25
翌日――。
文化祭二日目。
今日も朝から空は雲一つない快晴だった。
開路学園へ向かう坂道には、生徒たちの楽しそうな声が響いている。
「今日は最終日だ!」
「昨日回れなかったところ行こうぜ!」
そんな声を聞きながら、俺は校門をくぐった。
「おはよう。」
教室へ入ると、青嶌さんがいつものように笑顔で手を振る。
「おはよう、黒鉄君。」
その隣には、小紫さんの姿もあった。
昨日の出来事が嘘のように、落ち着いた表情を浮かべている。
目が合うと、小さく微笑み、ぺこりと頭を下げた。
「おはようございます。」
「おはよう。」
少しして。
静かに教室の扉が開く。
「おはようございます。」
神白さんだ。
「文化祭最終日ですね。」
「今日も楽しみです。」
その落ち着いた声に、教室の空気が和らぐ。
やがて始業時間が近付き、生徒たちはそれぞれの席へ着いていく。
北条先生のホームルームガ終わると
♪~♪
校内放送を知らせるチャイムが鳴り響く。
『おはようございます。』
『これより文化祭二日目を開始します。』
『各クラス、模擬店および展示の準備を始めてください。』
放送が終わると同時に、教室中が慌ただしく動き始めた。
「よし!」
「最後まで頑張るぞ!」
文化祭最終日が、幕を開けた。
校内放送が終わると同時に、生徒たちは一斉に教室を飛び出した。
「急げ急げ!」
「開場まであと三十分!」
クラス中が慌ただしく動き始める。
机や椅子を運び。
看板を立て。
調理器具を並べる。
昨日の経験もあってか、準備は驚くほどスムーズだった。
「黒鉄君、それお願い!」
「了解!」
「神白さん、お皿お願い!」
「任せて!」
誰一人として無駄な動きをしない。
あっという間に開場時間を迎えた。
『ただいまより、文化祭二日目を開始します。』
校内放送と同時に校門が開く。
来場者が次々と校内へ流れ込み、昨日以上の賑わいを見せ始めた。
午前中は接客に追われ。
気付けば時計の針は昼を回っていた。
「ふぅ……。」
ようやく一息ついたところで、青嶌さんが飲み物を持ってきてくれた。
「はい。」
「ありがとう。」
その時だった。
近くで女子生徒たちの楽しそうな会話が耳に入る。
その時だった。
近くで女子生徒たちの楽しそうな会話が耳に入る。
「ねぇねぇ!」
「今年も後夜祭のジンクスやる人いるかな?」
「もちろんでしょ!」
「毎年恒例じゃん!」
「私、今年こそ告白する!」
「頑張って!」
そんな会話を聞いていた俺は首を傾げた。
「後夜祭のジンクス?」
俺が呟くと、その場にいた四人が一斉にこちらを見る。
「え?」
黄瀬が目を丸くした。
「朝陽、知らねぇの?」
「知らない。」
「後夜祭ってキャンプファイヤーするくらいじゃないの?」
黄瀬は大げさに肩を落とした。
「お前、それマジかよ……。」
「開路学園で一番盛り上がるって噂のイベントだぞ?」
神白さんは上品に微笑みながら口を開く。
「文化祭最後の後夜祭には、昔から語り継がれているジンクスがあるんです。」
「キャンプファイヤーの火が消える瞬間。」
「想いを寄せる人と一緒にいられた二人は、結ばれる。」
「……そんな言い伝えがあるそうですよ。」
「へぇ。」
思わず感心すると、青嶌さんも笑みを浮かべる。
「毎年、この時間が近づくと校内の雰囲気が変わるだって。」
「告白する人も多いみたい。」
「カップルになる人も結構いるんですよ。」
「なるほどね。」
「だからさっきから女子が騒いでたのか。」
すると黄瀬がニヤニヤしながら俺の肩へ腕を回した。
「で?」
「朝陽は誰を誘うんだい?」
「……は?」
「神白さんかな。」
「それとも小紫さんかな。」
黄瀬はそこで青嶌さんを見る。
「まぁ、青嶌さんは駄目ね。」
「俺が誘うから。」
「な、何言ってんのよ!」
青嶌さんが慌てたように声を上げる。
「俺、本気だけど?」
黄瀬はいつもの軽い笑顔で言う。
「……もう。」
青嶌さんは呆れたようにため息を吐いた。
「で?」
「返事は?」
黄瀬が期待したように聞くと。
青嶌さんは少しだけ考えて。
「……ま、まぁ。」
「考えておく。」
そう答えた。
「え?」
黄瀬が目を丸くする。
「それって……。」
「勘違いしないで。」
青嶌さんは少し照れたように視線を逸らした。
「まだ、考えるだけだから。」
その言葉に。
黄瀬は満足そうに笑った。
「よし。」
「一歩前進ってことで。」
「何が一歩前進なのよ。」
青嶌さんが呆れたように返す。
そんなやり取りを見ていた小紫さんが、ふと俺を見る。
