等だ。」
拳を構える。
「やってやるよ……!」
人気のない住宅街に、二人の足音だけが響いた。




