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護衛対象は、お嬢様でした。  作者: 愚兎
文化祭、してみました。
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112/127

19

「先生は。」

「スリをしたお姉さまを、その場で捕まえた。」

「でも。」

「怒りもしなかった。」

「殴りもしなかった。」

「ただ。」

『腹は減っているか。』

「そう聞いたらしいの。」

俺達は思わず顔を見合わせる。

「お姉さまは。」

「その意味が分からなくて。」

「何も答えられなかったって。」

小紫さんは少しだけ微笑む。

「先生は近くの屋台で。」

「温かいご飯を買って。」

「お姉さまに渡した。」

『食え。』

『先生はね。』

『ただ、静かに私を見て言ったの。』

――力の無い者は、奪われる。

――甘い者は、踏みにじられる。

――そして、そのまま誰にも知られず消えていく。

『それが、この世界の現実だ。』

『綺麗事だけでは、生き残れない。』

『だからと言って。』

『俺がお前に示す道が、正しいとは限らない。』

『だが。』

『このまま路上で朽ち果てるよりは、生きられる可能性はある。』

『選ぶのは、お前だ。』

『ついて来るか。』

『それとも、この場所で死ぬまで足掻くか。』

「……お姉さまは。」

「先生の言葉を聞いて。」

「何も返せなかった。」

「でも。」

「その背中について行った。」

「それが。」

「お姉さまと先生の始まりだったって。」

小紫さんは小さく微笑みながら、ゆっくりと言葉を続けた。

「だから……。」

「その時のお姉さまには。」

「昔の自分と、私が重なって見えたんだと思う。」

「親に捨てられて。」

「行く場所もなくて。」

「誰にも必要とされない子どもだった私を。」

「昔のお姉さま自身と重ねていたんじゃないかなって。」

「……それが。」

「お姉さまが私を育ててくれた理由だと、私は思ってる。」

小紫さんはそう言うと、どこか寂しそうに微笑んだ。

その笑顔を見ても。

俺たちは、誰一人として言葉を返すことができなかった。

ロゼさんが歩んできた人生。

小紫さんが歩んできた人生。

その二人の背負ってきたものは、あまりにも重すぎた。

俺たちが生きてきた世界とは、何もかもが違う。

簡単な慰めなんて、きっと届かない。

励ましの言葉だって、あまりにも軽く感じてしまう。

だから俺たちは。

どう声を掛ければいいのか分からず、ただ静かに小紫さんを見つめることしかできなかった。

重苦しい沈黙が、公園を包む。

誰も言葉を見つけられなかった。

俺は何度も口を開こうとしては閉じる。

励まそうとしても。

どんな言葉も薄っぺらく思えてしまう。

それでも――。

俺は、伝えなきゃいけないと思った。

「……小紫さん。」

俺はゆっくりと顔を上げる。

「俺。」

「やっぱり。」

「ロゼさんのことを悪い人だとは思えない。」

小紫さんの肩が小さく震えた。

「もちろん。」

「九十九会がやってることは許せない。」

「人を傷つけて。」

「利用して。」

「そんなことは間違ってる。」

「でも。」

「少なくとも。」

「ロゼさんが小紫さんを大切に思ってることだけは。」

「今日の話を聞いて、ちゃんと伝わった。」

「だから。」

「いつか。」

「ロゼさんも。」

「小紫さんと同じように。」

「笑って生きられる日が来ればいいなって。」

その瞬間。

小紫さんの瞳が大きく揺れた。

「……え。」

まるで。

そんなことを言われるなんて思ってもいなかったというように。

驚いた表情で、俺を見つめていた。

「……黒鉄君は、本当に変わってる。」

小紫さんは少しだけ困ったように笑った。

「普通。」

「九十九会の話を聞いたら。」

「怖がるか。」

「嫌うか。」

「そのどっちかなのに。」

俺は頭をかく。

「そうかな。」

「俺は。」

「その人が何をしてきたかも大事だけど。」

「その人が何を思ってたかも知りたいだけ。」

「知らないまま決めつけるのは。」

「何か違う気がするから。」

「……。」

小紫さんは目を丸くしたあと、小さく吹き出した。

「やっぱり。」

「変わってる。」

その様子を見ていた青嶌さんが、くすっと笑う。

「うん。」

「黒鉄君はそういう人。」

「考えるより先に、人を信じちゃう。」

「危なっかしいくらいにね。」

「えぇ……。」

思わず情けない声が漏れる。

「褒められてるの、それ。」

青嶌さんは肩をすくめながら笑った。

「半分は。」

「もう半分は心配してる。」

「ほっとくとすぐ無茶するでしょ?」

「……否定できないかも。」

俺が苦笑すると。

小紫さんは声を漏らして笑った。

その笑顔は。

今日初めて見る、本当に肩の力が抜けた笑顔だった。

その笑顔を見て。

俺も。

青嶌さんも。

ようやく少しだけ、胸のつかえが下りた気がした。

そして小紫さんは笑顔を浮かべたまま、ふと申し訳なさそうに俯いた。

「……ごめんなさい。」

「私が知っていることは。」

「もう、あまり多くないの。」

「それでも。」

「九十九会の幹部の名前くらいなら分かるわ。」

「一人は。」

「お姉様。」

「あとは…。」

「百鬼虹士郎。」

その名前が口にされた瞬間だった。

「……っ!」

俺と青嶌さんは、ほぼ同時に息を呑んだ。

「百鬼……。」

思わず漏れた俺の声に、小紫さんが不思議そうに顔を上げる。

「……知ってるの?」

俺は青嶌さんと目を合わせる。

あの日。

御影グループで香取さんを殺害したとされる男。

俺たちが疑っていた人物。

その名が、今ここで小紫さんの口から語られた。

偶然とは思えなかった。

公園の空気が、一気に張り詰める。

俺はゆっくりと小紫さんへ向き直った。

「小紫さん。」

「その百鬼って……。」

「どんな人なんだ?」

小紫さんは俺たちの表情を見て、静かに頷いた。

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