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第74話「白き悪魔の帰還と、時給1300円の特殊ガラス工場バイト」

 十一月下旬。本格的な冬の足音が聞こえ始めた防衛省の空き地に建つ【プレハブ仮設司令室】。隙間風がピューピューと吹き込み、職員たちがコートを着込んで震える中、炎城司令官だけは真っ赤なマフラーを巻き、汗だくでパイプ椅子の上に仁王立ちになっていた。

「ぬぉぉぉ……! 絶体絶命の危機ピンチだ!! 川崎の工業地帯に、巨大未確認生物がなんと【4体同時】に出現したぞ!!」

 炎城が、ホワイトボードをぶち破らんばかりの勢いで拳を叩きつける。

「単体でも恐ろしい怪獣が4体! アースディフェンダー単騎では到底処理しきれん! だが安心しろ! 今日は特別に、修理を終えた神崎の『Gキャノン』と、トヨハタの役員会から謹慎を解かれたテムロ・レイの『Gダム』も同時出撃する! スーパーロボット3大揃い踏みの、熱き共闘の始まりなのだ!!」

 氷室査察官が、プレハブの隙間風をダンボールで塞ぎながら冷ややかに答える。

「共闘と言えば聞こえはいいですが、Gキャノンはケーブルの取り回しで邪魔になり、Gダムは工場ごと吹き飛ばす危険な機体です。アースディフェンダーは、彼らの尻拭い……いえ、完璧なサポートをしなければなりません」

 インカムから、鈴木の、もはや限界を超えて死の淵から語りかけているような、掠れきった怨念の声が響いた。

『……あの。俺、今は【バランスボール】の上で【前傾姿勢】を取り、【引き足ペダル】と【ブラストビート】を踏み、【両手で150キロのグリッパー】を握り、【肩のシュラッグ】をして、【腰のトルネード・ツイスト】で回転し、【脇パタパタ】で熱風、【ゴム骨咀嚼】で冷風、【尻の穴締めでプラズマ】を出し、【首のヘルメット】で【動体視力】索敵し、空中で【三半規管制御】し、【横隔膜シャウト】を上げ、【内転筋のニーグリップ】でカーブを曲がり、【アキレス腱跳躍】をし、【広背筋ラットスプレッド】で滑空し、【大胸筋ピクピク】で弾き返し、【腸腰筋の引き上げ】で瞬間移動し、さらに【心肺機能の超絶深呼吸】で冷却してるんですよ。……今回4体も出たからって、これ以上俺に何をしろって言うんですか。流石に今回は、物理的に死にますよ……』

「甘えるな鈴木ィ! GダムとGキャノンが主役を張るなら、貴様は最高の裏方に徹しろ! おとこなら、全身の三角筋(肩の筋肉)を極限まで張って、彼らを輝かせろぉぉっ!」

 一方その頃。

 神奈川県・川崎市の工業地帯にある「特殊ガラス・光学レンズ製造工場」。作業着を着た青年――巨大未確認生物3シルバーガイが、分厚いガラス板を運んでいた。

(時給1,300円の『特殊ガラス工場の運搬バイト』! 割れやすくてクソ重い光学ミラーを運ぶ神経を使う仕事だが、宇宙人のパワーとバランス感覚なら、10枚重ねても落とさないぜ)

 彼が巨大な反射鏡を倉庫に並べていると、鏡の裏側から、白衣の天才科学者ハカセイダーが音もなく現れた。その両手には、工場から根こそぎ取り外された【レーザー反射用の超高純度・巨大光学ミラー群】と、【角度調整用の油圧アーム】が握られていた。

「ハカセイダー! お前また勝手に工場の最高級ミラーを! それ、人工衛星に使うウン億円のやつだぞ!」

「フフフ。シルバァ、アースディフェンダーの次なる進化は【光学反射陣デルトイド・リフレクター】だ。あのポンコツの両肩と両腕にこの巨大ミラーを装着し、パイロットの肩の動きと連動させる!」

「おっさんの肩で鏡の角度を調整するのか!?」

「そうだ! パイロットが自らの【三角筋(肩の筋肉)】を限界まで酷使し、両腕を水平に保つ『サイドレイズ』の姿勢を維持する! ミリ単位の肩の筋肉のピクつきで巨大ミラーの角度を完璧に調整し、味方のビームを反射・増幅させて敵の死角から撃ち込むのだ! 鈴木の【三角筋の持久力】が、無敵の反射衛星砲を作り出す!」

 その夜、二人の宇宙人は屋外演習場へ侵入。

 アースディフェンダーの両腕と両肩に、人工衛星用の超高純度ミラーを強引にガムテープと番線で縛り付けたのである。

 翌日。

『緊急事態発生です!』

 佐藤が、プレハブの窓から見える冬の曇り空を指差して叫んだ。

『川崎工業地帯に、巨大未確認生物56号から59号まで、一気に4体出現! 全長50メートルの【宇宙トラ】【宇宙オオカミ】【宇宙ヒグマ】【宇宙ワシ】の『宇宙猛獣軍団』です! 奴らは連携して、コンビナートのタンクを次々と破壊しています!』

