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円陣を終えると、クラス全員がそれぞれの持ち場へ散っていく。
「接客組、入口お願い!」
「厨房準備オッケー!」
「レジも確認終わりました!」
教室のあちこちから声が飛び交う。
俺は担当表をもう一度確認し、自分の持ち場へ向かった。
机や椅子の位置に問題はない。
看板もしっかり立っている。
ゴミ箱も入り口近くへ移動済み。
「よし……。」
あとは、お客様を迎えるだけだ。
廊下へ出ると、すでに他のクラスも呼び込みを始めていた。
「焼きそばいかがですかー!」
「射的やってまーす!」
あちこちから元気な声が響く。
そんな中――。
ガラッ。
教室の扉が開いた。
最初に姿を見せたのは神白さんだった。
白の着物に白袴。
朝日に照らされ、その姿はどこか幻想的ですらある。
続いて青嶌さん。
鮮やかな青い花柄の着物に黒袴が映え、凛とした雰囲気を纏っている。
最後に小紫さん。
紫の矢絣にえんじ色の袴。
落ち着いた上品さは、まさに大正ロマンそのものだった。
「それじゃあ行きましょう。」
神白さんが小さく微笑む。
「はい!」
三人は教室の入口へ並ぶ。
「いらっしゃいませ!」
「開路学園一年B組、大正喫茶です!」
「どうぞお気軽にお立ち寄りください!」
三人の呼び込みが始まった。
その瞬間だった。
廊下を歩いていた生徒や来場者の視線が、一斉にこちらへ向く。
「えっ……。」
「すごい……。」
「衣装めちゃくちゃ可愛くない?」
「大正喫茶だって!」
「行ってみようよ!」
三人の笑顔と華やかな袴姿は、それだけで十分すぎるほど人を惹きつけていた。
俺はその光景を見ながら、小さく笑う。
(これは……。)
(忙しくなりそうだ。)
ちょうどその時だった。
開店直後の教室内は、どこか落ち着いた空気が流れていた。
「いらっしゃいませ。」
神白さんが柔らかな笑顔で最初のお客様を席へ案内する。
「こちらのお席へどうぞ。」
「ありがとうございます。」
青嶌さんは注文を取り、小紫さんは出来上がった飲み物を丁寧に運んでいく。
「お待たせいたしました。」
「どうぞごゆっくりお過ごしください。」
三人とも所作の一つ一つが美しい。
慌てる様子もなく、自然な笑顔で接客をしていた。
その姿に、お客様も自然と笑顔になる。
「すごく雰囲気いいね。」
「本当に大正時代のお店みたい。」
そんな声が聞こえてくる。
最初は数組だった来店客も、時間が経つにつれて少しずつ増えていった。
そして――。
「ねぇ、一年B組の大正喫茶すごいらしいよ。」
「袴姿の店員さんがめちゃくちゃ可愛いって!」
「接客もすごく丁寧なんだって!」
「えっ、本当?」
「行こう行こう!」
その噂は校内をあっという間に駆け巡った。
気付けば教室の前には列ができ始める。
「こちら最後尾になりまーす!」
黄瀬が慌ただしく案内を始める。
「順番にご案内しますので少々お待ちくださーい!」
「朝陽!」
「こっち片付けお願い!」
「了解!」
空いた食器を下げる。
机を拭く。
次のお客様を迎える。
休む暇なんてほとんどない。
「注文お願いしまーす!」
「ドリンク二つ追加!」
「あんみつ一つです!」
教室の中は、一気に活気に包まれていた。
(……忙しい。)
額に汗が滲む。
それでも不思議と嫌じゃない。
クラス全員が声を掛け合いながら動いている。
誰かが困れば、すぐに誰かが助ける。
「黒鉄君。」
神白さんが小さく声を掛けてくる。
「お客様をご案内します。」
「うん、お願い。」
目が合う。
お互い小さく頷くと、それだけで意思が通じた。
その時だった。
「朝陽ー!」
聞き慣れた声が教室の入口から響く。
「来たわよー!」
思わず入口へ目を向ける。
そこには、手を振る母さんと、その隣で目を輝かせる夕奈の姿があった。
「いらっしゃいませ。」
俺は入口まで歩き、二人を迎えた。
「母さん、夕奈。」
「来てくれたんだ。」
「もちろんよ。」
母さんは店内を見回しながら目を丸くする。
「思っていた以上にすごいわね。」
「本当に喫茶店みたい。」
「うん!」
夕奈も目を輝かせる。
「お兄ちゃんのお店だ!」
その時だった。
夕奈の視線が入口へ立つ三人へ向く。
「……。」
「わぁ……。」
思わず声を漏らす。
「三人とも……。」
「すっごく可愛い……。」
神白さん。
青嶌さん。
小紫さん。
袴姿で笑顔を浮かべ、お客様を迎える三人は、まるで本当に大正時代から抜け出してきたようだった。
「私も……。」
夕奈は小さく呟く。
「高校生になったら、お姉ちゃんたちみたいになりたい。」
神白さんたちは、その言葉に少し照れたように笑った。
