第79話「極秘のハイパー・ケイデンスと、時給1150円の遊園地スタッフ」
二月下旬。防衛省の空き地に建つ【プレハブ仮設司令室】のテレビモニターには、国会中継の映像が流れていた。
画面の中では、国土交通省(国交省)の幹部が、トヨハタ自動車の役員と並んで誇らしげに答弁を行っている。
『……というわけで、我が国土交通省とトヨハタが共同運用するGキャノンは、インフラ防衛に多大な貢献をしております。それに比べ、防衛省の時代遅れな機体は……』
「ぬぉぉぉ……! 許せん!! 国交省のシロアリ官僚どもめ!!」
炎城司令官が、怒りでパイプ椅子を蹴り飛ばした。
「奴ら、怪獣退治を理由に自分たちの息のかかったゼネコンに復興事業を回し、予算を貪っている! そのくせ我が防衛省のアースディフェンダーを『粗大ゴミ』扱いだと!? スーパーロボットたるもの、奴らの最新鋭機を置き去りにする『超絶回転数』で、圧倒的な性能差を見せつけるのだ!」
氷室査察官が、プレハブの壁に張られた『打倒・国土交通省』の習字を直しながら冷ややかに答える。
「トヨハタの機体は、タービンエンジンで毎分1万回転の動力を生み出します。一方、我が機の動力源(鈴木さん)は人力です。これ以上速く漕がせれば、関節から火を吹いて物理的に発火しますよ」
「馬鹿者! 最高のタービンは己の両足だ! パイロットの魂の回転で、エンジンを焼き切れぇぇっ!」
インカムから、鈴木の、もはやこの世の理から解き放たれた高次元生命体のような掠れ声が響いた。
『……あの。俺、今は座席を撤去された空中で、引き足と踏み込みを連動させて、ミリ単位の筋力拮抗で静止しながら、同時に立ち漕ぎで猛加速できる状態なんですよ。……これ以上、どうやって足を回せって言うんですか。俺の足は扇風機じゃないんですよ……』
「甘えるな鈴木ィ! まだ足の回転速度(RPM)に限界を設けているだろうが! 漢なら、上半身を1ミリもブレさせず、毎分400回転(ケイデンス400)の神速でペダルを回せぇぇっ!」
一方その頃。
都内の遊園地。子供たちの歓声が響く中、スタッフ用ジャンパーを着た青年――巨大未確認生物3号が、チュロスを頬張りながらメリーゴーランドの誘導をしていた。
(時給1,150円の『遊園地のアトラクションスタッフ』! 笑顔で手を振るだけの簡単なお仕事だが、宇宙人の動体視力なら、回転するコーヒーカップの中で酔って吐きそうな客も一瞬で見抜けるぜ)
彼が休憩に入り、遊園地の裏側に回ると、巨大な「コーヒーカップ」の機械室から、白衣の天才科学者ハカセイダーが音もなく現れた。その手には、機械室から根こそぎ持ち出された【超高速回転を生み出す、遊具用巨大モーターの増速ギア】が握られていた。
「ハカセイダー! お前また勝手にアトラクションの心臓部を! それがないとコーヒーカップが回らないだろ!」
「フフフ。シルバァ、アースディフェンダーの次なる進化は【超高速回転】だ。あのポンコツのペダルにこの増速ギアを組み込み、ギア比を極限まで『軽く』する!」
「軽く!? 今までは重いギアを踏ませてたのに、逆に軽くするのか!?」
「そうだ! ギアが異常に軽くなるということは、少しでも機体を動かそうとすれば【常軌を逸した回数、足を回さなければならない】ということだ! しかも、立ち漕ぎ(ダンシング)ではなく、サドルがない状態で姿勢を低く保ち、上半身を一切ブレさせずに両足だけをモーターのように回す! 鈴木の【超高回転】が、竜巻すらも巻き起こすのだ!」
その夜、二人の宇宙人は屋外演習場へ侵入。
アースディフェンダーのペダル機構に遊園地の増速ギアを溶接し、ギア比を「自転車の1速よりもさらに100倍軽い、空回り寸前の超極小ギア」に改造したのである。
翌日。
『緊急事態発生です!』
佐藤が、プレハブのストーブで温めていた缶コーヒーを落としながら報告した。
『後楽園の東京ドームシティに、巨大未確認生物64号が出現! 全長45メートルの【宇宙アルマジロ】です! 奴は体を丸めて巨大な鉄球となり、遊園地の施設を次々と粉砕しています!』
「出たな破壊のボウリング球め! 出撃だ鈴木ィ!」
後楽園・東京ドームシティ。
宇宙アルマジロ(64号)が、「ギュルルルルッ!!」と体を丸めて高速回転し、ジェットコースターの支柱にぶつかっては施設を破壊していた。
そこへ、国交省の腕章をつけた官僚を乗せたコマンドカーと共に、神崎流星の『Gキャノン』がズシンと到着した。
『フン。防衛省のポンコツより先に着いたな。神崎君、あの怪獣が「たまたま」あの老朽化したドーム球場を破壊してから、ビームで撃ち殺したまえ』
国交省の官僚が、いやらしい笑みを浮かべる。
『球場が壊れれば、我々国交省主導で【新スタジアム建設の莫大な公共事業】が発注できるからな。トヨハタにも建設用重機を大量発注してやろう』
『……チッ、政治家の犬め。了解した』
神崎は舌打ちをしながら、あえて宇宙アルマジロの進行方向をドーム球場へと誘導するように威嚇射撃を行った。国交省とトヨハタの、絵に描いたようなマッチポンプ(自作自演)である。
しかし、球場に突っ込もうとした宇宙アルマジロの目の前に、逃げ遅れた客が落とした【タピオカミルクティーの飲み残し】のプラカップが転がっていた。
高速で転がる宇宙アルマジロの硬い外殻が、そのタピオカの黒い粒を踏んづけた。
『チュルンッ!』
今まで、超重力圧縮やプラズマでしか倒せないとされてきた巨大怪獣である。ただのキャッサバ粉の弾力など、戦車のキャタピラが石ころを踏むよりも影響がないはず――。
――ズコーーーンッ!!
