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第86話「極秘のタンデム・ラインと、時給1113円の防衛省・非正規クルー」

 五月中旬。初夏の陽気が心地よい防衛省の空き地だが、【プレハブ仮設司令室】の中は相変わらず劣悪な労働環境の熱気に満ちていた。炎城司令官は、アイスコーヒーの氷をガリガリと噛み砕きながら、パイプ椅子の上で吠えていた。

「ぬぉぉぉ……! 組織力チーム・ラインだ!! アースディフェンダーには、単騎突撃の限界を打ち破る【究極の連携フォーメーション】が欠けている!!」

 炎城が、すっかり汗染みのついた真っ赤なマフラーを振り回す。

「どれだけ個人の能力が極まろうと、強烈な向かい風をたった一人で受け続ければいずれ限界が来る! スーパーロボットたるもの、味方を風よけ(盾)にして体力を温存し、最終局面にすべてを懸ける『鉄壁の陣形(ライン戦術)』が必要なのだ!」

 氷室査察官が、プレハブの壁に張り付いたヤモリを冷酷な手つきで窓の外へ弾き出しながら答える。

「僚機を開発する予算など、実質マイナス予算の我が防衛省には1円もありません。機体の前に、ダンボールで作ったハリボテのロボットでも台車に乗せて走らせますか?」

「馬鹿者! 最高の僚機は、背中を預けられる熱き相棒だ! 魂の『風よけ(先行)』が、エースの爆発力を生み出すのだぁぁっ!」

 インカムから、鈴木の、もはや地球の重力から精神だけが解き放たれたような虚無の声が響いた。

『……あの。俺、今は【150キログリッパー】【肩シュラッグ】【腰ツイスト】【脇パタパタ】【ゴム骨咀嚼】【尻バリア】【三半規管制御】【横隔膜シャウト】【ニーグリップ】【アキレス腱跳躍】【広背筋滑空】【大胸筋リフレクト】【腸腰筋テレポート】【心肺冷却】【三角筋固定】【三頭筋ハンドル投げ】【エアロフォルム】【ミリ単位の等尺性静止】【立ち漕ぎダンシング】【先行機マーク】【ショルダーブロック】【眼球独立の展開予測】【マッハからのバック踏み】【骨盤前傾の壁面走行】をして、さらに【関節サスペンション】までやってるんですよ。……これ以上、誰と連携しろって言うんですか。コクピットには俺一人しかいないんですよ……』

 その時だった。

 出撃準備中のアースディフェンダーのコクピット(※窓ガラスも座席も全て撤去され、ただの吹きさらしの鉄の箱)に、見慣れぬ影がヒョイと乗り込んできた。

 作業着姿の青年――巨大未確認生物3シルバーガイである。

「よう、鈴木のおっさん! ハカセイダーが実家の法事で星に帰っちまって暇なんだ。それに、俺は今までバイト先の機材をパクられたせいで、総額50万円以上の給料を天引きされてる! もうバイトなんかしてられるか! 今日から俺も直接怪獣と戦って、防衛省からたっぷりと『討伐特別ボーナス』をいただくぜ!」

「えっ!? お前、何勝手に乗り込んで……ってか、お前の立つスペースなんてないぞ!」

 すると3号は、鈴木の立つペダルの「真ん前」に、ハカセイダーが帰星する直前にこっそり溶接していった【もう一組のペダル(タンデム用固定ギア)】を見つけた。

「ハッ! さすがハカセイダー、俺の指定席を用意してくれてたぜ! おっさん、俺が前で風よけになってやる! ボーナスは山分けだ!」

「お前……死ぬぞ!?」

 プレハブ司令室のモニターに映る3号の姿を見た氷室が、不敵な笑みを浮かべた。

『……あら。未登録の民間人が乗り込んでいるようですが、まあ良いでしょう。ただ今をもって、あなたを防衛省の「非正規派遣クルー」として一時雇用します。時給は東京都の最低賃金、1,113円です』

