ロベリア④
ロベリア視点です。
本屋で錬金術の本と巡り会ってから2ヶ月もの月日が流れた。
「これで……全部」
私はこれまで集めた素材を町はずれの洞窟に持ってきた。
町の噂で聞いた話だが、この洞窟は昔……数十人もの人間が集団自殺した曰く付きの場所らしい。
自殺した動機までは知らないけど、おかげで町の人間は気味悪がって誰も近づこうとしない。
人体錬成を行うにはこれ以上最適な場所はないだろう。
私は本に従って人体錬成の素材を集め始めた。
人を作り出す御業であれば、集める素材も希少なものばかりだと思っていたが……実際に必要な素材はきれいな水やどこにでも生えている薬草と言った、入手がとても簡単なものばかりだった。
必要な量はそこそこ多いが、お金も人脈もない私でも集めることができる。
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薬草採取用のナイフで人体錬成の基礎となる錬成陣を地面に描き、集めた素材を配置する。
そして最後に、錬成陣の中央に大気のエネルギーを集めるための鉱石を置いた。
あとは鉱石に私の体から直接流した血を垂らせば、人体錬成が完成する。
私は錬成陣の中央に立ち、右手にナイフを持って鉱石に血が流れるように左腕を構えた。
「……」
ふと、左腕に残った感触が蘇る。
昨日の昼……私は偶然にも娘を連れたマツと出くわした。
『お母さんのとっても大切なお友達……ううん、家族だよ』
そしてあろことか……あの女は娘に私を家族だと紹介した。
私を傷つけたあげく裏切っておいて、何が家族だ!
それに、マツが娘に向けていた優しい私だけに笑顔……。
私だけに見せてくれていたあの眩しい笑顔……私だけが知っていた本当の優しさ。
その何もかもがあの娘に奪われたと、目の前で突き付けられた私がどれだけ惨めな思いをしたか……。
私が苦しんでいることも知らず、ただ優しく接しようとするマツの態度がどれだけ私の神経を逆なでしたか……あの女は絶対にわかりはしない。
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『ロベリア!!』
あの時のマツの声が未だ耳から離れない。
脳内で響くたび、あの女に掴まれた左腕がムズムズとして気持ち悪い。
思わずナイフで腕を斬り落としてしまいたくなりそうだ。
いや……もうマツのことは忘れなくちゃ。
もうすぐ私には……私だけを愛してくれる”家族”ができる。
私は……1人じゃなくなるんだ。
「……」
血が鉱石に滴り落ちるよう左腕の袖をまくり上げた時、左腕に残る傷跡が目に入った。
これはマツと初めて出会って間もない頃に負った傷……。
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『みんな見ろ! 化け物がいるぞ!』
『退治しちゃえ!』
野草を探していた際、私をいつもいじめていた連中が私を見つけて石を投げてきた。
私は奴らを振り切ろうと逃げ回ったが……。
『あっ!』
うっかり足を滑らせ、3メートルほどの崖から落ちてしまった。
骨折こそしなかったが……地面に体を強く打ち、さらには落ちる際に木の枝かとがった石で腕を切ってしまった。
『いっ痛い……』
体中を支配する激痛……。
腕からドクドク流れる血と共に生気が抜けていくように感じた。
『みんなやった! 化け物が弱ってるぞ!』
『とどめをさせー!』
私を追って崖の下に降りてきたクズ共は、ケガをした私を見るや否や……私に追加の石をぶつけてきた。
あいつらにとって、この非道は周りをブンブンと飛び回る虫を叩き落とすのと変わらない。
私がこのまま死んだところで、泣いてくれる人もいないし……あいつらを咎める人もいない。
私は現実から逃げるように、意識を失った。
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『……』
気が付くと、私は病院のベッドの上にいた。
体中には包帯が巻かれ、管のついた注射針が腕に刺さっている。
ぼんやりとする頭で横に目をやると、ベッドの上で横たわるマツの姿があった。
マツの腕にも管のついた注射針が刺さっていて、管はスタンドを通して私の注射針に繋がっていた。
ガラガラ……。
何がどうなっているのかわからず混乱していると、看護婦が病室に入って来た。
『あっ、気が付いたんですか?』
『あの……』
私は間髪入れず、看護婦に事情を聞いた。
私が意識を失ったすぐ後……マツが私を見つけ、すぐに人を呼んで私を病院に運んでもらったらしい。
傷や打撲自体は大したことなかったらしいが……それよりも失血がひどく、輸血が必要だった。
でも運悪く私にある輸血パックが切れていたらしく……家族や友人もいない上に島の人間からは煙たがられている私に、血を分けてくれる人なんていなかった。
でもそんな中、マツだけは違った。
”私の血でよければ使ってください!”
