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第77話「極秘のフルウエイト・ダンシングと、時給1250円のスキー場リフト係」

 二月。都内でも雪がちらつく極寒の季節。防衛省の空き地にポツンと建つ【プレハブ仮設司令室】は、隙間風によってもはや外気温より寒く感じる始末だった。しかし、炎城司令官だけはダルマストーブの前に陣取り、熱湯のようなコーヒーを啜りながら吠えていた。

「ぬぉぉぉ……! 爆発的推進力トルクだ!! アースディフェンダーには、どんな悪路や急勾配でも、ゼロからトップスピードへ一瞬で到達する【圧倒的な立ち上がり加速】が欠けている!!」

 炎城が、真っ赤なマフラーを巻き直しながらホワイトボードを叩く。

「機体の空気抵抗をゼロにしたところで、そもそもペダルを回す初速が遅ければ意味がない! スーパーロボットたるもの、そびえ立つ絶壁すらもねじ伏せ、敵に息をつかせぬ『超重力トルク・ドライブ』が必要なのだ!」

 氷室査察官が、プレハブの窓ガラスに張ったプチプチ(断熱材)を指で潰しながら冷ややかに答える。

「50トンの機体を瞬時に加速させる大出力ロータリーエンジンなど、マイナス予算の我が防衛省では点火プラグ一本すら買えません。機体の背中に、花火でもガムテープで括り付けておきますか?」

「馬鹿者! 最高のエンジンは己の体重だ! パイロットの魂の立ち漕ぎで、重力の壁をぶち破れぇぇっ!」

 インカムから、鈴木の、もはや肉体の限界を通り越し、概念存在になりかけているような掠れ声が響いた。

『……あの。俺、今は【150キロのグリッパー】を握り、【肩のシュラッグ】をして、【腰のツイスト】で回転し、【脇パタパタ】と【ゴム骨咀嚼】で温度管理し、【尻の穴締めでプラズマ】を出し、【首のヘルメット】で索敵し、空中で【三半規管制御】し、【横隔膜シャウト】を上げ、【内転筋のニーグリップ】でカーブを曲がり、【アキレス腱跳躍】をし、【広背筋ラットスプレッド】で滑空し、【大胸筋ピクピク】で弾き返し、【腸腰筋のテレポート】をし、【心肺機能の深呼吸】で冷却し、【三角筋サイドレイズ】で鏡を固定し、【三頭筋の押し込み】で腕を伸ばし、さらに【脊柱と首の極限アーチ】で空気抵抗をゼロにしてるんですよ。……これ以上、何をどうやって加速しろって言うんですか。俺はもう、自分の細胞の配列すら思い出せないんですよ……』

「甘えるな鈴木ィ! まだ『座っている』という甘えがあるだろうが! おとこなら、椅子を捨てて全身の体重をペダルに叩きつけろぉぉっ!」

 一方その頃。

 新潟県にある広大なスキー場。雪が激しく舞う中、スキーウェアを着た青年――巨大未確認生物3シルバーガイが、リフト乗り場で客の誘導をしていた。

(時給1,250円の『スキー場リフト係のバイト』! 極寒の中で一日中立ちっぱなしの過酷な仕事だが、宇宙人の耐寒性と体幹なら、吹雪の中でも余裕で立っていられるぜ)

 彼が休憩に入り、リフトの機械室を点検していると、巨大なモーターの裏側から、白衣の天才科学者ハカセイダーが音もなく現れた。その手には、機械室から根こそぎ取り外された【数百人乗りのリフトを動かす超巨大駆動ギア】と、【極太の重機用チェーン】が握られていた。

「ハカセイダー! お前また勝手にスキー場の心臓部を! それがないとリフトが止まって、お客さんが遭難しちゃうだろ!」

「フフフ。シルバァ、アースディフェンダーの次なる進化は【究極の立ち漕ぎ(フルウエイト・ダンシング)】だ。あのポンコツのペダル軸にこの巨大リフトギアを組み込み、その代償として……パイロットの座る『バランスボール』をコクピットから撤去する!」