「よっしゃあ! これで俺も公務員(非正規)だぜ! ボーナス稼ぎまくってやる!」

 翌日。

『緊急事態発生です!』

 佐藤が、プレハブの床で干からびているミミズをホウキで掃きながら報告した。

『レインボーブリッジの橋上に、巨大未確認生物71号が出現! 全長45メートルの【宇宙カメ】です! 奴は絶対的な硬度を誇る甲羅を持ち、橋の真ん中に陣取って交通を完全に麻痺させています!』

「出たな難攻不落の重装甲獣め! 出撃だ鈴木ィ! そしてアルバイトォォッ!」

 お台場・レインボーブリッジ。

 宇宙カメ(71号)が、「ノソォ……ノソォ……」と極めてスローペースで橋の上を這い回っていた。

 そこへ、国交省の官僚を乗せたコマンドカーと共に、神崎流星の『Gキャノン』が到着した。

『フン。レインボーブリッジも古くなってきたからな。我々国交省の「新・お台場メガブリッジ建設計画」のために、あのカメごと橋をビームで真っ二つにへし折ったまえ』

 国交省の官僚が、相変わらず税金を食い物にする邪悪な笑みを浮かべる。

『……了解した。橋の崩落事故に見せかけて、ゼネコンに仕事を回すのだな』

 神崎が、Gキャノンの極太ビーム砲のエネルギーをチャージし始めた。

 一方、橋の反対側から「ギゴ……」と到着したアースディフェンダー(鈴木&3号)は、東京湾の強烈な「海風(向かい風)」に煽られ、なかなか前に進めずにいた。

 その時、橋の上に放置されていた観光客のゴミの中から、宇宙カメが【ハンバーガーのレタスの切れ端】を見つけた。

 宇宙カメは「あっ、美味しそうな葉っぱ!」とばかりに首をグイーンと伸ばし、レタスをパクリと咥えようとした……が。

『ツルンッ!』

 首を伸ばしすぎた反動で、重い甲羅のバランスが崩れ、宇宙カメは「アッ」という間抜けな声と共に、見事に【ひっくり返って仰向け(甲羅下)】になってしまったのだ!

『ジタバタジタバタッ!!(泣)』

 今まで、超高度なレーザーや次元兵器でしか倒せないとされてきた巨大怪獣である。亀の甲羅の重量バランスなど、戦闘兵器なら自動補正されるはず――。

 しかし宇宙カメは、「起き上がれないよぉぉぉ!」とばかりに短い手足をバタバタと虚空で掻き回し、完全に戦意を喪失してしまったのである。

「「「…………えっ?」」」

 現場の国交省の官僚、神崎、そしてコクピットの鈴木&3号までもが、そのあまりにも情けなすぎる姿を見て完全にフリーズした。

「(……おい。今、ただレタス食おうとして転んで、起き上がれなくなったぞ……?)」

 鈴木の脳内に、もはやこの世界の理に対する壮大なツッコミが湧き上がる。

「(飴で歯が欠け、スマホで気絶し、ついには【自爆でひっくり返る】って……!! こいつら、クレーン車で釣り上げて海に帰してやれば解決するだろ!! なんで国交省はこいつごと橋を壊そうとしてんだよ!!)」

 国交省の官僚が「お、おい! あいつが寝転がってるだけじゃ、橋を壊す理由にならないだろ!」と焦りかけた、まさにその瞬間!

 プレハブ司令室の氷室査察官が、パイプ椅子を蹴り倒しながら、レインボーブリッジの電光掲示板をハッキングして、狂気と絶望の入り交じった絶叫を響き渡らせた!!

