18
しばらく、誰も口を開かなかった。
静かな公園に、虫の鳴き声だけが響く。
「……。」
俺は握っていた拳に力が入っていることに気付く。
「……そんなの。」
小さく漏れた声は、自分でも驚くほど震えていた。
「そんなの辛すぎる……。」
「子ども一人が背負うには重すぎるよ…。」
怒りだった。
小紫さんの両親にも。
九十九会にも。
そして……こんな理不尽な現実にも…。
全部が許せなかった。
青嶌さんも俯いたまま、小さく息を吐く。
「……ごめん。」
小紫さんが驚いたように顔を上げる。
「え……?」
「今まで。」
「そんな思いを抱えていたなんて。」
「全然気付いてあげられなかった。」
青嶌さんはそっと小紫さんの手へ自分の手を重ねた。
「寂しかったよね。」
「辛かったよね」
「苦しかったよね。」
「一人で頑張ってきたんだね。」
その優しい言葉に、小紫さんの目尻がまた少し赤くなる。
俺はゆっくり口を開いた。
「……小紫さん。」
「ありがとう。」
「話してくれて。」
「きっと。」
「話すのも辛かったよね。」
「でも。」
「俺たちは知れてよかった。」
「もう。」
「一人で抱え込まなくていい。」
小紫さんは涙をこらえながら、小さく笑った。
「……うん。」
「ありがとう。」
再び静かな時間が流れる。
さっきまで胸の中を埋め尽くしていた怒りは消えていない。
だけど今は、それよりも知りたいことがあった。
俺はゆっくりと息を吸い、小紫さんを見つめる。
「……小紫さん。」
「一つだけ。」
「聞いてもいいかな。」
小紫さんは少しだけ首を傾げた。
「……なに?」
「ロゼさんのこと。」
「さっきの話を聞いてても分かる。」
「あの人は九十九会っていう組織の人間だよね…。」
「なのに。」
「どうして、そこまで小紫さんを大切に育てたんだ?」
「俺には……。」
「そこだけが、どうしても分からない。」
小紫さんは少しだけ目を伏せ、どこか懐かしむように小さく微笑んだ。
「……お姉さまは。」
「自分のことを話したがる人じゃなかった。」
「だから。」
「私も、お姉さまの過去はほとんど知らない。」
「でも。」
「一度だけ。」
「昔の話をしてくれたことがあったの。」
小紫さんは遠くを見つめるように目を細める。
「お姉さまは。」
「どこか東南アジアの生まれだって言っていた。」
「とても貧しい家庭で育って。」
「学校にも通えなかった。」
「毎日。」
「路上で物を売ったり。」
「靴を磨いたり。」
「そうやって、お金を稼いでいたみたい。」
「それでも生活は苦しくて。」
「最後には。」
「家族も、お姉さまを養いきれなくなって。」
「捨てられたって……。」
小紫さんは静かに俯く。
「それからは。」
「同じように行き場を失った子どもたちと一緒に。」
「スリや。」
「窃盗を繰り返して。」
「その日を生きることだけを考えて暮らしていたらしいの。」
少し間を置いて、小さく息を吐く。
「そして、ある日。」
「いつものようにスリの標的にした日本人がいた。」
「その人が――。」
「九十九会の統括責任者。」
「一条銀次…。」
「私と、お姉さまが。」
「"先生"と慕っていた人だったの。」




