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護衛対象は、お嬢様でした。  作者: 愚兎
文化祭、してみました。
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8

円陣を終えると、クラス全員がそれぞれの持ち場へ散っていく。

「接客組、入口お願い!」

「厨房準備オッケー!」

「レジも確認終わりました!」

教室のあちこちから声が飛び交う。

俺は担当表をもう一度確認し、自分の持ち場へ向かった。

机や椅子の位置に問題はない。

看板もしっかり立っている。

ゴミ箱も入り口近くへ移動済み。

「よし……。」

あとは、お客様を迎えるだけだ。

廊下へ出ると、すでに他のクラスも呼び込みを始めていた。

「焼きそばいかがですかー!」

「射的やってまーす!」

あちこちから元気な声が響く。

そんな中――。

ガラッ。

教室の扉が開いた。

最初に姿を見せたのは神白さんだった。

白の着物に白袴。

朝日に照らされ、その姿はどこか幻想的ですらある。

続いて青嶌さん。

鮮やかな青い花柄の着物に黒袴が映え、凛とした雰囲気を纏っている。

最後に小紫さん。

紫の矢絣にえんじ色の袴。

落ち着いた上品さは、まさに大正ロマンそのものだった。

「それじゃあ行きましょう。」

神白さんが小さく微笑む。

「はい!」

三人は教室の入口へ並ぶ。

「いらっしゃいませ!」

「開路学園一年B組、大正喫茶です!」

「どうぞお気軽にお立ち寄りください!」

三人の呼び込みが始まった。

その瞬間だった。

廊下を歩いていた生徒や来場者の視線が、一斉にこちらへ向く。

「えっ……。」

「すごい……。」

「衣装めちゃくちゃ可愛くない?」

「大正喫茶だって!」

「行ってみようよ!」

三人の笑顔と華やかな袴姿は、それだけで十分すぎるほど人を惹きつけていた。

俺はその光景を見ながら、小さく笑う。

(これは……。)

(忙しくなりそうだ。)

ちょうどその時だった。


開店直後の教室内は、どこか落ち着いた空気が流れていた。

「いらっしゃいませ。」

神白さんが柔らかな笑顔で最初のお客様を席へ案内する。

「こちらのお席へどうぞ。」

「ありがとうございます。」

青嶌さんは注文を取り、小紫さんは出来上がった飲み物を丁寧に運んでいく。

「お待たせいたしました。」

「どうぞごゆっくりお過ごしください。」

三人とも所作の一つ一つが美しい。

慌てる様子もなく、自然な笑顔で接客をしていた。

その姿に、お客様も自然と笑顔になる。

「すごく雰囲気いいね。」

「本当に大正時代のお店みたい。」

そんな声が聞こえてくる。

最初は数組だった来店客も、時間が経つにつれて少しずつ増えていった。

そして――。

「ねぇ、一年B組の大正喫茶すごいらしいよ。」

「袴姿の店員さんがめちゃくちゃ可愛いって!」

「接客もすごく丁寧なんだって!」

「えっ、本当?」

「行こう行こう!」

その噂は校内をあっという間に駆け巡った。

気付けば教室の前には列ができ始める。

「こちら最後尾になりまーす!」

黄瀬が慌ただしく案内を始める。

「順番にご案内しますので少々お待ちくださーい!」

「朝陽!」

「こっち片付けお願い!」

「了解!」

空いた食器を下げる。

机を拭く。

次のお客様を迎える。

休む暇なんてほとんどない。

「注文お願いしまーす!」

「ドリンク二つ追加!」

「あんみつ一つです!」

教室の中は、一気に活気に包まれていた。

(……忙しい。)

