第11話「500億円の運送業と、交通誘導のアルバイト」
防衛省の地下格納庫に、威圧的なヒールの音が響き渡る。
氷室査察官が、分厚い契約書の束を片手に、事後処理班の中村班長とパイロットの鈴木を見下ろしていた。
「……というわけで、この怪獣4号の【蓄電器官】は、国内最大手のエネルギー企業『八島重工』に500億円で売却されることが正式に決定しました。納品先は、ここから約50キロ離れた山梨県の極秘研究施設。納期は明日の朝6時です」
「いやいやいや、ちょっと待ってください査察官」
中村班長が、血走った目で抗議した。
「50キロって。この巨大な臓器、ちょっとでも衝撃を与えたら蓄積されたエネルギーが暴走して、半径10キロが消し飛ぶって研究班が言ってたじゃないですか! なんで事後処理班が、そんな超危険物のウーバー〇ーツをやらなきゃならないんですか!」
「外部の運送業者に頼めば、数億円の特殊輸送費がかかるからです」
氷室は冷酷に眼鏡を押し上げた。
「無駄なコストは1円たりとも許しません。我々には【巨大特殊運搬用トレーラー】があるではありませんか。アースディフェンダーを乗せているあれです」
「えっ」
横で聞いていた鈴木が、嫌な予感に顔を引きつらせた。
「あのトレーラーに、アースディフェンダーと並べてこの臓器を積みます。表向きは『アースディフェンダーによる超重要機密の護衛任務』として広報の広瀬さんがネット中継を行います。くれぐれも言っておきますが、臓器に傷をつけたら……あなた方の内臓を売って補填してもらいますよ」
「俺の臓器売っても500億にはならないでしょぉぉっ!?」
鈴木の悲鳴が虚しく響き渡る中、防衛省の威信と予算を懸けた【時速15キロの決死の深夜ドライブ】が幕を開けた。
深夜2時。甲州街道。
巨大なトレーラーの上には、直立不動のアースディフェンダーと、厳重にブルーシートで梱包された【500億円の光る肉塊】が並んで乗せられていた。
「……佐藤さん。俺、隣の肉塊から聞こえる『ブゥゥン……』っていう不気味な高周波のせいで、寿命がマッハで縮んでる気がする」
コクピットの中で、鈴木はガタガタと震えながらダミーの操縦桿を握りしめていた。
隣に積まれた臓器は、トレーラーが段差を越えて揺れるたびに、青白い火花を散らして自己主張してくるのだ。
『我慢してください鈴木さん。あ、今ネット中継の同接が5万人超えましたよ。みんな「EDの後ろ姿、威圧感あってかっこいい!」ってコメントしてます』
「威圧感じゃなくて、ビビって硬直してるだけだよ! ていうか君、今絶対別のゲームやってるでしょ! BGM聞こえてるぞ!」
『トラックシミュレーターです。安全運転のイメトレをしてるんです』
インカムの向こうの佐藤は相変わらずマイペースだった。
先頭の牽引車を運転している中村班長は、極度の緊張で胃薬をボリボリとフリスクのように噛み砕いている。
その頃。
輸送ルート上にある、とある交差点。
赤い誘導灯を持ったジャージ姿の青年――巨大未確認生物3号は、あくびを噛み殺していた。
「……ふぁ〜あ。夜勤の警備バイト、時給1,500円は美味しいけど、暇だなぁ」
フリマアプリで得た30万円で屋根は直せたものの、宇宙コタツの修理代などで結局カツカツになってしまった彼は、日銭を稼ぐために派遣のアルバイトに登録していたのである。
「おっ、無線の連絡だ。……『超大型車両が通過するので、対向車線を完全に封鎖しろ』? 了解っと」
3号が誘導灯を振り、交差点の車を停止させた直後。
地響きと共に、巨大なトレーラーがゆっくりと姿を現した。
「うわ、デカっ。……って、あれ」
3号は目をパチクリとさせた。
トレーラーの上に乗っているのは、つい先日フリマアプリで直接取引した際に見た【ガムテープ補強のハリボテロボット】と、自分が一部をかっぱらって売った【光る怪獣の装甲(の残り)】ではないか。
(えっ、なに? あの黒服の人たち、残りの部分も売りにいくの? すげぇ執念だな地球人……)
3号が感心して見上げていた、その時だった。
「中村班長! 前方の路面に、陥没した穴が!」
「なにっ!? しまった、ブレーキが……!」
深夜の暗い道路。重量オーバー気味のトレーラーのタイヤが、アスファルトの窪みに深くハマった。
ガコンッ!!
