第7話「絶対不動命令と、電気を食べる迷子」
財務省の【氷の死神】こと氷室査察官がプロジェクトの実権を握ってから、アースディフェンダーの運用方針は劇的に、そして最悪な方向へと変化した。
「……鈴木さん。機体の待機電力、もったいないのでコクピットの照明と空調切りますね。あと、今月から麦茶のティーバッグは自腹になったので、マイボトル持参でお願いします」
「佐藤さん……俺、もう暗闇と暑さで気が狂いそうなんだけど。給料15万に下がったのに、なんで環境まで劣悪になってるの……」
真っ暗なコクピットの中で、鈴木は首に巻いた保冷剤だけを頼りに息も絶え絶えになっていた。
氷室が叩き出した【徹底的なコストカット】により、演出用の火花エフェクトは全廃。関節の駆動テストも「電灯線レベルの電気代の無駄」という理由で禁止され、アースディフェンダーは真の意味で【巨大な置物】と化していた。
そんな極限の節約生活がすっかり板についてきたある日。
基地のスピーカーが、久々にあの忌まわしい警報音を鳴らした。
『緊急事態発生! 関東内陸部、山間部の変電所付近に、巨大未確認生物が落下! 【4号】と呼称します!』
「なっ……! 怪獣だと!?」
司令室の西園寺が色めき立った。
モニターに映し出された4号は、まるで巨大なアルマジロのような丸みを帯びたフォルムをしており、背中の甲羅のような部分が青白く発光していた。
ドローンの映像が、その信じられない光景を捉える。
『4号、変電所の高圧鉄塔に抱きついています! こ、これは……鉄塔から【電気】を吸い取っています!』
「電気を食べる怪獣だと!? なるほど、あの発光は帯電している証拠か。……広瀬くん! これは使えるぞ! 『怪獣の放つ電磁波で機体の計器が狂った』という言い訳が立つ!」
「はい、西園寺管理官。すぐに『アースディフェンダー、未知の電磁パルスに苦戦! 絶縁装甲の開発予算急務!』というプレスリリースを作成します」
「よし! アースディフェンダー、直ちに出撃……!」
「お待ちください」
勢いよく立ち上がった西園寺の肩を、冷たい手がガシッと押さえつけた。
いつの間にか司令室に入ってきていた氷室査察官である。彼女は手元のタブレットから目を離さずに言い放った。
「出撃は許可しますが、アースディフェンダーは【現場から2キロ離れた山の斜面】に台車で設置するだけにしてください」
「な、なぜですか氷室査察官! これほどの危機に!」
「あのような帯電している生物にハリボテの鉄の塊を近づけたら、一瞬でショートして機体が炎上します。修理費は誰が出すのですか。アースディフェンダーには【一歩も動かず、ただそこに立って国民に安心感を与える(フリをする)】という、立派なカカシの役割を全うしてもらいます」
氷室の【絶対不動命令】により、鈴木を乗せたアースディフェンダーは、再び巨大な台車に乗せられ、時速20キロでノロノロと山間部へと運ばれていった。
一方その頃。阿佐ヶ谷の古いアパート。
「……さっむ。なにこれ、急に真冬じゃん」
シルバーガイ(3号)は、部屋の中でガタガタと震えていた。
数日前のプラズマ放電騒ぎでアパートの屋根に大穴が開いたままなのだ。おまけに、宇宙コタツのショートが原因でブレーカーが完全に壊れ、部屋の電気は一切使えない。
寒さに極端に弱い宇宙の平和維持軍職員は、凍死の危機に瀕していた。
「だめだ……どっか、暖かいところに行かないと死ぬ……ん? なんだあの山の方の強烈な熱源とエネルギー反応は。……電気だ!!」
暖を求める本能に従い、3号は本来の銀色の巨人の姿に戻ると、猛スピードで山間部へと飛空した。
現場では、変電所の電気を吸い尽くして満足した4号(アルマジロ怪獣)が、丸くなってスヤスヤと眠ろうとしていた。彼もまた、迷い込んだ地球の重力で疲弊し、お腹いっぱいになって寝落ちしかけているだけの迷子である。
そこへ、山頂付近の台車の上に固定されたアースディフェンダー(搭乗者・鈴木)が到着した。
「……到着しました。西園寺管理官、氷室査察官。本当にただ立ってるだけでいいんですね?」
「ええ、鈴木さん。一ミリでも動いて関節のパイプが折れたら、あなたの給料から天引きしますからね」
氷室の冷酷な通信に鈴木が震え上がったその時。
上空から、銀色の巨人が隕石のようなスピードで降ってきた。
『ズドォォォォン!!』
3号の着地に、眠っていた4号が目を覚まして威嚇の声を上げる。
しかし、寒さで理性を失っている3号の目には、青白く帯電してホカホカと暖かそうな4号の姿が【巨大な歩くコタツ】にしか見えていなかった。
(あったかそぉぉぉぉぉっ!!)
3号は一切の躊躇なく、4号の背中の甲羅に全力で抱きついた。
『ギュルルルッ!?(なにすんの!?)』
突然抱きつかれた4号は大パニックになり、凄まじい放電攻撃を放つ。しかし、3号はその電撃を「あぁ〜、五臓六腑に染み渡る〜」とばかりに恍惚の表情で受け止め、さらに強く抱きしめた。
「……ねぇ佐藤さん。あれ、戦闘なの? 宇宙人が怪獣にハグして、なんか温まってるように見えるんだけど」
「鈴木さん、私生活で色々あるんじゃないですか? 宇宙人にも。あ、私ガチャ回すので少し通信切りますね」
遠くの斜面で、ただのカカシとしてその光景を見下ろす鈴木。
最終的に、暖を取りすぎて完全に充電が完了した3号が、勢い余って4号をジャーマンスープレックスで投げ飛ばし、気絶させてしまった。
司令室では、広瀬が凄まじい速度でキーボードを叩いている。
「映像加工完了しました! 『アースディフェンダーの放った見えない電磁波攻撃で怪獣が弱り、そこを卑劣な3号が強奪した』というストーリーでネットニュースに配信します!」
「よくやった広瀬くん! これでまた予算が!」
山間部に響き渡る勝利のサイレン。
しかし、事後処理班の中村班長の通信が、歓喜を冷や水でぶち壊した。
『……司令部。中村だ。4号が気絶したことで、体内に溜め込んでいた電気が一気に放電された。結果、関東一円が大規模な停電だ。……これ、復旧費用と企業からの損害賠償、またうちの省に回ってくるぞ』
「……え?」
西園寺の笑顔が引きつる。
氷室査察官が、氷のような目で西園寺と広瀬を見下ろした。
「広報の広瀬さん。今『アースディフェンダーの電磁波攻撃のせいで』怪獣が弱ったと公式発表しましたね? ということは、この関東一円の停電被害による経済損失【数千億円】は、我々が引き起こした二次被害ということになりますね?」
「あ……いや、それは……」
スピンコントロールの鬼・広瀬の顔面から、スッと血の気が引いた。
嘘をついて手柄を横取りした結果、とんでもない額の【停電の損害賠償】まで横取りしてしまったのである。
数千億の負債に司令室がパニックに陥る中。
すっかり暖まって満足した3号は、ルンルン気分で空へと飛び去っていった。
そして台車の上の鈴木は、停電でコクピットの計器が完全に沈黙したことに気づき、小さな声で呟いた。
「……あの、これ牽引車のエンジンも停電で止まったんですけど。俺、どうやって帰ればいいんですか……?」
誰の耳にも届かない鈴木のSOSは、暗闇の山に虚しく吸い込まれていった。