『キュイィィィィィッ!?!?(大転倒)』
なんと、ただのタピオカを踏んで盛大にスリップした宇宙アルマジロは、そのままの勢いで遊園地のベンチに頭を「ゴツン!」と強打。
「ピヨピヨピヨ……」と頭上に星を回しながら、白目を剥いて完全に気絶してしまったのだ。
「「「…………えっ?」」」
現場の国交省の官僚、神崎、そして遅れて到着したコクピットの鈴木までもが、そのあまりにも貧弱すぎる怪獣の姿を見て完全にフリーズした。
「(……おい。今、ただのタピオカで滑って、ベンチに頭ぶつけて気絶したぞ……?)」
鈴木の脳内に、もはや「防衛省の存在意義」を粉々に打ち砕く真実が広がる。
「(ミカン、凧糸、焼き芋、そしてタピオカ……!! こいつら、絶対に【ただのドジな巨大動物】だろ!! 国交省の大砲も、防衛省のロボットも、最初から全く必要ねえんだよ!! 俺の過酷な労働と借金は全部詐欺じゃねえか!!)」
国交省の官僚が「お、おい! 気絶したらドームが壊せないだろ! 早く起こせ!」と慌てふためいた、まさにその絶体絶命(官僚的な意味で)の瞬間!
プレハブ司令室の氷室査察官が、モニターを拳で殴りつけながら、ドーム周辺の場内アナウンスをハッキングして、悲壮感たっぷりの絶叫を響き渡らせた!!
『げ、現場の皆様に直ちに告ぐ!! 今のは極めて恐ろしい【超圧縮ブラック・マター生成】のプロセスです!!』
「えっ? ブラック・マター?」
『ええ! あの宇宙アルマジロは、黒い粒を媒介にして、周囲の空間を吸い込む【極小のブラックホール】を体内精製しているのです!! あの白目は、事象の地平線を観測している証拠です!! このままでは東京ドームが異次元に飲み込まれます! 直ちにタピオカを廃棄して退避しなさい!!』
「そ、そうだったのか!! 危うくタピオカブームのせいで東京がブラックホールになるところだった!!」
氷室の、物理学者が全員泡を吹いて倒れるレベルの狂った大嘘により、現場は再びパニックに陥った。
(※実際はただタピオカで滑って頭をぶつけ、脳震盪を起こしているだけである)
「(ぜぇ……はぁ……)氷室の嘘も、国交省のシロアリどもも、後でまとめてぶっ飛ばしてやる! だが今は、やるしかねぇ!!」
鈴木が叫ぶ。
しかし、ペダルは「超極小の増速ギア」に改造されており、一回踏んだだけでは機体は1ミリしか前に進まない。
その時、鈴木の目の前のモニターフレームに貼られたメモが目に入った。
『パイロットの同志へ。重いギアを踏みしめるだけが力ではない。上半身をピタリと固定し、両足を狂ったモーターの如く回し続けよ。君の超高速回転が、空間をもねじ切る神の竜巻となる。――名もなき宇宙の友人より』
「……またか! ついに足の回転速度(RPM)の極限酷使かぁぁぁっ!!」
鈴木は絶望の血涙を流しながら、悪魔のマルチタスクの新たなる地獄へと足を踏み入れた。
【150kgグリッパー】【肩シュラッグ】【トルネードツイスト】【脇パタパタ】【ゴム骨咀嚼】【尻バリア】【超絶動体視力】【三半規管制御】【横隔膜シャウト】【内太ももニーグリップ】【アキレス腱跳躍】【広背筋ラットスプレッド】【大胸筋リフレクト】【腸腰筋テレポート】【心肺機能冷却】【三角筋サイドレイズ】【三頭筋スラスト】【脊柱・首のエアロフォルム】【ミリ単位のアイソメトリック静止】……!
