212 愛の抱擁
花音の悩みを知った夜。柊は少しでも彼女の心の支えになるために添い寝してあげることを選んだ。
「ほら、ちゃんと布団被って。寒いところないか?冷えは女の子の大敵だからな。遠慮せず言うんだぞ?」
いつもとは違って彼女に素直な気遣いをする。その理由は花音もどこにでもいるような一人の女の子だということを知ったから。全てにおいて無敵の姉ではなく、みんなと同じように悩んだりする普通の女子高校生であることを思い出したから。
前世で一瞬だけだが親を経験している立場からすればそういう子に対して庇護欲的なのが湧いてしまうもので、柊は今花音のことを自分の娘のように扱っている。
そして花音は少しだけだがそういう扱いをされていることに気づいたが、なぜか嬉しそうに笑みを浮かべた。
「はい。お気遣いありがとうございます。でも私は大丈夫です。柊のそばにいるだけで、全身が暖かくなりますから」
「そうか?ならずっと隣にいるよ」
「…」
花音は意外そうに目を見開く。
まあそれも無理はない。いつもは柊が花音を避けているのだから。いや避けているは誤解があるか。
姉に対して変な気持ちを抱いたり揶揄われたらするのが嫌だからあまりベタベタしないように気を付けていた。それは勿論花音も知っていたのだが、だからこそ今の柊の態度はかなり意外なようだ。
「何かありました?」
「何が?」
「いつもとは雰囲気が違う気がして」
「そうかな?まあでも、いつもと立場が逆だから自然とそうなってるのかもな」
いつもは花音が柊を慰めたりする立場だったが、今は完全に逆になっている。そうなると見え方や感じ方も変わって来るもので、花音からすればかなり新鮮な感覚なのだろう。
まあそれは柊も同じことなのでなんやかんやで二人とも楽しんでいることになる。
「意外です。柊がこんな父親みたいな事が出来るなんて」
「まあな。俺も日々成長してるから」
「私の知ってる小さくて可愛い柊はもうどこにもいないんですね…」
「元からいないよ?俺高校生だし」
「そうですね。柊ももう高校生ですから大人の男性みたいになりますよね」
ようやく気づいたのか。というか柊は前世で大人になっているから子供扱いされてる時点でおかしいのだが。そんな常識が通用するような姉ではないが、ここに来てようやく大人の魅力というものがわかったらしい。いや遅すぎるよ。
そうツッコミたくはなるが、今更だが理解してくれたみたいなのでとりあえず良しとする。
「だから姉さんは甘えていいんだぞ?俺をお兄ちゃんと思ってくれてもいい」
「兄、ですか…」
「なんなら父親でもいいぞ?まあ何でもいいから、たまには甘えときな。俺はいつも姉さんに甘えてるから知ってるけど、人肌の温もりってのは良いものだぞ」
「……」
正直かなり恥ずかしい発言だが、自ら恥ずかしさを背負う事で花音の躊躇いを軽減させた。
「じゃあ…少しだけ」
少し頬を赤つつも柊の胸に頭を埋めた。
「少しじゃなくてずっとでも良いんだぞ?」
「そ、それは…」
「俺が甘やかしてやるなんて言うのもう一生ないかもしれないぞ?甘えられるうちに甘えとけ」
「…はい。じゃあ…手を握ってくれませんか…?」
「わかった」
姉が弟に甘えるのには少し抵抗があったみたいだが、ようやく恥を捨てて甘えて来てくれた。結局男はこういう状況が一番嬉しかったりする。甘えてくるということは心を許してくれた証拠だから。柊は心の中で密かに喜ぶ。
しかしそれを顔には出さない。男には威厳ってモノがあるから。たとえ嬉しくてもカッコよく振る舞いたくなるモノなのだ。思春期だから。
だが花音はそんな男心も知らずに手をにぎにぎしてくる。
「ふふ…これで今日は安眠できそうです…♡」
「ならよかった。もしこれからも不安な事があったりする時は、俺を呼んでから」
「ありがとうございます…♡大好きです…♡」
「ああ」
優しくて彼女を抱きしめる。
胸の中で小さく吐息を吐きながら眠る少女は、まるで昔に死別した愛娘のようだった。




