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第80話「極秘のパーフェクト・マークと、時給1280円の長距離トラック助手バイト」

 三月。春の気配にはまだ遠く、冷たい空気が張り詰める防衛省の空き地。【プレハブ仮設司令室】の中では、炎城司令官がストーブの火をうちわで扇ぎながら、今日もパイプ椅子の上で吠えていた。

「ぬぉぉぉ……! 体力温存エネルギー・セーブだ!! アースディフェンダーには、強烈な向かい風の中で無駄な体力を消費せず、最後の必殺の一撃まで力を溜め込む【究極の追従技術】が欠けている!!」

 炎城が、煤で黒ずんだ真っ赤なマフラーを振り回す。

「どれだけ超高回転ハイパー・ケイデンスで走れようと、正面から風の壁を受け続ければ、いざという時にガス欠になる! スーパーロボットたるもの、味方や障害物の背後にピタリと張り付き、風よけ(スリップストリーム)を利用して無音で接近する『ステルス・ドラフティング』が必要なのだ!」

 氷室査察官が、プレハブの屋根から落ちてくる雪解け水をバケツで受けながら冷ややかに答える。

「前方を走る機体とミリ単位の距離を保ち続ける超高精度レーダー追従システムなど、マイナス予算の我が防衛省では乾電池一本すら買えません。機体の顔に、虫眼鏡でもガムテープで貼り付けておきますか?」

「馬鹿者! 最高のレーダーは己の空間把握能力だ! パイロットの魂の微細なペダル調整で、前のケツに張り付けぇぇっ!」

 インカムから、鈴木の、もはや神話の登場人物のような、達観しきった声が響いた。

『……あの。俺、今は【150キログリッパー】【肩シュラッグ】【腰ツイスト】【脇パタパタ】【ゴム骨咀嚼】【尻バリア】【超絶動体視力】【三半規管制御】【横隔膜シャウト】【内太ももニーグリップ】【アキレス腱跳躍】【広背筋ラットスプレッド】【大胸筋リフレクト】【腸腰筋テレポート】【心肺機能冷却】【三角筋サイドレイズ】【三頭筋スラスト】【エアロフォルム】【等尺性静止】をして、さらに座席なしの【立ち漕ぎハイパーケイデンス】で毎分400回転してるんですよ。……これ以上、誰のケツをどう追いかけろって言うんですか。俺の脳みそはスーパーコンピューターじゃないんですよ……』

「甘えるな鈴木ィ! まだ『自分のペースで走る』という甘えがあるだろうが! おとこなら、先行者の背後1センチに張り付き、他人の風を己の推進力に変えろぉぉっ!」

 一方その頃。

 深夜の東名高速道路を走る大型トラックの助手席。作業着を着た青年――巨大未確認生物3シルバーガイが、缶コーヒーを飲みながらあくびをしていた。

(時給1,280円の『長距離トラックの助手席バイト』! 運転手が眠らないように話し相手になりつつ、荷下ろしを手伝う仕事だが、宇宙人の夜目なら、真っ暗な夜道でも鹿の飛び出しを1キロ先から察知できるぜ)

 トラックがパーキングエリアで休憩に入り、彼がタイヤの点検をしていると、トラックのバンパーの裏から、白衣の天才科学者ハカセイダーが音もなく現れた。その手には、最新鋭の大型トラックから根こそぎ取り外された【自動追従アダプティブ・クルーズ・コントロール用の超高精度ミリ波レーダー】が握られていた。

「ハカセイダー! お前また勝手に商売道具を! それがないと、運転手のおっちゃんが前の車にぶつかっちゃうだろ!」

「フフフ。シルバァ、アースディフェンダーの次なる進化は【絶対追従パーフェクト・マーク】だ。あのポンコツの顔面にこのミリ波レーダーをガムテープで貼り付け、パイロットの『ペダルの重さ』と連動させる!」

「前の車との距離でペダルが重くなるのか!?」

「そうだ! レーダーが捉えた『先行機との距離が1センチ』の時だけペダルが軽くなり、それ以上離れると激重になり、逆に1センチより近づくと機体に激痛の電流が走る! 鈴木は追突を避けつつ、先行機の背後1センチを【ミリ単位の極小ペダリングと全身のバランス】でキープし続けなければならない! 鈴木の【究極の番手ばんて技術】が、風の抵抗をゼロにする!」

