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護衛対象は、お嬢様でした。  作者: 愚兎
文化祭、してみました。
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103/127

10

入口のカーテンをくぐると、外の賑やかな声が一気に遠ざかった。

中は薄暗く、木の板で組まれた壁が幾重にも並び、複雑な迷路を作り上げている。

「思ったより本格的ですね。」

神白さんが辺りを見回しながら小さく呟く。

「うん。」

「ただ歩くだけの迷路じゃなさそうだ。」

俺たちの目の前には、最初の分かれ道。

その手前には一枚の問題用紙が貼られていた。

『問題に正解だと思う方へ進んでください。』

『Aだと思ったらAの道へ。Bだと思ったらBの道へ進んでください。』

その下には、赤文字で注意書きが添えられている。

『※一度でも間違った道を選んだ場合、その時点で脱落となります。』

「えっ。」

神白さんが思わず目を丸くした。

「結構厳しいですね……。」

「だな。」

さらに横には、小さく説明が書かれていた。

『挑戦者の年齢に応じて問題内容が変わります。』

『小学生・中学生・高校生・一般、それぞれ異なる問題が出題されます。』

「ちゃんと考えられてるんだな。」

とにかく普通の迷路ではないことは分かった。

謎を解き、その答えを信じて進む――。

まさに"謎解き迷路"だった。

「黒鉄君。」

神白さんが少し緊張したように俺を見る。

「頑張りましょう。」

「うん。」

「せっかくだし、最後まで行こう。」

俺たちは顔を見合わせ、小さく頷くと、最初の問題へと視線を向けた。

入口から少し進くと、一枚目の問題用紙が壁に貼られていた。

【第一問】

関ヶ原の戦いが起こった年は?

A:1600年

B:1603年

「これは分かります。」

神白さんが迷うことなく答える。

「1600年です。」

「うん。」

「Aだね。」

二人で頷き合い、Aと書かれた通路へ進む。

数歩歩くと、壁に埋め込まれたランプが緑色に点灯した。

『正解』

「まずは一問目。」

「順調ですね。」

神白さんがほっと笑みを浮かべた。

さらに奥へ進む。

次の分かれ道には二枚目の問題が貼られている。

【第二問】

『雨垂れ石を穿つ』の意味として正しいものはどちら?

A:小さな努力でも、続ければ大きな成果につながる。

B:勢いよく行動すれば、どんな困難も乗り越えられる。

「これは……。」

俺が口を開くより早く、

「Aです。」

神白さんが微笑んだ。

「昔、祖父から聞かされました。」

「努力は裏切らない、でしたっけ。」

「あぁ。」

「俺もAだと思う。」

再びAの通路へ進む。

――ピッ。

緑色のランプが静かに灯る。

「二問連続正解ですね。」

「この調子なら最後まで行けそうだ。」

そのまま歩みを進めると、三つ目の問題が現れた。

今度は今までよりも長い文章が書かれている。

神白さんと二人、思わず顔を見合わせた。

【第三問】

日本国憲法第十二条および第十三条では、基本的人権を保障する一方で、時には制限も必要であると定められています。

この制限は何と表現されているでしょうか。

A:公共の福祉

B:制限の義務

「……。」

「急に難しくなりましたね。」

神白さんが苦笑する。

「でも。」

「これは授業でやった記憶があります。」

俺も頷いた。

「あぁ。」

「A、『公共の福祉』だ。」

「はい。」

「私も同じです。」

二人は迷うことなく、Aの通路へ足を踏み入れた。

そのまま先へ進むと、最後の分かれ道が現れた。

今までとは違い、問題用紙の周りには小さなハートの飾りが貼られている。

「……。」

「なんだか嫌な予感がします。」

神白さんが少し照れたように呟く。

俺も問題へ視線を向ける。

【最終問題】

文化祭デートで、一番大切なのはどちら?

