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護衛対象は、お嬢様でした。  作者: 愚兎
文化祭、してみました。
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100/126

7

100話目です。


文化祭当日。


「……朝か。」

いつもなら、もう少しだけ寝ていたいと思う時間。

けれど今日は違った。

いつもより早くセットした目覚ましより、さらに早く目が覚めていた。

別に緊張しているわけじゃない。

……たぶん。

ただ、胸の奥が少しだけ落ち着かない。

リビングへ向かうと、母さんが朝食の準備をしていた。

「あら、朝陽。珍しいじゃない。」

「目覚まし鳴る前に起きるなんて。」

「うん。なんか目が覚めた。」

母さんは少し嬉しそうに笑う。

「今日は文化祭だもんね。」

「あ、そうそう。」

「お母さんと夕奈も行くからね!」

「うん。」

「ちゃんと案内してよ?」

「朝陽がどんな学校生活送ってるのか見たいんだから。」

「分かった。」

母さんは少し間を置くと、ニヤリと笑った。

「それと。」

「後夜祭。」

「ちゃんと朝陽から誘うのよ?」

「……。」

「何の話?」

俺が聞き返すと、母さんは呆れたようにため息をついた。

「もう……。」

「そういうところよ。」

「?」

意味が分からないまま、俺は朝食を済ませて家を出た。

学校へ着くと、いつもとは違う雰囲気に包まれていた。

校門には飾り付け。

登校してくる生徒たちも、どこか楽しそうに笑っている。

「……。」

これが文化祭か。

そんなことを考えながら歩いていると――

「よっ!」

突然、声を掛けられた。

振り向く。

そこには黄瀬がいた。

「……黄瀬。」

「おはよ。」

「今日は早いんだな。」

思わず口にすると、黄瀬は胸を張った。

「ふっ。」

「朝陽。」

「俺を誰だと思ってる。」

「今日は特別な日だぞ?」

「もう準備万端。」

「目ぇバッキバキよ。」

確かに。

いつもの眠そうな雰囲気はどこにもない。

「寝れなかったのか?」

俺が聞くと、

「違う。」

黄瀬は即答した。

「楽しみすぎて寝れなかった。」

「子供か。」

「失礼だな!」

「高校生の青春だよ!」

そう言って笑う黄瀬。

その顔を見ていると、自然と俺も少し笑っていた。

文化祭。

今日はきっと、忘れられない一日になる。


教室へ入ると

いつもなら、朝の教室は眠そうな声や、登校してきた生徒たちの何気ない会話が響いているだけだった。

けれど――。

今日は違った。

「これどこに置く?」

「看板もう少し右じゃない?」

「早く準備終わらせて開店したいな!」

あちこちから声が飛び交っている。

机の配置を確認する人。

飾り付けを整える人。

本番に向けて最後の確認をする人。

いつもの教室なのに、まるで別の場所みたいだった。

皆が同じ目的に向かって動いている。

誰もが楽しそうに笑っている。

「……。」

俺はその光景を少しの間、眺めていた。

中学の頃の俺には、こういう景色は遠いものだった。

教室にいても、どこか一歩離れた場所にいるような感覚。

話しかけられることも少なく、自分から輪の中へ入ることもなかった。

だけど――。

今は違う。

俺も、この場所の一員なんだ。

そう思った瞬間。

胸の奥が少しだけ熱くなる。

文化祭だからなのか。

この空気にあてられたからなのか。

理由は分からない。

ただ、不思議と気持ちが高ぶっていた。

「黒鉄君。」

後ろから声が聞こえた。

振り返る。

そこには――。

「神白さん。」

神白さんが立っていた。

その隣には青嶌さんと小紫さん。

三人とも、いつもとは少し違う表情をしていた。

どこか楽しそうで。

待ちきれない子供のような笑顔で。

「おはようございます。」

神白さんが微笑む。

「いよいよですね。」

「うん。」

俺が返事をすると、青嶌さんが元気よく頷いた。

「今日は絶対成功させようね!」

小紫さんも柔らかく笑う。

「はい。」

「皆さんで準備してきたものですから。」

その笑顔を見て、俺は自然と頷いていた。

「あぁ。」

「頑張ろう。」

いつもと同じ教室。

だけど今日は――。

少しだけ特別な場所に感じた。

「じゃあ、私たち着替えてくるね!」

青嶌さんがそう言うと、神白さんと小紫さんも頷いた。

「はい。」

「すぐ戻ってきますね。」

「うん。」

三人が教室を出ていく。

その背中を見送った後、俺は自分の役割を確認するため、黒板横に貼られている名簿へ向かった。

今日の担当時間。

交代のタイミング。

接客の流れ。

もう一度、頭の中で確認する。

「……よし。」

問題ない。

次に、教室内を見渡す。

机と椅子の配置。

客が入りやすい通路。

料理を運ぶスペース。

