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第10話「フリマアプリと、防衛省の極秘取引」

 阿佐ヶ谷の古いアパートの四畳半。

 屋根に開いた大穴から星空が見えるその部屋で、ジャージ姿の青年――巨大未確認生物3号(通称:シルバーガイ)は、地球のジャンク屋で買った型落ちのスマートフォンと格闘していた。

「ええと……出品カテゴリーは【インテリア・住まい・小物】でいいのかな。いや、デカすぎるから【その他】か? 状態は……昨日の今日だし【目立った傷や汚れなし】っと」

 彼がタップしているのは、地球(日本)で大人気のフリマアプリだった。

 画面には、昨日ゴルフ場からかっぱらってきた【怪獣4号の背面の装甲(トラック1台分)】の写真がデカデカと表示されている。

「商品説明……『巨大未確認生物の装甲の切れ端です。ほのかに青く光るので、夜間の照明や、ちょっとしたオブジェに最適です。※注意:非常に重いので、取りに来られる方限定でお願いします』……完璧だ」

 販売価格は、アパートの屋根の修理代と、これからの冬を越すための灯油代を計算し、【30万円】に設定した。

 宇宙最強の戦士は「これで少しは生活が楽になる……」と安堵の息を吐き、出品ボタンを押した。

 一方その頃。

 防衛省の地下司令室では、かつてないほどの怒号が飛び交っていた。

「……査察官。申し訳ありません」

 いつもは冷徹な法務アドバイザーの黒田(今回は停電復旧に伴い出社している)が、珍しく冷や汗を流しながら氷室に報告書を提出した。

「民間企業による4号の死体の査定が終わりました。結論から言うと、現在の資産価値は【約500億円】。当初の2,000億円から大暴落です。これでは、ゴルフ場の賠償金を払ったら利益はゼロ。来期のプロジェクト予算は一円も残りません」

「どういうことですか、黒田さん。なぜそこまで価値が下がったのですか」

 氷室の絶対零度の視線に、黒田はハンカチで額を拭った。

「怪獣の体内を調べたところ、最も価値のある【蓄電器官】が、綺麗にえぐり取られていたのです。……昨日、あの忌々しい宇宙人(3号)が強奪していった破片。あれこそが、4号のエネルギーの源泉となる超希少部位だったのです!」

 司令室が静まり返った。

 西園寺管理官が、幽鬼のような顔で立ち上がる。

「あ、あの卑劣な宇宙人め……! 我々のボーナス(予算)をピンポイントで盗んでいったというのか! やはりあいつは、高度な知能を持った侵略者だ!」

「言い訳は結構です」氷室がピシャリと切って捨てる。「その失われたパーツを取り戻さない限り、アースディフェンダーは明日からスクラップ工場行きです。広瀬さん、ネットで何か情報は?」

