22
扉を開けると、そこは落ち着いた雰囲気の書斎だった。
壁一面に本棚が並び、部屋の中央には大きなローテーブルと向かい合うようにソファが置かれている。
その奥で、一人の男性が静かに立ち上がった。
青嶌さんの父――源吾さんだった。
俺たちを見ると、穏やかに微笑む。
「よく来たね。」
「立ち話も何だから。」
「まずは座りなさい。」
その言葉に促され、俺と小紫さんは並んでソファへ腰を下ろす。
向かいには源吾さん。
その隣へ青嶌さんが座った。
部屋が静まり返る。
源吾さんは俺たちをゆっくり見回したあと、娘へ視線を向けた。
「電話では。」
「話したいことがある、としか聞いていない。」
「それに。」
「客人を二人連れて来るともね。」
そう言って俺たちへ穏やかな視線を向ける。
「さて。」
「何があったのかな。」
「順を追って聞かせてもらおう。」
青嶌さんは真剣な表情で頷いた。
「はい、お父さん。」
「今日あったことを、全部お話しします。」
そう言って青嶌さんは、小さく息を吸い込んだ。
俺たちは、今日あった出来事を最初から順を追って話した。
小紫さんの正体。
ロゼさんとの関係。
黒天狗との一件との繋がり。
そして、九十九会と公園で聞いた過去の話まで。
途中、源吾さんは一度も口を挟まなかった。
ただ静かに耳を傾け、時折、小さく頷くだけだった。
すべてを話し終えると、部屋は静寂に包まれる。
源吾さんはゆっくりと目を閉じ、一度だけ深く息を吐いた。
そして右手でこめかみを軽く押さえ、小さく首を振る。
「……なるほど。」
「話は、大体分かった。」
その穏やかな口調とは裏腹に、その表情は今までになく真剣だった。
「正直に言おう。」
「予想以上に厄介な話だ。」
「相手が単なる犯罪組織なら。」
「警察へ引き渡して終わりだった。」
「だが。」
「総帥という人物が本当に存在し。」
「その背後に、君たちが話したような組織があるのだとしたら。」
「話は全く変わってくる。」
「そして百鬼という名前だけは。」
「私も噂程度には耳にしたことがある。」
「だが。」
「所属も。」
「組織の名前も。」
「誰一人として掴めていなかった。」
「今回初めて。」
「その男の背後に、そこまで大きな組織がある可能性を知った。」
源吾さんは視線を小紫さんへ向ける。
「君は。」
「その組織を抜ける覚悟は、もう決まっているんだね。」
小紫さんは一瞬だけ迷うように目を伏せた。
だが、その迷いはすぐに消え、真っ直ぐ源吾さんを見返した。
「……はい。」
「もう。」
「戻るつもりはありません。」
「皆さんを騙し続けるのも。」
「組織の一員として生きるのも。」
「終わりにしたいです。」
源吾さんはその返事を聞き、静かに頷いた。
「分かった。」
「なら、私も腹を括ろう。」
その一言に、俺たちは思わず顔を上げる。
「ただし。」
源吾さんの表情が一段と引き締まる。
「これは君たち高校生だけで抱えられる問題じゃない。」
「ここから先は。」
「私たち大人も動く。」
「その代わり。」
「君たちは決して独断で動かないこと。」
「何かあれば、必ず私へ連絡する。」
「いいね?」
俺たちは顔を見合わせると、力強く頷いた。
「「はい。」」
源吾さんは一度息を整えると、俺たち三人を順番に見渡した。
「では。」
「これから、小紫さんをどうするかを考えよう。」
部屋の空気が再び張り詰める。
源吾さんは静かな口調のまま続けた。
「今の話を聞く限り。」
「小紫さんは、組織を半ば強引に抜けた形になる。」
「本人にその意思があったかどうかは関係ない。」
「向こうから見れば。」
「裏切った。」
「そう判断される可能性が高い。」
