13
腕を掴まれ、小紫さんの肩が震える。
「……黒鉄君。」
俺は息を整えた。
彼女の言葉は正しかった。
俺は何も言い返せなかった。
だから――。
「……あなた。」
俺は真っ直ぐ彼女を見据えた。
「あなたの言う通りです。」
「俺は、小紫さんの過去も。」
「背負ってきたものも。」
「覚悟も。」
「何一つ知りません。」
「だから、何も言い返せません。」
「……だけど。」
「だけど、一つだけ納得できないことがあります。」
「さっきから。」
「あなたは。」
「小紫さんの答えを、一度も聞こうとしてない。」
「最初から答えを決めつけてる。」
「そんなの、納得できない。」
俺は静かに小紫さんへ向き直る。
涙で濡れた瞳が、まっすぐ俺を見つめ返した。
「俺は……。」
「まだ、小紫さんの気持ちを聞いてない。」
「任務がどうとか。」
「責任がどうとか。」
「そんなことじゃない。」
「俺が聞きたいのは。」
「小紫さん自身が、本当はどうしたいのか……。」
「小紫さん……それを聞かせてくれる?」
小紫さんの瞳が大きく揺れる。
俺を見つめたまま、唇が小さく震えた。
「私……。」
それ以上言葉が出ない。
涙だけが頬を伝い、地面へと落ちていく。
彼女は何も言わない。
ただ、静かに小紫さんを見つめていた。
やがて、小紫さんは胸元をぎゅっと握り締め、震える声で本音を絞り出した。
「私……。」
「皆と……。」
「皆と、いたい……。」
「神白さんと。」
「青嶌さんと。」
「黄瀬君と。」
「緋乃君と。」
そして――
「黒鉄君と……。」
「もっと一緒にいたい……!」
堰を切ったように涙が溢れ出す。
今まで押し殺していた想いが、一気に溢れ出していた。
「もう……。」
「皆を騙したくない……。」
「任務なんて嫌……。」
「普通の友達として……。」
「皆と一緒にいたいよ……!」
その叫びは、夕暮れの静かな校舎裏に響き渡った。
もう、このまま行かせるわけにはいかなかった。
俺は掴んだ小紫さんの腕を、ぐっと自分の方へ引き寄せる。
「行かせない。」
短く、はっきりと言い切った。
「……っ。」
その一言を聞いた瞬間。
今まで必死に張り詰めていたものが切れたように、小紫さんの体から力が抜ける。
抵抗することも。
踏ん張ることもなく。
小紫さんはそのまま、俺の胸へ倒れ込んできた。
震える肩。
堪えていた涙が、ぽろぽろとクラスTシャツを濡らしていく。
俺は倒れ込んできた小紫さんを受け止めるように、そっと肩へ手を回した。
震える肩を支えるように、その手に少しだけ力を込める。
「もう一人で全部抱え込まなくていい。」
彼女は、小紫さんを抱き寄せる俺を静かに見つめていた。
その瞳に怒りはない。
呆れでもない。
ほんの一瞬だけ、どこか寂しそうな色が浮かび、すぐに消える。
「……優しいのね。」
ぽつりと漏れたその一言は、誰へ向けられたものだったのか。
「だから、楓はあなたたちといることを選んでしまった。」
小さく息を吐き、彼女は俺を真っ直ぐ見据える。
「でも。」
「もう遅いわ。」
「楓が組織を抜けるということは。」
「組織を裏切るということ。」
「裏切り者は追われる。」
「それが、私たちの世界。」
「逃げれば終わるほど、甘い世界じゃない。」
「あなたに、組織を抜けた後の楓を守れるという確証がどこにあるの!!」
俺は一瞬だけ黙る。
そして、小さく息を吸った。
「……ありません。」
「確証なんてありません。」
「でも。」
「だからって。」
「小紫さんの手を離す理由にはならない。」
「俺は。」
「小紫さんを、一人にはしない。」
張り詰めた空気の中。
静寂を破ったのは、青嶌さんだった。
「黒鉄君だけじゃない。」
一歩前へ出る。
その瞳には、一切の迷いはなかった。
「私もいる。」
「小紫さん。」
「もうあなたを、一人にはさせない。」
「青嶌の名に懸けて。」
「必要なら、家の力だって使う。」
「誰が相手でも。」
「私はあなたの味方。」
「だから。」
「もう一人で抱え込まないで。」




