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護衛のバイト、してみませんか?  作者: 愚兎
護衛のバイト、してみませんか?
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11/14

3

倒れた金髪の男へ視線を向ける。

側頭部を正確に捉えた一撃。 踏み込みも、腰の回転も、蹴りの軌道も。

昨日動画を見ただけの人間が再現できる動きじゃない。

(トルリョチャギ……。)

テコンドーの回し蹴り。 本来なら何度も反復練習を重ね、ようやく形になる技だ。

それを、たった一度見ただけで。

(黄瀬王輝……。)

こいつは。 思っていた以上に、とんでもない奴なのかもしれない。

「朝陽?」

「……なんでもないよ。」

考えるのは後だ。 まだ終わっていない。


その時だった。

「この……クソガキがぁぁぁッ!!」

投げ飛ばしたスキンヘッドが、ふらつきながら立ち上がる。

顎を押さえ、血走った目で俺を睨みつけた。

「殺すッ!!」

一直線に突っ込んでくる。

「朝陽!」

黄瀬の声が飛ぶ。

「大丈夫。」

俺は短く答え、一歩だけ前へ出た。

怒りに任せた拳は速い。

だが、感情任せに突き出す拳ほど、軌道を読みやすいものはない。

向かってくる拳の勢いを殺さず、左手を軽く添えて軌道だけを逸らす。

祖父の言葉が頭をよぎる。

『相手の力を奪うな。その流れを、そのまま返してやればいい。』

突き出された右拳の手首を掴む。

両手で包み込むと同時に腰を回し、関節を外側へ強く捻る。

完全に体勢を崩した男の身体は、円を描くように宙へ浮き、そのまま地面へ叩きつけられた。

ドンッ!!