「ありがとうございます。」
「夕奈ちゃんもきっと似合いますよ。」
神白さんが優しく微笑む。
「えへへ……。」
夕奈は嬉しそうにはにかんだ。
俺は二人を席へ案内する。
「ここならゆっくりできるよ。」
「注文が決まったら呼んで。」
「分かった。」
母さんは笑顔で頷いた。
「お仕事頑張って。」
俺も笑い返し、持ち場へ戻ろうとした――その時だった。
「……あれ?」
入口付近から聞き覚えのある声がした。
「黒鉄朝陽じゃね?」
「マジじゃん。」
「うわ、ほんとだ。」
「高校デビュー成功したってこと?」
「いやいや、あの目つきで接客は無理だろ。」
「客泣くだろ。」
「昔からあいつ、睨んでるだけで喧嘩売ってるみたいだったしな。」
「そうそう。」
「先生にまで怖がられてたもんな。」
「友達もいなかったじゃん。」
「よく接客なんか任されたな。」
「クラスの罰ゲームじゃね?」
笑い声が広がる。
胸の奥がゆっくり冷えていく。
(……やめてくれ。)
(頼む。)
(せめて母さんと夕奈の前だけは……。)
夕奈が小さく俺を見上げる。
「……お兄ちゃん?」
母さんは何も言わず、夕奈をそっと抱き寄せた。
その時だった。
「――全部聞こえてんだよ。」
教室の奥から、静かな声が響いた。
さっきまで厨房で皿を運んでいた黄瀬が、エプロンを外しながらゆっくり歩いてくる。
笑っていない。
いつもの軽い雰囲気もない。
ただ静かに同級生たちの前で立ち止まった。
「さっきからさ。」
「全部聞こえてた。」
「高校デビュー?」
「友達いない?」
「接客向いてない?」
「……で?」
黄瀬は一歩前へ出る。
「お前らさ。」
「そんな昔の話持ち出して、人を笑い者にして楽しい?」
誰も答えない。
「今日は文化祭だろ。」
「朝陽を笑いに来たわけ?」
「違うよな。」
「なら営業の邪魔すんな。」
「他のお客さんにも迷惑なんだよ。」
声は大きくない。
それでも、教室全体が静まり返る。
そして――。
「私も黄瀬君と同じです。」
神白さんが俺の隣へ立つ。
「黒鉄君は、誰よりもこの文化祭のために頑張ってきました。」
青嶌さんも前へ。
「人を見た目だけで判断するような人には、帰ってもらっても構わない。」
小紫さんも並ぶ。
「黒鉄君は、私たちの大切な仲間です。」
その姿を見たクラスメイトたちも、
「営業の邪魔すんな。」
「文句言うなら外でどうぞ。」
「次のお客さん通れないから。」
自然と俺の前へ並んでいく。
誰かが指示したわけじゃない。
それでも全員が、
俺を守るように立っていた。
教室の空気が静まり返る。
誰も口を開かない。
さっきまで笑っていた中学時代の同級生たちも、目の前に立つクラスメイトたちを見て言葉を失っていた。
俺は、その背中を見つめる。
黄瀬。
神白さん。
青嶌さん。
小紫さん。
そして――。
「黒鉄、こっちは任せろ。」
「営業続けようぜ。」
「次のお客様、ご案内しまーす!」
「こちらのお席どうぞ!」
クラスメイトたちは何事もなかったかのように動き始めた。
まるで、
"黒鉄を悪く言うなら、俺たち全員が相手だ。"
そう言っているようだった。
(……なんで。)
胸の奥が熱い。
息が詰まる。
(なんで……。)
俺なんかのために。
そこまでしてくれるんだ。
「黒鉄君。」
神白さんが振り返る。
優しく微笑んだ。
「ぼーっとしていたら、お客様をお待たせしてしまいますよ?」
「あ……。」
その笑顔につられるように、自然と肩の力が抜けた。
「うん。」
「ありがとう。」
青嶌さんがニッと笑う。
「お礼は今日が終わってから!」
「今は店長代理さん、仕事仕事!」
「誰が店長代理だ。」
思わず返すと、
「おっ、いつもの朝陽だ。」
黄瀬が嬉しそうに笑う。
「それでいい。」
「お前は普通にしてろ。」
「後ろは俺たちがいる。」
その一言だった。
ずっと心のどこかで張りつめていたものが、音もなくほどけていく。
中学の頃。
誰も隣に立ってくれなかった。
目つきだけで怖がられ、
誤解され、
気づけば、一人だった。
だけど今は違う。
俺が何も言わなくても、
皆が俺の前に立ってくれた。
その事実だけで十分だった。
「……よし。」
俺は深く息を吸う。
そして笑顔を作る。
「お待たせしました。」
「こちらへどうぞ。」
目の前のお客様へ頭を下げる。
その姿を見た母さんは、小さく微笑み、ハンカチで涙を拭うと、夕奈の頭を優しく撫でた。
「見て、夕奈。」
「お兄ちゃん。」
「素敵なお友達に出会えたのね。」
夕奈は大きく頷く。
「うん!」
「お兄ちゃん、かっこいい!」
その言葉に、俺は少し照れくさく笑った。
そして文化祭は、まだ始まったばかりだった。




