第81話「極秘のショルダー・ブロックと、時給1350円のクラブ用心棒バイト」
三月中旬。春一番の強風が、防衛省の空き地に建つ【プレハブ仮設司令室】を根元から揺さぶる中。炎城司令官は、花粉症で真っ赤になった目をこすりながら、パイプ椅子の上で吠えていた。
「ぬぉぉぉ……! 側面の防御だ!! アースディフェンダーには、横からの強烈な体当たり(タックル)を真っ向から受け止め、逆に相手を弾き返す【横方向の絶対防壁】が欠けている!!」
炎城が、花粉でくしゃみをしながら真っ赤なマフラーを振り回す。
「正面からの攻撃には対応できるようになったが、乱戦において敵は真横からも襲ってくる! スーパーロボットたるもの、横からの衝撃を吸収し、倍の力で押し返す『リアクティブ・サイドバンパー』が必要なのだ!」
氷室査察官が、プレハブの隙間から入り込む花粉を空気清浄機(自腹)で吸い込みながら冷ややかに答える。
「数十トンの側面衝突を無効化する電磁反発装甲など、マイナス予算の防衛省では磁石一個すら買えません。機体の横っ腹に、古タイヤでもガムテープでぶら下げておきますか?」
「馬鹿者! 最高のバンパーは己の肩と肘だ! パイロットの魂の『横への張り出し(ブロック)』で、敵を弾き飛ばせぇぇっ!」
インカムから、鈴木の、もはや人間としての自我を完全に喪失し、宇宙の真理を語る自動音声のようになった声が響いた。
『……あの。俺、今は【150キログリッパー】【肩シュラッグ】【腰ツイスト】【脇パタパタ】【ゴム骨咀嚼】【尻バリア】【動体視力】【三半規管制御】【横隔膜シャウト】【ニーグリップ】【アキレス腱跳躍】【広背筋滑空】【大胸筋リフレクト】【腸腰筋テレポート】【心肺冷却】【三角筋固定】【三頭筋ハンドル投げ】【エアロフォルム】【ミリ単位の等尺性静止】【立ち漕ぎダンシング】をして、さらに【先行機の背後1センチに張り付く究極の追従】をしてるんですよ。……これ以上、横からぶつかられてどうしろって言うんですか。俺の体はもう、ただの痛覚の集合体なんですよ……』
「甘えるな鈴木ィ! まだ『横の動き』という三次元の甘えがあるだろうが! 漢なら、肩甲骨と肘を鋭く張り出し、横から来る敵の肋骨を砕けぇぇっ!」
一方その頃。
深夜の六本木。重低音が響く高級ナイトクラブの入り口で、黒服とサングラスを身につけた青年――巨大未確認生物3号が、腕を組んで立っていた。
(時給1,350円の『クラブの用心棒バイト』! 酔っ払いやガラの悪い客を入り口で弾き返す仕事だが、宇宙人の体幹とパワーなら、100人の暴徒が来ても指一本で押し返せるぜ)
彼が休憩に入り、裏口で水を飲んでいると、クラブの裏路地から白衣の天才科学者ハカセイダーが音もなく現れた。その手には、クラブの入り口から根こそぎ外された【重さ数百キロの防音鉄扉】と、【扉をゆっくり閉めるための超強力な大型油圧ドアクローザー(ダンパー)】が握られていた。
「ハカセイダー! お前また勝手に店の入り口を! それがないと、クラブの爆音が外にダダ漏れで警察が来ちゃうだろ!」
「フフフ。シルバァ、アースディフェンダーの次なる進化は【絶対的側面防御】だ。あのポンコツの両肩から側面にこの巨大鉄扉を装着し、コクピットのパイロットの肩と肘に油圧ダンパーを直結させる!」
「おっさんの肩と肘で、あのバカ重い鉄扉を押し返すのか!?」
