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第85話「極秘のショック・アブソーバーと、時給1400円の道路工事バイト、そして別れ」

 五月。初夏の陽射しが眩しくなり始めた防衛省の空き地。【プレハブ仮設司令室】の中では、炎城司令官がゴールデンウィークの出勤手当が出ない怒りをぶつけるように、パイプ椅子の上で吠えていた。

「ぬぉぉぉ……! 衝撃吸収ショック・アブソーバーだ!! アースディフェンダーには、悪路や敵の攻撃の衝撃を無効化し、機体のブレを完全に抑え込む【究極のサスペンション】が欠けている!!」

 炎城が、汗ばんだ真っ赤なマフラーを振り回す。

「どれだけ壁を走り、マッハで突撃できようと、着地や段差の衝撃で機体がガタつけば致命的な隙になる! スーパーロボットたるもの、どんな地割れの上でも水面を滑るように走る『リニア・クッション機構』が必要なのだ!」

 氷室査察官が、プレハブの網戸に張り付く初夏の虫をデコピンで弾き飛ばしながら冷ややかに答える。

「50トンの機体の振動を相殺する電磁サスペンションなど、マイナス予算の我が防衛省ではバネ一本すら買えません。機体の足の裏に、高反発マットレスでも敷いておきますか?」

「馬鹿者! 最高のサスペンションは己の関節だ! パイロットの魂の『膝と肘のクッション』で、大地の怒りを吸収しろぇぇっ!」

 インカムから、鈴木の、もはや地球上のあらゆる苦行を乗り越えた解脱者のような、凪いだ声が響いた。

『……あの。俺、今は【150キログリッパー】【肩シュラッグ】【腰ツイスト】【脇パタパタ】【ゴム骨咀嚼】【尻バリア】【三半規管制御】【横隔膜シャウト】【ニーグリップ】【アキレス腱跳躍】【広背筋滑空】【大胸筋リフレクト】【腸腰筋テレポート】【心肺冷却】【三角筋固定】【三頭筋ハンドル投げ】【エアロフォルム】【ミリ単位の等尺性静止】【立ち漕ぎダンシング】【先行機マーク】【ショルダーブロック】【眼球独立の展開予測】【マッハからのバック踏み】をして、さらに【骨盤前傾の壁面走行】までやってるんですよ。……これ以上、どうやって衝撃を吸収しろって言うんですか。俺の関節はもう、全部すり減って粉になってるんですよ……』

「甘えるな鈴木ィ! まだ『機械のクッションに頼る』という甘えがあるだろうが! おとこなら、全身の関節をバネにして、悪路の振動を完全に殺せぇぇっ!」

 一方その頃。

 都内の幹線道路。ヘルメットと作業着姿の青年――巨大未確認生物3シルバーガイが、アスファルトを砕く「削岩機ジャックハンマー」を両手で握り、激しい振動に耐えながら工事をしていた。

(時給1,400円の『道路工事の削岩バイト』! 全身の骨が砕けそうな振動だが、宇宙人の軟骨と関節なら、どれだけ揺れてもノーダメージだぜ)

 彼が休憩に入り、首に巻いたタオルで汗を拭っていると、工事現場のカラーコーンの裏から白衣の天才科学者ハカセイダーが音もなく現れた。その手には、削岩機から根こそぎ外された【振動を殺すための超強力な工業用防振スプリング】が握られていた。

「ハカセイダー! お前また勝手に現場の機材を! それがないと、削岩機の振動で作業員のおっちゃんたちの腕がイカれちゃうだろ!」

「フフフ。シルバァ、アースディフェンダーの次なる進化は【絶対衝撃吸収ショック・アブソーバー】だ。だが、この防振スプリングは機体には使わん。あのポンコツの駆動系から、わずかに残っていた『すべてのクッション材』を取り除く!」

「えっ!? サスペンションを無くすのか!?」

「そうだ! そしてパイロットのコクピットの床を、この削岩機のように『強烈に振動する』ように改造した! パイロットは、機体が受ける数十トンの衝撃と悪路の振動を、すべて自らの【膝(大腿四頭筋)】と【肘(上腕二頭筋)】を極限まで柔らかく使うことで吸収しなければならない! 鈴木の【究極の関節サスペンション】が、どんな悪路でもトップスピードを維持させるのだ!」

