マツ③
マツ視点です。
ロベリアはまた私の前から姿を消してしまった。
彼女の家にも行ってみたけど、やっぱり帰っていなかった。
”あの時、ロベリアを追い掛けることができていれば……”
そんな後悔が何度も胸を締め付ける。
フィナを1人にできなかった……母親としてそれは正しいことなんだろう。
でも私は、またロベリアを1人にしてしまった。
”ロベリアと仲直りしたい”
私がフィナの母親であることを辞めない限り、その願いはずっと叶わない。
そんな気がしてならなかった。
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それから数日後……。
今日は【鏡の儀】と言う年に1度、行われる神聖な儀式が執り行わる日だ。
私達、巫女が守るこの国の最大の国宝である【無魂の鏡】。
国の中心にある広場に舞台を整え、鏡の前でその巨大な力を鎮めるための舞を巫女である私達一族が踊る……それが鏡の儀だ。
「お父さん! お母さん! 今日はフィナ、頑張るからね!」
「えぇ、しっかりね。 フィナ」
「お父さん達、応援してるからな!」
そして今日の儀式には、私の後を受け継ぐフィナも参加する。
巫女としての初めてのお務めで、フィナは朝からすごくはしゃいでいる。
夫も仕事を休んで私達の舞を見に来てくれるみたい。
本当に今日は良い1日だと心から思う。
「お母さん、上手く踊れたら……今日はお母さんのオムライスにしてね」
「はいはい、わかってますよ」
全く……神聖な儀式だというのに、フィナの中ではお遊戯会みたいなものなのかしら?
まあでも……楽しく踊れるのなら、それ以上望むことはない。
「君もしっかりな!」
「えぇ、あなた……」
夫やたくさんの人達に見守れ、娘と共に舞を踊る。
フィナほど大げさではないけれど、私も楽しみで仕方なかった。
「……」
でも……私の心には拭いきれない大きな不安があった。
『マツ、今日はお疲れ様』
『ロベリア、ありがとう』
毎年、儀式を終えた私をロベリアが電話越しに労いの言葉を掛けてくれた。
国中の人間が集まる儀式だから、人が苦手なロベリアは見に来ることができなかった。
それでも……ロベリアが私を労ってくれると、”頑張ってよかったな”……そう思える。
もちろん、夫やフィナからの労いもすごく嬉しいし、疲れも吹き飛ぶ。
だけど、1日の最後にロベリアがくれる言葉は私を元気にしてくれる……また来年も頑張ろうって思える。
でも今日はきっと……あの子は電話を掛けてくれない。
私に”労いの言葉”をくれない。
それがたまらなく怖かった。
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「マツ様」
家を出る直前、使用人の女性が私の元へと駆け寄って来た。
「どうしました?」
「マツ様にお電話が……ロベリアという方から……」
「!!!」
使用人から”ロベリア”という名を聞いた瞬間、儀式のことで一杯だった頭の中がロベリアの顔で上塗りされた。
そして、すぐに電話機の元へと走り……受話器を取って耳に当てた。
「ろっロベリア? ロベリアなの?」
『……マツ。 こうして電話越しに話すのは久しぶりね』
その声は間違いなくロベリアの声だった……。
私がずっと話したくてしかたなかった……ロベリアの声だ。
あの子が向こうから私に電話をくれた。
それが嬉しくてたまらなかった……涙が止まらなかった。
「ロベリア……」
話したいことはたくさんあった……。
”今まで本当にごめんなさい”
”もう1度、友達に戻れない?”
だけど……言葉が喉に詰まって出てこない。
何をしているの!?
せっかくロベリアから電話してくれたのに……。
拳を握りしめ、必死に言葉を出そうとしていた時……。
『仲直り……しても良いよ?』
「えっ?」
『もう1度、友達に戻っても良い』
「ほっ本当!?」
『でもその代わり……お願いしたいことがある』
「うっうん! 私にできることなら……」
『……』
「ロベリア?」
『じゃあ……無魂の鏡を私の家まで持ってきて』
「えっ?」
『あなたが守っている無魂の鏡よ……それを私の家に今すぐ持ってきて』
「そっそれは……」
私は素直に”はい”とは言えなかった。
無魂の鏡を無断で持ち出せば、誰であろうと極刑に処される。
それが鏡を守る巫女であっても……重罪であることに変わりない。
さらに今日は神聖な鏡の儀……今持ち出せば絶対にバレる。
しかも今日の儀式はフィナの初めてのお務め……私がロベリアのお願いを聞いてしまえば、フィナの心を深く傷つけることになる。
『できないの? 鏡を持ってくるだけよ?』
「でっでも……」
私は言葉を続けることができなかった……。
母親として……巫女として……こんなお願いは聞いちゃいけない。
頭ではわかっている。
だけど……。
『無理なのね。 それなら別に良いわ……最初からあなたには何も期待していないから』
「!!!」
私は恐怖で全身が震えた。
鏡を持ち出す大罪を犯すことに対してじゃない……ロベリアにまた突き放されることが怖くてたまらない。
”またロベリアを1人にするの?”