強烈な衝撃と共に、トレーラーの荷台が大きく左に傾く。
「ひぃぃぃぃっ!?」
「臓器を固定しているワイヤーが千切れます!!」
コクピットの鈴木と、司令室の高橋の悲鳴が重なる。
500億円の、そして爆発すれば関東が消し飛ぶ超危険な肉塊が、傾いた荷台からゆっくりと滑り落ちようとしていた。
「お、終わった……! 500億円が……私のキャリアが……!」
司令室で西園寺が白目を剥いて気絶する。氷室査察官でさえ、その美しい顔を蒼白にして息を呑んだ。
誰もが死を覚悟した、次の瞬間。
「あぶねええええええっ!!」
交差点に立っていた誘導員の青年(3号)が、誘導灯を放り投げて猛ダッシュした。
彼はトレーラーの脇に滑り込むと、滑り落ちてきた数万トンの肉塊を、人間の姿のまま、両手でガシィィィッ!と受け止めたのである。
メリメリメリッ!と、彼が踏ん張ったアスファルトがクレーターのように陥没する。
しかし、肉塊は地面に激突する寸前で、見事に静止した。
「……んぎぎぎぎっ! お、重っ……!!」
3号は歯を食いしばりながら、必死に肉塊を押し戻そうとしていた。
彼は地球を守るために動いたのではない。
(ここでこんなデカい事故起きたら、俺の警備バイトの【日給】が飛ぶ! それに始末書書かされるのは絶対嫌だ!!)という、極めて小市民的な理由からの行動だった。
「な、なんだ!? 傾きが止まったぞ!」
「中村班長! 今すぐ車体を前進させて穴から脱出してください!」
田中班長の指示で、中村がアクセルをベタ踏みする。
ズズズッ……と車体が穴から抜け出し、荷台の傾きが元に戻った。それと同時に、下から肉塊を押し上げていた3号は、誰にも見られることなく、スッと暗闇へと姿を消した。
「……た、助かった……」
鈴木がコクピットの中で、汗と涙でドロドロになりながらへたり込む。
司令室では、西園寺がハッと目を覚まし、奇跡的に無事だった臓器を見て歓喜の涙を流していた。
「み、見たか氷室査察官! 我々のアースディフェンダーの【目に見えない重力制御システム】が、落下を食い止めたのだ!」
「……ええ。システムという名の、奇跡的な物理法則のバグのようですが。ともかく、500億円は守られました」
氷室も、微かに安堵の息を吐きながらタブレットの数値を記録する。広瀬はすかさず『ED、未知の重力場を発生させ事故を未然に防ぐ!』というフェイクニュースを配信し、ネット中継のコメント欄は大絶賛の嵐となっていた。
翌朝。
無事に臓器の納品を終え、ボロボロになって帰還した鈴木たちに、氷室査察官から労いの言葉がかけられた。
「皆様、ご苦労様でした。今回の輸送任務の成功を評価し、特別ボーナスを支給します」
「ほ、本当ですか!?」
鈴木の目に希望の光が宿る。
「ええ。今回の任務で節約できた『外部への輸送委託費・約5億円』の、実に【0.001%】を皆様のチームに還元します。一人当たり、約600円になりますので、これで温かい牛丼でも食べてください」
鈴木は胃薬の空き瓶を握りしめ、静かに泣いた。
そして同じ朝。
阿佐ヶ谷の交差点で夜勤明けの朝日を浴びる3号は、現場監督から手渡された【日給8,000円】の茶封筒を握りしめ、達成感に満ちた笑顔を浮かべていた。
「よし! これで今日は、スーパーでちょっと高いお肉が買えるぞ!」
500億円を守った宇宙最強の戦士の報酬は、防衛省のパイロット(月給15万)よりも、ほんの少しだけマシであった。