『げ、現場の民間人に直ちに告ぐ!! 今のは極めて恐ろしい【反重力ジャイロ・スピンチャージ】のプロセスです!!』

「えっ? スピンチャージ?」

『ええ! あの宇宙カメは、仰向けになることで甲羅を巨大なコマに見立て、地球の自転エネルギーを吸収して『東京湾を干上がらせる超巨大竜巻』を発生させようとしているのです!! あの手足をバタバタさせているのは、竜巻の回転力トルクを上げている証拠です!! 奴が本気で回り始めれば、お台場が空に巻き上げられます! 直ちに退避しなさい!!』

「そ、そうだったのか!! 危うくレタスのせいで東京が竜巻に飲み込まれるところだった!!」

 氷室の、もはや気象庁が怒りを通り越して感心するレベルの狂った大嘘により、現場は再びパニックに陥った。

 (※実際はただ起き上がれなくてパニックになって泣いているだけである)

『チッ……! 言い訳はどうあれ、橋ごと粉砕する!』

 神崎のGキャノンが、仰向けの宇宙カメ(と橋の主塔)に向けてビームを発射しようとした!

「(ぜぇ……はぁ……)これ以上、あいつらの利権のためにインフラを壊させてたまるか!!」

 鈴木が叫ぶ。

 しかし、レインボーブリッジの上は凄まじい向かい風。Gキャノンより先にカメに辿り着くには、風の壁を破らなければならない。

 その時、前方のペダルに立つ3号が、ニヤリと笑った。

「おっさん、俺の背中にピタリと張り付きな! 俺が風の壁をぶち破ってやる!」

 3号の足元に貼られた、ハカセイダーからのメモが風に揺れていた。

『親愛なるシルバァへ。風の盾となれ。己の脚力をすべて使い果たし、後ろのエースを無風の空間で引っ張り上げろ。お前が切り裂く風の軌跡が、最強の【ライン(編隊)】を生み出す。――親戚の法事中の友人より』

「よぉぉぉし! 時給1113円分の、宇宙人の脚力を見せてやるぜぇぇぇっ!!」

 3号は、前方のペダルを凄まじいパワーで踏み込み始めた!

 同時に、鈴木は3号の背後「1センチ」の距離にピタリと機体を合わせ(パーフェクト・マーク)、3号が切り裂いた風の空白地帯スリップストリームへと滑り込んだ!

「(すげえ……! 向かい風が完全に消えた! これなら体力を完全に温存できる!!)」

 鈴木は、全26種類のマルチタスクを維持したまま、3号の背後で究極の【番手マーク】の姿勢に入った。

「いっけぇぇぇぇっ! 限界突破のタンデム・先行リードアウトだぁぁぁっ!!」

 3号が吠える! しかし、窓のない吹きさらしのコクピットで、時速200キロの向かい風を「素顔」でモロに受け続ける3号の顔面は、風圧でグチャグチャに歪んでいた。

「(ぶるるるるるっ!! 顔が! 宇宙人の強靭な皮膚が、風圧で後ろに引き剥がされるぅぅぅぅっ!! 目が乾くぅぅぅっ!!)」

 3号の文字通りの「身を粉にした風よけ(先行)」により、アースディフェンダーは強烈な海風を完全に無効化し、レインボーブリッジをマッハの速度で爆走!

 そして、神崎がビームの引き金を引く直前。

 宇宙カメの眼前に迫った瞬間、3号が「ここだ! 行けぇぇぇっ、おっさん!!」と叫び、ペダルから足を離して横へとスライド(退避)した!

「(貰ったぁぁぁっ!!)」

 風よけが外れ、今まで完全に温存されていた鈴木の「100%の体力と脚力」が一気に爆発! 3号の作ったトップスピードから、さらに一段階上の神速へと加速した!

「究極の追い抜き(スプリント・サシ)だぁぁぁっ!!」

 鈴木は、アースディフェンダーの右腕に装備された【巨大なパイルバンカー】を、仰向けでジタバタしている宇宙カメの柔らかいお腹に向かって、優しく(ひっくり返すように)突き出した!

