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第8話「暗闇の責任転嫁と、巨大なボウリング」

 関東一円が大規模なブラックアウト(大停電)に見舞われてから、一夜が明けた。

 電力を失った首都圏は機能不全に陥り、信号機は消え、電車は止まり、経済活動は完全にストップしている。

「……寒い。お腹すいた。誰か助けて……」

 山間部の斜面。牽引車のバッテリーが上がり、完全に放置された台車の上で、鈴木は膝を抱えてガタガタと震えていた。

 コクピット内の気温は容赦無く下がり続け、持参したマイボトルの麦茶はすっかり冷え切っている。

『……あー、鈴木さん。聞こえますか。非常用バッテリー駆動の無線機から通信してます』

 ノイズ混じりのインカムから、佐藤の声が聞こえた。

「佐藤さん! よかった、生きてた! 早く助けを呼んでくれ! 俺、ここで凍死する!」

『無理ですね。基地も非常用電源だけで動いてるんですが、氷室査察官が【生命維持に直結しない電力は全てカット】って言って、暖房も給湯室のポットも落とされたんです。私のスマホの充電も残り12%……あぁ、ログインボーナスが途切れる……』

「君のログボと俺の命、どっちが大事だと思ってんだ!」

『ログボですね。無課金勢の命綱なので』

 佐藤の無慈悲な言葉に、鈴木は涙を流した。

 一方、防衛省の地下司令室は、文字通り【お通夜】の空気に包まれていた。

 非常灯の薄暗い緑色の光の中、氷室査察官が冷酷な声で数字を読み上げている。

「……現在までの集計で、関東一円の停電による企業の営業損失、交通機関の麻痺による損害、および生鮮食品の廃棄ロス……概算で【3,500億円】です。広報の広瀬さん、あなたが『アースディフェンダーの攻撃のせいで怪獣が電力を放出した』と公式発表したせいで、これら全ての賠償請求の矛先が防衛省に向いています」

「ひぃぃぃっ……!」

 西園寺管理官は、机の下で完全に丸まっていた。

 しかし、広瀬だけは血走った目で、バッテリー駆動のノートPCを猛烈な勢いで叩いていた。

「まだです! まだ負けていません、氷室査察官! スピンコントロールの基本は【より大きな悪の捏造】です!」

「ほう。3,500億の負債をひっくり返す魔法があると?」

「ええ! 今、ネットニュースとSNSのインフルエンサーに一斉に情報を流しました! 『アースディフェンダーは怪獣を無力化し、電力を安全に地中に逃がそうとしていた。しかし、卑劣な宇宙人(3号)が横取りのために乱入し、怪獣を刺激した結果、意図的に首都圏へ電磁パルス攻撃を仕掛けたのだ』と!」

「……なるほど。すべての責任をあの宇宙人に押し付けるのですね」

 氷室は感心したように顎に手を当てた。

「法務の黒田さんがいれば『宇宙人相手には法的拘束力がない』と怒るところですが……彼、停電で自宅のタワーマンションのエレベーターに閉じ込められて欠勤中です。ならば、この【宇宙人主犯説】で押し通しましょう。賠償金は『未知のテロ災害』として国庫の予備費から補填させます」

