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護衛対象は、お嬢様でした。  作者: 愚兎
結婚相手候補に、会ってみました。
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4

休日の朝。

まだ時計の針は午前九時を少し回ったばかりだった。

「朝陽ー!」

「まだ寝てるんじゃないでしょうねー!」

一階から母さんの元気な声が響いてくる。

「起きてるよ……。」

欠伸を噛み殺しながら部屋を出ると、母さんがすでに部屋の片付けを終え、エプロン姿で鼻歌を歌っていた。

「今日は忙しいんだからね!」

「分かってる。」

「そんなに張り切らなくても。」

「何言ってるの!」

「朝陽のお友達が来るんだから!」

「お母さん、昨日から楽しみで仕方なかったのよ。」

苦笑しながら冷蔵庫を開ける。

その時だった。

――ピンポーン。

玄関のチャイムが鳴る。

「朝陽、出てくれる?」

「はいはい。」

玄関を開けると、そこには二人の少女が並んで立っていた。

「おはようございます。」

「おはよう。」

「約束通り来ました。」

小紫さんが優しく微笑む。

「黒鉄君のお母様のお手伝いをさせていただきたくて。」

「私もです。」

神白さんも少し照れながら続ける。

「よろしくお願いいたします。」

「どうぞ。」

二人を家へ案内すると、台所から母が笑顔で出てきた。

「あら!」

「二人とも、本当に朝早くから来てくれたのね。」

「約束守ってくれてありがとう。」

「こちらこそ。」

小紫さんが頭を下げる。

「本日はよろしくお願いいたします。」

神白さんも続いて頭を下げた。

「少しでもお力になれれば嬉しいです。」

母は嬉しそうに笑う。

「ありがとう。」

「それじゃあ早速だけど、お手伝いしてもらおうかしら。」

「まずはお買い物!」

「今日は人数が多いから、材料もいっぱい必要なの。」

「はい!」

「喜んで。」

神白さんと小紫さんの声が重なる。

母は二人を見比べながら、ふっと目を細めた。

「ふふ。」

「なんだか今日は。」

「娘が二人増えたみたい。」

夜宵は財布とエコバッグを手に取ると、玄関へ向かう。

「それじゃあ行きましょうか。」

「朝陽。」

「お留守番お願いね。」

「はいはい。」

「帰ってくるまでに部屋くらい片付けときなさいよ?」

「……善処します。」

「善処じゃなくて片付けるの!」

夜宵が呆れたように笑う。

そのやり取りを見て、神白さんと小紫さんも思わず口元を緩めた。

「それでは行ってきます。」

「行ってきます。」

玄関の扉が閉まる。



……

近所のスーパーへ向かう道。

夜宵は二人の歩幅に合わせながら、楽しそうに話しかけた。

「二人とも、お料理は普段からするの?」

小紫は穏やかに頷く。

「簡単なものですが。」

「へぇ。」

「偉いわねぇ。」

「神白さんは?」

急に話を振られた神白は、少し考えてから答えた。

「多少でしたら、お料理はいたします。」

「父へ作ることもありますし、料理長の方にも教えていただいております。」

「ただ……。」

少しだけ照れたように笑う。

「今回のように、誰かと一緒にお料理を作るのは初めてなんです。」

「皆さんで食べるご飯を作るというのも、初めてで……。」

「ですので、とても楽しみにしておりました。」

夜宵は嬉しそうに微笑んだ。

「そうだったの。」

「じゃあ今日は腕前を見るのが楽しみね。」

「いえいえ。」

神白は慌てて首を振る。

「まだまだ勉強中ですので。」

そのやり取りを見ていた小紫が、優しく口を開く。

「神白さんのお料理、とても楽しみです。」

「わ、私も小紫さんのお料理を見て勉強させていただきたいです。」

「それでは今日は、お互いに教え合いながら頑張りましょう。」

「はい。」

二人は顔を見合わせ、柔らかく微笑み合った。

スーパーへ到着すると、夜宵は買い物かごを一つ手に取った。

「さぁ、それじゃあ今日はみんなが喜ぶ料理を作るわよ!」

「まずは、お肉売り場!」

そう言って歩き出そうとした瞬間。