「現在、警察の監視カメラ映像を全てAIで解析していますが、3号が飛び去ってからの足取りは完全に――」

「あ、これじゃないですか?」

 緊迫した空気をぶち壊したのは、サブシートでスマホを弄っていたナビゲーターの佐藤だった。

「佐藤くん! 今は君のソーシャルゲームの話をしている場合では……」

「いや、フリマアプリ見てたらおすすめに流れてきたんです。【訳あり・光る怪獣の装甲(引取限定)】。価格30万円。出品者の名前は『シルバァ』。評価はまだゼロですね」

 佐藤が司令室のメインモニターにスマホの画面を転送した。

 そこには、ブルーシートの上に無造作に置かれた、防衛省が血眼になって探している【数千億円の価値がある蓄電器官】の鮮明な写真が映し出されていた。

「……は?」

「出品されてる……だと?」

 西園寺も黒田も、そして氷室でさえも、信じられないものを見る目で画面を凝視した。

「宇宙人が……フリマアプリで……盗品を売っている……?」

「しかも30万円って。破格すぎません?」佐藤がのんきに付け加える。

「西園寺管理官!」広瀬が悲鳴のような声を上げた。「今すぐ購入ボタンを押してください! 他の誰かに買われたら、数千億円の損失です!」

「わ、わかっている! 佐藤くん、君のアカウントで今すぐ落札したまえ! 代金は私のクレジットカード(経費)で切る!」

「えー、でも私、取引のメッセージとか面倒くさいんで嫌ですよ」

「後生だから! ボーナス査定に色をつけるから頼む!」

 かくして、地球の命運と防衛予算を懸けた【フリマアプリでの落札】という、歴史上最もスケールの小さい極秘作戦が実行された。

『ピコン』

 阿佐ヶ谷のアパートで、3号のスマホが鳴った。

「おっ! 売れた! 早っ! 地球人って意外とこういう光る石みたいなの好きなんだな!」

 取引メッセージには『購入させていただきました。早急に引き取りに伺いたいのですが、場所はどちらにしましょうか?』と丁寧な文面が届いている。

 3号はウキウキしながら『ありがとうございます! 当方、車がないので、阿佐ヶ谷駅近くの廃工場跡地まで取りに来ていただけると助かります』と返信した。

 数時間後。

 深夜の阿佐ヶ谷、指定された廃工場跡地。

「……なんで俺が、こんな夜中にフリマの直接取引の護衛なんか」

 巨大な牽引車に引かれた台車の上。闇夜に紛れて直立不動のポーズを取らされているアースディフェンダーのコクピットで、鈴木は深くため息をついた。

「我慢してください鈴木さん。相手はあの凶悪な3号です。もし取引で揉めた場合、機体の威圧感で相手をひるませるための【抑止力】が必要なんです。あ、あと機体の関節のパイプ、ガムテープで補強し直したので、絶対に動かないでくださいね」

 インカム越しの田中班長の指示に、鈴木は「威圧感って、ただの置物じゃないか」と毒づいた。

 地上では、スーツ姿の西園寺と黒田が、アタッシュケース(現金30万円入り)を持って緊張の面持ちで立っている。その後ろには、事後処理班の中村班長が、怪獣の破片を回収するための大型クレーン車を待機させていた。

「……来たぞ」

 西園寺が息を呑んだ。

 暗闇の中から、一人の人物が、巨大な台車をガラガラと引きながら現れた。

 トレンチコートの襟を立て、目深に帽子を被り、サングラスにマスクという【いかにも怪しい変装】をした青年(地球人に擬態した3号)である。

 彼が引いている台車の上には、ブルーシートに包まれたトラック大の塊が乗っている。

「ど、どうも。シルバァ……です」

 3号は、防衛省のエリート官僚たちを前にして、極度に緊張していた。

 (やばい、購入者、なんか黒服のヤクザみたいな人たちだ。もしクレームつけられたらどうしよう……)

 一方の西園寺たちも、相手が【数万トンの怪獣を投げ飛ばす恐るべき宇宙人】であると知っているため、生きた心地がしていなかった。

 (ひぃぃっ! もし交渉が決裂してあの男が本来の姿に戻ったら、我々など一捻りだ……!)

 互いに相手を恐れ合う、奇妙な均衡。

「あ、あの、商品はこちらです。光る石……。写真の通り、少し傷はありますが、ノークレーム・ノーリターンでお願いします」

「は、はい! もちろんです! こちら、代金の30万円になります! お確かめください!」

 西園寺が震える手でアタッシュケースを差し出す。

 3号は中身の札束を見ると、ホッと胸をなでおろした。

「ありがとうございます。……あの、後ろにある巨大なロボット、もしかしてテレビでやってるアースディフェンダーですか? 取引にわざわざ乗ってくるとか、すごい趣味ですね」

「えっ!? あ、ああ、これは我々の……その、社用車のようなものでして」

 西園寺がしどろもどろに答える。

 コクピットの鈴木は(社用車でこんな燃費の悪い置物乗ってくる会社がどこにあるんだよ!)と心の中でツッコんだ。

「かっこいいですね。ただ……なんか足元、ガムテープ見えてますけど、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫です! これは最新のナノマシン・テーピングです!」

「へえ、地球の技術ってすごいんですね。じゃあ、取引完了ということで。評価の方、よろしくお願いします!」

 3号は現金の入ったケースを抱え、何度もペコペコと頭を下げながら、闇夜へと消えていった。

 後に残されたのは、30万円という破格で数千億円の資源を取り戻した防衛省の面々である。

「……西園寺管理官」中村班長がクレーン車から降りてきて言った。「あの宇宙人、ただの金欠の小市民にしか見えなかったんですが。本当に人類の敵なんですか?」

「気にするな中村くん! 我々は勝ったのだ! たった30万円で予算を守り抜いたのだ!」

 司令室で映像を見ていた氷室査察官も、小さく安堵の息を吐いた。

 帳簿の数字は、これでようやく黒字に転じる。

 翌日。

 佐藤のスマホに、フリマアプリからの通知が届いた。

『シルバァさんから評価が行われました』

【評価:良い】

『迅速で丁寧な取引ありがとうございました。屋根が直せます。ただ、後ろにあったロボットが、どう見ても工事現場のパイプで作ったハリボテみたいで少し面白かったです。また機会があればよろしくお願いします』

「……西園寺管理官。バレてますよ、ハリボテ」

「黙り給え佐藤くん!! 今すぐアカウントごと消去しろ!!」

 宇宙の平和を守る戦士は、今日もアパートの屋根をブルーシートで補修しながら、ささやかな幸せを噛み締めていた。

 そして人間たちは、またしても巨大な嘘を守るために、さらなる泥沼へと足を踏み入れていくのであった。

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