恐怖の醤の世界ます
アリスが焼かれるアワビを諸行無常の顔で見詰めながら、ふと、なにか閃めいたような顔で呟く。
「魚醤ってあるじゃないですか? ――お魚から作るお醤油みたいなの」
「うん? 醤」
「ああ、醤油とかを纏めて醤っていうんですね。じゃあアワビからも醤みたいなのって作れるんですか?」
「作れるよ」
「あれ・・・? そうなんですね――でもなんでなんですか? 魚って確か、体内に自分を溶かす酵素を持ってるから塩水に漬けるだけで魚醤になるんですよね?」
「ヨーロッパ人なのに、詳しいね」
「いえ、ローマと言えば魚醤ですよ!」
「そうなんだ?」
それは知らなかった。
「はい! ――ただ、そもそも、なんでそんな酵素持ってるんですか? 自分を魚醤にしちゃうような酵素持ってるのは、変じゃないですか?」
「その酵素、要は、消化液だよ」
「・・・えっ!?」
アリスがちょっとドン引き。
「それって・・・・」
「消化液を持ってる物なら、なんでも塩漬けにすれば、アミノ酸液になる。例えば、パイナップルとかもそう」
「なに言ってるんですか、パイナップルの酵素が消化液だとでも言うんですか(笑)」
「うん」
「えっ!?」
❝は?❞
❝そんなバカな❞
「パイナップルの葉っぱって筒状に成長するでしょ? ここに水が溜まったりするんだけど、その真ん中に虫が入ったらどうなると思う」
「え・・・」
「抜け出せないで栄養になる――植物は、葉っぱから栄養を吸収する機能があるからね。ここでパイナップルの消化酵素が役に立つ――まあ、あの酵素は他の意味もあるけれど、パイナップルは半分食虫植物。パイナップルの近縁種にはマジモンの食虫植物もいるし」
「そ――そんな、マジですか?」
「というか、ジャングルの果物の多くが消化酵素持ってるんだよね――ジャングルは土がパサパサ、陽の光は巨大な木々に遮られる地獄みたいな環境だから・・・」
「ちょ、ちょっと待ってください。まさか・・・・人間でも醤は?」
「まあ・・・・胃とかと一緒に漬ければ・・・ね。――あんま考えたくないけど」
ちょっと、私の食欲にダメージが入った。
「なんの話だ?」
リッカは理解できないらしく、被害を受けなかったようだ。
アリスが、またなにか閃いたような顔になる。
「待って下さい、人間の胃液って塩酸ですよね?」
「うん」
「じゃあ、塩酸にタンパク質を漬けておけば・・・」
「・・・・気づいてしまったね。そう、そうやって作られているアミノ酸液もある」
「ひぃぃぃぃぃぃっ!」
「ようこそ、アミノ酸液の世界に」
「覗きたくなかったです!」
「でも安心して、ちゃんとしたメーカーの名誉の為に言っとくけど、アミノ酸液を作る時に塩酸とか使ってないから。菌の力で糖を発酵させて、アミノ酸液を作った奴を使ってるから。――昔、海外で大問題になったんだよね――水+食塩+カラメル色素+化学アミノ酸液とか混ぜて発酵を一切してないのとか。他にもずさんな塩酸で処理して発がん性がでたり――でも、日本の醤油は、ちゃんとしたメーカーなら安全。――そもそも国内の醤油の大部分は、本醸造」
「よ、よかったです」
「――ただ、ご飯の前にする話じゃないからここまでにしよ?」
私の食欲が「ピヨピヨ、ピヨピヨ」って、ピヨってるから。
「は、はい!」
アリスが首を傾げてるリッカに念を押す。
「――リッカも醤油だけは、ちゃんとしたメーカーの物を買いなさい。いいですね!」
「ん? なんの話かわからんが・・・・」
「い い で す ね?」
「・・・・お、おう」
いやまぁ、塩酸で作っても、ちゃんと処理すれば体に悪いもんではないんだけどね。胃液と同じ成分なんだもん。
❝俺も、ちゃんとしたとこの買うわ・・・❞
❝私も・・・❞
❝予も・・・❞
❝朕も・・・❞
今日もまた、身分が高そうな人がいるなぁ。
ん?