「お持ちします。」

「私がお持ちします。」

神白と小紫が同時に買い物かごへ手を伸ばす。

「あっ……。」

二人の手が、同じかごに触れる。

「……。」

「……。」

一瞬だけ目が合う。

すぐに二人は小さく笑った。

「では、一緒に持ちましょうか。」

小紫が優しく提案する。

神白も嬉しそうに頷いた。

「はい。」

「その方が楽しいですね。」

二人で一つの買い物かごを持つ姿を見て、夜宵は思わず頬を緩める。

「ふふ。」

「本当に仲が良いのね。」

神白は少し照れながら答えた。

「そうですね、たくさんお話しするようになりました。」

「小紫は、とても優しい方です。」

「そんな。」

「神白さんの方こそ、いつも周りを気遣ってくださいますから。」

お互いに褒め合う二人を見て、夜宵は小さく笑った。

「朝陽には、本当にもったいないくらい素敵なお友達ね。」

「……。」

その言葉に、神白と小紫は同時に顔を赤くする。

「お、お友達……です。」

神白が照れ隠しにそう答える。

小紫も口元へ手を添えながら微笑んだ。

「そうですね。」

「大切なお友達です。」

「?」

夜宵は首を傾げる。

「どうしたの?」

「二人とも急に顔が赤くなっちゃって。」

「い、いえ!」

神白は慌てて首を振る。

「何でもありません!」

「ふふ。」

夜宵は意味ありげに笑う。

(若いっていいわねぇ。)

そんなことを思いながら、三人は笑い合って店内を歩いていく。

三人はゆっくりと店内を歩いていく。

「今日は何を作るんですか?」

神白さんが興味津々といった様子で尋ねた。

「そうねぇ。」

夜宵は顎に手を添えながら考える。

「みんな育ち盛りだし、勉強も頑張るんだから、お腹いっぱい食べてもらいたいのよね。」

「だから今日は唐揚げをメインにして……。」

「ハンバーグも作ろうかしら。」

「えっ。」

神白さんが目を丸くする。

「両方ですか?」

「もちろん!」

「男の子なんて、お肉があれば何でも喜ぶんだから。」

「朝陽なんて特にね。」

「それに黄瀬君。」

「あの子、絶対いっぱい食べるでしょ?」

その言葉に三人とも思わず笑ってしまう。

「確かに……。」

神白さんがくすりと笑う。

「黄瀬君でしたら、何杯でもおかわりしそうです。」

「間違いありませんね。」

小紫さんも優しく頷いた。

夜宵は嬉しそうに笑いながら、次々とかごへ材料を入れていく。

「玉ねぎよし。」

「じゃがいもよし。」

「人参も必要ね。」

「神白さん。」

「はい。」

「ハンバーグって、何が一番大事だと思う?」

突然の質問に、神白さんは少し考える。

「……お肉でしょうか?」

夜宵はにっこり笑った。

「もちろんそれも大事。」

「でもね。」

「一番大事なのは、誰に食べてもらうか。」

「え……?」

「食べてもらう人を思い浮かべながら作ると、不思議と美味しくなるのよ。」

神白さんは少し驚いた表情を浮かべる。

「そんなものなんですか?」

「ええ。」

「だから今日は。」

「みんなが『美味しい!』って笑ってくれる顔を想像しながら作りましょう。」

神白さんは自然と朝陽の笑顔を思い浮かべてしまう。

文化祭で笑っていた顔。

少し照れくさそうに笑う顔。

誰かを守ろうと真っ直ぐ前へ出る顔。

「……。」

「神白さん?」

「あっ!」

「す、すみません。」

「少し考え事をしてしまいました。」

その様子を見ていた小紫さんは、どこか意味深に微笑む。

「ふふ。」

「神白さん。」

「もしかして、誰のお顔を思い浮かべていらしたのですか?」

「えっ!?」

神白さんの肩がぴくりと震える。

「そ、そんなこと……!」

「何でもありません!」

必死に否定する神白さん。

その反応を見た小紫さんは、少しだけ楽しそうに笑った。

「そうですか。」

「でしたら安心しました。」

「私にも、まだ頑張る理由がありますので。」

「……え?」

神白さんが首を傾げる。

小紫さんはくすりと笑うだけで、それ以上は何も言わなかった。

夜宵はそんな二人を見て、小さく笑う。

(あらあら。)

(これは思っていたより賑やかになりそうね。)



