12
彼女は俺を真っ直ぐ見つめたまま、静かに口を開いた。
「……だから。」
「感情だけで動く子供は嫌いなのよ。」
一歩、俺との距離を詰める。
「いいこと、楓が今日まで歩んできた道は」
「本来、あなたたちとは決して交わることのない世界だった。」
「楓は、そういう世界で生きてきたの。」
淡々とした口調で、彼女は現実を語る。
そこには脅しも怒りもない。
ただ、事実だけを並べていた。
「楓が、あなたたちと一緒にいるということは」
「あなたたちも、これまで通りの普通ではいられなくなるということ。」
「それだけ…。」
「こちら側の世界は、甘くないのよ。」
彼女は一瞬だけ、小紫さんへ視線を向けた。
その瞳には、ほんの僅かに心配するような色が宿っていた。
「そして今の楓は」
「あなたたちと関わったことで、危険な立場へ自ら身を置いている。」
「それでも。」
「あなたは、その責任を負えるの?」
彼女は再び俺を真っ直ぐ見据える。
「彼女を守る覚悟がある?」
「命を懸ける覚悟がある?」
静かな問いだった。
しかし、その一言一言は俺の胸へ重くのしかかる。
夕暮れの風だけが二人の間を静かに吹き抜けていった。
彼女は何も言わなかった。
ただ、真っ直ぐに俺を見つめている。
答えを待っていた。
彼女の問いは単純だった。
覚悟はあるのか。
命を懸けてでも、小紫さんを守れるのか。
俺は口を開こうとする。
だけど、言葉が出ない。
覚悟。
責任。
命を懸ける。
その重さを、俺はまだ知らない。
何か言わなきゃいけない…だけど――。
答えは、出なかった。
「……そう。」
彼女は小さく呟く。
気のせいだろうか。
その表情には、ほんの僅かに期待外れだと言いたげな色が浮かんだ気がした。
「もういいわね、楓。」
「……。」
「聞かれた以上、あなたももうここにはいられない。」
「帰るわよ。」
小紫さんは俯いたまま、小さく頷く。
「……はい。」
その返事は、あまりにも弱々しかった。
彼女が踵を返す。
小紫さんもその後を追うように歩き出した。
だが、数歩進んだところで足を止める。
そして、ゆっくりと振り返った。
夕日に照らされたその瞳は、涙で滲んでいた。
「……黒鉄君。」
「神白さんに。」
「ごめんねって、伝えてくれるかしら……。」
その声は震えていた。
だけど、小紫さんは無理やり笑顔を作る。
きっと。
今にも泣き出しそうな自分を隠すために。
そうして、小紫さんは再び前を向く。
色々な感情を押し殺したまま、全てを諦めたように。
立ち去ろうとした、その瞬間。
俺は気付けば動いていた。
伸ばした右手が、小紫さんの腕を掴む。
「……!」
小紫さんが振り返る。
俺は俯いたまま、小さく呟いた。
「まだ……。」
「まだ、聞いてないよ。」