鈍い衝撃音が路地に響く。

「ぐ……ぁ……。」

肺の空気を吐き出し、男は苦悶の声を漏らした。

もう立ち上がれない。

長髪の男も、金髪の男も倒れている。

路地に立っているのは、俺たち四人だけだった。

静寂が訪れる。

「……終わった?」

黄瀬がぽつりと呟く。

俺は周囲を見渡し、小さく息を吐いた。

「うん。もう大丈夫。」

倒れた男たちから目を離さず答える。

そして視線は、震えながら立ち尽くす神白伊吹へ向いた。

彼女は何かを隠している。

それだけは、もう間違いなかった。


「怪我はない?」

「……ありません。」

声はまだ震えていた。

青嶌さんも静かに息を吐き、周囲を警戒するように見回している。

「とりあえず警察を――」

俺がスマートフォンを取り出しかけた、その時だった。

「……駄目です。」

神白さんが震える声で呟く。

「え?」

「警察は……呼ばないでください。」

その一言で、その場の空気が止まった。

「いや、なんで?」

黄瀬が思わず聞き返す。

普通なら助けを呼ぶ場面だ。

それを止める理由が分からない。

神白さんは俯いたまま、制服のスカートをぎゅっと握り締めていた。

「……お願いです。」

消え入りそうな声だった。

すると、少し離れた場所から慌ただしい声が聞こえてくる。

「お巡りさん! こっちです!」

通行人の一人が、近くの交番へ駆け込んでいたらしい。

「このままだと事情聴取になりますね。」

青嶌が冷静な口調で言う。

「神白さんも、今は落ち着いて話せる状態ではありません。」

俺も倒れている男たちへ視線を向ける。

救急車も警察も、もうすぐ来るだろう。

「……とりあえず場所を変えよう。」

誰も反対しなかった。

俺たちは人目を避けるように路地を抜け、駅前へ向かって歩き始める。

その途中だった。

ふと道路の向かい側に、一人の女子生徒の姿が見えた。

小紫楓。

街路樹の陰に立ち、スマートフォンを耳に当てている。

「……ええ。間違いありません。」

落ち着いた声。

だが、その表情は教室で見せていたものとはどこか違っていた。

「予定より少し早く動きました。」

それだけ言うと、小紫は俺たちへ一瞬だけ視線を向ける。

目が合った――ような気がした。

しかし次の瞬間には踵を返し、人混みの中へ姿を消していった。

「……気のせいか。」

そう呟き、俺は歩き出した。


数分後。

俺たちは駅に隣接する小さな公園へ辿り着き、ベンチへ腰を下ろす。

誰も口を開かない。

さっきまでの緊張が、まだ胸の奥に残っていた。

やがて神白さんが、ゆっくりと顔を上げる。

「皆さんには……隠していました。」

「私の家は……少し特殊なんです。」

黄瀬が首を傾げる。

「特殊?」

神白さんは小さく息を吸った。

「私……神白グループ会長、神白宗一郎の娘なんです。」

「それって……あの神白グループ?」

黄瀬が目を丸くする。

「……はい。」

神白さんは静かに頷いた。

「先ほどの人たちは、おそらく身代金目的だったのだと思います。」

「私のせいで、皆さんを巻き込んでしまいました。」

そう言うと、神白さんは深く頭を下げる。

「……本当に、ごめんなさい。」

「いやいやいや!」

真っ先に声を上げたのは黄瀬だった。

「神白さんが謝ることじゃないでしょ。」

「悪いのは、あいつらなんだから。」

「それに俺、人生で初めて財閥のお嬢様と友達になったんだけど。」

「これって結構レアじゃない?」

重苦しかった空気が少しだけ和らぐ。

神白さんも思わず小さく笑みをこぼした。

「……ありがとうございます。」

俺も口を開く。

「俺も黄瀬の言う通りだと思う。」

神白さんはゆっくりと顔を上げた。

「でも……。」

「今日だけじゃないんです。」

その一言に、誰も口を挟まなかった。

「過去にも何度か似たようなことがありました。」

「その時は警備の方たちが対応してくださいました。」

「今日は……学校の外だったので。」

俯いたまま、神白さんは言葉を続ける。

「本当に、すみません……。」

俺は少し考え、静かに尋ねた。

「一つだけ聞いてもいい?」

神白さんは小さく頷く。

「これからも狙われる可能性はあるの?」

その問いに、神白さんは何も答えなかった。

ただ、静かに目を伏せる。

それだけで十分だった。

沈黙が答えになっていた。

その静寂を破ったのは青嶌だった。

「……一つ、気になることがあります。」

いつもの柔らかな笑顔は消えている。

「今日の人たち。」

「神白さんが今日この高校へ入学し、この時間に、この道を通ることを知っていました。」

その言葉に、全員が青嶌を見る。

「偶然とは思えません。」

「つまり――」

青嶌は静かに続けた。

「誰かが情報を流した可能性があります。」

公園の空気が、一気に張り詰める。

「え……。」

黄瀬の表情から笑顔が消えた。

俺も思わず息をのむ。

(内部に情報を流した人間がいる……?)

その考えが頭をよぎった瞬間――

ふと、路地を離れる途中で見かけた光景が脳裏によみがえった。

街路樹の陰に立つ、小紫楓。

スマートフォンを耳に当て、誰かと話していた

「……ええ。間違いありません。」

「予定より少し早く動きました。」

淡々とした口調。

感情をほとんど感じさせない声だった。

そして電話を切る直前、小紫はほんの一瞬だけ俺たちへ視線を向けた。

目が合った――そう思った次の瞬間には、人混みへ溶け込むように姿を消していた。

(……あれは、誰と話していたんだ。)

胸の奥に、小さな引っ掛かりだけが残った。

本作を最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。

まだまだ読者の方も少なく、皆様がどのように感じられたか、そわそわとした気持ちでおります。

どのような些細なことでも、また率直なご意見でも大変励みになりますので、一言だけでも感想をいただけますと幸いです。


最後に気に入って頂けたら、ブックマークと評価のほど宜しくお願い致します

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