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引き続き『護衛対象が、お嬢様でした。』をお楽しみいただけますと幸いです。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
楽しかった文化祭一日目も、気付けば終了の時間が近付いていた。
終了のアナウンスが流れると、校内は一斉に片付けモードへ切り替わる。
俺たちも教室へ戻り、明日に備えて営業終了後の作業を始めた。
机や椅子はそのまま。
看板や飾り付けも二日目に使うため外さない。
やることは、その日一日で出たゴミの分別と回収、テーブルを拭き、明日も気持ちよく営業できる状態に整えることだった。
「あー、終わったぁ!」
「疲れたけど楽しかった!」
そんな声が教室中から聞こえてくる。
その時だった。
「黒鉄君。」
一人の女子生徒が俺に声を掛けてきた。
「小紫さん、どこにいるか知らない?」
「借りてたボールペン返したいんだけど。」
「え?」
俺は辺りを見回すが小紫さんの姿はない。
「……あれ?」
「さっきまで一緒にいたんだけど。」
女子生徒も教室を見渡す。
「そっか。」
「もう少し探してみるね。」
「うん。」
女子生徒は小紫さんを探しに教室を出て行った。
(どこ行ったんだ……?)
そんなことを考えていると、
「黒鉄君。」
青嶌さんが大きなゴミ袋を持ってやって来る。
「ゴミ集積所まで運ぶの手伝って。」
「あ、うん。」
「分かった。」
俺はゴミ袋を持ち上げる。
二人で教室を出ると、校舎裏にあるゴミ集積所へ向かった。
体育館裏へ差しかかった、その時だった。
「……それは。」
聞き慣れた声が風に乗って耳へ届く。
「一度ならず、二度も。」
「……申し訳ございません。」
その声には、教室で聞く穏やかな小紫さんの声ではなかった
張り詰めた空気。
思わず俺と青嶌さんは足を止める。
「……今の。」
「小紫さん、だよね。」
「うん。」
俺は小さく頷いた。
あまりにも普段と様子が違う。
心配になった俺は、そっと物陰から様子を窺く。
そこにいたのは、深く頭を下げる小紫さん。
そして、その前には一人の女性が立っていた。
薄桃色のショートヘア。
ゆるくパーマがかかり、柔らかな印象を与えている。
だが、その表情だけは冷静そのものだった。
(あの人……。)
見覚えがある。
黒天狗との一件で、一度だけ顔を合わせた女性だった。
(小紫さんの……。)
(お姉さん、か?)
年齢も上で
どこか小紫さんを見守るような立ち位置にも見え、俺は自然とそう思った。
「……。」
俺は静かに視線を外す。
「青嶌さん。」
「盗み聞きは良くない。」
「反対側から行こう。」
「うん。」
青嶌さんもすぐに頷いた。
二人はその場を離れようと踵を返す。
その瞬間だった。
「楓。」
女性の落ち着いた声が、静かな校舎裏に響く。
「あなた。」
「任務を忘れたわけじゃないわよね?」
その一言に――
俺の足が止まった。
"任務"
その言葉を聞いた瞬間。
俺の脳裏には、誰もいない教室で一人電話をしていた小紫さんの姿が鮮明によみがえる。
『現在、神白伊吹の周辺に目立った動きはありません。』
(もし……。)
(あの電話で話していたことだとしたら。)
(小紫さんは――。)
言いようのない不安が胸を締め付け、俺はその場から動けなくなっていた。
そんな俺をよそに、小紫さんは俯いたまま小さく答える。
「……それは。」
「承知しています。」
しばしの沈黙が続くと、やがて女性は、冷たいほど落ち着いた声で口を開く。
「なら。」
「楓。」
「あなたの任務を言ってみなさい。」
小紫さんの肩が小さく震えた。
それでもゆっくりと顔を上げ、震える声で答える。
「……神白伊吹を監視し…。」
「その行動を逐一報告することです。」
女性は静かに頷く。
「その通り。」
そして、鋭い視線を小紫さんへ向けた。
「では。」
「何故、報告をしないの。」
責め立てるような口調ではない。
だからこそ、その一言には逃げ場がなかった。
小紫さんは唇を強く噛む。
「……それは。」
小紫さんの声は震えていた。
俯いたまま、何度も言葉を飲み込む。
「答えなさい、楓。」
女性の声は変わらず静かだった。
静かだからこそ、その一言一言が重い。
小紫さんは拳を強く握り締める。
「……私。」
「私、は……。」
声にならない。
何度も唇を開いては閉じる。
女性は小さく息を吐いた。
「楓。」
「あなたらしくないわ。」
「任務に私情は不要。」
「それは、あなた自身が一番よく分かっているはずよ。」
その言葉に、小紫さんの肩がびくりと震えた。
「……分かっています。」
「でも……。」
ぽつり、と。
今にも消え入りそうな声が漏れる。
「もう……。」
「もう、皆さんを騙したくありません……。」
静かな校舎裏に、その言葉だけが響いた。
「神白さんも。」
「黒鉄君も。」
「黄瀬君も。」
「青嶌さんも。」
「緋乃君も……。」
「皆さん、本当に優しくて……。」
「私なんかを仲間として迎えてくださって……。」
「それなのに私は。」
「ずっと皆さんを欺いて……。」
「監視して……。」
「報告までして……。」
小紫さんの瞳から、一粒の涙が零れ落ちる。
「もう……。」
「もう、こんなこと……。」
「――もう言わなくていいよ。」
静かな声が、その場の空気を切り裂いた。
小紫さんと女性が同時に振り向く。
物陰から姿を現したのは、俺だった。
「黒鉄君……。」
小紫さんは目を見開き、震える声で俺の名前を呼ぶ。
女性は一瞬だけ目を細め、小さく息を吐いた。
「……全く。」
「私としたことが。」
「気配には敏感なつもりだったのだけれど。」
俺はゆっくりと二人の前まで歩み寄る。
「事情は知りません。」
「でも、一つだけ分かることがあります。」
彼女は黙って俺を見据える。
「小紫さんは、明らかに嫌がっていました。」
「それなのに無理をさせている。」
「それだけは、見ていて分かりました。」
彼女は小さく鼻で笑う。
「高校生が、たった数分立ち聞きした程度で何が分かるというの。」
「人の事情というものは、そんな薄っぺらいものではないわ。」
「知ったような口を利くのは、まだ早いのではなくて?」
その言葉にも、俺は視線を逸らさなかった。
「確かに。」
「俺は事情なんて知りません。」
「でも。」
「嫌がっている友達の顔くらいは見れば分かります。」
「それだけで十分です。」




