216 お父さん
一年に一度のある日、母はお墓の前で必ず涙を流していた。
「……」
私はそれをボーッと眺めることしかできなかった。私には知らない人のことだったから。
「あなたのお父さんだよ…っ」
「お父さん…?」
後ろから深く抱きしめられる。でも私はその意味をあまり理解できていなかった。
「お父さんって、おばあちゃんの子供?」
「そうだよぉ…。お父さんはすっごく立派だったんだよ…」
「そうなんだ」
まだ五歳の私にとって片親というのは当たり前のことだった。でも周りのみんなは私のことを可哀想な目で見てくる。当時の私はお母さんさえいれば良かったのに。
「この子と嫁さんにに悲しい思いさせるなんて…全くバカな息子だ」
祖父が父の悪口を言っているのかと思ってそちらの方を見てみると、彼の目には雫が垂れていた。いつも少しだけ怖いと思っている祖父も、この日だけは普通のおじいちゃんになる。
「お前が…お前がみんなを守るんだろ…!!なのに…どうして…!!」
小さい頃の私は母と娘だけで生きていくことの辛さをあまり知らなかった。だから頭には疑問符がたくさん浮かんできたけど、何となく口を開くべきではないと考えて黙ってお墓の方を向いた。
綺麗に掃除されてピカピカの十字架。太陽に反射してとてつもない輝きを放っていた。
「まぶしい…」
「きっとお父さんが照らしてくれてるんだよぉ」
「私を?」
「そう。きっとあなたが来てくれたのが嬉しくてつい張り切っちゃってるのね…」
「お父さん、単純?」
「ふふ。そうねぇ。あの子は愛している人に対してはすごく甘い性格だものねぇ」
「そうなんだ」
祖父の息子だからもうちょっと怖い人を想像していたけど、案外愛に満ちたいい人みたいだ。でも私はその人の顔を一度も見たことはない。
でも彼と共に生きてきた人の顔を見れば、どれだけ優しい人だったかは何となく想像がついた。
「お母さん、まだ泣いてる?」
「そうねぇ。お母さんはお父さんのことが大好きだったから」
「へ〜。お母さんは私とお父さんどっちの方が好きなのかな?」
「さあ、それはわからな__」
「どっちも__っ!!」
「わっ」
さっきまで隣で泣いていた母が急に抱きついてくる。びっくりして目を見開くが、直後に母の背中に手を回してみた。
「私はあなたのことか大好きだよ…。もちろん、お父さんも…」
「ふふ、ありがとう!!私も大好き!!」
母の温かくて大きい身体が私を埋め尽くした。そして直後に二人でお墓の方を向いた。
「お父さんはね、家族のことをすっごく大事にする人だったんだよ。もちろん、あなたのこともとても愛していたんだよ」
「そうなんだ。お父さん、優しい人?」
「うん…。とっても優しい人」
「私も会ってみたかったなー」
「きっと会えるよ…。天国で見守ってくれてるから」
「やった」
母はいつものようにニコッと笑みを向けてくれた。そこでようやく父の偉大さを理解した気がする。
でも父に会えないという事実は変わらない。仮に会えるとすればそれは恐らく天国。あるいは、転生した世界で。
いやそんなことはありえない。当時の私でもそれぐらいのことはわかっていた。でも少しの可能性を信じたくて、私はその日から父のことを想うようになった。
「ねえ、お父さんってどんな人だったの?」
「そうだね…温かい人、だったかな」
「そっかあ…一回でいいから会ってみたいなぁ」
「もしかしたらもう目の前にいるかもしれないね。お父さんの幽霊が」
「え!?幽霊!?わ、私は食べても美味しくないよ!!」
「ふふ、食べられたりはしないよ。多分っ」
小さな笑いに包まれた家族達。
いずれ彼女達は再開するだろう。なぜなら彼女達は魂と運命で結ばれているから。