 その夜、二人の宇宙人は屋外演習場へ侵入。

 アースディフェンダーの足回りからすべての緩衝材を物理的に切断し、鈴木のコクピットが「悪路を走るたびに削岩機レベルで激しく振動する」ように改造したのである。

 翌日。

『緊急事態発生です!』

 佐藤が、プレハブの床に空いた穴をダンボールで塞ぎながら報告した。

『銀座のド真ん中に、巨大未確認生物70号が出現! 全長40メートルの【宇宙モグラ】です! 奴は地下からアスファルトを次々と突き破り、銀座の道路をボコボコのクレーター地帯に変えています!』

「出たな地這う掘削獣め! 出撃だ鈴木ィ!」

 銀座・四丁目交差点周辺。

 宇宙モグラ(70号)が、「ギュルルルッ!!」と巨大な爪でアスファルトを掘り返し、高級ブランド街の道路を巨大な「洗濯板」のような悪路に変貌させていた。

 そこへ、国交省の官僚を乗せたコマンドカーと共に、神崎流星の『Gキャノン』が重々しい足音で到着した。

『フン。銀座の地下には、我々国交省が「新・地下鉄構想」を通したいルートがある。神崎君、あのモグラが地下街を完全に破壊し尽くすまで泳がせておけ。復興名目でゼネコンに莫大な予算を流し込む』

 国交省の官僚が、もはや隠す気すらない腐敗した笑みを浮かべる。

『……了解した。私はモグラが地下鉄を壊し終わるまで、ビームのチャージをして待機する』

 一方、大幅に遅れて「ギゴ……」と到着したアースディフェンダー(鈴木)は、ボコボコにされた銀座の悪路を前に立ち往生していた。

 その時、避難し遅れた和菓子屋の店主が、腰を抜かして転んだ拍子に、売り物の【カンロ飴(ただの硬い飴玉)】を一粒、モグラの目の前に落としてしまった。

 アスファルトを咀嚼していた宇宙モグラが、そのカンロ飴を「ガリッ」と噛み砕いた。

『キャインッ!?』

 今まで、超高度なレーザーやブラックホール(大嘘)でしか倒せないとされてきた巨大怪獣である。ただの砂糖と水飴の塊など、強靭な顎の力の前には空気も同然のはず――。

 ――ポロリッ。

『キュィィィィィィッ!?!?(大号泣)』

 なんと、カンロ飴のあまりの硬さに、宇宙モグラの【自慢の前歯が一本欠けてしまった】のだ!

 宇宙モグラは「歯が! 歯が痛いよぉぉぉ!」とばかりに両手で口元を押さえ、銀座のど真ん中でゴロゴロと転げ回り、完全に戦意を喪失してしまったのである。

「「「…………えっ?」」」

 現場の国交省の官僚、神崎、和菓子屋の店主、そしてコクピットの鈴木までもが、そのあまりにも貧弱すぎる姿を見て完全にフリーズした。

「(……おい。今、ただの飴玉噛んで、歯が欠けて泣き喚いてるぞ……?)」

 鈴木の脳内に、国への納税意欲を完全に消失させる絶望が広がる。

「(ボサノバで寝て、ガムで泣き、スマホの光で気絶し、ついには【カンロ飴で歯が欠ける】って……!! こいつら、歯医者に連れて行けば解決するだろ!! なんで国交省はこいつをダシにして地下鉄を壊そうとしてんだよ!!)」

 和菓子屋の店主が「えっ、うちのカンロ飴で怪獣が倒れた!?」と歓喜しかけた、まさにその瞬間!

 プレハブ司令室の氷室査察官が、湿気でベタベタになったマウスを壁に叩きつけながら、銀座の街頭スピーカーをハッキングして、血反吐を吐くような絶叫を響き渡らせた!!