「おっさんの椅子を奪うのか!? しかもそんなクソ重いギア、座って漕げるわけがないぞ!」

「そうだ! パイロットは座ることを許されず、常に立ち上がった状態……いわゆる『ダンシング(立ち漕ぎ)』を強要される! 休むことなく全身の体重を左右のペダルに交互に乗せ、同時にハンドル(操縦桿)を強烈に引き寄せて機体を左右に振るのだ! 鈴木の【全体重と上半身の引きつけの連動】が、数万トンのリフトギアを回す神のトルクとなる!」

 その夜、二人の宇宙人は屋外演習場へ侵入。

 アースディフェンダーのコクピットからバランスボールを取り除き、ペダル機構にスキー場の巨大ギアを強引に溶接したのである。

 翌日。

『緊急事態発生です!』

 佐藤が、プレハブの床で丸まっている野良猫にホッカイロを貼りながら報告した。

『渋谷の道玄坂に、巨大未確認生物62号が出現! 全長40メートルの【宇宙カタツムリ】です! 奴は這いずった跡に『摩擦係数ゼロの特殊粘液』を撒き散らし、道玄坂を登れない死の急斜面に変えています!』

「出たなヌルヌル軟体獣め! 出撃だ鈴木ィ!」

 渋谷・道玄坂。

 宇宙カタツムリ(62号)が、「ヌメェェェッ……」と不気味な音を立てて坂を登り、街を巨大な粘液のスライダーへと変貌させていた。

 出動したパトカーも消防車も、坂の途中で完全にタイヤが空転し、「ツルツルツルッ!」と滑り落ちてしまう。GキャノンとGダムは、前回の川崎での大暴走による修理と謹慎がまだ解けておらず、今回もアースディフェンダーの単騎出撃である。

 しかし、現場には道玄坂で焼き鳥屋を営む地元の頑固親父がいた。「てやんでえ! 坂が滑るなら、滑り止めを撒きゃいいんだよ!」と、店で使っていた【七輪の炭の灰(ただの備長炭の灰)】をバケツ一杯にすくい、宇宙カタツムリの粘液に向かってバサァッ! とぶち撒けたのだ。

『ヌメ……?』

 今まで、防衛省の超絶トンデモ兵器でしか倒せないとされてきた巨大怪獣である。ただの焼き鳥屋の灰など、何のダメージにもならないはず――。

 ――ジュワジュワジュワッ!!

『ギシャァァァァァァァァッ!?!?(大絶叫)』

 なんと、ただのアルカリ性の灰を浴びた宇宙カタツムリは、水分を奪われて激しくのたうち回り、ナメクジに塩をかけた時のように「痛い痛い痛い!」と悶絶。そのまま緑色の体液を噴き出しながら、みるみるうちに干からびて戦意を完全に喪失してしまったのだ。

「「「…………えっ?」」」

 現場の焼き鳥屋の親父、滑り落ちた警察官たち、そしてコクピット(椅子なし)の鈴木までもが、そのあまりにも脆弱すぎる怪獣の姿を見て完全にフリーズした。

「(……おい。今、ただの炭の灰だよな……?)」

 鈴木の脳内に、宇宙の真理を超越した絶対的確信が突き刺さる。

「(凧糸で落ち、塩で悶絶し、ついには【ただの灰】で干からびるって……!! こいつら、ホームセンターの園芸コーナーの薬品で全滅させられるだろ!! なんで俺は椅子すら奪われて、立ちっぱなしでロボットを漕がされてるんだよ!!)」

 現場の親父が「おう! 灰が効くぞ! 近所の焼き肉屋からも灰を集めてこい!」と号令をかけようとした、まさにその絶体絶命の瞬間!

 プレハブ司令室の氷室査察官が、凍りついたマウスを握り潰しながら、渋谷中の街頭ビジョンをハッキングして、狂気と冷や汗の入り交じった絶叫を響き渡らせた!!