「そうだ! 横から衝撃が来た瞬間、パイロットは自らの【三角筋(肩)】と【広背筋】を使い、肘を「ガツンッ!」と外側へ強烈に張り出す(ブロックする)! その上半身の横方向への爆発的な押し込みがダンパーを急激に圧縮・解放し、50トンの機体の側面に触れた敵を、倍の威力で横へ弾き飛ばすのだ! 鈴木の【究極の横の当たり(競り合い)】が、無敵のバンパーとなる!」
その夜、二人の宇宙人は屋外演習場へ侵入。
アースディフェンダーの側面に六本木の防音扉をガムテープで貼り付け、鈴木の肩から肘にかけて強靭な油圧ダンパーをハンダ付けしたのである。
翌日。
『緊急事態発生です!』
佐藤が、プレハブの壁に張り付いた花粉をコロコロ(粘着テープ)で掃除しながら報告した。
『六本木ヒルズ周辺に、巨大未確認生物66号が出現! 全長45メートルの【宇宙イノシシ】です! 奴は建物の側面に強烈な横タックルをかまし、ビルをドミノ倒しにしようとしています!』
「出たな猪突猛進の体当たり獣め! 出撃だ鈴木ィ!」
六本木・交差点周辺。
宇宙イノシシ(66号)が、「ブゴォォォォッ!!」と荒い鼻息を立てながら、ビルの側面に肩からぶつかる「横タックル」を繰り返していた。
そこへ、国交省の官僚を乗せたコマンドカーと共に、トヨハタ自動車のテムロ・レイが操る『Gダム』が純白の装甲を輝かせて舞い降りた。テムロは、前々回の川崎での大暴走による謹慎を「国交省の政治力」によって強引に解除されていたのだ。
『フフフ……再開発の進まない六本木エリアか。国交省の犬どもめ、どうせあのイノシシごと一帯を更地にしろと言うのだろう?』
テムロがビームライフルの出力を最大に上げる。
『その通りだテムロ君。遠慮はいらん、フルパワーで撃ちたまえ。復興予算はたっぷりある』
国交省の官僚が、汚い笑顔で親指を立てた。
一方、大幅に遅れて「ギゴ……」と到着したアースディフェンダー(鈴木)は、またしても国交省の「街を壊すための自作自演」に巻き込まれようとしていた。
その時、宇宙イノシシの足元にある老舗の中華料理屋から、お昼時の「大量の白コショウ」の煙が換気扇を通じて外にモワァッと排出された。
そのコショウの煙が、風に乗って宇宙イノシシの巨大な鼻の穴に吸い込まれた。
『ブゴ……? ズルッ……ブ、ブ……』
今まで、超高度なレーザーやブラックホール(大嘘)でしか倒せないとされてきた巨大怪獣である。ただのラーメン屋のコショウなど、強靭な呼吸器には何の影響もないはず――。
――ブックシュンッ!!!!!
『ギックゥゥゥゥゥッ!?!?(大絶叫)』
なんと、巨大なクシャミをした反動で、宇宙イノシシは腰から「ゴキッ!」と嫌な音を立て、そのまま【巨大ギックリ腰】になってしまったのだ!
イノシシは「ブヒィィィン……(痛い、腰が抜けた)」と涙を流しながら、六本木のど真ん中で完全にへたり込んでしまった。
「「「…………えっ?」」」
現場の国交省の官僚、テムロ・レイ、中華屋のオヤジ、そしてコクピットの鈴木までもが、そのあまりにも情けなすぎる姿を見て完全にフリーズした。
「(……おい。今、ただの白コショウでクシャミして、ギックリ腰になったぞ……?)」
鈴木の脳内に、もはや人類の防衛予算のすべてを否定する真実が確定する。
「(タピオカで滑り、焼き芋で泣き、レジ袋で窒息し、ついには【クシャミでギックリ腰】って……!! こいつら、整体院のおっちゃん呼んでコルセット巻いてやればおとなしくなるだろ!! なんで国交省はこんな可哀想な動物にフルパワーのビームを撃とうとしてるんだよ!!)」
中華屋のオヤジが「おう! コショウが効くぞ! ラー油も撒いてやれ!」と調味料を持ち出そうとした、まさにその瞬間!