『げ、現場の民間人に直ちに告ぐ!! 今のは極めて恐ろしい【超振動・地殻崩壊アースクエイク・ジェネレーター】の起動プロセスです!!』

「えっ? 地殻崩壊?」

『ええ! あの宇宙モグラは、飴の糖分をエネルギーに変換し、欠けた歯の隙間から『日本列島を沈没させる超音波振動』を地下深くに放とうとしているのです!! あの口を押さえてのたうち回っているのは、振動の共鳴を増幅させている証拠です!! 奴が完全に共鳴すれば、東京が海に沈みます! 直ちに飴を回収して退避しなさい!!』

「そ、そうだったのか!! 危うく俺のカンロ飴のせいで日本が沈没するところだった!!」

 氷室の、もはや地震学者が全員辞表を提出するレベルの狂った大嘘により、現場は再びパニックに陥り、店主は這うようにして逃げ出した。

 (※実際はただ歯が欠けて死ぬほど痛くて泣いているだけである)

『チッ……! モグラがのたうち回っていては、地下鉄の破壊ルートが逸れてしまう。ええい、私が直接、地下街ごとビームで焼き払ってやる!』

 神崎のGキャノンが、あからさまに銀座の地下街に向けてビームライフルの照準を合わせた!

「(ぜぇ……はぁ……)これ以上、国交省のゼネコン利権のために街を壊させてたまるか!!」

 鈴木が叫ぶ。

 鈴木は、Gキャノンの射線を塞ぐためにアースディフェンダーを急発進させた。

 しかし、目の前は宇宙モグラが掘り返した「ボコボコのクレーター地帯」。しかも機体からはすべてのサスペンションが撤去されている。

 その時、鈴木の目の前のモニターフレームに貼られたメモが目に入った。

『パイロットの同志へ。機械のバネに頼るな。衝撃は殺すのではなく、己の肉体で吸収しろ。膝の力を抜き、肘を柔らかく曲げよ。君の究極の関節クッション(ショック・アブソーバー)が、どんな悪路の振動も無に帰す。――名もなき宇宙の友人より』

「……またか! ついに機械のサスすら奪われ、自らの関節で振動を吸収する極限酷使かぁぁぁっ!!」

 鈴木は絶望の血涙を流しながら、悪魔のマルチタスクのさらなる地獄へと足を踏み入れた。

 これまでの全25種類の異常なマルチタスクを完璧に維持したまま、鈴木は削岩機のように激しく振動するコクピットの中で、自らの【膝(大腿四頭筋の柔軟性)】と【肘(上腕二頭筋の伸縮)】を極限まで柔らかく使い、数十トンの機体が受ける悪路の衝撃を「スゥッ……スゥッ……」と完全に相殺し始めたのである!!

「(膝が! 肘の軟骨が! 振動でゼリーみたいに溶けていくぅぅぅぅっ!!)」

 鈴木の異常な「関節サスペンション」により、アースディフェンダーの機体の上半身は【1ミリもブレることなく】、ボコボコのクレーター地帯をマッハの速度で滑るように走り抜けた!

「いっけぇぇぇぇっ!! 限界突破のショック・アブソーバーだぁぁぁっ!!」

 アースディフェンダーは、歯が痛くて泣いている宇宙モグラの懐に、一切の振動を伴わずに音もなく接近。

 そして、右膝の【ブラストビート・バズソー(丸ノコ)】を、痛む歯の治療とばかりにモグラの脳天に優しく(?)叩き込んだ!

『ギョベェェェェッ!?』

 宇宙モグラは丸ノコによって粉砕され、銀座の空の彼方へと消滅した。

 射線を完全に塞がれた神崎のGキャノンは、またしてもビームを撃つことができず、国交省の「銀座地下鉄破壊・再開発計画」は完全に阻止されたのであった。

 プレハブ司令室では、炎城司令官が感動のあまりパイプ椅子をへし折っていた。

「見たか諸君!! これぞ男の衝撃吸収!! アースディフェンダーの究極の関節が、大地の怒りを完全にねじ伏せたのだ!! 鈴木ィ! 貴様の膝と肘は地球最強のサスペンションだぁぁっ!!」

 広瀬が、先ほどの「飴で歯が欠ける怪獣の映像」を必死にCG動画だと主張するネット工作を行いながらキーボードを叩く。

「完璧です! 『ED、極秘開発のリニア・クッション機構を解放! 地殻崩壊を起こそうとした凶悪怪獣を、奇跡の無振動走行で完全粉砕! ※絶対に硬い飴を道に落とさないでください』でリリースします!!」