A:行き先

B:一緒に歩く相手

「……。」

一瞬、沈黙が流れる。

神白さんは頬をほんのり赤くしながら、視線を逸らした。

「こ、これは……。」

「文化祭らしい問題ですね。」

俺は苦笑する。

「最後だけ急に恋愛か。」

「ですね。」

神白さんも小さく笑った。

「黒鉄君なら、どちらを選びますか?」

「俺?」

「うん。」

少しだけ考えて答える。

「Bかな。」

神白さんが俺を見る。

「理由、聞いてもいいですか?」

「どんな場所でも。」

「一緒にいる相手次第で、楽しいかどうかは変わると思う。」

「だから。」

「俺は相手の方が大事。」

その言葉を聞いた神白さんは、一瞬だけ目を見開いた。

やがて、ふわりと優しく微笑む。

「……私も。」

「同じ答えです。」

「じゃあ。」

俺たちは顔を見合わせ、小さく頷く。

そして迷うことなく、Bと書かれた通路へ足を踏み入れた。 

数歩進む。

カチッ――。

静かな音とともに、目の前の扉がゆっくりと開いていく。

その先から差し込む光が、薄暗い迷路を優しく照らした。

『Congratulations! 脱出成功!』

そんな文字が書かれたボードが二人を迎える。

「やった……。」

神白さんが小さく声を漏らした。

「全部正解ですね。」

「うん。」

「神白さんのおかげだ。」

「そんなことありません。」

神白さんは首を横に振る。

「黒鉄君が一緒だったからです。」

「一人だったら、途中で迷っていたかもしれません。」

俺は思わず笑う。

「それは俺も同じ。」

「神白さんがいたから、迷わず進めた。」

神白さんは少しだけ照れたように笑い、

「それなら……。」

「二人で協力した結果、ですね。」

「うん。」

「そういうことだね。」

出口の扉を開ける。

外の明るさと文化祭の賑やかな声が、一気に耳へ飛び込んできた。

「次は皆が出てくるのを待とうか。」

「はい。」

神白さんはそう答えると、どこか嬉しそうに俺の隣へ並んだ。

俺と神白さんは自然と顔を見合わせ、小さく笑い合う。

迷路をクリアした達成感よりも、

二人で一緒に歩いた時間の方が、ずっと心に残っていた。

一方その頃――。

「おっ、こっちだ!」

黄瀬と青嶌は、迷路の中を順調に進んでいた。

「意外と簡単じゃん!」

「……その自信、どこから来るの。」

青嶌は苦笑する。

「だって俺、勘いいし!」

「さっき一問間違えそうになってたけど。」

「……。」

「それは言わない約束で。」

「約束してない。」

青嶌は思わず吹き出した。

静かな迷路に、二人の笑い声だけが響く。

しばらく歩いたところで、不意に青嶌が足を止めた。

「ねぇ。」

「ん?」

黄瀬が振り返る。

青嶌は少しだけ視線を逸らし、照れくさそうに口を開いた。

「一つ聞いていい?」

「もちろん。」

「……なんで。」

「いつから私のこと好きなの?」

その一言に、黄瀬は一瞬だけ目を丸くした。

「急だなぁ。」

頭をぽりぽりとかきながら、少し考える。

「ん~……。」

「青嶌さんさ。」

「好きな食べ物って、いつから好きだったか覚えてる?」

「え?」

「例えば唐揚げでもケーキでもさ。」

「『この日から好きになりました!』なんて覚えてなくない?」

青嶌さんは少し考えてから、小さく首を振った。

「……確かに。」

「よく覚えてないかな。」

黄瀬は優しく笑う。

「うん。」

「俺も同じ。」

「気付いたら好きになってた。」

その言葉に、青嶌は思わず黄瀬を見つめる。

黄瀬は少しだけ照れ笑いを浮かべながら続けた。

「でもさ。」

「『あ、この人は絶対守りたい。』って思った瞬間なら覚えてる。」

「……。」

「黒天狗の時。」

「あの時、青嶌さんが殴られたじゃん。」

「あれ見た瞬間。」

「本気でムカついた。」

黄瀬の表情から笑みが消える。

「あんなに頭に血が上ったの、初めてだった。」