”あなたにとってロベリアは何なの?”
私の中の何かが私に問い掛けてきた。
あの子をもう失いたくない……もう1度、友達に戻りたい。
そんな想いが私の頭を……心を……支配した。
「……わかった。 鏡を持っていく」
『そう……じゃあ家で待ってる』
電話はそこで切れた。
私はしばらく受話器を握った手を離せなかった。
持っていくと約束はしたけど……私はまだ迷っていた。
その時……。
「お母さん? どうかしたの?」
振り返ると、そこには巫女の衣装に身を包んだフィナが立っていた。
「フィナ……」
「そろそろ行かないと、儀式の時間に遅れちゃうよ?」
フィナの姿を見て思わず想像してしまった。
この子の晴れ舞台を……舞を踊り切って喜ぶこの子の笑顔を……。
それは私が誰よりも待ち望んでいた瞬間だ……。
ここでフィナと一緒に行けば……その瞬間は守られる。
でも……ロベリアとの絆はもう取り戻すことはできない。
”ロベリアか……フィナか……”。
迷いがどんどん強くなっていく……。
そんな私の脳裏に……”あの時”の記憶が過ぎった。
友達記念日よりもフィナの体調を優先したあの日の記憶……。
『あんたなんかに……私の気持ちがわかってたまるか!!』
あの時の全てに絶望したようなロベリアの目……鉛のようにのしかかった後悔……。
それら全てが……フィナの元へ歩み寄ろうとした私を足を止めた。
「ごっごめんなさい、フィナ……。
お母さん、ちょっと用事があるから先に行ってて」
「用事?」
「うん、すぐに済ませてくるから……」
私はフィナに背を向け、鏡が祭られている部屋へと向かった。
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「……」
鏡に人が写らないように……手が触れないように……鏡は厳重に管理されている。
私は部屋で鏡を守っている従者達を外に出し、鏡に手を伸ばした。
「……」
このまま鏡を手にしたら……もう後戻りはできない。
夫やフィナの顔が頭を過ぎり、一瞬伸ばした手が止まった。
だけど……。
『私、初めてできた友達とお別れなんてしたくない』
『私だって……マツと別れたくないよ』
『じゃあ……一緒に来てくれる!?』
『うん!』
あの時、私の手を握ったロベリアの温もりが……私の手を進ませた。
「ロベリア……」
私は鏡を――。
いや。
ロベリアが私に差し出してくれた手を掴んだ。
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私は鏡面に誰も写さないように、鏡を布で何重にも巻き……ロベリアの家を訪ねた。
「ロベリア?」
家のドアを開くと……カーテンは閉め切られ、部屋は昼間とは思えないほど暗かった。
ドアから差し込むわずかな光だけが、ロベリアの能面のような顔をぼんやりと浮かび上がらせていた。
それでも私はこの子が本当に待ってくれていたことが嬉しくてたまらなかった……。
「鏡は……持ってきたの?」
「えっ? えぇ……ほら、ここに……」
私は鏡に巻いた布を少しだけ解き、独特の紋様が刻み込まれている鏡の裏だけをロベリアに見せた。
「……」
「ロベリアは鏡に関する書物を読んだことがあるから、この紋様を知っているでしょう?」
「……」
「ねぇ、ロベリア……これでもう1度、私と友達になってくれるんだよね?」
私は心の中で祈った……ただただ祈った。
ロベリアが私を許してくれることを……ロベリアがまた私に微笑んでくれることを……。
もう1度……あの頃の楽しかった私達に戻れることを……。
でもその時……。
ザシュ!
「え……」
突然お腹に激痛が走った……。
反射的に視線を落とすと……私のお腹にはナイフが刺さっていた。
ゴトッ!
指から力が抜け、包まれた鏡が音を立てて床へ転がる。
布に包まれていたため、鏡は割れることはなかった。
ポタポタ……。
刃から伝わる私の血が床に落ちて、小さな赤い水たまりが足元に広がっていく。
でも痛みは不思議と徐々に感じなくなった。
いや……今の私には痛みを感じる余裕がないんだ。
「ろべ……りあ?」
恐る恐る顔を上げると……目の前にはロベリアが立ち尽くしていた。
そして小刻みに震えるその手は……なおも私のお腹に突き立てたナイフの柄を握り締めていた。
「……」
今にも崩れ落ちそうなほど、ロベリアの肩が震えていた。
表情は能面のままだったけど……目からは一筋の涙が流れていた。
次話はロベリア視点です。