 官僚たちの恐るべき責任転嫁が完了した瞬間だった。

 その頃。

 阿佐ヶ谷の古いアパートでは、シルバーガイ(3号)が、冷え切った布団の中で丸まっていた。

「……あれ? 俺、昨日あったかいのに抱きついてポカポカになったはずなのに……なんでこんな寒いの?」

 彼は電池式の小さな携帯ラジオのスイッチを入れた。

『……繰り返します。昨晩の大停電は、凶悪な宇宙人・第3号の破壊工作であることが判明しました! 政府は、第3号を【人類の敵】として徹底的に抗議する構えです……』

「…………は?」

 ラジオからの音声に、3号は自分の耳を疑った。

「いやいやいや! 俺、ただ暖を取りに行っただけじゃん! ていうか、お前らの星の電気が弱すぎるのが悪いんだろ! なんで俺がテロリストになってんだよ!」

 彼は怒りのあまり立ち上がろうとしたが、寒さと空腹でフラフラと倒れ込んだ。

 ヒーローとしての尊厳も、日々の生活も、全てが理不尽な人間の都合によって破壊されていく。

 そして、現場の山間部。

 事後処理班の中村班長は、ヘルメットを被り、巨大な【丸まったアルマジロ怪獣(4号)】を見上げて絶望していた。

「……おい。停電で重機もクレーンも動かないのに、どうやってこの数万トンの肉団子を処理施設まで運ぶんだよ」

 中村のボヤキに、整備班の田中班長と、若手整備士の高橋が駆け寄ってきた。

「中村さん、俺たちに良いアイデアがあります!」

「高橋か……お前が言うと嫌な予感しかしないんだが」

「見てください! この怪獣、完全に丸まってボールみたいになってますよね! ならば、山の斜面を利用して、麓の巨大な採石場まで【転がして】落とせばいいんです!」

 高橋の無茶苦茶な提案に、中村は頭を抱えた。

「アホか! 数万トンの肉団子が斜面を転がったら、途中の木も道も全部なぎ倒すだろうが!」

「大丈夫です! 障害物のないルートは計算済みです!」田中班長が胸を張った。「問題は、あいつを最初に転がすための【一押し】のパワーですが……そこに、ちょうどいい【巨大な棒】があるじゃないですか!」

 田中の指差す先。

 そこには、台車の上で完全にフリーズしているアースディフェンダーと、中で凍えている鈴木の姿があった。

『……え? ちょっと、田中班長、今俺のこと見て何て言いました? 巨大な棒?』

 インカム越しに鈴木の震える声が響く。

「鈴木! 今からそっちに行く! EDの右腕の関節ロックを解除しろ! 俺たち整備班が、手回しのウインチと滑車で右腕を引っ張って、あの肉団子を突き飛ばす!」

『馬鹿なこと言わないで! そんなことしたら、反動で台車ごと俺も崖下に落ちる!』

「安心しろ! 車輪には車止め(その辺の石)を噛ませてある!」

 かくして、人力とアナログの極みによる【怪獣ボウリング作戦】が決行された。

 ギギギギギ……ッ!

 数十人の整備兵がロープを引っ張り、アースディフェンダーの右腕が不自然な角度に持ち上がる。そして、田中班長の「放てぇっ!」の合図と共に、ロープが切断された。

 ドゴォォォォン!!

 巨大な右腕のパーツが、丸まった4号の背中にクリーンヒットした。

 その瞬間、4号の巨体がゆっくりと動き出し……山の斜面を、凄まじい勢いで転がり始めたのだ。

「おおっ! 転がった! 大成功だ!」

「見たか! これが俺たちの力だ!」

 整備班が歓喜の声を上げる。

 しかし、転がっていく4号の軌道を見た中村班長の顔面が、一瞬にして土気色に変わった。

「……おい、高橋。お前、障害物のないルートを計算したって言ったよな?」

「はい! 麓の採石場まで一直線です!」

「……あのルートの途中にある、ひときわ緑が綺麗な広大な土地。あれ、なんだ?」

「え? あー……なんか、綺麗に芝生が整備されてて、旗が立ってますね」

「それ、【超高級ゴルフ場】だろおおおおおおっ!!」

 中村の絶叫が山にこだまする。

 時速100キロを超えた巨大な肉団子(4号)は、コースの美しい芝生を無惨に抉り飛ばし、クラブハウスを粉砕し、バンカーを巨大なクレーターに変えながら、見事なホールインワンを決めていった。

「……あ、あそこ、与党の幹事長がオーナーやってる、会員権1億円のゴルフ場だ……」

 中村は白目を剥き、そのまま後ろに倒れて気絶した。

 数時間後。防衛省地下司令室。

 非常電源の灯りの中、氷室査察官が新しい請求書をプリントアウトしていた。

「……広報の広瀬さん。停電の責任は宇宙人に押し付けられましたが、今度は【アースディフェンダーが怪獣をゴルフ場に打ち込んだ】という動かぬ証拠映像が、ネットで拡散されています。幹事長から直々に、防衛省の解体を要求する電話が来ています」

「ひぃぃぃっ!」

「西園寺管理官。ゴルフ場の完全復旧費用および営業補償、概算で【500億円】です。……さて、次は誰のせいにしますか?」

 氷の死神の微笑みに、司令室の人間は全員、胃薬を水なしで飲み込んだ。

『……あの。誰でもいいんですけど。そろそろ俺を、山から下ろしてくれませんか……?』

 通信機から微かに聞こえる鈴木の悲鳴は、今回もまた、誰の耳にも届くことはなかった。

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