 その夜、二人の宇宙人は屋外演習場へ侵入。

 アースディフェンダーの顔面にトラックの自動追従レーダーを直付けし、鈴木のペダル機構に強引なリミッター回路をハンダ付けしたのである。

 翌日。

『緊急事態発生です!』

 佐藤が、プレハブの床にこぼれたカップラーメンの汁を拭きながら報告した。

『羽田空港の滑走路上に、巨大未確認生物65号が出現! 全長50メートルの【宇宙カジキ】です! 尖った上顎ビルを振り回し、凄まじい暴風ハリケーンを巻き起こして航空機の離着陸を完全に麻痺させています!』

「出たな暴風の巨大魚め! 出撃だ鈴木ィ!」

 羽田空港・D滑走路。

 宇宙カジキ(65号)が、「シャァァァァッ!!」と空気を切り裂きながら、最大風速50メートルの強烈な向かい風を発生させていた。

 そこへ、国交省の官僚を乗せたコマンドカーと共に、修理を終えた神崎流星の『Gキャノン』が重々しい足音を立てて到着した。

『フン。羽田空港の復旧工事は、我々国交省の巨大な利権だ。あのカジキごと滑走路の端を少しだけ吹き飛ばして、ゼネコンに莫大な工事を発注してやる』

 国交省の官僚が、相変わらず真っ黒な思惑でほくそ笑む。

『了解した。Gキャノンの圧倒的な推力で、あの暴風を真正面から突破してやる』

 神崎は、Gキャノンの背部スラスターを最大出力で点火し、宇宙カジキの発生させるハリケーンに向かって「ズゴォォォォッ!」と強引な突撃を開始した。

 一方、大幅に遅れて到着したアースディフェンダー(鈴木)は、あまりの暴風に機体が後ろに押し戻され、一歩も前に進めずにいた。

「(ぜぇ……はぁ……)風圧がヤバすぎる! この向かい風で立ち漕ぎなんかしたら、一瞬で体力が尽きるぞ!」

 鈴木が絶望しかけたその時。

 風で飛んできた【コンビニのレジ袋(特大サイズ)】が、暴風に乗ってフワフワと舞い上がり……あろうことか、宇宙カジキの「尖った上顎」にスポッと見事に引っかかり、そのまま顔全体を覆い隠してしまったのだ!

『カハッ!?』

 今まで、最新鋭の兵器でしか倒せないとされてきた巨大怪獣である。ただの極薄ポリエチレンの袋など、一呼吸で引き裂けるはず――。

 ――バタバタバタッ!!

『ガフッ! フゴォォォォッ!?(窒息)』

 なんと、ただのレジ袋が顔に被さった宇宙カジキは、「息ができない! 前が見えない!」とばかりに猛烈なパニックを起こし、自らが起こした暴風の中で滑走路をのたうち回り、白目を剥いて完全に窒息寸前の状態になってしまったのだ。

「「「…………えっ?」」」

 現場の国交省の官僚、神崎、そしてコクピットの鈴木までもが、そのあまりにもマヌケすぎる姿を見て完全にフリーズした。

「(……おい。今、ただのスーパーの袋だよな……? マイバッグ推進の波に乗れなかったあの袋だぞ……?)」

 鈴木の脳内に、もはや「怒り」すら通り越した「哀れみ」がこみ上げる。

「(タピオカで滑り、焼き芋で泣き、ついには【レジ袋で窒息】って……!! こいつら、海亀でももうちょっとうまく対処できるぞ!! なんで国交省も防衛省も、こんな連中相手に何百億円もかけてロボット作ってんだよ!!)」

 国交省の官僚が「お、おい! 怪獣が自滅したら公共事業が発注できないだろ! レジ袋を取ってやれ!」と本末転倒な指示を出しかけた、まさにその瞬間!