「気付いたら体が動いてたし。」

「その時に思ったんだ。」

「この人だけは。」

「俺が絶対守りたいって。」

静かな迷路に、その言葉だけが真っ直ぐ響いた。

青嶌は何も言えなかった。

ただ、少しだけ俯いて。

耳まで真っ赤になった顔を隠すように、小さく前を向いた。

「……。」

「ずるい。」

「え?」

「そんな真っ直ぐ言われたら……。」

「反応に困るじゃん。」

黄瀬は照れくさそうに笑う。

「ごめん。」

「俺、こういうの嘘つけないから。」

青嶌は小さくため息をつく。

「……ほんと。」

「そういうところなんだよ。」

そう言いながらも、その横顔はどこか嬉しそうだった。

二人は顔を見合わせると、照れ隠しのように笑い合い、再び迷路の奥へと歩き出した。






しばらくして、迷路の入口とは反対側にある出口のカーテンが開いた。

「はぁ~……。」

最初に姿を現したのは黄瀬と青嶌さんだった。

黄瀬は頭の後ろで手を組みながら、大きくため息をつく。

「三問目だけマジ難しくないっすかー!」

「急にレベル上がりすぎでしょ!」

「確かに。」

青嶌さんも苦笑する。

「一問目と二問目との落差はすごかったね。」

「だろ!」

「俺、一瞬フリーズしたもん!」

「おっ!」

黄瀬が二人を見る。

「クリアした?」

「うん。」

「なんとかね。」

神白さんも嬉しそうに頷く。

「全部正解でした。」

「いいなぁ!」

黄瀬が悔しそうに肩を落とす。

「三問目だけマジ難しくなかった?」

朝陽は苦笑する。

「そうだね。」

「俺と神白さんも、それは思った。」

「だよな!」

「文化祭なのに急にテストみたいだった!」

皆が笑っていると、再び出口のカーテンが開く。

「あ。」

神白さんがそちらを見る。

緋乃と小紫さんだった。

「……。」

「え?」

黄瀬が目を丸くする。

「お前ら。」

「早くない?」

朝陽も思わず首を傾げる。

「まさか……。」

「一問目?」

「……あぁ。」

緋乃は苦笑しながら頷いた。

「すまない。」

「小紫さんは最初から『Aです。』と言ってくれていた。」

「だが。」

「俺が間違ってBを選んでしまった。」

「一問目で終了だ。」

「えぇぇぇ!?」

黄瀬が思わず吹き出す。

「緋乃でもそんなミスするのかよ!」

「……人間だからな。」

緋乃は照れ隠しのように鼻の頭をかいた。

小紫さんは小さく笑う。

「緋乃君が『あっ』って言った時には、もう判定されていました。」

「本当に一瞬でしたね。」

「うん……。」

「完全に俺のミスだ。」

「ごめん。」

「いえ。」

小紫さんは優しく首を振った。

「迷路ですから。」

「そういうこともあります。」



それからの時間は、本当にあっという間だった。

六人で校内を歩き回り、お化け屋敷では黄瀬が誰よりも大きな悲鳴を上げて笑われたり。

輪投げでは神白さんがまさかの三連続成功を決め、景品のお菓子を皆に配ったり。

青嶌さんはダーツで高得点を叩き出し、「さすが」と拍手を浴びる一方で、「俺は心のブルを射止められました」と黄瀬にからかわれ、「さすがにキモい!」と追いかけ回したり。

小紫さんは和風喫茶で抹茶ラテを飲みながら、「文化祭って、こんなに賑やかなんですね。」と穏やかに微笑み、その隣では緋乃が静かに頷いていた。

途中、写真部に声を掛けられ、六人で記念写真を撮ることにもなった。

肩を並べて笑い合う。

そんな何気ない一枚が、きっと今日という日の思い出になる。

気が付けば、袋の中には買った食べ物や景品が少しずつ増え、時計の針も昼過ぎを指していた。

笑って。

食べて。

騒いで。

また笑って。

誰一人として退屈することなく、六人は文化祭という特別な一日を心から楽しんでいた。


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