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護衛対象は、お嬢様でした。  作者: 愚兎
文化祭、してみました。
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117/126

24

◇ ◇ ◇

一方その頃――。

都心に建つ超高層オフィスビル。

そのビル一棟すべてを、一つの巨大企業が所有している。

昼夜を問わず多くの社員が働く、日本有数の企業本社。

しかし。

その高層階には、一般社員ですら立ち入ることのできない区画が存在した。

ロゼは、その一室で夜景を眺めていた。

窓の向こうでは、無数の明かりが宝石のように街を彩っている。

「……楓。」

小さく呟いた、その時だった。

「――あら、ロゼちゃん。」

聞き慣れた声と共に、扉が静かに開く。

百鬼虹士郎が、不気味な笑みを浮かべながら部屋へ入ってくる。

「楓ちゃんは?」

ロゼは視線を外さないまま答えた。

「……さぁ。」

「バツが悪くなって。」

「家にでも帰ってるんじゃないかしら。」

百鬼は小さく笑う。

「ロゼちゃん。」

「嘘は嫌いよ。」

その一言で、部屋の空気が張り詰める。

ロゼはゆっくりと振り返った。

「……何が言いたいの?」

百鬼は楽しそうに笑みを深める。

「言い方を変えましょうか。」

「楓ちゃんは。」

「青嶌家へ逃げ込んだ。」

「私は、この目で見た。」

ロゼの表情が僅かに変わる。

百鬼はその反応を見逃さない。

「しかも。」

「黒鉄朝陽。」

「青嶌羽唯。」

「あの二人と一緒にね。」

「つまり。」

「楓ちゃんは。」

「組織を裏切った。」

「そういうことで間違いないわよね?」

沈黙。

ロゼは何も答えない。

百鬼はゆっくりと歩み寄る。

「ロゼちゃん。」

「あなたが庇いたい気持ちは分かる。」

「でも。」

「組織を裏切った者を匿うなら。」

「それは、あなたも同罪よ。」

百鬼の笑顔は変わらない。

それなのに。

部屋の温度だけが、一気に下がったような錯覚を覚えた。

百鬼は、楽しそうに肩を揺らした。

「裏切り者は。」

「粛清しなきゃね。」

「それが九十九会の掟でしょう?」

その言葉に。

ロゼの瞳から温度が消えた。

「……百鬼。」

「楓には。」

「猶予を与えただけよ。」

「自分の意思で戻ってくる可能性は、まだ残っている。」

百鬼は鼻で笑う。

「戻る?」

「青嶌家へ逃げ込んだ時点で。」

「もう答えは出てるじゃない。」

「あなたも分かってるでしょ?」

ロゼは静かに百鬼を見据えた。

「もし。」

「楓に手を出したら――。」

「その時は。」

「私が、あんたを殺すわ。」

部屋の空気が一瞬で凍り付く。

百鬼は目を細めると、嬉しそうに笑った。

「あははっ!」

「面白いじゃない!」

「やってみなさいよ!」

次の瞬間。

ギィン――。

百鬼の両手から、鋭い鉤爪がせり出す。

それを見たロゼも、腰から一本のナイフを静かに抜いた。

互いに一歩も譲らない。

百鬼が床を蹴る。

「ハァッ!」

鉤爪がロゼの喉元を狙う。

ロゼは半歩だけ身体を逸らし、ナイフで受け流した。

キィィン!!