『げ、現場の民間人に直ちに告ぐ!! 今のは極めて恐ろしい【炭素同化・ダイヤモンド・シェル】への移行プロセスです!!』

「えっ? ダイヤモンド?」

『ええ! あの宇宙カタツムリは、灰の炭素を吸収し、自らの殻を『地球上のあらゆる兵器を弾き返す硬度100の超合金』に進化させようとしているのです!! あの縮んでいるのは、密度を圧縮している証拠です!! これ以上灰を与えれば、太陽光を反射して渋谷がレーザーで焼き尽くされます! 直ちに灰を捨てて退避しなさい!!』

「そ、そうだったのか!! 危うく俺の灰のせいで渋谷が火の海になるところだった!!」

 氷室の、もはや化学すら冒涜するレベルの狂った大嘘により、親父たちは震え上がり、バケツを放り出して一目散に逃げ出してしまった。

 (※実際はただ灰がアルカリ性で皮膚が溶けて死ぬほど痛かっただけである)

 灰の投下が止まり、辛うじて息を吹き返した宇宙カタツムリは、涙目で怒り狂い、さらに大量の粘液を撒き散らしながら道玄坂の頂上へと逃げ始めた。

「(ぜぇ……はぁ……)氷室の嘘はもう聞き飽きたが、俺がやるしかねぇ!!」

 鈴木が叫ぶ。

 鈴木は、摩擦ゼロの粘液に覆われた道玄坂の激坂にアースディフェンダーを突入させる。

 しかし、ペダルにはスキー場の超巨大リフトギアが仕込まれており、座ったままの脚力ではビクともしない。しかも、そもそも座るべき【バランスボール】が存在しない。

 その時、鈴木の目の前のモニターフレームに貼られたメモが目に入った。

『パイロットの同志へ。座席は甘えだ。立ち上がれ。そして、全身の体重を交互にペダルへ叩きつけよ。腕でハンドルを引き寄せ、機体を左右に振れ。君の立ち漕ぎ(ダンシング)が、滑る坂をも砕く絶対の推進力となる。――名もなき宇宙の友人より』

「……またか! ついに座ることすら許されず、全身の体重移動ダンシングの酷使かぁぁぁっ!!」

 鈴木は絶望の血涙を流しながら、悪魔のマルチタスクの新たなる地獄へと足を踏み入れた。

 【150kgグリッパー】【肩シュラッグ】【トルネードツイスト】【脇パタパタ】【ゴム骨咀嚼】……そして、椅子がない空中で【尻バリア(大臀筋収縮)】を維持しつつ、【超絶動体視力】【三半規管制御】【横隔膜シャウト】【内太ももニーグリップ】【アキレス腱跳躍】【広背筋ラットスプレッド】【大胸筋リフレクト】【腸腰筋テレポート】【心肺機能冷却】【三角筋サイドレイズ】【三頭筋スラスト】【脊柱・首のエアロフォルム】……!

 そしてついに! 鈴木はコクピットの中で完全に立ち上がり、右のペダルに【全体重】を乗せて踏み込むと同時に、左腕で操縦桿を猛烈に引き寄せる! 次に左ペダルに体重を乗せ、右腕を引き寄せる!

 機体を左右に大きく振りながら、全身の筋肉を連動させた【究極の立ち漕ぎ(フルウエイト・ダンシング)】を開始したのである!!

「(腕が! 足が! 全身の骨格が引き裂かれるぅぅぅぅっ!!)」

 鈴木の全体重と上半身の引きつけが生み出した「常識外れのトルク」が、巨大リフトギアを粉砕せんばかりの勢いで回転させる。

 アースディフェンダーの足回りは、摩擦ゼロの粘液の上でも関係なく、アスファルトごと強引に削り取りながら、道玄坂の急斜面を「ズドドドドォォォンッ!!」と爆発的な加速で駆け上がっていった!

「いっけぇぇぇぇっ!! 限界突破のダンシング・クライムだぁぁぁっ!!」

 宇宙カタツムリは、背後から迫るアースディフェンダーの圧倒的な推進力に恐怖し、殻に閉じこもろうとした。

 しかし、立ち漕ぎの勢いを完全に殺さず、鈴木は右膝の【ブラストビート・バズソー(丸ノコ)】を殻ごと宇宙カタツムリに叩き込んだ!

