第13話「血税のファン感謝祭と、宇宙のフリーマーケット」
防衛省の地下司令室に、氷室査察官の冷たく透き通るような声が響いた。
「……来週末、アースディフェンダー基地の一部を民間開放し、【第一回・絶対防衛ファン感謝祭】を開催します」
その言葉に、西園寺管理官が吹き出しかけたコーヒーを必死に飲み込んだ。
「ふぁ、ファン感謝祭!? 氷室査察官、正気ですか! 我々の基地は機密の塊……いや、ただのボロい鉄パイプの寄せ集めだということがバレてしまいます!」
「バレないように遠くから見せるのです」氷室は冷酷にタブレットを操作した。「先日の『超巨大宇宙人(遠近法)』のフェイク映像により、アースディフェンダーの国民的人気は最高潮に達しています。この熱狂を【現金】に換えない手はありません」
「現金、とは?」
「入場料、グッズ販売、そして目玉企画の【アースディフェンダーとの握手会】です。これで次期の維持費を国民から直接回収します。事後処理班の中村班長には、屋台で焼きそばを焼いていただきます。原価率の低い粉物で利益を最大化しなさい」
有無を言わさぬ氷の死神の決定により、防衛省の威信を懸けた【巨大な集金イベント】が幕を開けた。
数日後。雲一つない晴天の週末。
基地の広場には、数万人の熱狂的なファンが押し寄せていた。
『さあ皆様! 本日はアースディフェンダーMk-IIの勇姿を、その目に焼き付けてください!』
広報官の広瀬が、特設ステージでマイクを握り、見事なスピンコントロールで観客を煽っている。
広場の中央には、巨大な台車に乗せられ、倒れないように四方からワイヤーでガチガチに固定されたアースディフェンダーがそびえ立っていた。
「……あの、佐藤さん。俺の右腕、もう限界なんですけど」
コクピットの中で、鈴木は涙目でダミーの操縦桿……の横に設置された【手回しのウインチ】を必死に回していた。
EDの右腕の先端には、田中班長が徹夜で発泡スチロールを削って作った【巨大な手のひらパーツ】が取り付けられている。鈴木がウインチを回すと、ワイヤーに引っ張られて、その巨大な手がゆっくりと上下に動く仕組みだ。
『我慢してください鈴木さん。今、VIPチケット(1枚5万円)を買った子供たちが順番に、その発泡スチロールの手にタッチして喜んでますから。あ、ウインチ回すペース落ちてますよ。時給150円分引きますね』
「俺の給料、もう小学生のお小遣い以下じゃないか!」
一方、広場の片隅に設けられた【一般参加フリーマーケットコーナー】。
そこには、目深に帽子を被り、サングラスをかけたジャージ姿の青年――巨大未確認生物3号が、ブルーシートの上にレジャーシートを広げて座っていた。
「いらっしゃいませー。宇宙の不思議な石(怪獣の破片)や、謎の電子部品(宇宙船のジャンク)、いかがですかー」
彼がなぜこんなところにいるのか。
理由は一つ。彼の足元で「キュゥゥ」と鳴いている、宇宙希少動物スペース・ポメラニアン(5号)の【莫大な食費】を稼ぐためである。
(この犬、地球のドッグフード食べないんだよな……。宇宙通販で専用の餌を取り寄せるのに、送料だけで目玉が飛び出る額なんだ。背に腹は代えられない、地球人のイベントで不用品を売るしかない!)
3号は涙ぐましい努力で店番をしていた。
しかし、その時である。
広場に漂ってきた【ソースの焦げる強烈な匂い】に、スペース・ポメラニアン(5号)が反応した。
『キュンッ!』
「あっ、こら! 待て5号!」
5号は3号の足元から飛び出すと、猛烈なスピードで人混みの中へと消えていった。
匂いの発信源は、広場の中央。事後処理班の中村班長が、死んだ魚のような目で大量のキャベツを炒めている【防衛省特製・怪獣焼きそば(※中身はただの豚肉)】の屋台である。
「……なんで俺が、休日出勤で焼きそばなんて……。怪獣の死体処理よりはマシだが……」
中村がブツブツと文句を言いながらソースをぶちまけた瞬間。
屋台の足元に、モフモフの小動物(5号)が突撃してきた。
『キュゥゥゥーッ!(それ美味しそう!)』
「うおっ!? なんだこの毛玉は! どっから入ってきた!」
中村が驚いてフライ返しを振り回した。
その【攻撃的な動き】に、スペース・ポメラニアンの自己防衛本能が完全にスイッチオンしてしまった。
『キュゥゥゥゥッ!』
ペッ!
