15
さっきまで張り詰めていた空気が、少しだけ柔らかくほどけていった。
「さて。」
青嶌さんがパンッと両手を叩く。
「そろそろ戻ろっか。」
「みんな心配してるだろうし。」
「あ……。」
俺は思わず時計を見る。
「やば。」
「ゴミ捨ての途中だった。」
「絶対黄瀬に文句言われる。」
その言葉に青嶌さんが吹き出す。
「それは言われるね。」
「黄瀬君は百パーセント騒いでる。」
「間違いない。」
久しぶりに自然な笑みがこぼれた。
小紫さんも、小さく笑う。
「……ふふ。」
その笑顔を見て、俺は胸をなで下ろした。
少なくとも今は。
ちゃんと笑えている。
「行こう。」
俺がそう言うと、小紫さんは小さく頷く。
「……はい。」
俺たちは校舎裏を後にし、教室へ戻った。
教室では案の定、文化祭初日を終えた後で慌ただしかった。
模擬店で使った器具を洗い、机や椅子を元の位置へ戻し、使用した備品を整理する。
明日も文化祭は続く。
そのため、完全な現状復帰ではなく、二日目の準備を残したまま教室を整えていく。
「そこ段ボールまとめてー!」
「こっち終わった!」
「黄瀬! サボるな!」
「サボってねぇって!」
いつもの騒がしい教室。
つい数十分前までの出来事が嘘のようだった。
小紫さんも、何事もなかったかのように皆と一緒に作業をしている。
時折見せる笑顔は少しぎこちなかったが、それでも無理に取り繕っているようには見えなかった。
その姿に、俺は少しだけ安心する。
やがて片付けも終わり、明日の準備も一段落した。
担任の号令で解散となり、俺たちはそれぞれ帰路につく。
まずは神白さんを自宅まで送り届ける。
「今日は楽しかったですね。」
神白さんはいつもの優しい笑顔を浮かべた。
「明日もよろしくお願いいたします。」
「うん、よろしく。」
短く返事をすると、神白さんは門の向こうへ消えていく。
その後、小紫さんと青嶌さんとも駅前で別れた。
「また明日。」
「うん、また明日。」
周囲から見れば、ごく普通の別れ際。
だけど、それは表向きだけだった。
本当は。
皆には内緒で、もう一度集まる約束をしている。
場所は、駅に隣接する小さな公園。
誰にも聞かれず、今日の出来事を話すために。
「じゃあ俺はこっちっす!」
黄瀬が大きく手を振る。
「また明日!」
「またな。」
黄瀬の姿が人混みの中へ消えていくのを見届けると、俺は静かに踵を返した。
向かう先は――駅横の公園だった。
駅前を歩く人混みを抜け、俺は約束していた公園へ向かった。
駅に隣接するその公園は、昼間は子どもたちで賑わう場所だが、この時間になると人影もまばらだった。
俺が辺りを見回していると、
「黒鉄君。」
聞き慣れた声が聞こえた。
振り向くと、小紫さんと青嶌さんが並んで立っていた。
「待たせちゃった?」
「いえ、私達も今来たところです。」
そう答えると、俺たちは三人は近くのベンチへ腰を下ろした。
昼間とは違い、聞こえるのは虫の鳴き声と、駅へ出入りする電車の走行音だけ。
誰も口を開かなかった。
文化祭での楽しい思い出。
体育館裏での出来事。
あの人の言葉。
すべてが頭の中を巡っていた。
やがて俺は、小さく息を吸う。
「……小紫さん。」
「まずは一つだけ、聞いてもいい?」
小紫さんは静かに頷いた。
「……はい。」
「今日いた、あの人。」
「小紫さんのお姉さん……なんだよね?」
その問いに、小紫さんは俯く。
握った両手へ力が入り、指先が白くなっていく。
長い沈黙。
やがて、小さく首を横へ振った。
「……違う。」
その一言に、俺と青嶌さんは思わず顔を見合わせる。
「え……?」
「実のお姉さんじゃ、ないの?」
青嶌さんが静かに尋ねる。
小紫さんはゆっくりと頷いた。
「あの人の名前は……ロゼ。」
「私の実の姉じゃない。」
「私の面倒をみてくれていたひと。」
静かな夜風が三人の間を吹き抜ける。
俺は思わず息をのんだ。
「あの人が……。」
「どういうこと?……。」
小紫さんは小さく頷き、どこか遠くを見るように空へ視線を向けた。
「全部話すね。」
「私が、どうしてあの組織にいるのか。」
「どうして神白さんを監視していたのか。」
「その前に……。」
「まずは、私の話を聞いてほしい。」