額に汗が滲む。

それでも不思議と嫌じゃない。

クラス全員が声を掛け合いながら動いている。

誰かが困れば、すぐに誰かが助ける。

「黒鉄君。」

神白さんが小さく声を掛けてくる。

「お客様をご案内します。」

「うん、お願い。」

目が合う。

お互い小さく頷くと、それだけで意思が通じた。

その時だった。

「朝陽ー!」

聞き慣れた声が教室の入口から響く。

「来たわよー!」

思わず入口へ目を向ける。

そこには、手を振る母さんと、その隣で目を輝かせる夕奈の姿があった。

「いらっしゃいませ。」

俺は入口まで歩き、二人を迎えた。

「母さん、夕奈。」

「来てくれたんだ。」

「もちろんよ。」

母さんは店内を見回しながら目を丸くする。

「思っていた以上にすごいわね。」

「本当に喫茶店みたい。」

「うん!」

夕奈も目を輝かせる。

「お兄ちゃんのお店だ!」

その時だった。

夕奈の視線が入口へ立つ三人へ向く。

「……。」

「わぁ……。」

思わず声を漏らす。

「三人とも……。」

「すっごく可愛い……。」

神白さん。

青嶌さん。

小紫さん。

袴姿で笑顔を浮かべ、お客様を迎える三人は、まるで本当に大正時代から抜け出してきたようだった。

「私も……。」

夕奈は小さく呟く。

「高校生になったら、お姉ちゃんたちみたいになりたい。」

神白さんたちは、その言葉に少し照れたように笑った。

「ありがとうございます。」

「夕奈ちゃんもきっと似合いますよ。」

神白さんが優しく微笑む。

「えへへ……。」

夕奈は嬉しそうにはにかんだ。

俺は二人を席へ案内する。

「ここならゆっくりできるよ。」

「注文が決まったら呼んで。」

「分かった。」

母さんは笑顔で頷いた。

「お仕事頑張って。」

俺も笑い返し、持ち場へ戻ろうとした――その時だった。

「……あれ?」

入口付近から聞き覚えのある声がした。

「黒鉄朝陽じゃね?」

「マジじゃん。」

「うわ、ほんとだ。」

「高校デビュー成功したってこと?」

「いやいや、あの目つきで接客は無理だろ。」

「客泣くだろ。」

「昔からあいつ、睨んでるだけで喧嘩売ってるみたいだったしな。」

「そうそう。」

「先生にまで怖がられてたもんな。」

「友達もいなかったじゃん。」

「よく接客なんか任されたな。」

「クラスの罰ゲームじゃね?」

笑い声が広がる。

胸の奥がゆっくり冷えていく。

(……やめてくれ。)

(頼む。)

(せめて母さんと夕奈の前だけは……。)

夕奈が小さく俺を見上げる。

「……お兄ちゃん?」

母さんは何も言わず、夕奈をそっと抱き寄せた。

その時だった。

「――全部聞こえてんだよ。」

教室の奥から、静かな声が響いた。

さっきまで厨房で皿を運んでいた黄瀬が、エプロンを外しながらゆっくり歩いてくる。

笑っていない。

いつもの軽い雰囲気もない。

ただ静かに同級生たちの前で立ち止まった。

「さっきからさ。」

「全部聞こえてた。」

「高校デビュー?」

「友達いない?」

「接客向いてない?」

「……で?」

黄瀬は一歩前へ出る。

「お前らさ。」

「そんな昔の話持ち出して、人を笑い者にして楽しい?」

誰も答えない。

「今日は文化祭だろ。」

「朝陽を笑いに来たわけ?」

「違うよな。」

「なら営業の邪魔すんな。」

「他のお客さんにも迷惑なんだよ。」

声は大きくない。

それでも、教室全体が静まり返る。

そして――。

「私も黄瀬君と同じです。」

神白さんが俺の隣へ立つ。

「黒鉄君は、誰よりもこの文化祭のために頑張ってきました。」

青嶌さんも前へ。

「人を見た目だけで判断するような人には、帰ってもらっても構わない。」

小紫さんも並ぶ。

「黒鉄君は、私たちの大切な仲間です。」

その姿を見たクラスメイトたちも、

「営業の邪魔すんな。」

「文句言うなら外でどうぞ。」

「次のお客さん通れないから。」

自然と俺の前へ並んでいく。

誰かが指示したわけじゃない。

それでも全員が、

俺を守るように立っていた。

教室の空気が静まり返る。

誰も口を開かない。

さっきまで笑っていた中学時代の同級生たちも、目の前に立つクラスメイトたちを見て言葉を失っていた。

俺は、その背中を見つめる。

黄瀬。

神白さん。

青嶌さん。

小紫さん。

そして――。

「黒鉄、こっちは任せろ。」

「営業続けようぜ。」

「次のお客様、ご案内しまーす!」

「こちらのお席どうぞ!」

クラスメイトたちは何事もなかったかのように動き始めた。

まるで、

"黒鉄を悪く言うなら、俺たち全員が相手だ。"

そう言っているようだった。

(……なんで。)

胸の奥が熱い。

息が詰まる。

(なんで……。)

俺なんかのために。

そこまでしてくれるんだ。

「黒鉄君。」

神白さんが振り返る。

優しく微笑んだ。

「ぼーっとしていたら、お客様をお待たせしてしまいますよ?」

「あ……。」

その笑顔につられるように、自然と肩の力が抜けた。

「うん。」

「ありがとう。」

青嶌さんがニッと笑う。

「お礼は今日が終わってから!」

「今は店長代理さん、仕事仕事!」

「誰が店長代理だ。」

思わず返すと、

「おっ、いつもの朝陽だ。」

黄瀬が嬉しそうに笑う。

「それでいい。」

「お前は普通にしてろ。」

「後ろは俺たちがいる。」

その一言だった。

ずっと心のどこかで張りつめていたものが、音もなくほどけていく。

中学の頃。

誰も隣に立ってくれなかった。

目つきだけで怖がられ、

誤解され、

気づけば、一人だった。

だけど今は違う。

俺が何も言わなくても、

皆が俺の前に立ってくれた。

その事実だけで十分だった。

「……よし。」

俺は深く息を吸う。

そして笑顔を作る。

「お待たせしました。」

「こちらへどうぞ。」

目の前のお客様へ頭を下げる。

その姿を見た母さんは、小さく微笑み、ハンカチで涙を拭うと、夕奈の頭を優しく撫でた。

「見て、夕奈。」

「お兄ちゃん。」

「素敵なお友達に出会えたのね。」

夕奈は大きく頷く。

「うん!」

「お兄ちゃん、かっこいい!」

その言葉に、俺は少し照れくさく笑った。

そして文化祭は、まだ始まったばかりだった。

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