表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
護衛のバイト、してみませんか?  作者: 愚兎
護衛のバイト、してみませんか?
PR
12/18

4

神白を一人で帰らせることを不安に思った俺たちは、家まで送り届けることにした。

夕焼けに染まる住宅街を四人で歩く。

さっきまで危険に晒されていたとは思えないほど、辺りは静かだった。

しばらく無言の時間が続いた後、神白さんがぽつりと口を開く。

「今日は……本当にありがとうございました。」

「気にしなくていいよ。」

俺は前を向いたまま答える。

「でも、一つだけ聞いてもいい?」

「……はい。」

「どうして警察を呼ばなかったの?」

その問いに、神白さんの足がわずかに止まる。

少しだけ俯き、小さく息を吐いてから口を開いた。

「もし警察に事情を話せば、お父様にも必ず連絡が入ります。」

「そうなると?」

「きっと……学校を辞めさせられます。」

その言葉に、俺たち三人は思わず足を止めた。

「え?」

黄瀬が驚いたように声を漏らす。

神白さんは困ったように微笑んだ。

「ついこの間まで、私はセキュリティーの行き届いた御堂筋涼華女学院に通っていました。」

「あっ、それって政治家の娘とか、大企業のお嬢様が通うって有名な学校?」

黄瀬が思い出したように言う。

「はい。世間では、そのように言われています。」

静かに頷く神白さん。

「本来なら、そのまま高等部へ進学する予定でした。」

少し間を置き、彼女は照れくさそうに笑う。

「でも……どうしても共学に通ってみたかったんです。」

その言葉には、今日初めて見る熱が宿っていた。

これまでの上品で落ち着いた話し方とは違う。

心の奥から出た、本音だった。

俺は自然と尋ねていた。

「それは……どうして?」

神白さんは肩から掛けた鞄を開ける。

初めて会った時、大事そうに抱えていた茶色の紙袋を取り出した。

中から、一冊の漫画をそっと取り出す。

「皆さんにとっては、取るに足らない理由かもしれませんが……。」

そう言って胸の前に掲げる。

「これです。」

「漫画……?」

黄瀬が目を丸くする。

俺も思わず首を傾げた。

神白さんは少しだけ恥ずかしそうに視線を落とした。

「そう……ですよね。驚かれますよね。」

少し照れ笑いを浮かべながら、ゆっくりと話し始める。

「昔から漫画が大好きなんです。」

「両親に見つからないよう、こっそり隠れて読んでいました。」

優しく漫画の表紙を撫でる。

その仕草から、この一冊をどれだけ大切にしているのかが伝わってきた。

「漫画の中では、友達と一緒に笑って、くだらない話をして、一緒に帰って……。」

「文化祭や体育祭で騒いで、時には恋をして。」

「そんな、ごく普通の高校生活が描かれていました。」

少しだけ空を見上げる。

「それが、とても羨ましかったんです。」

「私も一度でいいから、主人公たちみたいな青春を送ってみたい。」

「そう思うようになりました。」

静かな声だった。

だけど、その言葉には今まで抑え続けてきた想いが詰まっていた。

「だから、お父様を何度も説得して……ようやく、この開路学園へ通わせてもらえることになったんです。」

(……そういうことだったのか。)

財閥のお嬢様だから特別な学校へ通っていたわけじゃない。

安全のためだった。

それでも彼女は、その安全よりも「普通の高校生活」を選んだ。

その覚悟は、想像していたよりずっと重かった。

「もちろん、以前の学校も嫌だったわけではありません。」

神白さんは穏やかに笑う。

「お友達もいましたし、お父様が私を大切に思ってくださっていることも分かっています。」

「ですが……。」

少しだけ拳を握る。

「一度しかない高校生活です。」

「どうしても、自由な校風の学校で過ごしてみたかったんです。」

その言葉を聞いて、黄瀬が優しく笑った。

「そっか。」

「神白さんの夢だったんだ。」

神白さんは少し驚いたように目を瞬かせる。

そして、ふっと笑みを浮かべた。

「夢……。」

「そうですね。」

「そう呼べるものだったのかもしれません。」

さっきまで強張っていた表情が、少しだけ柔らかくなる。

黄瀬は頭の後ろで手を組みながら笑った。

「でもさぁ、よくお父さん許してくれたね。」

確かに、その通りだ。

今日みたいな危険が起こる可能性を考えれば、反対されるのが普通だろう。

神白さんは少しだけ困ったように笑う。

「あ、それはお父様との交換条…。」

そこまで言った瞬間、神白さんの言葉がふっと途切れた。

「あ、いえ……」

小さく首を振る。

「なんでもありません」

笑ってごまかそうとするその顔が、ほんの少しだけ不自然だった。

(今のは……)

俺は一瞬だけ違和感を覚えた。

交換条件。

その言葉だけが、やけに引っかかる。

だがそれ以上は、無理に踏み込める空気ではなかった。

黄瀬が空気を軽くするように肩をすくめる。

「まーでもさ、結果オーライじゃん?」

「こうして普通の学校来れてるわけだし」

「普通って大事だよ?」

「……はい」

神白さんは小さく頷いた。

その横顔は、どこか嬉しそうで、それでも少し寂しそうだった。

しばらくして、住宅街の角を曲がると、大きな門が見えてきた。

重厚な鉄門。

その奥には、周囲の家とは明らかに違う敷地の広さが広がっている。

「……ここです」

神白さんが足を止めた。

「え、でか」

黄瀬が素直に呟く。

「普通にお城じゃん」

門の前には警備用と思われる監視カメラが複数設置されていた。

それを見て、さっきの“違和感”が少しだけ輪郭を持つ。

(やっぱり、普通じゃない)

神白さんは門の前で、ゆっくりと振り返った。

「今日は本当に……ありがとうございました」

深く頭を下げる。

「気をつけて帰ってください」

その言葉は丁寧なのに、どこか必死だった。

まるで――これ以上関わらせたくないとでも言うように。

「じゃあねー神白さん」

黄瀬が軽く手を振る。

「また明日ね」

俺も短く頷いた。

「うん。また明日」

その言葉に、神白さんの表情が一瞬だけ揺れた。

「……はい」

小さく答えたあと、彼女は門の中へと消えていく。

重い鉄門が静かに閉じる。

カチャン、と鍵の落ちる音がした。

その音を最後に、住宅街は再び静かになった。


「……すげぇとこ住んでんな」

黄瀬がポツリと呟く。

「お嬢様ってああいう感じか」

「いや、それだけじゃない気がするけどね」

俺はそう返しながら、門の方をもう一度見た。

本作をお読みいただき、誠にありがとうございます。

まだまだ読者の方も少なく、皆様がどのように感じられたか、そわそわとした気持ちでおります。

どのような些細なことでも、また率直なご意見でも大変励みになりますので、一言だけでも感想をいただけますと幸いです。


最後に気に入って頂けたら、ブックマークと評価のほど宜しくお願い致します

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