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第12話「最小の脅威と、遠近法という名の特撮魔法」

 防衛省の地下司令室に、久しぶりにけたたましいエマージェンシー・コールが鳴り響いた。

 しかし、モニターを見つめる西園寺管理官の顔には、緊張ではなく【深い落胆】が浮かんでいた。

「……佐藤くん。ドローンの映像、ズーム倍率間違っていないかね?」

「いえ、光学50倍ズームの最大値です。対象のサイズは……全長約45センチ。体重は柴犬より少し軽いくらいですね」

 モニターに映し出されていたのは、山間部のキャンプ場に落下した【巨大未確認生物5号】の姿だった。

 ずんぐりとしたフォルムに、モフモフの体毛。つぶらな瞳でキョロキョロと周囲を見渡し、落ち葉の匂いをクンクンと嗅いでいる。

 どこからどう見ても、ただの【宇宙から来た可愛い小動物】である。

「終わった……」西園寺が頭を抱えた。「こんな愛らしい小動物を退治したところで、防衛予算など1円も下りない。むしろ『動物虐待だ』と愛護団体からクレームが来て、我々が社会的に退治されてしまう!」

「西園寺管理官、諦めるのは早いです」

 広報官の広瀬が、タブレットを片手に不敵な笑みを浮かべた。

「敵が小さいなら、【大きく見せればいい】のです。特撮の基本、遠近法(強制パース)を使います。対象のすぐ手前にカメラを置き、背景にアースディフェンダーを立たせれば……ほら、画面上では50メートルの大怪獣と互角に対峙しているように見えます!」

「なるほど! しかし、背景が森ではスケール感が伝わらんぞ?」

「田中班長に、大至急【1/100スケールのビル群のジオラマ】を組ませます! それをカメラと小動物の間に配置すれば、大怪獣が都市を蹂躙している【衝撃のフェイク映像】の完成です!」

 広瀬の恐るべきスピンコントロール(物理)に、氷室査察官も感心したように頷いた。

「悪くない投資ですね。ジオラマの制作費は、経費削減のために【牛乳パックとダンボール】で作らせなさい。予算は3,000円までとします」

 かくして、人類の防衛を懸けた(予算のための)特撮映画の撮影が、急遽スタートした。

 数時間後。現場の山間部。

「……あの、広瀬さん。俺、上からだと小さすぎて何も見えないんですけど」

 直立不動のアースディフェンダーのコクピットで、鈴木がインカム越しにボヤいた。

 彼の眼下、50メートル下の大地では、田中班長率いる整備班が、徹夜明けの小学生のようにダンボールで小さなビル群を組み立てている。そしてその奥で、5号(宇宙の小動物)が、田中班長が用意したドッグフードを無邪気に食べていた。

『鈴木さん、絶対に動かないでくださいよ! あなたが一歩でも動いたら、せっかくのダンボールシティがペシャンコになって、特撮が台無しになりますからね!』

 広瀬の厳しい指示が飛ぶ。

 カメラのファインダー越しに見ると、見事な遠近法により、アースディフェンダーと【高層ビル(牛乳パック)を食い破る大怪獣】が対峙しているという、完璧な構図が出来上がっていた。

「よーし! カメラ回します! 鈴木さん、ここで【苦戦しているフリ】の動きを!」

「苦戦って言っても、動いちゃダメなんだろ!? どうすれば……こうか!?」

 鈴木は、コクピットの中でダミーの操縦桿を激しく揺らし、機体の肩をプルプルと震わせた。その涙ぐましい努力は、映像を通すと『拮抗する力と力のぶつかり合い』に見えなくもなかった。

 その頃。

 事態の異常を察知して現場に駆けつけていた人物がもう一人いた。

 ジャージ姿のシルバーガイ(3号)である。

(あれは……宇宙希少動物の『スペース・ポメラニアン』じゃないか! なんであんなのが地球に!?)

 茂みから顔を出した3号は、目を丸くした。

 スペース・ポメラニアンは、見た目は可愛いが、驚いたり怯えたりすると【自己防衛のために胃酸(強力な溶解液)を吐き出す】という厄介な習性を持っている。あんなものを刺激したら大事故だ。

(早く保護して、宇宙の動物管理センターに送り返さないと……! あっ、危ない! あんな巨大なロボットの足元にいたら、踏み潰されちゃう!)

