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魔物の住む町  作者: Satoru A. Bachman
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第3章 醜形恐怖症(Ⅳ)

 第3章 醜形恐怖症(Ⅳ)


 走れ、ライガー、俺と一緒に走れ!

自転車を漕いで風と戯れていると、幾分か気分は楽になる。太平洋側の海岸線の国道410号線を延々とまっすぐ突き進んで、どこかで突き当り、北方面に曲がるとそこは国道128号線だった。永遠に続く海岸線。空が薄明るくなってきた。JR内房線の線路と並行して走る山沿いの国道。だが、こんな早朝に電車は通らない。海岸沿いの定食屋もサーフショップも釣具屋も閉まっている。まだ店も家々も眠りについている。

田舎町を抜ける度にトンネルが現れる。数十メートルの間隔でオレンジ色のライトに照らされたトンネル。ごおっと穴を通る風の音が響いている。耳にサザエの貝殻を当てたときのような音。湿ったコンクリートとガソリンの臭い。猛スピードの4トントラックとすれ違った。風に煽られそうになる。光線のようにトンネル内を照らすオレンジ色のライトがびゅん、びゅんと卓の頭上を通り過ぎる。スペースマウンテンのようだ。いや、こっちのほうがディズニーランドのアトラクションの100倍はスリルがあるだろう。トンネルを抜けた瞬間に吸い込む外の空気は美味い。山から下りてくる薫風だからなおさらだ。


 鴨川市にたどり着くころには日が昇っていた。国道沿いのセヴンイレブンで鮭とシーチキンのおにぎりとツナのサンドイッチとクリスタルガイザーの水を買って、駐車場の縁石に腰掛けて食べた。ジーパンとシャツが汗でべっとりと肌にまつわりついている。風呂に入りたい気分だ。また額の汗をシャツの袖で拭った。腹ごしらえが済むと、卓はまたセヴンの店内に入り、旅の途中でまた腹が減ってしまったときのためにスニッカーズを買って、ショルダーバッグにしまった。


 鴨川といったら、何があったか。鴨川シーワールドくらいしか思い浮かぶ場所はない。あとは青くて綺麗な海。卓はそれ以上、北へ走り続ける気は起きなかった。これより北と言えば、勝浦、いすみ、九十九里、匝瑳、銚子と続くが、そんなゆかりの無い土地へ行ってどうする?

セヴンイレブンを出ると、国道の先に2つの分かれ道が見えてきた。綺麗な道が開けている右へ行けば千葉の海岸線を更に北上することになる。歩道に野生動物か何かの大きな糞が散乱している左へ行けば、田舎道や山の中の県道を辿って浜金谷のほうに出られる。浜金谷まで行けば、我が家がある美船はそのすぐ南だ。卓は歩道に糞が散乱している左の道に曲がった。文字通り、糞のような憂鬱が待っている方角に戻らなくてはならない。今日は平日だが、学校には間に合わないだろう。母ちゃんに何と言い訳をしよう。まあ、そんなことを今は考えなくていい。先は長い。とりあえず帰ろう。


 山に囲まれた県道で何度かタヌキを見かけた。茶色いタヌキ。黒いタヌキ。見た目はかわいらしいが奴らが放つ獣臭は半端ない。手入れをサボりがちの犬の10倍は臭い。道中に臭ってきた獣臭のせいで嫌なことを思い出した。地元の美船でときどき漂ってくるあの臭い。銀色の目をした猿。知らない土地に向かっていたときは幾分か晴れていた気分が帰途についた途端に、またもやもやとし始め、自転車を漕ぎ続けた脚の疲れとサドルに座っていた尻の痛み、それからずっと同じ姿勢でハンドルを握っていたせいか上腕から首肩にかけて筋肉痛に似た痛みがいっぺんにどっと押し寄せてきた。なんで俺はこんな旅に出たのか。あのスフィアがヒューマノイドに変化して追いかけてきたから逃げたんじゃなかったか。そうだ、奴から逃げたんだ。町に戻ったら奴はまた現れるのだろうか。そんなこと思っても、学校も家も美船市にある。友達もその町にしかいない。だから帰るしかない。



 浜金谷に着くころには午後になっていた。南側には、おっかない崖の鋸山が見えて、東京湾フェリーの乗り場がある浜金谷の海岸のそばにマウンテンバイクを停めて、卓はしばらく砂浜に座って休んだ。自転車で房総半島を110キロも旅をした彼にとって、このまま帰るのがもったいないような気持ちと、この海岸沿いの国道127号線の南のほうに見えるトンネルの入り口を見るのが怖いと思う気持ちがないまぜだった。あのトンネルの先が美船市だ。

夕方、重い腰を上げ、美船の北側の入り口であるそのトンネルを抜けると、

「ヒー、ヒョー」

まるで卓の帰りを歓迎するかのように、あのトラツグミに似た鳴き声が響き渡った。






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