14
彼女は初めて青嶌さんへ視線を向けた。
その表情は変わらない。
「青嶌家のご令嬢が。」
「まさか、ここまで踏み込んでくるとは思わなかったわ。」
青嶌さんは一歩も退かない。
「関係ない。」
「目の前で困っている友達を放っておけない。」
「それだけ。」
彼女は小さく息を吐く。
「……その言葉。」
「あなたのお父様が聞いたら、頭を抱えるでしょうね。」
青嶌さんはふっと笑う。
「その時は、その時。」
「怒られる覚悟くらいできてる。」
「でも。」
「小紫さんを見捨てる覚悟なんて、私にはない。」
彼女は静かに俺たちを見渡した。
俺。
青嶌さん。
そして、俺の胸に身を預ける小紫さん。
しばらくの沈黙。
やがて彼女は、小さく目を閉じた。
「……そう。」
「そこまで言うのね。」
誰にも聞こえないほど小さく呟く。
「楓。」
「今日は帰るわ。」
小紫が驚いて顔を上げる。
「お、お姉さま……?」
「ただし。」
彼女の視線が俺へ向く。
「今日だけよ。」
「あなたたちに時間をあげる。」
「でも忘れないで。」
「私たちの世界は、あなたたちの日常を待ってはくれない。」
「次に会う時。」
「あなたたちが同じ答えを出せるとは限らない。」
彼女は踵を返す。
数歩歩いたところで足を止めた。
振り返ることなく、小さく呟く。
「楓。」
「……後悔だけはしないことね。」
そのまま夕暮れの校舎裏へ静かに消えていった。
残された三人。
誰も口を開かなかった。
やがて彼女の姿が夕暮れの校舎裏へ消えていく。
重苦しい沈黙に耐えきれず、俺は静かに口を開く。
「……とりあえず。」
「見逃してくれたってこと、なのかな。」
青嶌さんは彼女が去っていった方向を見つめたまま、小さく頷いた。
「たぶんね。」
「今だけ。」
「そういうことだろうね。」
今だけかもしれない。
それでも。
今、この瞬間だけは小紫さんを守れた。
その事実だけが、少しだけ俺の心を軽くした。
少しずつ落ち着きを取り戻した小紫さんは、俺たちを見上げる。
それでも不安なのか、俺のクラスTシャツの裾を小さく握ったまま、震える声で口を開いた。
「皆さん……。」
「ご迷惑をおかけして……。」
「本当に、ごめんなさい……。」
俺は小さく首を横に振る。
「俺たちは。」
「小紫さんを助けたかっただけだから。」
青嶌さんも優しく微笑む。
「そうだね。」
「でも。」
「話は、ちゃんと聞かせてもらうからね?」
その言葉に、小紫さんは涙を拭いながら頷いた。
「……はい。」
「全部、お話しします。」
青嶌さんは満足そうに頷く。
「うん。」
「なら、それでいい。」
そう言った直後だった。
俺たちを見た青嶌さんの口元が、ゆっくりと緩む。
「ところでさ。」
「二人は。」
「いつまで、そのまま抱き合ってるのかな?」
「…………。」
その一言で、ようやく自分の状況に気付いた。
「……あ。」
小紫さんも同じだったらしい。
ゆっくりと顔を上げ、俺と目が合う。
数秒の沈黙。
「っ……!」
みるみるうちに小紫さんの頬が真っ赤に染まる。
「く、黒鉄君……。」
俺も一気に顔が熱くなる。
離れようと体を動かしかける。
だけど。
まだ小紫さんの足元は少しふらついていた。
今、腕を離せば、そのまま倒れてしまいそうだ。
どうしていいのか分からず固まっていると――
青嶌さんが吹き出した。
「いや、離さなくていいんだけどさ。」
「そのまま固まってる二人が面白くて。」
「青嶌さん!」
思わず声を上げる俺を見て、青嶌さんは楽しそうに笑う。
「ふふっ。」
その笑いにつられるように、小紫さんも涙を拭い、小さく笑みを浮かべた。
さっきまで張り詰めていた空気が、少しだけ柔らかくほどけていった。