 心優しい3号は、ダンボールのビル群の真ん中でドッグフードを食べている5号を救出するため、茂みから飛び出した。

 地球人に気づかれないよう、人間の姿のまま、匍匐前進でカメラと5号の間に割り込んでいく。

「……ん? 広瀬さん、モニターの端に、なんか不審な男が映り込みましたよ」

 司令室の佐藤が、ポテトチップスをかじりながら指摘した。

「な、なんだあのジャージの男は!? 特撮の邪魔だ! つまみ出せ!」

「いや、待ってください管理官」

 映像を見ていた広瀬の顔に、悪魔のような閃きが走った。

「あの男がカメラのすぐ手前にいるおかげで……遠近法により、彼が【アースディフェンダーよりもさらに巨大な、超巨人の姿】として映っています!」

「なんだと!?」

「これは使えます! 『アースディフェンダーの前に、突如として身長100メートルの超巨大宇宙人が襲来!』というテロップを入れれば、かつてない絶望感を演出できます!」

 何も知らない3号は「よしよし、こっちおいで」と、小声でスペース・ポメラニアン(5号)を抱き寄せていた。

 その時、鈴木の乗るアースディフェンダーの足元の地盤が、昨日の雨のせいでわずかに緩み、ズズッ……と機体が前傾姿勢になってしまった。

「うわぁっ!? ば、バランスが!」

「鈴木さん! 踏ん張って! 倒れたら機体修理費であなたの孫の代まで借金ですよ!」

 氷室の冷酷な声に、鈴木は火事場の馬鹿力を発揮し、ワイヤーのテンションを命がけで操作して、ギリギリのところで前のめりの姿勢を保った。

 しかし、その『巨大な影が覆い被さってくる』ような動きに、驚いた者がいた。

 スペース・ポメラニアン(5号)である。

『キュゥゥゥゥッ!?』

 怯えた5号は、自己防衛本能から、凄まじい勢いで【酸の胃液】を吐き出した。

 ペッ、と吐き出された酸は、見事にダンボールのビルジオラマに直撃し、牛乳パックを一瞬にしてジュワァァァッと溶かしてしまった。

「なっ……ビル群が溶けた!?」

 西園寺が驚愕する。広瀬は即座にキーボードを叩いた。

「素晴らしい! 『怪獣の放った恐るべき溶解液で、都市が壊滅!』というナレーションを追加します!」

 現場では、酸を吐いてスッキリした5号が、そのまま3号の腕の中でスヤスヤと眠りについていた。

 3号はホッと胸を撫で下ろし、5号を抱きかかえたまま、こっそりと茂みへと撤収していった。

「……目標、ロストしました。不審な男が、怪獣を持ち去った模様です」

「よぉーし! カットだカットォ!」

 広瀬が歓喜の声を上げる。

「完璧な映像が撮れました! 『アースディフェンダーの決死の防衛により、溶解液を吐く大怪獣と、それを操る超巨大宇宙人の侵略を阻止!』……これで来期の予算は倍増間違いなしです!」

 司令室は歓喜の渦に包まれた。

 氷室査察官も、ダンボール代の3,000円で数兆円の予算を確保できたという圧倒的なコストパフォーマンスに、満足げな微笑みを浮かべている。

『……あの。前傾姿勢で筋肉が限界なんですけど。誰か俺を、起こしてくれませんか……』

 プルプルと震えながら斜め45度で静止している鈴木のSOSは、祝勝ムードにかき消された。

 そして翌日。

 阿佐ヶ谷のアパート。

「……おい、お前。なんで俺の今日の晩ご飯(カップ焼きそば)に酸を吐いたんだよ」

 3号は、ドロドロに溶けたプラスチック容器を前に、涙目で膝を抱えていた。

 ちゃぶ台の上では、スペース・ポメラニアンが「キュゥ」と無邪気な声を上げている。

「宇宙の動物管理センター、地球からの着払い受け付けてないって言うし……。俺、お前の餌代まで稼がなきゃいけないのかよ……」

 人類の防衛予算は潤ったが、正義の宇宙人のエンゲル係数は、限界を突破しようとしていた。

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