第9話「500億円の肉団子と、究極のコストカット」
防衛省の地下司令室は、かつてないほどの静寂と緊張に包まれていた。
テーブルの中央には、与党幹事長から直々に送られてきた【超高級ゴルフ場・完全復旧および営業補償請求書】が置かれている。その額面、実に500億円。
「……さて、西園寺管理官」
氷室査察官が、冷え切った紅茶のカップを置きながら静かに口を開いた。
「この500億円、どうやって捻出しますか? 財務省としては、防衛予算からこれ以上の補填を行うつもりは一切ありません。払えないのであれば、アースディフェンダー・プロジェクトは即時解体。皆様には【背任行為】として刑事告発を受けていただきます」
「ひ、氷室査察官! それだけは! なんとか、なんとかしますから!」
西園寺は床に額をこすりつける勢いで土下座した。
その横で、広報の広瀬が青ざめた顔でタブレットを操作している。
「西園寺さん……クラウドファンディングで【地球の平和を守るためのゴルフ場再建費用】を募るのはどうでしょう?」
「馬鹿者! 国民がそんなものに一円でも払うわけがないだろう!」
「では、もうこれしかありません」
氷室が冷たい目で立ち上がり、モニターに一枚の写真を映し出した。
それは、ゴルフ場の18番ホールのグリーンに鎮座する、巨大なアルマジロ怪獣(4号)の姿だった。
「この巨大未確認生物の死骸を【資源】として民間企業に売却します。あの怪獣は膨大な電力を吸収・蓄電する特異な細胞を持っています。次世代バッテリーの素材として、あるいは未知のバイオ素材として、複数の多国籍企業が数千億円規模での買い取りに興味を示しています」
「怪獣を……売る!?」
「ええ。これぞ究極の【コストリカバリー】です。売却益で500億円の借金を返し、残りは次期プロジェクトの予算に回します」
氷室の悪魔的かつ合理的な提案に、西園寺の顔に生気が戻った。
「す、素晴らしい! さすが氷室査察官! まさに錬金術だ!」
「ただし、条件があります。民間企業に引き渡すためには、我々の手で【安全なサイズに解体・パッキング】しなければなりません。事後処理班の中村班長に、即刻解体作業を命じてください。……もちろん、追加予算はゼロです」
数時間後。
無惨に破壊された超高級ゴルフ場では、事後処理班の中村班長が、血走った目で巨大な肉団子(4号)を睨みつけていた。
「……ふざけんなよ。重機も足りない、予算もない状態で、どうやってこの数万トンの電気ウナギみたいな怪獣を解体しろってんだ」
中村のボヤキの背後で、ガコン、ガコン、という重い音が響いた。
見れば、牽引車に引かれた巨大な台車に乗って、アースディフェンダーが到着したところだった。
コクピットから、ゲッソリと頬のこけた鈴木が顔を出す。彼は山間部で丸二日放置され、ようやく救出されたばかりだった。
「……中村班長。俺、もう帰りたいんですけど。なんで救出されたそのままの足で、ゴルフ場に連行されてるんですか」
「鈴木……お前、生きてたのか。すまんが休んでる暇はないぞ。上からの命令で、アースディフェンダーの【装甲の鋭利な部分】を使って、怪獣の腹を切り裂くことになった」
「はぁ!? ただのハリボテの鉄板で、怪獣の皮膚が切れるわけないでしょ!」
鈴木の抗議を遮るように、インカムから田中班長の野太い声が響く。
「鈴木! 文句を言うな! すでにEDの左腕に【巨大なチェーンソー(に見せかけたただのギザギザの鉄板)】を溶接しておいた! 俺たちがウインチで引っ張って腕を動かすから、お前はコクピットで『機体を操作しているフリ』をしろ!」
「また人力かよ! そもそも電気怪獣に金属を突き立てたら、感電するに決まってるだろ!」
鈴木の悲鳴は無視され、整備兵たちがロープを一斉に引っ張った。
ギギギ……という嫌な音と共に、アースディフェンダーの左腕が持ち上がり、怪獣4号の装甲の隙間へと振り下ろされた。
ガツンッ!