部屋の片付けをしていると、玄関の扉が開く音と同時に母の明るい声が家中へ響いた。

「ただいまー!」

「朝陽ー!」

「材料買ってきたわよー!」

俺はリビングから顔を出した。

「おかえり。」

「結構買ったな。」

「今日は人数が多いもの。」

母は笑いながら両手いっぱいの買い物袋を持ち上げる。

「これでも足りるか心配なくらいよ。」

神白さんはすぐに母の手から袋を受け取った。

「こちら、お持ちします。」

「ありがとう。」

小紫さんも自然にもう一つの袋へ手を伸ばす。

「私はこちらを。」

「重たいですから、お気を付けください。」

「ふふ。」

「二人とも本当に気が利くわねぇ。」

母は嬉しそうに微笑んだ。

俺も袋を受け取りながら苦笑する。

「母さん。」

「全部持たせる気だったろ。」

「だって優しいんだもの。」

「朝陽とは大違い。」

「……ひどい言われようだな。」

そのやり取りに、神白さんがくすりと笑う。

「黒鉄君も十分お優しいと思いますよ。」

「そうですよ。」

小紫さんも優しく続ける。

「先ほども、一番重たい袋を持ってくださいましたし。」

「普通だよ。」

朝陽は照れくさそうに頭を掻く。

「はいはい。」

母は意味ありげな笑みを浮かべながらキッチンへ向かった。

「さぁ。」

「時間も限られてるし、始めましょうか。」

「はい!」

神白さんと小紫さんの返事がぴたりと重なる。

二人は顔を見合わせ、思わず笑みを浮かべた。



エプロン姿へ着替えた三人がキッチンへ並ぶ。

普段は夜宵一人で立つ場所だったが、今日は三人並んでも少し狭く感じるほど賑やかだった。

夜宵は買ってきた食材を一つずつ並べていく。

玉ねぎ。

じゃがいも。

人参。

合いびき肉。

鶏もも肉。

牛乳。

パン粉。

「今日はね。」

「ハンバーグと唐揚げがメイン。」

「あとサラダにお味噌汁。」

「時間があればプリンも作っちゃおうかな。」

「プリンまでですか?」

神白さんが目を丸くする。

「もちろん!」

「勉強した後は甘いものが一番なんだから。」

夜宵は胸を張る。

「じゃあ役割を決めましょう。」

「神白さん。」

「はい。」

「ハンバーグ担当お願いできる?」

「はい!」

「精一杯頑張ります。」

少し緊張した様子ながらも、神白は真っ直ぐ頷いた。

「小紫さん。」

「はい。」

「唐揚げお願いしてもいい?」

「承知しました。」

小紫は柔らかく微笑む。

「下味から丁寧に仕上げます。」

「頼もしい!」

夜宵は満足そうに頷いた。

「私は全体を見ながらサポートするわね。」

「分からないことがあったら、何でも聞いて。」

「はい!」

二人の返事が再び重なる。

神白は玉ねぎを手に取り、慎重に包丁を握った。

「……。」

トントン。

最初の一刀は少しぎこちない。

それでも真剣な眼差しで、教わった通り一定の幅を意識しながら切り進めていく。

「その調子。」

「包丁は力を入れ過ぎなくて大丈夫。」

「はい。」

神白は小さく返事をすると、再び玉ねぎへ向き合った。

一方、小紫は慣れた手付きで鶏肉を一口大へ切り分けていた。

大きさはほとんど均一。

迷いのない包丁さばきに、夜宵は思わず感心する。

「小紫さん。」

「手際いいわねぇ。」

「ありがとうございます。」

「家でもよく作りますので。」

「黒鉄君のお母様ほどではありませんが。」

「いやいや。」

「十分すごいわ。」

「朝陽なんて包丁持たせたら指まで切るわよ。」

リビングにいた朝陽の声が飛んできた。

「聞こえてるからな!」

「事実でしょー?」

キッチンに笑い声が広がる。

その笑顔を見ながら夜宵は、ふと二人へ視線を向けた。

神白は真剣な表情でハンバーグの種を捏ねている。

小紫は鶏肉へ丁寧に下味を揉み込んでいる。

どちらも一生懸命だった。

誰よりも真剣に。

誰かへ美味しいと言ってもらいたくて。

そんな二人の姿を見ていると、夜宵の口元は自然と緩んでいく。

(可愛いわねぇ。)

(二人とも。)

(朝陽のために、こんなに一生懸命になっちゃって。)

母親だからだろうか。

二人が朝陽へ向ける視線。

朝陽の名前が出た時だけ少し変わる表情。

その全部が、何となく分かってしまう。

(ふふ。)