マツは自ら進んで私に血を提供してくれた。
血液型も私と一致したこともあり、私はマツの血を輸血してもらった。
ただ、失血量がひどい分……輸血の量も多かったらしい。
私がようやく意識を取り戻した今、マツはひどい貧血状態だったらしい。
どうしてマツがここまでしてくれたのか……この時の私にはわからなかった。
私にとってマツは……いつも”仲良くしましょう”って、しつこいだけの存在だったから。
だけど数時間後……目を覚ましたマツが意識を取り戻した私を見て言ったんだ。
『よかったぁ……』
心から安堵した表情を浮かべて一筋の涙を流した。
それを見た時、私の中で何かが変わった。
そして思った……。
”この人は、私を愛してくれる”
”この人なら、信じられる”
この瞬間……マツは私にとって、大切な”家族”になったんだ。
それから私達はいつでも一緒だったんだ。
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「……」
一瞬、意識が過去に飛んだが……我に返ると錬成陣の中心でナイフを構える今の自分に戻って来た。
そして同時に、マツへの憎しみがさらに深まった。
「もう……戻れないんだ」
私は改めてナイフを構え、刃を左腕の傷口に当てた。
私が大好きだったマツはもういない……楽しかったあの日々はもう戻ってこない。
私にはもう……戻る場所なんてないんだ。
「……」
マツの顔が脳裏によぎる……一瞬、ナイフを握る手の力が緩んだ。
「っ!!」
私は強引に力を込め直し、マツとの最後の絆を断つように……傷口をナイフで開いた。
ポタ……。
傷口から滴る私の血が鉱石に落ちた……その瞬間。
ゴォ……。
周囲の空気が台風のように錬成陣に集まって来た。
身の危険を感じた私は錬成陣から少し離れ、様子を伺った。
ザァ……ゴォォ!!
集まる空気……いや、エネルギーは次第に強くなっていき、地面から巻き上げた石や砂によってつくられた土のカーテンが錬成陣を覆っていく。
そしてものの数分後……。
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土のカーテンは突然、霧のように消え去り……錬成陣の上には1人の人間が立っていた。
いや、形こそ成人男性のようだが……目の前にいる”なにか”は明らかに人間じゃなかった。
2メートルはある巨大な体……肌は白を通り越して青白く、血管の走る筋が皮膚の下に透けて見えた。
両腕は膝に届きそうなほど長く、手は獣のように厚く爪は鋭かった。
それ以上に不気味さを漂わせていたのは、その巨体に似つかわしくない幼い顔。
肌こそ青白いが、柔らかそうな頬に綺麗な瞳……巨大な愛らしい顔が私を見下ろす。
「……」
はっきり言って……その姿に戸惑ってしまった自分がいたのは否定できない。
何も知らなければ、間違いなく私は裸足で逃げ出すだろう。
だけど……。
『……』
どんよりとした生気を帯びていない目だったが……その瞳は確かに私を映していた。
この子は私を”家族”だと……”母親”だと認識している。
そう思えてならなかった。
そうだ……この子は私の子。
外見なんかでこの子を判断したら……私は私を蔑んでいた連中と同じだ。
何より……この子は私のために生まれてきてくれた子だ。
そんな子を……受け入れられないはずがないじゃない。
「あぁ、私の家族……私の可愛い坊や……」
私の心に抑えきれない愛情が溢れた。
胸が温かくなる……この子を抱き締めたくてたまらない。
命を懸けてでもこの子を守りたい。
これが……母親になるってこと?
マツを認める訳じゃないけど、悪くない心地よさだ。
「坊や……わかる? 私はあなたのお母さんよ?」
私は優しく語り掛けながら目の前の奇跡にゆっくりと近づいた。
そうだ……これは人体錬成の産物なんかじゃない。
私の血を分けた、可愛い赤ちゃんだ。
”名前は何にしよう?”
”どこか2人で静かに暮らせる場所を探さないと……”
赤ちゃんとの未来を頭の中で描いていく内に、死んでいた私の心が蘇ったような気がした。
ドサッ!
「えっ?」
たった1歩……足を前に出したその時、赤ちゃんは糸の切れた人形のように突然倒れてしまった。
「どっどうしたの!?」
慌てて駆け寄るも……赤ちゃんは微動だにしない上、息もしていない。
「そっそんな……坊や! 坊や!!」
必死に呼び掛けながら赤ちゃんの体を揺さぶるも……なんの反応もない。
「まさか……いやそんな……」
嫌な汗がにじみ出てきた……鼓動が速くなり、呼吸も乱れて上手くできない。
「お願い……お願いだから起きて。
お母さんって呼んで……」
涙を流しながら祈る様にそう願うも……この想いが赤ちゃんに届くことはなかった。
そして……胸をざわつかせていた得体の知れないものが、頭の中で象られていく。
”死んだ”
最悪の単語が石のように頭に沈んだ。
何度も頭を振ったが……目の前で動かない我が子の姿が目に入るたびに、私の心は現実へと引き戻された。
「嘘だ……こんなの、嘘だ!!」
人体錬成と言う名の奇跡から生まれた私の可愛い赤ちゃん……愛おしい家族。
その尊い命が……産声すらあげられないまま、私の目の前でこの世を去ってしまった。
私は……また1人になってしまった……。
次話はマツ視点です。




