11話 お友達
「この前ね、ほんとに怖かったんだ……私、無理しちゃって」
陽向さんの声は少しだけ震えていた。
この子も怖かった。
当たり前だけど、当たり前じゃないみたいに胸に落ちた。
「でも、ひなちゃんが来てくれて……私、あの時に思ったの。こんな風に助けてくれる人がいるんだな、って。ひなちゃんが物語の王子様みたいだな、って」
私は、視線を落とした。
(助けたって……私は……)
助けたというより反射で動いただけ。
見捨てるのが嫌だっただけ。
それを『助けてくれた』って言われると、困る。
私は、そんな大層なことはしていない……というか、そんなことはできない。
だって、私だもの。
でも、陽向さんの声は続く。
「だからね、ちゃんとお礼が言いたかった。言えてよかった、えへへ♪」
「あ……は、はい」
お礼なんて言われたことがないし。
笑顔を向けられるのも何年ぶりだろう?
慣れないことは嫌だ。
ものすごく逃げたい。
だから焦って、私は『終わり』を作ろうとする。
「そ、それじゃあ……もう……」
私は一歩引いた。
「……わ、私は……帰ります……」
「うん! じゃあ、帰り道一緒だね!」
「えっ!?」
「私、今日はひなちゃんとお話したかっただけだから、目的達成! 帰ろう?」
「……い、いえ……その……」
「ねえねえ、ひなちゃんさ! 私達くらいの歳の配信者、ほんと珍しいんだよ。学校とかさ、バレないようにするの大変じゃない?」
学校の話やめてください!?
「……えっと……」
「普段どの階層でやってるの? あ、これさっきも聞いたよね。でも、私、ちょっと無理しがちだから、ひなちゃんの活動聞いて参考にしたいな、って」
私は逃げているだけ。
参考にされても困る、というかしたらいけない。
「って……私、ひなちゃんを困らせちゃっているかな?」
陽向さんの困ったような笑顔。
私の態度を見て察したのだろう。
ど、どうしよう……?
正直、困っている。
一人がいい、一人がいい、一人がいい。
他人と関わるのは……怖い。
でも。
陽向さんは、なにか違うような気がして。
ここでさようなら、っていうのは、なにか……どこか……
「だ……」
「だ?」
「……大丈夫、ですっ……」
「ほんと!? やった、よかった!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねて、喜びを表現する陽向さん。
そんな姿は眩しくて、私なんかとは全然違うな、って思うんだけど……
ただ、どこか優しい気持ちになることができた。
「ねえ、ひなちゃん……私と友達になってほしいな」
「……ほぁ!?」
声がひっくり返る。
「だって、同い年で同じダンジョン配信者で、しかも命の恩人だよ? 仲良くなりたいよ!」
(命の恩人って言葉やめて)
重い、重すぎる。
そんな肩書き私は着られない、首が折れる。
「……む、むむむ無理です……!」
「えっ!? 無理!? なんで!?」
「わ、私なんかに……友達になる、価値……ないので……」
「ちがうちがうちがう! 価値とかじゃないよ! 友達って、なりたいからなるんだよ!」
(なりたいから……なる……)
そんな世界あるの?
私は視線を落とした。
足元の石。
冷たい床。
(友達って、契約書とかが必要だと思ってた)
いや、さすがにそれは思っていない。
でも、それくらい遠いものだった。
私には縁がないものと思っていた。
あまりにも唐突で、まったく予想していない展開に、変な思考が暴走し始める。
これは詐欺かもしれない、友達詐欺。
陽キャが陰キャを友達にするメリットってなに?
配信のコラボ? それともネタ枠?
なにかの検証とか?
罠?
やっぱりダンジョン警察?
「……さ、詐欺ですか……?」
「ええ!? ちがうよ!? 詐欺じゃないよ!」
「……え、でも……」
「どうしてそうなっちゃうの? 私、悪人顔かな……?)
