ロベリア⑤
ロベリア視点です。
洞窟の冷たい岩肌にもたれかかりながら、私は古びた書物の頁をめくり続けていた。
名前すら付けられずにこの世を去ってしまった息子をどうしても呼び戻したかった。
だがどの頁にも「死者を生き返らせる方法」など書かれていない。
人を生み出す禁忌があるのなら、失った命をもう1度拾い上げる禁忌もあるのではと安易に考えていたけど……どうしても見つからなかった。
だからと言って、人体錬成で別の子供を作る気は微塵もなかった。
あの子の代わりなんていない……。
私の子供はあの子だけだ。
「……」
目の前には、まだ横たわったままの息子がいる。
三メートルはあろうかという大きな体。
継ぎ接ぎだらけの肌に獣のような手足。
けれど顔だけは、驚くほど愛らしい赤ん坊のそれだった。
うっすらと生えている銀色の髪の毛は私の子供であることを示している。
「絶対にあなたを生き返らせるから」
息子の冷たい頬にそっと手を添え、私は息子に誓う。
私は乱暴に涙を拭って、また本の頁をめくる。
必ず何かあると信じて……。
「!!!」
ふと地面に置いていた人体錬成で使ったナイフに目を落とした。
刃に映る自分の姿を見た瞬間、頭の奥で小さな光が灯った。
無魂の鏡――。
マツの一族が守っているこの国で最も大切な国宝……あの鏡には死んだ者を生き返らせる力があると聞く。
あれを使えば……息子を生き返らせることができるかもしれない。
だけど、国が厳重に保管している無魂の鏡を素人の私が盗み出すのはほぼ不可能。
頼れる人もいない……でも方法はこれしかない。
必死に考え続けた私の脳裏に浮かんだのは……私を裏切ったマツの顔だった。
そして私は――1つの賭けを思いついた。
マツは私と仲直りしようとしている。
それが本心なのかどうかはわからないけど……仲直りの証として鏡を持ってくるように言えば……あの子は持ってくるかもしれない。
私はわずかな望みを胸に、マツに電話を掛けた。
「無魂の鏡を私の家まで持ってきて」
正直、断られると思っていた。
鏡の窃盗は重罪だ……巫女であるマツでもタダでは済まない。
マツを試すような言葉も添えたが……電話を切られると思った。
でもあの子は……。
『……わかった。 鏡を持っていく』
こんなめちゃくちゃな要求を飲んでくれた。
この時はまだ口先だけだと思っていた。
そして私はナイフを持ち、久しぶりに家に帰った。
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マツに裏切られたあの日……料理をぶちまけたり、食器を割ったりしてめちゃくちゃにしたはずの家の中は……なぜかきれいになっていた。
物は整理され、掃除もきちんとされている。
全部マツがやったことだと察することはできた。
でも私は罪悪感を消したいマツの言い訳としか見なかった。
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「ねぇ、ロベリア……これでもう1度、私と友達になってくれるんだよね?」
だけどマツは……本当に鏡を持ってきてくれた。
疑念はあったけど……それ以上にマツが危険を冒してまで鏡を持ってきてくれたことが嬉しかった。
嬉しくて思わず震えそうになった……。
マツは本当に、私と仲直りしたいと思っているんだ……。
マツを憎もうとしていた心が大きく揺れ動く……完全に捨てたと思っていたマツへの情が戻ってくるのを感じる……。
このままマツの元に行けば……また友達に戻れるかもしれない。
そんな期待が胸の中で膨らみ、思わず足を踏み出そうとしてしまう。
だけどそんな私の脳裏に、息子の顔が過ぎる。
産声すらあげられず、今も暗く冷たい洞窟に横たわっている可愛い私の息子……。
このままマツの元へ戻るか……息子の待つ洞窟に鏡を持っていくか……私は選択を迫られた。
マツに息子を生き返らせてほしいと頼む選択肢はなかった。
マツは絶対に息子を生き返らせてくれない――。
私にそう確信させるのは、十五歳の夏の記憶……。
私とマツが我が子のように可愛がっていた子猫が病気で死んでしまい、無魂の鏡で生き返らせようと私はマツに提案した。
『駄目だよ、ロベリア。命は、そんな風に扱っちゃいけないものだから』
でもマツは、静かに首を振った。
その時のマツの目は悲しみに満ちていながら、決して揺るがない強さがあった。
私は何度もお願いしたけど……結局マツは子猫を生き返らせてはくれなかった。
今でもその信念は変わっていない。
そんなマツが、息子を生き返らせてくれるはずがない。
マツか息子か……。
心がぐちゃぐちゃになりそうだ。
息が荒くなる……嫌な汗が出る。
マツとの思い出と息子の優しい目が延々と頭の中を回っている。
私は迷った末に――。
「ろべ……りあ?」
息子を選び、洞窟から持ってきたナイフでマツのお腹を刺した。
その瞬間……友達記念日の時に電話でマツが言った言葉が蘇る。
『ロベリア、ごめん。 今日の友達記念日は延期してもらえない?』
そうか……今、わかった気がする。
マツがどんな気持ちで私に電話を掛けてきたのか……。
どれだけ苦しんで……どれだけ悩んで……子供を選んだのか……。
私は何も知らずに、マツをずっと裏切者と罵って彼女をさらに苦しめてしまった。
だけどもう……引き返すことはできない。
私はマツを裏切り……息子を選んでしまったんだ。
ポタッ……
一筋の涙が、頬を伝って落ちた。
倒れそうになるマツの体を受け止め、ゆっくりと床に寝かせた。
「!!!」
外から誰かがこの家に向かって走って来る気配を感じた。
私は床に落ちていた鏡を拾い上げ……。
「ごめんね、マツ――」
私は最後にそっとマツに言葉を添えた。
顔は見れなかった。
今更どんな顔を見せたら良いのか……わからなかったから。
マツに背を向け、私は鏡を胸に抱いたまま……息子が待っている洞窟へと走った。
次話はマツ視点です。