5号の口から、鉄をも溶かす【強力な溶解液(胃酸)】が発射された。
酸は屋台の鉄板を見事に直撃し、ジュワァァァァッ!という凄まじい音と共に、分厚い鉄板と焼きそばが一瞬にしてドロドロの液体へと変わってしまった。
「な、なんだとぉぉぉっ!?」
中村が腰を抜かして倒れ込む。
騒ぎに気づいた観客たちが悲鳴を上げて逃げ惑い始めた。
「西園寺管理官! 広場に謎の小動物が乱入! 屋台を酸で溶かしました! 先日特撮映像を撮った時の、あの小動物です!」
司令室の佐藤が、ポテチを飲み込んで報告する。
「な、なぜあんな危険生物が一般開放の日に!? 氷室査察官、イベントは即刻中止です! 避難誘導を!」
「待ちなさい」
パニックになる西園寺を、氷室が冷たい声で制止した。
「今ここでイベントを中止し、払い戻しを行えば、本日の利益は全て吹っ飛びます。広報の広瀬さん、例の手でいきなさい」
「承知いたしました! スピンコントロール、開始します!」
特設ステージの広瀬が、マイクの音量を最大に引き上げた。
『ご来場の皆様! ご安心ください! これはパニックではありません! 本日のサプライズ企画、【アースディフェンダー対・酸吐き怪獣の実戦デモンストレーション】です!!』
そのアナウンスに、逃げ惑っていた観客の足がピタリと止まった。
「えっ、ショーなの?」「すげえ、酸で鉄板溶かすとか特効リアルすぎ!」と、広場は一転して大歓声に包まれた。
「……は? デモンストレーション?」
現場に駆けつけた3号は、ずっこけそうになった。
(あいつら、俺のペットの暴走をショーの演出だと言い張る気か!? どんだけ図太いんだ地球人!)
『さあ、アースディフェンダーの右腕が、怪獣を捕獲するために動きます!』
広瀬のアナウンスに合わせ、司令室の西園寺がインカムに怒鳴り込む。
「鈴木くん! 右腕だ! 右腕の発泡スチロールの手で、あの小動物を叩き潰せ!」
『無理ですよ! ウインチ手回しなんですから! スピード出るわけないでしょ!』
コクピットの中で、鈴木が半泣きでウインチをぶん回す。
巨大な発泡スチロールの手が、ギシギシと音を立てながら、ノロノロと5号の頭上へと降下していく。
『キュゥ?』
上から迫り来る巨大な手に、5号は再び怯えた。
そして、空に向かって渾身の溶解液を吐き出した。
ジュワァァァァァァッ!!
「ああっ!?」
酸を浴びた巨大な発泡スチロールの手は、一瞬にして溶け落ち、見るも無惨な姿になってしまった。さらに酸の飛沫は、EDの右腕の関節を隠していたガムテープまで見事に溶かしてしまった。
「あああっ! 関節の単管パイプが丸見えに!」
「田中班長! まずいですよ、これじゃハリボテなのがバレます!」
高橋が悲鳴を上げる。
観客たちも「あれ? なんか中身スッカスカじゃない?」「ただのパイプが見えるぞ……」とざわめき始めた。
防衛省の最大の機密が暴かれる、絶体絶命のピンチ。
だが、ここで広瀬が、スピンコントロールの限界を突破した。
『おおーっと! ご覧ください皆様! アースディフェンダーは敵の酸を浴びた瞬間、ダメージの広がりを防ぐために、自ら装甲と外部パーツを【瞬時にパージ(切り離し)】しました! 中に見えるのは、軽量化された最新鋭のインナーフレームです!!』
「おおおおおおっ!!」
観客から割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こった。
「すげえ! キャストオフした!」「あの細いパイプで巨大な体を支えてるのか、日本の技術力ハンパない!」
……司令室では、西園寺と田中班長が、あまりのプレッシャーに胃を押さえて気絶していた。
その混乱の隙を突き、3号はサッと人混みを抜け、5号を小脇に抱えて全力疾走で広場から逃走した。
「こら5号! お前のおかげで、フリマの売上飛んだじゃないか!」
3号の背中には、彼がフリマで稼いだ全財産(約2万円)と引き換えに、中村班長から買い取らされた【酸で溶けた鉄板と、ドロドロの焼きそばの残骸】が乗せられていた。中村班長の「俺の屋台を壊した弁償代だ」という冷酷な取り立てから、宇宙人も逃れることはできなかったのだ。
夕方。
大盛況のうちにファン感謝祭は終了した。
「……氷室査察官。本日のグッズ売上とチケット代、総額で【約8億円】の利益が出ました。溶解液で溶けた右手の修理費を差し引いても、大幅な黒字です」
「ご苦労様でした。これで当面の電気代は払えそうですね」
氷室はタブレットを見つめ、満足げに微笑んだ。
『……あの。ウインチ回しすぎて、右腕が腱鞘炎になったんですけど。労災おりますか……?』
コクピットから聞こえる鈴木の悲痛な声は、今日もまた、誰の耳にも届くことはなかった。
かくして、地球の平和(という名の予算)は、嘘とハッタリと、宇宙人の自腹によって見事に守り抜かれたのである。




