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護衛対象は、お嬢様でした。  作者: 愚兎
文化祭、してみました。
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109/126

16

「……私がまだ十歳になる前だった頃の話。」

小紫さんは静かに息を吐いた。

「その頃の記憶が、少し曖昧で…。」

「だから、これから話すことは。」

「ロゼお姉さまから聞いた話。」

少しだけ目を伏せる。

「私のお父さんとお母さんは。」

「裏カジノへ通っていたらしいの。」

「負けてはツケを重ねる。」

「それを何度も繰り返して。」

「気付いた時には、どうにもならないくらい借金が膨らんでた。」

「追い詰められた二人は」

「最後にイカサマへ手を出したの。」

「馬鹿よね、すぐにバレるのに…。」

「その報告を受けて、その場へ向かったのが。」

「ロゼお姉さま含めた数名。」

「その時の私は。」

「何も知らずに家で待っていた。」

「ロゼお姉さまの話では。」

「借金を返せる当てなんて、最初からないことは分かっていたらしい。」

「だから。」

「新薬の実験体にするか。」

「臓器を売らせるか。」

「そんな話をしていたみたい。」

「すると、お父さんとお母さんは。」

『娘がいます。』

『あの子を差し出します。』

『だから、借金を帳消しにしてください。』

「……そう言ったって。」

小紫さんは、自嘲するように小さく笑った。

「……ひどい両親でしょ?」

その笑みは笑っているのに、どこか寂しかった。

「でもね。」

「私は、あまり驚かなかったの。」

俺も青嶌さんも黙って耳を傾ける。

「もともと、お父さんとお母さんには。」

「虐待まがいなことをされていたから。」

「殴られることも。」

「食事を与えられないことも。」

「部屋に閉じ込められることも。」

「それが当たり前だった。」

小紫さんは遠くを見るように視線を落とす。

「だから。」

「私を差し出したって聞いた時も。」

「やっぱりって思っただけ。」

その言葉に、胸が締め付けられる。

十歳にも満たない子どもが、そんなことを当たり前だと思っていたなんて――。

小紫さんは小さく首を横に振った。

「……でも。」

「そんなことが許されるはず、なかった。」

「お父さんとお母さんは。」

「あの日から、二度と私の前に現れなかったわ。」

静かな声だった。

だけど、その一言がすべてを物語っていた。

「私は何も知らないまま。」

「一人で家に残されて。」

「いつ帰ってくるのかなって。」

「毎日、玄関を見つめながら待ってた。」

一日。

二日。

三日。

幼い私は、何日待てば『ただいま』が聞けるのかも分からないまま、ただ帰りを信じて待ち続けていた。

「……そして。」

「数日が過ぎた頃。」

「玄関のドアが開いたの。」

小紫さんは静かに息を飲む。

「帰ってきたって思った。」

「嬉しくて、玄関まで走った。」

「『お父さん!』『お母さん!』って。」

「何も疑わずに扉を開けた。」

「でも。」

「そこに立っていたのは。」

「知らない女の人だった。」

「薄桃色の髪で。」

「とても綺麗な人だったのを覚えてる。」

「でも、その時の私には。」

「その人が誰なのかなんて、分からなかった。」

「その人は。」

「何も言わずに、しばらく私のことを見つめてた。」

「その目は……。」

「今思えば、どこか悲しそうだった気がする。」

小紫さんは少しだけ視線を落とす。

「しばらくして、その人は私の前まで歩いてきて。」

静かな声で言った。

『楓。』

『荷物をまとめなさい。』

「私は意味が分からなくて。」

「『なんで?』」

「『どこに行くの?』」

「『お父さんとお母さんは?』」

「って、何度も聞いた。」

「でも。」

「その人は静かに首を横へ振って。」

『もう……帰ってこないわ。』

「ただ、それだけ言った。」

小紫さんは寂しそうに笑う。

「十歳にもなってなかった私は。」

「"帰ってこない"って言葉の意味が分からなかった。」

「だから。」

「『帰ってくるもん。』って。」

「玄関でずっと待ってた。」

「夕方になっても。」

「夜になっても。」

「帰ってこなかった。」

静かな沈黙が流れる。

「そんな私を見て。」

「その人は、ゆっくり私の前にしゃがんだ。」

『楓。』

『あなたは何も悪くない。』

『悪いのは、駄目な大人よ。』

「そう言って。」

「初めて私の頭を優しく撫でてくれた。」

「その人が。」

「今の……ロゼお姉さま。」

「私の育ての親。」

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