邪魔になるものがないかを確認する。

「ここは少しずらした方がいいな。」

数人のクラスメイトと協力しながら机を動かす。

入り口には完成した看板を設置。

教室の隅にはゴミ箱を用意する。

細かい部分だけど、こういうところで困る人が出る。

だから、できることはやっておきたい。

「これで大丈夫かな。」

教室を見渡す。

昨日まで準備していた大正喫茶が、ついに形になっていた。

その時――。

「お待たせしました。」

声が聞こえた。

振り返る。

そこには、先ほど着替えに向かった三人が立っていた。

「……。」

一瞬、言葉が出なかった。

神白さん。

青嶌さん。

小紫さん。

三人とも、それぞれの衣装に身を包み、昨日とは違う本番の雰囲気を纏っていた。

「おかえり。」

俺は素直に口にする。

「やっぱり……。」

「皆、すごく似合ってるよ。」

三人は少し驚いた顔をする。

でも、すぐに嬉しそうに笑った。

「ありがとう、黒鉄君。」

神白さんが微笑む。

「えへへ、ありがとう!」

青嶌さんが照れながらお礼を言う。

小紫さんも小さく笑う。

「黒鉄君らしいですね。」

すると――。

「おいおい!」

後ろから声が響いた。

「俺も言わせてもらうぞ!」

黄瀬だった。

いつの間にか着替えを終え、教室へ戻ってきていた。

「三人とも!」

「めちゃくちゃ似合ってる!」

「大正喫茶っていうテーマ、完全に勝ったわ!」

「特に――」

黄瀬が三人を見渡す。

「このクラス、華がありすぎじゃね?」

「文化祭来た人、絶対ここ目当てになるって!」

「黄瀬君。」

小紫さんが少し困ったように笑う。

「それは少し大げさでは?」

「いや、本気!」

黄瀬は真剣な顔で頷く。

「俺、客だったら絶対入りたいもん。」

その言葉に、教室の空気がさらに明るくなる。

しばらくすると――。

ガラッ。

教室の扉が開く。

「おはよう。」

北条先生が入ってきた。

いつもと変わらない表情。

……のように見えた。

だけど、教室にいる俺たちを見る先生の目は、いつもより少しだけ優しかった。

「いよいよだな。」

その一言で、教室の空気が少し引き締まる。

「ここまで準備、本当にお疲れ様。」

「放課後に残って作業した奴。」

「何からしていいのか悩んだ奴。」

「思ったように進まなくて焦った奴。」

先生は教室を見渡す。

「全部、今日のためだ。」

誰もが静かに耳を傾ける。

「文化祭っていうのはな。」

「ただ店を出して、客を呼んで、楽しむだけの日じゃない。」

「同じ目標に向かって、クラス全員で何かを作り上げる日だ。」

「それは、大人になってからも簡単には経験できない。」

先生は少し笑う。

「だから――。」

「今日は思いっきり楽しめ。」

「失敗してもいい。」

「困ったら助け合え。」

「そして最後に、このクラスでやってよかったって思える一日にしろ。」

「先生は、お前たちならできると思ってる。」

その言葉に、教室の空気が少し熱を帯びる。

「……。」

胸の奥が自然と高鳴る。

すると――。

校内放送から音が流れた。

『ただいまより、開路学園文化祭の開会式を始めます』

教室のスピーカーから、文化祭実行委員長の挨拶が響く。

『本日は待ちに待った文化祭です』

『生徒一人一人が主役となり、最高の一日を作り上げましょう!』

続いて校長先生の挨拶。

『皆さんが準備してきた成果を存分に発揮してください』

『来場された方々に、笑顔と感動を届けることを期待しています』

その言葉が終わると――。

校内に大きな拍手が響き渡った。

文化祭が、始まった。

「よし。」

北条先生が立ち上がる。

そして――。

「お前ら。」

「円陣組むぞ。」

「え?」

一瞬、教室が静まる。

先生は笑う。

「せっかくの文化祭だ。」

「最後くらい、クラス全員で気合入れていこう。」

その言葉に、皆が顔を見合わせる。

そして――。

誰からともなく、笑顔が広がっていった。

北条先生が教室の中央に立つ。

「よし。」

「最後に一つだけ。」

「せっかくだ。」

「全員、手を出せ。」

戸惑いながらも、皆が中央へ手を重ねていく。

黄瀬が笑う。

「こういうの、青春って感じするな!」

「黄瀬君、今はふざけないでくださいね。」

小紫さんが微笑む。

「分かってるって!」

青嶌さんも笑いながら手を重ねる。

「ほら、朝陽も。」

「……うん。」

俺も手を伸ばす。

神白さんの手が隣に重なる。

一瞬だけ目が合う。

そして、北条先生が声を張った。

「じゃあ行くぞ!」

「今日一日――」

「最高の思い出作るぞ!!」

「「「おーー!!」」」

教室中に声が響き渡る。

その瞬間。

胸の奥が熱くなった。

きっとこの先、何年経っても忘れない。

そんな一日が始まろうとしていた。

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