プレハブ司令室の氷室査察官が、花粉症の薬をボトルごと一気飲みしながら、六本木ヒルズの巨大ビジョンをハッキングして、血反吐を吐くような絶叫を響き渡らせた!!
『げ、現場の民間人に直ちに告ぐ!! 今のは極めて恐ろしい【反物質圧縮・起爆準備】のプロセスです!!』
「えっ? アンチマター?」
『ええ! あの宇宙イノシシは、コショウの粒子を媒介にして体内で核分裂を起こし、次のクシャミで『六本木をクレーターに変える超絶爆風』を放とうとしているのです!! あの腰を押さえている動きは、反動に耐えるためのロックオン姿勢です!! 直ちにコショウを片付けて退避しなさい!!』
「そ、そうだったのか!! 危うく俺のS&Bコショウのせいで東京が吹っ飛ぶところだった!!」
氷室の、もはやノーベル物理学賞受賞者が泡を吹いて卒倒するレベルの狂った大嘘により、現場は再びパニックに陥り、オヤジはラー油を抱えて逃げ出した。
(※実際はただギックリ腰で痛くて一歩も動けなくなっているだけである)
『フン。言い訳などどうでもいい。まとめて消し飛べ!』
テムロのGダムが、ギックリ腰で動けない宇宙イノシシ(と六本木の街)に向けて、極太のビームライフルを放とうとした!
「(ぜぇ……はぁ……)これ以上、国交省の利権のために街を壊させてたまるか!!」
鈴木が叫ぶ。
しかし、痛みに悶える宇宙イノシシが、腰の痛みを紛らわそうと横転しながらゴロゴロと転がり、アースディフェンダーの【真横】に向かって、数十トンの質量を伴った「横タックル(寝返り)」をかましてきた!
「(横から来る!!)」
その時、鈴木の目の前のモニターフレームに貼られたメモが目に入った。
『パイロットの同志へ。正面だけが戦場ではない。横からの衝撃から逃げるな。肩甲骨を寄せ、肘を外側へ鋭く張り出せ。君の強烈な横への張り出し(ブロック)が、すべてを弾き返す無敵のバンパーとなる。――名もなき宇宙の友人より』
「……またか! ついに横方向の当たり(競り合い)の極限酷使かぁぁぁっ!!」
鈴木は絶望の血涙を流しながら、悪魔のマルチタスクのさらなる地獄へと足を踏み入れた。
これまでの全21種類の異常なマルチタスクを完璧に維持したまま、鈴木は座席のないコクピットの中で、横から迫るイノシシの質量に対し、自らの【三角筋(肩)】と【広背筋】を爆発させ、肘を「ドガァァァンッ!!」と強烈に外側へ張り出した(ブロックした)のである!!
「(肩が! 肘の関節が! 脱臼して粉々に砕け散るぅぅぅぅっ!!)」
鈴木の異常な「横方向のブロック」パワーが油圧ダンパーを瞬時に圧縮・解放。
アースディフェンダーの側面に装備された「六本木の防音鉄扉」が凄まじい反発力を生み出し、数十トンの宇宙イノシシの横転タックルを、倍の威力で弾き返した!