その瞬間だった。
死んでいたはず(あるいは気絶していただけ)の4号の体内から、蓄積されていた膨大な電力が一気に逆流したのだ。
『バチバチバチィィィッ!!』
「ぎゃあああああっ!?」
青白い閃光が走り、アースディフェンダーの全身を数万ボルトの高圧電流が駆け巡った。
機体を支えていたワイヤーが次々と焼き切れ、装甲の隙間から火花が噴き出す。コクピット内の鈴木は、髪の毛を逆立てながら黒焦げになりかけていた。
「す、鈴木ぃぃぃっ!」
地上でロープを握っていた整備兵たちも感電し、次々と倒れ込む。
現場は一瞬にして【巨大な電気ショックの処刑場】と化してしまった。
一方その頃。
阿佐ヶ谷の古いアパートでは、シルバーガイ(3号)こと宇宙の末端公務員が、スマホ(地球のジャンク屋で買った中古品)でニュースを見ていた。
『……防衛省は、怪獣4号の残骸を民間企業へ売却する方針を固めました。推定落札価格はなんと2,000億円!』
「に……にせんおくえん!?」
青年は飲みかけていた水道水を盛大に吹き出した。
「あのアルマジロの死体が、2,000億円!? 俺の今月の給料、地球の日本円に換算したら12万円くらいだぞ!? なんで迷子を転がしただけの奴らがそんなに儲かって、俺は屋根の修理代にも困ってんだよ!」
理不尽な格差社会に、宇宙人の目から血の涙がこぼれ落ちた。
彼は決意した。地球の平和を守るためではない。自分の生活を守るために。
「……決めた。俺も怪獣の素材、コッソリ拾ってネットオークションで売ってやる! 背に腹は代えられない!」
彼は銀色の巨人の姿に戻ると、屋根の穴から勢いよく飛び立ち、ゴルフ場へと向かった。
そして現場では、感電の恐怖に包まれながらも、どうにか電流が収まっていた。
しかし、アースディフェンダーは完全にショートし、機体のあちこちから黒煙を上げている。
「ぜぇ……ぜぇ……俺、労災おりますよね……?」
黒焦げになった鈴木がインカムで呟くが、佐藤からの返事はない。彼女の通信機も先ほどの電磁パルスで壊れたのだろう。
「中村班長! 怪獣の背中の一部が、今の衝撃で剥がれました! チャンスです!」
高橋が叫ぶと同時。
上空から、銀色の巨人がものすごいスピードで急降下してきた。
「ああっ! 出たな卑劣な宇宙人(3号)!」
整備兵たちが身構える中、3号はアースディフェンダーにも人間たちにも一切目もくれず、剥がれ落ちた【怪獣の装甲の破片(トラック1台分ほどの大きさ)】を両手でガシッと抱え込んだ。
(よし! これで屋根が直せるし、余った分はメルカリで売る!)
3号は破片を抱えたまま、誰と戦うこともなく、ものすごいスピードで空の彼方へと飛び去っていった。
現場に残されたのは、ポカンと口を開けた人間たちだけである。
「……えーと」
中村班長がヘルメットを脱いで頭を掻いた。
「今の……完全に【ドロボー】だよな?」
「ですね……。あいつ、わざわざ怪獣のゴミ拾いに来たんですかね?」
高橋が首を傾げる。
司令室では、広瀬が再び血走った目でキーボードを叩いていた。
「西園寺管理官! ニュースリリース出します! 『卑劣な第3号、人類の貴重な資源を強奪!』これで、落札価格が下がった場合の言い訳が立ちます!」
「素晴らしい! しかし広瀬くん、あいつ本当に破片を一つ持っていっただけだぞ。宇宙の侵略者にしてはずいぶんセコいな」
地球の防衛予算という巨大な嘘と、生活苦に喘ぐ宇宙人の涙ぐましい副業。
彼らの戦い(?)のレベルは、日に日に低空飛行を続けていくのだった。