そしてついに! 鈴木は座席のないコクピットで極端な前傾姿勢を取り、上半身を【1ミリのブレも許さず完全に固定】したまま、両足のペダルを「シャアァァァァァァッ!!」と、毎分400回転(ケイデンス400)という、常人の目には残像すら映らない神速で回し始めたのである!!
「(足が! 膝の軟骨が! ハムストリングスと大腿四頭筋が摩擦熱で発火するぅぅぅぅっ!!)」
鈴木の異常なペダリング回転数が、増速ギアを通じてアースディフェンダーの駆動系を限界突破させる。
機体の腰部から発生した凄まじい運動エネルギーが、周囲の空気を巻き込み、アースディフェンダー自身を巨大な「真空の竜巻」へと変貌させた!
「いっけぇぇぇぇっ!! ハイパー・ケイデンス・ストライクだぁぁぁっ!!」
竜巻と化したアースディフェンダーは、気絶している宇宙アルマジロに向かって一直線に突撃。
国交省が「ドームを壊すまで待て!」と止める間もなく、宇宙アルマジロは強烈な真空の渦に巻き込まれ、空の彼方へ吹き飛ばされて星(消滅)となった。
プレハブ司令室では、炎城司令官が感動のあまり壁の習字を破り捨てていた。
「見たか諸君!! これぞ男の回転数!! アースディフェンダーの神速のペダリングが、国交省の陰謀ごと怪獣を粉砕したのだ!! 鈴木ィ! 貴様の両足は地球最強のタービンだぁぁっ!!」
広瀬が、先ほどの「タピオカで滑る怪獣の映像」を必死に合成動画だと主張するネット工作を行いながらキーボードを叩く。
「完璧です! 『ED、極秘開発のハイパー・ケイデンス・ドリルを解放! ブラックホールを生成しかけた凶悪怪獣を、奇跡の超高回転で完全粉砕! ※絶対にタピオカを道に捨てないでください』でリリースします!!」
そして現場。
遊園地の裏口でスマホを見ていた3号は、ガッツポーズをした。
「よしっ! 鈴木のおっさん、見事なハイパー・ケイデンスだったぜ! あの上半身を全くブレさせず、両足だけを超高回転で回し続ける技術……これこそ、競輪において体力を温存しつつトップスピードを維持する『究極のペダリング・スキル』だ!」
しかし、背後から遊園地の園長の怒号が飛んだ。
「おい、シルバァ! お前が誘導してたコーヒーカップの、メインの増速モーターが消えてるぞ! おかげでカップが回らなくて、子供たちがただの丸い椅子に座ってるだけじゃねえか! 営業妨害と窃盗だ! 弁償代として、今月の給料から【4万円】天引きだ!!」
「うそぉぉぉぉぉぉぉん!!」
3号の絶叫が、冬の遊園地に虚しく響き渡る。
そして、見事な回転数で国交省の陰謀を阻止した鈴木にも、氷室査察官からの事務的な死刑宣告が届いていた。
『……鈴木さん。お疲れ様でした。見事な回転でしたね』
「(ガクガクガク……)ひ、氷室、査察官……俺の、両足が……まだシャカシャカ動いてて、止まりません……ずっとエア自転車漕いでます……」
『ええ。ところで、あなたが竜巻となって突撃した際、その強烈な風圧によって、横にいた国交省幹部の【特注の高級カツラ】が吹き飛び、全国中継のカメラの前に彼の輝く頭頂部が晒されました』
「えっ」
『さらに、突風が国交省のコマンドカーを横転させ、彼らのメンツを完全に丸潰れにしました。激怒した国交省から「防衛省のロボットが公務執行を妨害した」と抗議が来ています。省庁間の政治的配慮の欠如、およびカツラ代の賠償として、今月の給与から【4万5千円】を天引きさせていただきます。次はもっと風圧を抑えて、カツラに優しく回してくださいね』
「理不尽すぎるだろおおおおおおおおっ!!」
すべての筋肉、すべてのバランス、そしてついに【上半身を固定し、足を毎分400回転させる神速のペダリング技術】まで強制習得させられた鈴木。
防衛省と国交省の醜い予算争いの裏で、怪獣の「弱さ」はもはや隠しきれない次元へと突入している。
しかし、鈴木の肉体はついに「競輪の絶対王者」としての全パラメーターをカンストさせてしまった。
嘘の帝国が崩れ去り、理不尽な真実が全国民に暴露される「その日」まで……破滅へのカウントダウンは、残り21話。