「いっけぇぇぇぇっ!! 限界突破のショルダー・ブロックだぁぁぁっ!!」
強烈な「当たり」を受けた宇宙イノシシは、そのまま「ブヒィィィッ!?」と弾き飛ばされ、Gダムが放った「六本木を更地にするビーム」の射線から完全にズレた位置へと吹っ飛んでいった。
結果として、Gダムのフルパワービームはまたしても見事に空振りし、誰もいない空き地のプレハブ小屋(偶然にも国交省の天下り先のダミー会社)だけを綺麗に吹き飛ばした。
そして、弾き飛ばされた宇宙イノシシは、そのままアースディフェンダーの右膝の【ブラストビート・バズソー(丸ノコ)】の射程に一直線に転がり込み、自ら丸ノコに当たって「ギャリギャリッ!」と粉砕・消滅したのである。
プレハブ司令室では、炎城司令官が感動のあまり空気清浄機を頭上に掲げていた。
「見たか諸君!! これぞ男の横の当たり!! アースディフェンダーの強靭な肩と肘が、敵のタックルを弾き返し、国交省のビームから街を守ったのだ!! 鈴木ィ! 貴様のブロックは地球最強のバンパーだぁぁっ!!」
広瀬が、先ほどの「ギックリ腰で泣く怪獣の映像」を必死にディープフェイクだと主張するネット工作を行いながらキーボードを叩く。
「完璧です! 『ED、極秘開発のリアクティブ・サイドバンパーを解放! アンチマター・クシャミを放とうとした凶悪怪獣を、奇跡の横ブロックで弾き飛ばし完全粉砕! ※絶対に白コショウを撒かないでください』でリリースします!!」
そして現場。
六本木の高級クラブの裏口でスマホを見ていた3号は、ガッツポーズをした。
「よしっ! 鈴木のおっさん、見事な『ブロック(横の競り合い)』だったぜ! あの肩と肘を使った強烈な張り出し……これこそ、競輪のレース中、横から体当たりしてくるライバル選手を弾き返し、自分のポジションを死守するための『最強の横の動き』だ!」
しかし、背後からクラブのオーナー(全身タトゥーでメチャクチャ怖い人)の怒号が飛んだ。
「オイ、シルバァ!! お前が見張ってた入り口の防音鉄扉が丸ごと無くなってんじゃねえか!! おかげで爆音がダダ漏れで、警察に営業停止食らったぞ!! 営業妨害と窃盗だ! 落とし前として、今月の給料から【5万円】天引きだ!!」
「うそぉぉぉぉぉぉぉん!!」
3号の絶叫が、ネオン輝く六本木の夜に虚しく響き渡る。
そして、見事なブロックで六本木を守り抜いた鈴木にも、氷室査察官からの事務的な死刑宣告が届いていた。
『……鈴木さん。お疲れ様でした。見事な張り出しでしたね』
「(ガクガクガク……)ひ、氷室、査察官……俺の、両肩と肘が……外側に張ったまま戻りません……ずっとガタイのいいヤンキーみたいな姿勢です……」
『ええ。ところで、あなたが機体の側面に装備していた【六本木のクラブの防音扉】ですが。その扉にデカデカと描かれた「V.I.P専用・女性無料」というネオンサインが全国に放送されました』
「えっ」
『防衛省の神聖な防衛兵器が、六本木のチャラいクラブの広告塔になったとして、PTAから「風紀が乱れる」と猛烈なクレームが殺到しています。さらに、Gダムのビームを避けたことで、国交省から「防衛省のロボットが邪魔をして再開発(更地化)を阻害した」という理不尽な抗議も来ています。これらの品位保持違反と国交省への慰謝料として、今月の給与から【4万5千円】を天引きさせていただきます。次はもっとお堅い扉を装備してくださいね』
「理不尽すぎるだろおおおおおおおおっ!!」
すべての筋肉、バランス、姿勢制御、追従技術。
それに加え、ついに【横からの体当たり(タックル)に耐え、逆に肩と肘で相手を弾き飛ばす強靭な体幹とブロック技術】まで強制習得させられた鈴木。
怪獣の「弱さ」と、防衛省・国交省の「腐敗」は、もはやコショウ一つで崩壊するほどの末期症状を迎えている。
しかし、鈴木の肉体は、「競輪」におけるあらゆる物理的接触・展開に100%打ち勝つための【無敵のフィジカル】を完全に手に入れてしまったのである。
嘘に塗れた防衛計画が完全に破綻し、理不尽な真実が全国民に暴露される「その日」まで……破滅へのカウントダウンは、残り19話。