『ポロォォォンッ!』

 テコの原理で綺麗にひっくり返された宇宙カメは、そのまま勢いよく橋の外へと転がり落ち、東京湾の海面で「ドゴォォォン!」と巨大な水柱を上げて水没・気絶した。

 標的(と壊す口実)を失った神崎のビームは、またしても見事に空振りし、東京湾の誰もいない海上を無駄に照らしただけで終わった。

 プレハブ司令室では、炎城司令官が感動のあまりデスクの引き出しを引き抜いて掲げていた。

「見たか諸君!! これぞ男のライン戦術!! アースディフェンダーの究極の『風よけ(先行)』と『追い抜き(差し)』が、国交省の陰謀を完全に打ち砕いたのだ!! 鈴木ィ! アルバイトォ! 貴様らの連携は地球最強のフォーメーションだぁぁっ!!」

 広瀬が、先ほどの「レタスで転ぶ怪獣の映像」を必死にフェイク動画だと主張するネット工作を行いながらキーボードを叩く。

「完璧です! 『ED、極秘開発のタンデム・ライン・システムを解放! 超巨大竜巻を発生させようとした凶悪怪獣を、奇跡の連携スプリントで完全撃破! ※絶対に橋の上にレタスを捨てないでください』でリリースします!!」

 そして現場。

 レインボーブリッジの上で、顔面を真っ赤に腫らしながらも、3号はガッツポーズをした。

「ゼェ……ゼェ……! やったぜ、鈴木のおっさん! 見事な『番手からの差し』だったぜ! 前の選手が風の壁を切り裂いてラインを引っ張り、最後のエースが体力を爆発させてゴールを奪う……これこそ、競輪の華【ラインの絆】だ!」

「(ガクガクガク……)ああ、お前のリードアウト、最高だったぞ……」

 鈴木も満身創痍でサムズアップを返す。

 3号は意気揚々とインカムに向かって叫んだ。

「おい氷室! 約束通り、怪獣討伐の特別ボーナスを払ってもらうぜ! これで俺の借金もチャラだ!」

 しかし、氷室からの返答は、凍りつくような冷酷な宣告だった。

『……ええ。お疲れ様でした、非正規スタッフの3号さん。あなたの本日の労働時間は「約15分」でしたので、時給換算で【278円】を支給します』

「少なっ!? ボーナスは!?」

『ボーナスなど防衛省の規定にありません。それどころか、あなたは防衛省の機密兵器に【無断で同乗した罪(道路交通法の二人乗り違反)】、およびコクピット内で【指定の制服スーツを着用せず作業着で搭乗した風紀違反】に問われます』

「えっ」

『さらに、あなたが凄まじい風圧を受けた際、恐怖と痛みのあまり、コクピット内に【大量の宇宙人のよだれと涙】を撒き散らしました。機体の特殊清掃代と除染費用として、あなたと、同乗を許した鈴木さん双方の給与から【各5万円】を天引きさせていただきます。次はハンカチを持参して乗ってくださいね』

「「理不尽すぎるだろおおおおおおおおっ!!」」

 鈴木と3号、二人の悲痛な絶叫が、初夏の東京湾に美しくハモって響き渡る。

 すべての筋肉、バランス、予測。

 それに加え、ついに【味方を風よけ(先行)にして極限まで体力を温存し、ゴール前で一気に抜き去る、競輪最強のチーム戦術『ライン(編隊)』】までをも強制習得させられた鈴木と、巻き込まれた3号。

 怪獣の「異常な弱さ」と、防衛省・国交省の「腐敗」は、もはやレタス一枚で世界が終わるレベルまで露呈している。

 しかし、鈴木の肉体は、「競輪」において己のフィジカルだけでなく、他者をも利用して勝利を掴む【完全無欠のレース戦術】を完璧にマスターしてしまった。

 すべての嘘が崩壊し、鈴木と3号が理不尽な借金地獄から解放される「その日」まで……破滅へのカウントダウンは、残り14話。

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