 プレハブ司令室の氷室査察官が、キーボードの「Enterキー」を物理的に粉砕しながら、羽田空港の管制塔の無線をハッキングして、血を吐くような絶叫を響き渡らせた!!

『げ、現場の部隊に直ちに告ぐ!! 今のは極めて恐ろしい【絶対真空・嫌気性進化アネロビック・エボリューション】のプロセスです!!』

「えっ? 真空進化?」

『ええ! あの宇宙カジキは、レジ袋の密閉性を利用して自らの呼吸器官を完全に封鎖し、宇宙空間の真空でも生きられる『無呼吸の暗黒形態』へ進化しようとしているのです!! あの苦しんでいる動きは、肺をブラックホールに圧縮している証拠です!! レジ袋が完全に顔に吸着すれば、地球上の酸素がすべて奪われます! 直ちに攻撃しなさい!!』

「そ、そうだったのか!! 危うく不法投棄のレジ袋のせいで地球の酸素が消えるところだった!!」

 氷室の、環境省が白目を剥いて倒れるレベルの狂った大嘘により、現場は再び「人類滅亡の危機」という謎の緊張感に包まれた。

 (※実際はただレジ袋が顔に張り付いて息ができず、怖くてパニックになっていただけである)

『フン、馬鹿馬鹿しいが、ゼネコンのために消し飛べ!』

 神崎のGキャノンが、暴風を切り裂きながら宇宙カジキへと突進を続ける。

「(ぜぇ……はぁ……)氷室の狂気にはもう付き合いきれねぇ! でも、この向かい風じゃ追いつけない!!」

 鈴木が叫んだその時、モニターの隅に貼られたメモが目に入った。

『パイロットの同志へ。風と戦うな、他人に風を斬らせろ。前を走る者の背後1センチにピタリと張り付け。呼吸を合わせ、筋肉を連動させよ。君の究極の追従パーフェクト・マークが、無風の真空地帯を生み出す。――名もなき宇宙の友人より』

「……またか! ついに他人の後ろに張り付く【番手マーク】の極限酷使かぁぁぁっ!!」

 鈴木は絶望の血涙を流しながら、悪魔のマルチタスクの最終形態へと足を踏み入れた。

 これまでの全筋肉・全姿勢の異常なマルチタスクを維持したまま、鈴木はアースディフェンダーの機体を、先行する神崎の『Gキャノン』の巨大な背中の【真後ろ】へと滑り込ませた!

「(ペダルが! レーダーの判定がシビアすぎる! 1センチでも離れるとペダルが鉛のように重くなるぅぅぅぅっ!!)」

 鈴木は、猛スピードで突撃するGキャノンの速度に合わせ、自らのペダリングを【ミリ単位で増減】させ、機体間の距離を「ピッタリ1センチ」に保ち続けた。

 Gキャノンが風の壁をすべて引き裂いてくれるため、アースディフェンダーの受ける空気抵抗は「完全にゼロ(無風)」。鈴木は体力を一切消費せず、Gキャノンの生み出すスリップストリームの中に「吸い込まれるように」追従していく!

『なんだ!? 防衛省のポンコツが、私の背後から離れないだと!? チッ、排気ガスの熱で焼き払ってやる!』

 神崎がスラスターの出力を上げるが、鈴木の【究極の動体視力】と【アイソメトリックな足のコントロール】は、Gキャノンのどんな不規則な加速にも1センチの誤差すら許さず追従マークし続けた!

「(排気ガスが熱いしクサイ!! でも、体力が……温存されていく!!)」

 そして、Gキャノンが窒息寸前の宇宙カジキの目前まで迫り、「フルパワー・ビーム」を発射しようと足を止めたその瞬間!

「(今だぁぁぁっ!! ここで前に出る!!)」

 鈴木は、温存しきった全身の体力を一気に爆発させ、Gキャノンの背後スリップストリームから鋭く斜め前に飛び出した!!

「いっけぇぇぇぇっ!! 限界突破の追い抜き(スプリント・サシ)だぁぁぁっ!!」

 風よけを失って油断していた神崎の横を、音速で駆け抜けるアースディフェンダー。

 鈴木は、右腕の【限界突破パイルバンカー】を、レジ袋で苦しむ宇宙カジキの顔面に……滑走路を傷つけないよう、ミリ単位の優しさ(寸止め気味の衝撃波)でブチ込んだ!