小紫さんは黙って頷いた。
「……はい。」
「そうなると思います。」
源吾さんは腕を組む。
「つまり。」
「今の小紫さんは。」
「非常に危険な状態に置かれているということだ。」
「いつ組織が動き出しても、おかしくはない。」
「もちろん。」
「自宅へ帰ることも難しいだろう。」
小紫さんは静かに目を伏せた。
「……はい。」
「もう、帰れません。」
源吾さんは少しだけ考え込むと、ゆっくりと口を開いた。
「そこで。」
「私から、一つ提案がある。」
俺たちは自然と姿勢を正す。
「小紫さん。」
「黒鉄君と同じように。」
「青嶌家で護衛の仕事をしてみませんか?」
「……え?」
小紫さんは驚いたように目を見開いた。
源吾さんは穏やかに続ける。
「話を聞く限り。」
「あなたは武術の訓練を積んでいる。」
「護衛としての素質も十分あるように思える。」
「その力を、ここで役立ててみませんか。」
「わ、私が……ですか?」
戸惑いを隠せない様子で、小紫さんが聞き返す。
「えぇ。」
源吾さんは静かに頷いた。
「青嶌家の敷地内には、使用人や護衛が生活している別邸があります。」
「そこへ住み込みという形になります。」
「もちろん。」
「他の女性従業員と一緒です。」
「そうすれば。」
「小紫さんの安全も。」
「住む場所も。」
「そして収入も保証できます。」
「私は。」
「決して悪い話ではないと考えています。」
あまりにも突然の提案に。
俺たち三人は、しばらく言葉を失っていた。
「……。」
「……。」
「……。」
最初に口を開いたのは、小紫さんだった。
「私なんかで……。」
「本当に、いいんですか?」
「こんな私を受け入れていただけるなんて……。」
「正直。」
「願ってもみない提案です。」
源吾さんは優しく微笑んだ。
「もちろんです。」
「では。」
「さっそく手続きを進めましょう。」
源吾さんは部屋の入口へ視線を向けた。
「国守。」
「入ってきてくれ。」
「はい。」
扉が静かに開き、一人の男性が入室する。
源吾さんは簡潔に事情を説明すると、住み込みの準備を進めるよう指示を出した。
話は驚くほどの速さで進んでいく。
その様子に俺が圧倒されていると。
隣から青嶌さんが、そっと身を寄せてきた。
「黒鉄君。」
小さな声で耳打ちする。
「実は、うちって神白家の護衛だけじゃなくて。」
「企業や個人の身辺警護も請け負ってるの。」
「だから慢性的な人手不足なんです。」
「それに。」
「女性の護衛が圧倒的に足りなくて。」
「お父さん、ずっと頭を悩ませてたから……。」
少しだけ笑みを浮かべる。
「たぶん。」
「お父さんにとっても。」
「願ったり叶ったりなんだと思う。」
「なるほど……。」
思わず苦笑いが漏れた。
すると、源吾さんが改めて小紫さんへ視線を向ける。
「もちろん。」
「これは当面、住み込みという形になります。」
「ですが。」
「今回の件が落ち着き。」
「もし、この仕事を気に入っていただけたのなら。」
「そのまま正規社員として働いていただいても構いません。」
その言葉に、小紫さんは驚いたように目を見開いた。
「せ……正規社員、ですか?」
「えぇ。」
「能力次第ではありますが。」
「私は、十分見込みがあると思っています。」
「ありがとうございます……。」
小紫さんは何度も頭を下げる。
その様子を見ながら、青嶌さんが俺の袖を軽く引っ張った。
「ね?」
小さく微笑みながら耳元で囁く。
「言った通りでしょ?」
俺は思わず苦笑する。
「確かに。」
「源吾さんにとっても、小紫さんにとっても。」
「お互い願ったり叶ったりだったんだね。」
青嶌さんは満足そうに小さく頷いた。