(これは少しだけ、からかってみたくなるわね。)

夜宵は包丁を置くと、小さく微笑んだ。

夜宵は二人の様子を横目で見ながら、ふと悪戯っぽく微笑んだ。

「ねぇ。」

「二人とも。」

「え?」

「はい?」

「朝陽ってね。」

「昔から。」

「『美味しいご飯を作ってくれる人と結婚する。』って、よく言ってたのよ。」

「えっ……?」

神白の手がぴたりと止まる。

今まさに丸めようとしていたハンバーグの種が、指の間から少しだけはみ出した。

「そ、そうなんですか……?」

「ふふ。」

夜宵は懐かしそうに笑う。

「小さい頃の話よ。」

「ご飯を食べながらね。」

「『お母さんみたいに料理が上手な人と結婚する!』って、何度も言ってたの。」

「…………。」

神白の頬がみるみる赤く染まっていく。

「け、結婚……。」

思わず俯いてしまい、慌ててハンバーグの種をこね直す。

しかし、照れすぎたのか力が入り過ぎてしまい、少し形が崩れてしまった。

「あっ……。」

その隣では、小紫が思わず口元へ手を添え、小さく笑っていた。

「ふふ。」

「神白さん。」

「落ち着いてください。」

「きっと黒鉄君は、そこまで考えていませんよ。」

「も、もう……。」

神白は恥ずかしそうに小紫を見る。

その様子があまりにも可愛らしく、小紫の表情も自然と柔らかくなった。

「それでしたら。」

小紫は唐揚げへ下味を揉み込みながら、優しく微笑む。

「今日のお料理も、頑張らないといけませんね。」

その笑顔は穏やかだった。

けれど。

夜宵は見逃さなかった。

唐揚げを揉み込む小紫の手にも、ほんの少しだけ力が入ったことを。

(ふふ。)

(この子も負ける気はないのね。)

すると。

神白が小さく咳払いをした。

「……私も。」

「黒鉄君に。」

「美味しいと言っていただけるよう、頑張ります。」

その声は照れているのに、どこか負けん気が滲んでいた。

小紫はその表情を見て、くすっと笑う。

「では。」

「勝負ですね。」

「え?」

「どちらのお料理を、黒鉄君が一番美味しいと言ってくださるか。」

神白は一瞬だけ驚いた。

けれど次の瞬間には、小さく微笑み返す。

「……望むところです。」

「今日は負けません。」

「ふふ。」

「私も負けるつもりはありません。」

二人は笑っている。

だけど、その瞳だけは少しだけ真剣だった。

そんな二人を見ていた夜宵は、とうとう吹き出してしまう。

「あははっ!」

「もう!」

「二人とも、料理勝負になっちゃってるじゃない!」

キッチンは、笑い声に包まれた。

夜宵は、そんな二人を見つめながら自然と頬を緩めた。

神白は照れて真っ赤になりながらも、負けじとハンバーグをこねている。

小紫は余裕そうに笑っているものの、その手だけは誰よりも真剣だった。

二人とも、好きな人のために一生懸命になっている。

その姿が、あまりにも愛おしい。

(もう……。)

(なんて可愛い子たちなのかしら。)

夜宵は思わず口元を押さえた。

どちらも朝陽にはもったいないくらい素敵な女の子だ。

料理をしながら照れたり。

負けたくないと意地を張ったり。

その全部が、まるで昔読んだ少女漫画から飛び出してきたようだった。

(朝陽。)

(あなた、本当に幸せ者よ。)

(こんなに素敵な子たちに想われてるなんて。)

夜宵は心の中だけで息子へ語りかける。

もちろん、そのことを朝陽本人は一つも気付いていないだろう。

それを思うと少し呆れる。

けれど、それもまた朝陽らしかった。

「ふふ。」

思わず笑みが零れる。

「本当に……。」

「二人とも可愛いわ。」

その一言に。

神白と小紫は同時に顔を上げた。

「えっ?」

「私たちですか?」

「ええ。」

夜宵は優しく微笑む。

「一生懸命な子ってね。」

「見てるだけで応援したくなるの。」

「だから今日は。」

「二人とも、思いっきり腕を振るってちょうだい。」

「黒鉄家のお客様全員を、びっくりさせちゃいましょう。」

「はい!」

二人の返事が、ぴったり重なった。

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