火花が散る。

続けざまに百鬼の蹴りが飛ぶ。

ロゼは腕で受け止め、その勢いを利用して距離を取る。

「相変わらず。」

「しぶといわね。」

「あなたも。」

「昔より腕を上げたじゃない。」

二人の殺気が部屋を満たした、その時だった。

「そこまでだ。」

低く落ち着いた声が響く。

その一言だけで。

二人の動きが止まる。

部屋の入口には、一人の男が立っていた。

白髪が多く混じった黒髪。

年齢を感じさせながらも、一切の隙を見せない鋭い眼光。

整ったスーツを纏い、静かに二人を見据えている。

「……先生。」

ロゼが小さく呟く。

百鬼も不満そうに鉤爪を引っ込めた。

「もぉ。」

「あと少しだったのに。」

一条銀次は二人を一瞥すると、淡々と言い放つ。

「……何をしている。」

その声に感情はない。

だが、それ故に重かった。

「組織内部での抗争は禁じたはずだが。」

短い一言。

それだけで十分だった。

ロゼは静かにナイフを鞘へ戻す。

百鬼も両手の鉤爪を引っ込めると、悪びれる様子もなく肩をすくめた。

「ちょっとしたお遊びよ。」

「そんなにムキにならないでちょうだい。」

一条は百鬼を真っ直ぐ見据える。

「何か勘違いしているようだが。」

「九十九会の規律を乱す者は。」

「たとえお前であろうと。」

「私は容赦しない。」

百鬼の笑みが、ほんの一瞬だけ消えた。

百鬼は露骨に顔をしかめると、小さくため息を吐いた。

「……わ、分かったわよ。」

「そんな怖い顔しないでちょうだい。」

一条は百鬼の軽口には一切反応を示さない。

「なら。」

「事の顛末を話せ。」

視線はロゼへ向けられる。

ロゼはわずかに目を伏せた。

「それは……。」

一条の鋭い眼光がロゼを射抜く。

「何か。」

「話せない理由でもあるのか?」

一瞬の沈黙。

その静寂を破ったのは百鬼だった。

「あら。」

「そんな回りくどい話、必要かしら。」

百鬼は楽しそうに笑いながら言い放つ。

「この子の可愛がっていた子が」

「神白側に寝返ったのよ。」

ロゼの表情が一変する。

「……百鬼。」

「あんた……。」

百鬼は悪びれる様子もなく肩をすくめた。

「だって。」

「本当のことでしょ?」

部屋に静寂が落ちる。

一条は百鬼を一瞥しただけで、すぐにロゼへ視線を戻した。

「ロゼ。」

「私は感情論を聞きたいわけではない。」

「知りたいのは事実だけだ。」

「楓は。」

「自ら組織を裏切ったのか。」

ロゼは数秒だけ目を閉じる。

「……はい。」

「現時点では。」

「そう判断するしかありません。」

百鬼は鼻で笑う。

「ほらね。」

「だから言ったじゃない。」

一条は百鬼の言葉を手で制した。

「裏切った理由は?」

「はっきりとは…。」

「分かっていることは」

「黒鉄朝陽。」

「青嶌羽唯。」

「現在あの二人と行動を共にしています。」

その名前を聞いた瞬間。

一条の表情が僅かに変わった。

「……黒鉄だと。」

ロゼはその反応に気付きながら答える。

「はい。」

「黒鉄朝陽という少年です。」

一条は数秒間、黙り込む。

そして静かに問い掛けた。

「その人物について。」

「何か分かっていることはあるか。」

「え……?」

ロゼは一瞬戸惑う。

「何でもいい。」

「分かっていることを報告しろ。」

「はい。」

「現在、開路学園一年生。」

「神白伊吹や青嶌羽唯と親しく――」

「違う。」

一条がロゼの言葉を遮る。

「私が聞いているのは出自だ。」

ロゼは一瞬だけ目を見開いた。

「……申し訳ございません。」

「確かな情報ではありませんが。」

「黒鉄朝陽は。」

「父は他界し、現在は母の夜宵、妹の夕奈と三人で暮らしているもよう」

「また、黒鉄流先代当主。」

「黒鉄天元のもとで修練を積んでいるようです。」

一条はしばらく黙ったまま、ロゼを見つめていた。

やがて。

ふっと口元を緩める。

「……そうか。」

「そうか、そうか。」

「奴の倅か。」

その呟きは、どこか懐かしさを含んでいた。

ロゼは思わず顔を上げる。

「……先生。」

「黒鉄朝陽をご存じなのですか?」

一条は答えない。

ただ小さく笑みを浮かべたまま、窓の外へ視線を移した。

「まさか。」

「こんな形で巡り巡ってくるとはな……。」

その言葉の意味を理解できる者は、この場には誰もいない。

百鬼だけが怪訝そうに眉をひそめた。

「何?」

「知り合い?」

「……いや。」

一条は静かに首を振る。

「独り言だ。」

そして話題を切り替えるようにロゼへ向き直る。

「楓の件だが。」

「当面はそのままにしておけ。」

ロゼは驚いたように目を見開く。

「……よろしいのですか?」

「構わん。」

「今、あの娘を追えば。」

「こちらが動いたことを相手に悟られる。」

「それに。」

「今はまだ。」

「泳がせておいた方が面白い。」

百鬼は不満そうに肩をすくめる。

「甘いわね。」

「裏切り者は、その場で始末するのが一番でしょう?」

一条は百鬼を一瞥する。

「焦る必要はない。」

「楓は必ず動く。」

「その時に回収すればいい。」

「……承知しました。」

ロゼは静かに頭を下げた。

その横で百鬼だけが、どこか納得のいかない表情を浮かべていた。

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