 そして現場。

 道路工事の裏路地でスマホを見ていた3号は、ガッツポーズをした。

「よしっ! 鈴木のおっさん、見事な『衝撃吸収ショック・アブソーバー』だったぜ! サスペンションの無いピストバイク(競輪用自転車)で、路面の段差や他選手との接触の衝撃を、膝と肘の柔らかさで吸収してトップスピードを維持する技術……これこそ、競輪における『究極のバイクコントロール』だ!」

 しかし、その直後。

 ハカセイダーの姿が、突然「シュゥゥゥ……」と淡い光に包まれ始めた。

「フフフ……シルバァ。どうやら、私の役目はここまでのようだな」

「えっ? ハカセイダー、急に体が光り出して……お前、どこ行くんだよ!?」

「母星に帰らねばならんのだ。親戚の宇宙人の、『49日の法事』があってな」

「49日の法事!? お前ら宇宙人なのにガッツリ仏教形式なのかよ!?」

「ああ。喪服のクリーニングも取りに行かねばならんし、お布施も包まねばならんのでな。さらばだ、シルバァ! 究極のアナログ生命体は、間もなく完成するぞ!」

 『シュゥゥゥンッ!』

 ハカセイダーは、そんな絶妙に所帯染みた理由を残し、光の柱と共に宇宙の彼方へとフェードアウト(帰還)してしまった。

「おい嘘だろハカセイダー!! ……ああっ! 現場監督のおっちゃんがこっち来てる!!」

 道路工事の現場監督が、鬼の形相で歩み寄ってきた。

「オイ、シルバァ!! お前が使ってた削岩機の防振スプリングが丸ごと無くなってんじゃねえか!! おかげで作業員の腕がみんな痺れて、今日の工事はストップだ!! 業務妨害と窃盗だ! 落とし前として、今月の給料から【4万円】天引きだ!!」

「うそぉぉぉぉぉぉぉん!! ハカセイダーのバカヤロォォォォッ!!」

 3号の絶叫が、初夏の銀座に虚しく響き渡る。

 そして、見事な衝撃吸収で銀座を守り抜いた鈴木にも、氷室査察官からの事務的な死刑宣告が届いていた。

『……鈴木さん。お疲れ様でした。見事なクッションでしたね』

「(ガクガクガク……)ひ、氷室、査察官……俺の、膝と肘が……完全にバカになって、タコみたいにフニャフニャです……まっすぐ立てません……」

『ええ。ところで、あなたが膝と肘を使って衝撃を吸収していた際、窓のないコクピットで【腰を深く落とし、激しく上下にスクワットを繰り返す映像】がネットに拡散されました』

「えっ」

『その動きが、倒れた怪獣の上で屈伸を繰り返す、オンラインゲームの煽り行為(通称・ティーバギング/死体撃ち)に酷似しているとして、「防衛省のパイロットはマナーが最悪だ」とゲーマー界隈から猛烈な非難を浴びています』

「違う! 衝撃を吸収してただけだ!!」

『さらに、国交省から「防衛省のロボットが邪魔をして、地下鉄の再開発計画が白紙になった」という理不尽な損害賠償請求も届いています。これらの品位保持違反と国交省への慰謝料として、今月の給与から【4万5千円】を天引きさせていただきます。次はもっと煽り行為に見えない上品な姿勢で衝撃を吸収してくださいね』

「理不尽すぎるだろおおおおおおおおっ!!」

 すべての筋肉、バランス、姿勢制御、予測、急停止。

 それに加え、ついに【サスペンションのない自転車で、悪路の衝撃を膝と肘の柔らかさで完全に吸収する『究極のバイクコントロール』】まで強制習得させられた鈴木。

 マッドサイエンティスト・ハカセイダーが母星の法事(49日)で姿を消し、宇宙人の介入はここで終了した。

 しかし、鈴木の肉体は、「競輪」において必要なありとあらゆるスキルを、もはや教えられるまでもなく自らの細胞レベルで体現する【完全無欠の神のレーサー】として、すでに完成の域に到達していたのである。

 すべての嘘が崩壊し、鈴木が理不尽な借金と英雄の座から解放される「その日」まで……破滅へのカウントダウンは、残り15話。

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