『ギャリギャリギャリギャリッ!!!』

 超絶トルクの乗った丸ノコが、宇宙カタツムリの殻を容易く粉砕し、怪獣は渋谷のど真ん中で完全に消滅した。

 プレハブ司令室では、炎城司令官が感動のあまりストーブの煙突を素手でへし折っていた。

「見たか諸君!! これぞ男の立ち漕ぎ!! アースディフェンダーの全体重と引きつけが、絶望の急勾配をねじ伏せたのだ!! 鈴木ィ! 貴様のダンシングは地球最強のモーターだぁぁっ!!」

 広瀬が、先ほどの「灰で干からびる怪獣の映像」を必死にフェイク動画だと主張するネット工作を行いながらキーボードを叩く。

「完璧です! 『ED、極秘開発のフルウエイト・ダンシングを解放! ダイヤモンドの殻を生成しかけた軟体怪獣を、奇跡の立ち上がり加速で完全粉砕! ※絶対に炭の灰を撒かないでください』でリリースします!!」

 そして現場。

 スキー場のリフト小屋の裏でスマホを見ていた3号は、ガッツポーズをした。

「よしっ! 鈴木のおっさん、見事なダンシング(立ち漕ぎ)だったぜ! あの全身の体重をペダルに乗せ、ハンドルを引き寄せて自転車を振る動き……これこそ、競輪の勝負所で一気にトップスピードへ乗せる『究極の加速技術』だ!」

 しかし、背後からスキー場の支配人の怒号が飛んだ。

「おい、シルバァ! お前が点検してたメインリフトの巨大駆動ギアが消えてるぞ! おかげでリフトが止まって、数百人のお客さんが吹雪の中で宙吊りじゃねえか! 営業妨害と大事故の元凶だ! 弁償代として、今月の給料から【4万円】天引きだ!!」

「うそぉぉぉぉぉぉぉん!!」

 3号の絶叫が、新潟の猛吹雪の中に虚しく響き渡る。

 そして、見事な立ち漕ぎで渋谷を守り抜いた鈴木にも、氷室査察官からの事務的な死刑宣告が届いていた。

『……鈴木さん。お疲れ様でした。見事な立ち漕ぎでしたね』

「(ガクガクガク……)ひ、氷室、査察官……俺の、両足が……完全に痙攣して、生まれたての子鹿みたいになって立てません……」

『ええ。ところで、あなたが道玄坂を登った際、強引なトルクでアスファルトを深く削り取り、渋谷の地下に埋設されていた水道管を破裂させました』

「えっ」

『さらに、窓のないコクピットであなたが立ち上がり、【激しく腰を左右に振りながらペダルを漕ぐ映像】がSNSで拡散され、「あのパイロット、街中で卑猥な腰振りダンスをしている」と国民から猛烈な苦情が殺到しています。これらの修繕費と公然わいせつ未遂の罰金として、今月の給与から【4万円】を天引きさせていただきます。次はもっとお上品に、腰を振らずに漕いでくださいね』

「理不尽すぎるだろおおおおおおおおっ!!」

 足、腕、体幹、肺活量、そして空気抵抗ゼロのフォルム。

 それに加え、ついに【座席を奪われ、全身の体重を乗せて爆発的な加速を生み出す究極の立ち漕ぎ(ダンシング)】まで強制習得させられた鈴木。

 「怪獣は実は弱い」という決定的すぎる真実は、氷室の「ダイヤモンド化」という常軌を逸した嘘によってまたしても隠蔽された。

 しかし、鈴木の肉体は、ペダリング、スタミナ、ハンドル投げ、エアロフォルム、そして今回の「ダンシング」に至るまで。

 競輪において必要な技術のすべてを完全にマスターし、もはや人類の枠を超えた【完全無欠の競輪レーサー】としての完成形に到達してしまっていた。

 嘘に嘘を重ねた防衛省の崩壊と、鈴木が「理不尽な英雄」から「理不尽な絶対王者」へと転生するその時まで……破滅へのカウントダウンは、残り23話。


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