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一通りの説明と今後の段取りを終えると、源吾さんは壁掛け時計へ目を向けた。
「……もうこんな時間か。」
時計の針は、すでに夜を回ろうとしている。
源吾さんは俺たちへ穏やかな笑みを向けた。
「今日は色々ありすぎた。」
「皆、疲れているだろう。」
「黒鉄君は後で車で送ろう。」
「それまで。」
「リビングで少し休んでいてくれ。」
「小紫さんも。」
「今日からここが君の居場所だ。」
「緊張するだろうが、肩の力を抜いて過ごしなさい。」
「……はい。」
俺たちは源吾さんへ一礼すると、青嶌さんに案内され書斎を後にした。
廊下を歩き、広々としたリビングへ入る。
「飲み物を持ってくるね。」
そう言って青嶌さんがキッチンへ向かうと、部屋には俺と小紫さんだけが残った。
しばらく沈黙が続いたあと、小紫さんが静かに口を開く。
「……黒鉄君。」
「今日は、本当にありがとうございました。」
「もし皆さんと出会えていなかったら。」
「私は、きっと一人で抱え込んだままでした。」
「だから。」
「本当に感謝しています。」
そう言って、小紫さんは深々と頭を下げた。
俺は慌てて手を振る。
「そんな。」
「俺は何もしてないよ。」
「話を聞いただけだし。」
小紫さんは小さく笑う。
「ふふっ。」
小紫さんは優しく微笑んだ。
少しだけ部屋に穏やかな空気が流れる。
そして。
何かを思い出したように、小紫さんが口を開いた。
「そういえば。」
「今日で、一つ疑問が解けました。」
俺は首を傾げる。
「疑問?」
「はい。」
「入学前に。」
「青嶌家から、神白さんを護衛する人が一人、学園へいるとだけ聞かされていました。」
「だから私は。」
「その護衛は青嶌さんだけだと思っていたんです。」
「でも。」
「学園生活が始まってから。」
「黒鉄君も、護衛の人間のような動きをしていました。」
「神白さんに危険が迫れば真っ先に動く。」
「常に周囲を警戒している。」
「だから。」
「『護衛は一人のはずなのに……』と、ずっと不思議だったんです。」
小紫さんは少し微笑んだ。
「でも、今。」
「黒鉄君も神白家の護衛をされていると聞いて。」
「ようやく納得しました。」
俺は少し照れくさそうに頭を掻く。
「うん。」
「俺も青嶌家に雇われてるんだ。」
「神白さんの護衛は、アルバイトって形だけどね。」
小紫さんは小さく頷くと、どこか安心したように微笑んだ。
「そうだったんですね。」
「なら。」
「今日から同僚ですね。」
その一言に、俺は思わず笑みをこぼした。
その時だった。
コンコン――。
リビングの扉が静かにノックされる。
「失礼します。」
国守さんが一礼しながら部屋へ入ってきた。
「旦那様。」
「お車の準備が整いました。」
その後ろから、源吾さんもゆっくりと姿を現す。
「黒鉄君。」
「約束通り送っていこう。」
「もう夜も遅い。」
「君のお母様も心配されているだろう。」
「ありがとうございます。」
俺は立ち上がり、小紫さんへ視線を向けた。
「じゃあ。」
「また明日。」
小紫さんは少し寂しそうに笑う。
「……はい。」
「今日は、本当にありがとうございました。」
「皆さんのおかげで。」
「私は前へ進めそうです。」
「だから。」
「次に会う時は、ちゃんと胸を張っていられる私でいたいです。」
「うん。」
「無理だけはしないで。」
俺がそう言うと、小紫さんは優しく頷いた。
「はい。」
その隣で青嶌さんも微笑む。
「また学校でね。」
「これからは。」
「同じ仲間なんだから。」
「……はい。」
小紫さんの返事は、少しだけ力強くなっていた。
俺は二人へ軽く手を振ると、源吾さんと一緒に屋敷を後にした。
車は静かに夜の街を走る。
車内に流れるのは、エンジンの低い音だけ。
今日一日の出来事があまりにも濃すぎて、俺も源吾さんも自然と無言になっていた。
やがて見慣れた住宅街へ入る。
「着いたよ。」
源吾さんの一言で我に返る。
車はゆっくりと俺の家の前へ停車した。
「今日はありがとうございました。」
俺が頭を下げると、源吾さんは穏やかに微笑んだ。
「こちらこそ。」
「今日はゆっくり休みなさい。」
「また何かあれば、いつでも連絡してくれて構わない。」
「はい。」
「失礼します。」
俺は車を降りる。
ドアが静かに閉まり、黒塗りのセダンはゆっくりと夜の街へ走り去っていった。
俺はその姿を見送ると、小さく息を吐く。
「……疲れた。」
空を見上げる。
雲一つない夜空には、星が瞬いていた。
今日だけで知った真実は、あまりにも多い。
九十九会。
ロゼ。
百鬼。
そして、小紫さんの過去。
まだ何一つ終わってはいない。
むしろ――。
すべては、ここから始まる。
そう思いながら、俺は静かに玄関の扉を開けた。