なんか視線を感じると思ったら、シェフさんが感心するような表情でこっちを見ていた。
「だから醤油は、安物に変えちゃだめなんですね」
「あっ・・・はい。そうなんです」
「安心してくださいね。ウチの醤油は愛媛から取り寄せた、職人が丹精込めた逸品なんで」
言いながら、シェフは真っ黒な液体が満たされた瓶を見せてくれた。
「最高のガーリックライスを味わってもらいますよ」
「「「わーい!」」」
私たちは、3人でレッサーパンダの威嚇のポーズで喜びを露わにした。
アワビの貝殻に盛られたリゾットを食べたり、赤身なのにとろけるようなステーキを食べたりして、最後のシメは、ガーリックライス。―――確かに最高だった。
人生の中でも、今日の食事は、トップクラスに美味しかったー!
「美味しいガーリックライスを食べてたら、頭脳がぎゅんぎゅん回って、凄いこと思いつきました。美味しそうな醤油の話ならいいですか?」
「――ん?」
「イカの塩辛も、ほっとくと醤油みたいになりますよね?」
「なるね――イカ魚醤っていうのが実際ある」
「じゃあ思うんですよ! 魚、貝、イカ、豆、全部混ぜて醤油を作ったらどうでしょう?
「あーーー。確かに、全部混ぜは凄く美味しくなる可能性があるね」
「やっぱり、そうなんですか!?」
「魚 = イノシン酸。貝 = コハク酸。烏賊 = 遊離アミノ酸。豆 = グルタミン酸。強烈な旨味の塊になると思う」
「おおおっ!」
シェフさんもなんか興味深そうな顔をしてる。
❝凄い美味しそう❞
❝お腹へってきた❞
「さらにキノコを入れれば、グアニル酸まで揃うね・・・今度作ってみようかな」
「完成したら、なにか作って下さい!」
「そだね。大豆が一番、難関かもしれないけど、やってみよう――じゃあ鉄板焼を食べたし、帰ろっ!」
「スウさんは、どんだけ帰りたいんですか」
「ヤレヤレだぜ」
なぜかリッカにヤレヤレされた。
「ダンジョン見ていこうって話だったじゃないですか」
「だぜ」
「じゃあ、ちょっとだけだよ?」
みずきが〈時空倉庫の鍵〉を開けながら、言う。
「まあ、ウチ等はFLで最難関の超大型ダンジョンをクリアしてるから、地球のダンジョンなんて、余裕だろう」
「油断はダメだよー。リッカが怪我とかしちゃ嫌だよ」
「涼姫に〖再生〗してもらえばいい」
「確かに私のスキルは、怪我とか治せるけども」
「まあでも、そだな、気は引き締めないとな」
「うんうん――」
みずきが〈時空倉庫の鍵〉から取り出したのは刀だった。
「刀・・・・えっ、持ってくの!? 大丈夫!?」
「模造刀だ。こしらえはかなり良いから、戦いに使える。鞘術もつかいたいからなぁ」
なるほど、あの鞘、鉄だね――鉄ごしらえってやつ?
で、ダンジョンに入ったんだけど、敵が弱い弱い。
「アリスー、この黒いのなに?」
「ドットですね、最弱の――」
私は〖念動力〗を発動。
ドットを壁に叩きつける。
なんか、煤みたいになって消えた。
「ほんとだ、弱い」
ガラスにならんのかい。
「いきなり壁に叩きつけますかぁ」
「だって、ダンジョンの壁って絶対に壊れないんでしょ? そんなの最強の武器だし」
「でました・・・和マンチ」
「すぐ、そういうこと考えるんだよなぁ・・・・」
❝ほんとに和マンチ娘❞
❝おお、スウいスウい❞
「スウい」は、ズルいって意味らしい。
「あ、魔石が出てる――小っちぇなぁ!」
小指の爪ほどのサイズしかない。
「普通は、こんなもんですよ」
「これ日本円で、いくら位?」
「多分、数百円です」
「じゃあ、ジュース代にしよう」
❝石油王のくせにみみちい❞
「心は小市民でやらせてもらってます」
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すみません、醤油にこだわりすぎました。




