26
それから午後の部も、無事に終了し、
閉会式が終わる頃には、来場者たちも次々と校門を後にしていく。
さっきまで賑やかだった校内は、少しずつ静けさを取り戻していった。
残っているのは、開路学園の生徒と先生だけ。
文化祭最後の締めくくりの後夜祭に参加する者たちだ。
「いよいよですね。」
神白さんが静かに呟く。
「うん。」
俺が頷くと、黄瀬が両手を頭の後ろで組みながら笑う。
「ここからが本番だよ。」
「俺含め、この時間を楽しみにしてる奴らも多いからね。」
校庭へ向かうと、中央には大きく組まれたキャンプファイヤーが用意されていた。
辺りはすっかり夜。
生徒たちだけの、特別な時間が始まろうとしていた。
やがて。
司会を務める生徒会長が壇上へ上がる。
「それでは。」
「開路学園文化祭。」
「最後のイベント――後夜祭を始めます!」
その言葉と同時に。
キャンプファイヤーへ火が灯された。
「おぉ……。」
大きな炎が夜空へ向かって燃え上がる。
暗かった校庭が、一瞬で温かな橙色に包まれた。
「綺麗ですね。」
神白さんが小さく呟く。
「はい。」
小紫さんも、炎を見つめながら微笑む。
青嶌さんは両手を後ろで組み、火を眺めていた。
「初めて見るけどすごく綺麗だね。」
「これが終わると、文化祭も終わりかぁ。」
黄瀬はそんな空気などお構いなしに笑う。
「終わる前にやることあるでしょ。」
「ほら。」
「ジンクス。」
「告白。」
「カップル成立。」
「お前は最後までそれだな。」
俺が呆れると。
「だって青春じゃん!」
黄瀬は胸を張った。
その時だった。
校内放送が流れる。
『これより自由時間となります。』
『後夜祭終了十分前に再度放送を行いますので、それまでご自由にお過ごしください。』
放送が終わると同時に、生徒たちは思い思いに歩き始める。
「じゃ。」
「俺もちょっと行ってくる。」
黄瀬はそう言って、ちらりと青嶌さんを見る。
「青嶌さん。」
「少し付き合ってよ。」
「え、えぇ?」
「ちょ、ちょっと黄瀬君!」
半ば強引に連れて行かれそうになる青嶌さん。
「ちょっと!」
「腕を引っ張らないで!」
「はいはい。」
「ちゃんとエスコートするから。」
「だからそういう問題じゃないって!」
そんな二人を見送りながら、自然と笑みがこぼれる。
その様子を見ていた小紫さんは、小さく笑った。
「お似合いですね。」
「そうだね。」
俺も思わず頷く。
すると小紫さんは俺たちを交互に見て。
「私は。」
「少し屋台の片付けを手伝ってきます。」
「もう終わりますし。」
「先生方も忙しそうですから。」
「分かった。」
「無理しないでね。」
「はい。」
小紫さんは優しく微笑むと、小さく会釈をして歩き出した。
その場には。
俺と神白さん、二人だけが残る。
夜風が静かに吹き抜ける。
揺れる炎が。
二人の影をゆっくりと伸ばしていた。
しばらく。
二人とも何も話さなかった。
パチパチと薪が弾ける音だけが、静かな校庭へ響いている。
そんな沈黙を破ったのは、神白さんだった。
「……黒鉄君。」
「ん?」
「今日は。」
「本当に楽しかったです。」
そう言って、キャンプファイヤーへ視線を向ける。
「前の学校でも。」
「文化祭自体はありました。」
「ですが。」
「模擬店はすべて学校側が手配したお店の方々が運営していましたので。」
「私たち生徒は、お客様として楽しむだけだったんです。」
神白さんはキャンプファイヤーの炎を見つめながら、小さく微笑む。
「ですから。」
「今回のように。」
「クラスのみんなで準備をして。」
「自分たちでお店を運営する文化祭は、初めてでした。」
「だから。」
「とても新鮮で……。」
「本当に楽しかったです。」
そう言って見せた笑顔は。
どこか子どものように無邪気で。
普段のおしとやかな神白さんとは、また違った可愛らしさがあった。
「俺もすごく楽しかったよ。」
「本当ですか?」
「うん。」
「文化祭自体が初めてだったから。」
「最初は何をするのかも分からなかったけど。」
「みんなで準備して。」
「みんなでお店をやって。」
「こんなに楽しいものだったんだなって思った。」
「終わるのが少し惜しいくらい。」
「楽しかったよ。」
神白さんは優しく微笑む。
「そうでしたか。」
「それなら。」
「黒鉄君にとって、初めての文化祭が開路学園で良かったです。」
「私も同じ思い出を一緒に作ることができて、とても嬉しいです。」
神白さんは嬉しそうに微笑んだ。
少しだけ夜風が吹く。
長い髪がふわりと揺れた。
その横顔は、キャンプファイヤーの灯に照らされて、とても綺麗だった。
「……黒鉄君。」
「どうした?」
神白さんは少しだけ言い淀む。
「もし来年も。」
「また文化祭があるとしたら。」
「その時も……。」
そこまで言って、小さく笑う。
「いえ。」
「何でもありません。」
「いや、気になる。」
俺がそう言うと。
神白さんは少しだけ恥ずかしそうに頬を染めた。
「……その時も。」
「黒鉄君と一緒に回れたら。」
「嬉しいな、と。」
「……。」
あまりにも真っ直ぐな言葉だった。
だからこそ。
俺は変に気の利いたことは言えなかった。
「勿論来年も。」
「みんなで回ろうね。」
その一言に。
神白さんは一瞬きょとんとしたあと、くすっと笑う。
「はい、そうですね。」
二人で笑い合う。
その時。
キャンプファイヤーの炎が一際大きく燃え上がった。
◇ ◇ ◇
それを少し離れた場所から。
静かに見つめる一人の少女がいた。
小紫だった。
二人の楽しそうな笑顔。
自然に並ぶ姿。
胸の奥が少しだけ締め付けられる。
そして小紫は小さく呟く。
「気付くのが少し遅かったかな…。」
昨日。
黒鉄君に抱きしめられた、あの温もり。
『行かせない。』
あの必死な声。
思い返すたびに、胸が熱くなる。
私は。
黒鉄君のことが、好きなんだ。
ようやく気付いた。
でも。
目の前にいる二人は、本当にお似合いだった。
「……ふふ。」
少し遅かったかもしれない。
だけど。
まだ、この想いを諦めるつもりはない。
「神白さん。」
「私も。」
「負けませんから。」
誰にも聞こえない小さな決意。
揺れる炎を真っ直ぐ見つめるその瞳には。
もう迷いはなかった。