「……では。」
「黒鉄君はどうされるんですか?」
「え?」
「後夜祭。」
「どなたか、お誘いするご予定は?」
俺が答えに詰まっていると。
小紫さんは少しだけ微笑んだ。
「もし。」
「黒鉄君にお相手がいらっしゃらないのでしたら……。」
「私を誘って頂けますか?」
「……え?」
一瞬。
その場が静まり返る。
黄瀬が勢いよく俺を見る。
「朝陽。」
「お前……。」
「また何かやったのか?」
「いや、何もしてない。」
慌てて否定すると、小紫さんはくすりと笑った。
「何もしていない……ですか。」
「……私には。」
「初めての経験でしたのに。」
「……え?」
黄瀬の目が輝く。
「おいおい。」
「朝陽。」
「お前、何したんだよ。」
「いや……。」
「思い当たる節が……。」
俺が言葉を濁した瞬間。
神白さんがゆっくりこちらを見る。
「……黒鉄君。」
「本当ですか?」
「え?」
「今の話。」
「本当に心当たりが無いんですか?」
笑顔だった。
いつもの優しい笑顔。
……なのに。
なぜか少しだけ怖い。
「うん……。」
俺が答えると、小紫さんが静かに続けた。
「昨日。」
「帰り際に。」
「黒鉄君が……。」
「『行かせない』と仰って。」
「私の腕を引いて。」
「そのまま抱きしめられました。」
「……。」
「私。」
「誰かにあんな風に必要とされたのは、初めてで。」
「少し……。」
「ドキドキしました。」
「朝陽。」
黄瀬が真顔で俺を見る。
「お前。」
「それはもう説明が必要なやつだぞ。」
「違う、皆が思ってるようなことじゃないから!?」
俺が慌てて言う。
その言葉が響いた瞬間。
神白さんの表情が固まった。
「……。」
「神白さん?」
俺が声をかけると。
神白さんはゆっくり俺を見る。
「……黒鉄君。」
「はい。」
「昨日。」
「そんなことをされたんですか?」
「えっと……。」
「…流れで。」
小さく頷くと。
神白さんは少しだけ視線を落とした。
「……そうですか。」
「小紫さんは。」
「黒鉄君に抱きしめてもらったんですね。」
「いや、あれは……!」
慌てて説明しようとすると。
神白さんは首を横に振った。
「分かっています。」
「何か理由があったことくらい。」
「ちゃんと分かっています。」
そう言いながらも。
少しだけ頬を膨らませる。
「……でも。」
「少しだけ。」
「羨ましいです。」
「え?」
思わず聞き返す。
神白さんは自分でも驚いたように目を伏せた。
「あ……。」
「い、いえ。」
「これはですね……。」
神白さんは少し慌てたように手を振る。
「決して小紫さんに対して不満があるとか。」
「そういうことではなくてですね。」
「その……。」
言葉を探すように視線を泳がせる。
「黒鉄君が。」
「小紫さんのために必死になっていたと思うと…」
「少し羨ましいなと思っただけで……。」
「……。」
「……あ。」
そこまで言って。
神白さんは自分の言葉の意味に気付いたのか、少し頬を赤くした。
「違います。」
「今の言い方だと、また変な意味に聞こえてしまいますね。」
「えっと……。」
「つまり……。」
「もう…私何言ったんだろ…。」
小さくため息を吐いて、困ったように笑う。
「ただ黒鉄君の優しさを、少しだけ独占したくなってしまっただけです…」
最後の言葉は、とても小さかった。
「……。」
俺が黙っていると。
横から、わざとらしい咳払いが聞こえた。
「ゴホン。」
黄瀬がニヤニヤしながら口を開く。
「神白さんこっちまでドキドキしたよ。」
「黄瀬君…。」
神白さんが少し困ったように黄瀬を見る。
それに加え青嶌さんも小さく笑う。
「神白さん。」
「今のは、かなり素直だったね。」
「……青嶌さんまで。」
神白さんの頬が少し赤くなる。
小紫さんはそんな様子を見て、優しく微笑んだ。
「ふふ。」
「黒鉄君はやっぱり人気者ですね。」
「いや。」
俺は慌てて言う。
「神白さんもそういう意味で言ったんじゃ…」
「黒鉄君。」
神白さんが静かに俺を見る。
「今、否定されると。」
「少し悲しいです。」
「……。」
「ごめん。」
思わず謝ると。
黄瀬がすぐに反応する。
「ほら。」
「もうそれが答えじゃん。」
「黄瀬くん。」
青嶌さんが呆れた声を出す。
「少し黙って。」
「はい。」
黄瀬は素直に口を閉じた。
そんなやり取りに。
俺たちは自然と笑ってしまう。
九十九会との一件。
小紫さんのこと。
重いものを抱えたままだったけれど。
この瞬間だけは。
いつもの俺たちの日常が戻ってきた気がした。




