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魔物の住む町  作者: Satoru A. Bachman
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第5章 魔物 ―それは鵺(Ⅱ)―

 第5章 魔物 ―それは鵺(Ⅱ)―


 「ヒー、ヒョー」

鋭い牙の生えたそいつは甲高い鳴き声を上げた。町の外の森にいる動物の声かと思っていたが、違った。奴は空にいたのか。

「先生、あれは?」

「鵺(ぬえ)だ」

「鵺…?」

「ああ、この町に住みついている化け物だ。俺はこの町について研究して郷土史を書いているが、あの鵺についても調べているんだ。ときどきこうして観察もしてる」

「なるほど…。じゃあ、先生がいつもサングラスをかけてる理由って」

大須賀はこくりと頷いた。

「ちょっと来るんだ、羽田」

そう言い、卓の肩をぽんと叩き、土手を降りる大須賀。卓は担任についていった。



 大須賀が卓を案内したのは楓町にある市役所のすぐ裏にある美船市郷土博物館だった。その煉瓦造りのちょっと洒落た建物に入ると、エントランスホールに展示パネルがあった。


“異国とともに

昔は小さな集落だった郷土美船は海と山とともに生きてきました。海の行楽で賑わい、茶葉の産業で発展し、19世紀半ばに英国との貿易港となりました。先人たちは異国人たちと知恵を出し合って暮らしてきました。生命あふれる森と海を開拓して。活気に満ちた町。”


と書かれたパネルの前を通り過ぎ、展示室に入った。最初の部屋には昔の漁師たちが乗っていた木造船とそのエンジン、船大工道具などが展示されていて、美船の海の行楽や漁業の歴史についての説明書きが所々にある。“懐かしい古き美船”と題されたレリーフには港を背景に生き生きと暮らす漁師たちや働き者の女性や元気な子供たちの姿が描かれている。その人々の中にさりげなく毛むくじゃらな猿のような顔をした者が紛れ込んでいるのが少々気にかかる。

「先生、この猿は…?」

卓が聞くと、

「ああ」

大須賀は頷いた。


 次の部屋は、茶葉の産業の歴史のコーナーだった。そこには美船時計塔(別名:セント・スティーヴン時計塔)がある東楓町全体のジオラマ模型がある。それはこの美船が市として栄え始めた70年代頃の町並みが再現されている。イギリスの紅茶会社フィールズ・ティーと町の繋がりや交流についての説明書きやミフネリーフなども展示されていて、ほんのり柑橘系の香が漂っている。たいていの人間はジオラマや目立った展示物しか見ないだろう。だが、卓の目に留まったのは、ジオラマの背景として壁に描かれている空だった。そのライトブルーの空に浮かぶもくもくとした入道雲の上に銀色の目をした鵺(ぬえ)の姿が描かれている。

「鵺は昔からこの町にいたんですね」

卓はそう言い、大須賀のほうを見た。

「そうだ。こいつは市民の心を狂わせたり、幻覚を見せたり、恐怖をもたらす。酷い場合にはこいつのせいで重い病気にかかることもある。町にいると時々聞こえてくるあの不気味な鳴き声に人間の精神を狂わす特殊な音波か何かが含まれているのかも知れないな」

卓は全身から血の気が失せていくような感じがした。眉間に皺を寄せ、口元も歪ませて嫌悪の表情でただただ壁の絵を見つめた。

「起源は平安時代か二条天皇の頃とか、諸説ある。姿こそ獣のようだが、夜に鳴く不吉な“鳥”とされていて、「万葉集」にも出てくるらしい。昔の人間たちは鵺の不気味な鳴き声を聞くと、大事が起きないように祈祷(きとう)したそうだ。ここ美船にいる鵺は精神的に弱っている者、何らかの心の問題を抱えている者、それから病人を主に狙う。狙いをつけた人間が死ぬまで繰り返し表れることもある。恐ろしい化け物だが、特別に体は強い訳ではないという説もある。弓矢や拳銃といった武器があれば退治することもきっと出来るだろう。接近することさえ出来れば、ナイフとか刃物で殺すことも出来るかも知れないな」

大須賀は、どんなもんだい、俺ってちょっと博識だろ、と言わんばかりに語り終えて卓のほうを見た。

「最近、おかしいと思ったんですよ、この町。こいつのせいだったのか」

依然と鵺の絵を凝視する卓。

「ついでに言うと、兵庫県の長命寺にはこいつの像が立っているらしいぞ。“鵺退治像”つったかな。それから福崎町には“招き鵺”というのもある。そいつも同じ兵庫だ」



 郷土博物館を出た後、

「気を付けるんだぞ、羽田。悩みがあっても強気でいろ」

そう言い、大須賀はそっと卓の肩に触れ、玉寺アーケードのほうへ歩いて行った。

「はい。ありがとう、先生」

そう言うと、大須賀は振り向くこともなく、すっと右手を上げ、すぐに下ろし、歩き去っていった。その後ろ姿を見送ってから卓は帰途についた。






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