『ガボァァァァッ!!』

 宇宙カジキは、衝撃波でレジ袋ごと吹っ飛ばされ、空中で「パリーン!」と脆くも粉砕されて消滅した。

 一方、タイミングを狂わされた神崎のGキャノンのビームは完全に狙いを外し、羽田空港の【新滑走路の建設予定地】の海面だけを無駄にド派手に吹き飛ばしたのだった。

 プレハブ司令室では、炎城司令官が感動のあまりストーブを抱きしめようとしていた。

「見たか諸君!! これぞ男の風よけ!! アースディフェンダーの究極の追従が、国交省の機体をただの『巨大な盾』として利用し尽くしたのだ!! 鈴木ィ! 貴様のミリ単位のペダリングは地球最強のステルス機能だぁぁっ!!」

 広瀬が、先ほどの「レジ袋で窒息する怪獣の映像」を必死にAIのフェイク動画だと主張するネット工作を行いながらキーボードを叩く。

「完璧です! 『ED、極秘開発のパーフェクト・マーク戦術を解放! 無呼吸進化を遂げようとした凶悪怪獣を、味方の風よけを利用した奇跡の追い抜き(サシ)で完全粉砕! ※絶対にレジ袋を飛ばさないでください』でリリースします!!」

 そして現場。

 深夜のパーキングエリアでスマホを見ていた3号は、ガッツポーズをした。

「よしっ! 鈴木のおっさん、見事なマーク(番手追走)からの『差し(追い抜き)』だったぜ! あの前の選手の背後にピタリと張り付き、風の抵抗を極限まで減らして体力を温存し、ゴール手前で一気に抜き去る技術……これこそ、競輪における最強の戦術【ライン戦の極意】だ!」

 しかし、背後からトラック運転手のおっちゃんの怒号が飛んだ。

「おい、シルバァ! お前が見てた俺のトラックのバンパーから、数百万円する自動追従レーダーが消えてるぞ! おかげで高速道路で前の車にぶつかりそうになったじゃねえか! 業務上過失と窃盗だ! 弁償代として、今月の給料から【4万5千円】天引きだ!!」

「うそぉぉぉぉぉぉぉん!!」

 3号の絶叫が、東名高速の夜風に虚しく響き渡る。

 そして、見事なスリップストリームで体力を温存した鈴木にも、氷室査察官からの事務的な死刑宣告が届いていた。

『……鈴木さん。お疲れ様でした。見事な追従マークでしたね』

「(ガクガクガク……)ひ、氷室、査察官……俺の、両足が……1センチの距離感に神経を尖らせすぎて、ペダルから足が離せません……」

『ええ。ところで、あなたがGキャノンの背後に1センチまで接近した際、機体の顔面がGキャノンの【特注の超高級塗装バンパー】に何度もコツコツと当たり、傷だらけにしました』

「えっ」

『さらに、国交省から「防衛省のロボットが、我々の最新鋭機のスリップストリームをタダで盗んだ。これは国交省の生み出した空気力学的資産の窃盗である」という極めてイチャモンに近い抗議が来ています。これらのバンパー修理代と「風の無断使用料」として、今月の給与から【4万5千円】を天引きさせていただきます。次は自力で風を切って走ってくださいね』

「理不尽すぎるだろおおおおおおおおっ!!」

 あらゆる筋力、バランス、姿勢制御。

 それに加え、ついに【前の選手の背後1センチに張り付き、風の抵抗をゼロにして体力を温存し、最後に抜き去る『競輪のライン戦術(マーク&差し)』】まで強制習得させられた鈴木。

 怪獣の異常なまでの弱さと、国交省・防衛省の腐敗しきった茶番劇。

 隠蔽工作の限界が秒読みに入る中、鈴木の肉体はもはや「競輪」という競技において、どんな展開になっても100%勝利できる【神の領域のレーサー】として完全に仕上がってしまった。

 すべての嘘が白日の下に晒される「その日」まで……破滅へのカウントダウンは、残り20話。


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