「だって……私なんかと友達になりたい、って……」
言われたことがない。
言われたことがないことを言われると脳が処理できない。
処理できないと、最悪の可能性を想定してしまう。
陰キャOSの仕様だ。
陽向さんは困ったように笑って、それから、少しだけ真剣な顔をした。
「私、配信してると色々な人がいるの。応援してくれる人も、心配してくれる人も……叩く人も。でもね」
陽向さんは、少し笑った。
「ひなちゃんみたいな子、いないんだよ。怖がっているのに、それでも真剣に、まっすぐに助けてくれるような子、初めてだったんだ」
「……ぁ……」
その言葉が恥ずかしくて、でも、少しだけ救いでもあって。
心の中に、ぽっと、とある感情が灯る。
(……欲しい)
私は、ずっと一人だった。
一人が楽だと思っていた。
思っていたというより、一人しか選べないと思っていた。
でも、友達に憧れなかったわけじゃない。
ただ、私には価値がないから無理だと思っていただけ。
それが当たり前すぎて疑ったことがなかった。
そんな私に、陽向さんが手を差し出す。
「ね、友達になろう? 難しく考えなくていいよ。ひなちゃんが嫌じゃなければ、それでいい」
私は、深呼吸を一回だけした。
一回は効果が薄いけど、今は時間がない。
「あ、あの……」
「うん!」
「……やっぱり私、自信が持てなくて……」
「……そっか」
「で、でもっ……その、あの……」
「え?」
「……嫌、では……ないです……」
陽向さんの顔が、ぱあっと花みたいに明るくなった。
「ほんと!? じゃあ友達だね! これからよろしくね、ひなちゃん♪」
「は、はい……陽向さん」
「違うよ」
「え?」
「友達なんだから名前で呼ばないと」
展開が早い。
「え、えっと……り、りおさん……」
「ちょっと固いかも?」
「えぇ……じゃ、じゃあ……りお、ちゃん」
「うん!」
ものすごくいい笑顔。
すごく恥ずかしかったけど、でも、がんばったかいはあったような気がした。
「えへへ! じゃあさ、連絡先を交換しよう?」
「え、え、ええ……?」
「だって友達だもん!」
(友達って、連絡先交換が必須なんだ……)
私は、脳内で契約書のページをめくった。
えっと、第何条だっけ。
友達契約における連絡先交換の義務……いや待て、現実逃避するな。
私は、震える手で鞄の中のスマホを探した。
ちゃんとある。
持ってきててよかった。
今日の私、えらい。
私は、ぎこちなくQRを出した。
りおが「わーい!」と言って読み取り、そのまま交換した。
「ひなちゃん、これでいつでも連絡できるね!」
「は、はひっ……!」
「じゃあさ、今度一緒に潜ろ! 安全な階層でいいよ。ひなちゃんが安心できるとこでいいよ」
「……その……考えます……」
「うん、考えて! 私、いつまでも待てるから!」
コメント欄がいつの間にか盛り上がっていた。
>友達成立!?
>なんか尊いな、この二人
>ひなちゃん、頑張った。感動した
>お前はなんなんだ
>りおちゃんもそうだけど、ひなちゃんも推せるわ
>やっぱり、りおちゃんは神
「じゃあ今日はこれで! ひなちゃん、ありがとね!」
「……は、はい……」
りおちゃんが去っていく背中を見ながら、私は呆然としていた。
(……友達……)
その言葉が、まだ胸の中でふわふわしている。
落ち着かない。
落ち着かないのに嫌じゃない。
私はそっと、自分のスマホ画面を見た。
新しい連絡先。
『陽向りお』という名前。
(……詐欺じゃなかった)
まだ疑っている自分もいる。
でも、さっきの笑顔は、たぶん本物だった。
(……胃が痛い……)
でも、今日は。
胃が痛いのに、
ちょっとだけ……勝った気がした。
人生に。
自分に。
たぶん、ほんの少しだけ。