「出たな宇宙のサファリパークめ! 出撃だ鈴木ィ!」

 川崎・コンビナート地帯。

 4体の宇宙猛獣たちが、炎を上げるガスタンクの周囲で「ガァァァァッ!」「ワォォォォン!」と吠え猛り、工業地帯を我が物顔で蹂躙していた。

 そこへ、地響きと共に現れたのは、極太の電源ケーブルを引きずった神崎流星の『Gキャノン』。

 さらに上空からは、謹慎明けで鬱憤の溜まっているテムロ・レイの『Gダム』が、純白の装甲を輝かせて舞い降りた。

『フン。雑魚が何体いようが関係ない。トヨハタのフルパワー・ビームでまとめて消し炭にしてやる』

 コマンドカーの中の神崎が冷笑する。

『相変わらず鈍重な泥人形だな、Gキャノン。ビームの美しさというものを、私のGダムで教えてやろう』

 通信機越しに、テムロ・レイが傲慢に笑う。

 そして遅れること数分。「ギゴ……ギゴ……」と、全身に鏡を貼り付けた異様な姿のアースディフェンダーが到着した。

「(ぜぇ……はぁ……)着いた……! おい神崎、テムロ! 俺はもう限界だ、今回はお前らが主役でいい! 俺は後ろで見てるからな!!」

 鈴木がシュノーケル越しにゼェゼェと懇願する。

 その時だった。

 工業地帯の避難誘導をしていた工場の作業員が、逃げ遅れてパニックになり、持っていた「安全第一のプラスチック製ヘルメット」を、宇宙ヒグマの足元に向かってヤケクソで投げつけたのだ。

『ポコンッ』

 今まで、防衛省のスーパーロボットでしか倒せないとされてきた、恐るべき宇宙の猛獣である。プラスチックのヘルメットなど、豆粒ほどの衝撃すらないはず――。

 ――グシャァァァァッ!!

『クマーーーーッ!?!?(泣)』

 なんと、ただのプラスチックヘルメットが足の小指(?)に当たっただけで、巨大な宇宙ヒグマは「痛い痛い痛い!」とばかりにその場でのたうち回り、涙をポロポロと流しながら、完全に戦意を喪失してうずくまってしまったのだ。

「「「…………えっ?」」」

 現場の作業員たち、Gキャノンの神崎、そしてコクピットの鈴木までもが、そのあまりにも貧弱すぎる宇宙ヒグマの姿を見て完全にフリーズした。

「(……おい。今、ただのヘルメットだよな……? しかも当たったの、足の先っぽだぞ……?)」

 鈴木の脳内に、もはや誤魔化しようのない真実が確定する。

「(間違いない……こいつら、マジでただの『ちょっとデカいだけの虚弱体質』だ!! 自衛隊どころか、その辺のオッサンが石投げただけで勝てるだろ!! なんでこんな奴らのために、俺は毎回死にかけてるんだよ!!)」

 現場の作業員が「あれ? 俺のヘルメットで倒せたぞ?」と気づきかけた、まさにその絶体絶命の瞬間!

 プレハブ司令室の氷室査察官が、パソコンのキーボードを物理的に叩き割りながら、川崎中の防災スピーカーをハッキングして、血を吐くような悲壮な声(アカデミー賞級の演技)を響き渡らせた!!

『げ、現場の作業員に直ちに告ぐ!! 今のは極めて恐ろしい【超重力圧縮・臨界点突破】のサインです!!』

「えっ? 臨界点?」

『ええ! あの宇宙ヒグマは、プラスチックの微小な静電気を感知し、体内の反物質エネルギーを自らの足元に集中させ、『川崎市をブラックホール化』させようとしているのです!! あの涙は、エネルギーの暴走による冷却液の漏出です!! 直ちにプラスチック製品を捨てて退避しなさい!!』

「そ、そうだったのか!! 危うく俺のヘルメットのせいで地球がブラックホールに飲み込まれるところだった!!」

 氷室の、物理法則を根底から無視した完璧な大嘘により、作業員たちは恐れおののき、ヘルメットを脱ぎ捨てて一目散に逃げ出してしまった。

 (※実際はただ足の小指をぶつけて死ぬほど痛かっただけである)

 足の痛みが治まった宇宙ヒグマは、鼻水をすすりながら立ち上がり、他の3体の猛獣と合流して再び吠え始めた。

『フン、下等生物の小芝居などどうでもいい。まとめて消し飛べ!』

 テムロ・レイがGダムのビームライフルを構える。しかし、4体の猛獣はコンビナートの巨大なガスタンクの裏に隠れるように散開してしまった。このまま撃てば、タンクが誘爆してテムロ自身の機体もタダでは済まない。

『チッ……射線が通らん。泥人形(Gキャノン)、お前の大出力でタンクごとぶち抜け!』

『馬鹿め、それでは街が火の海だ!』神崎が舌打ちをする。

 その時、テムロの視界に、全身に鏡を貼り付けたアースディフェンダーの姿が映った。

『……ほう。あのポンコツ、ちょうどいい【反射板プリズム】を装備しているではないか。おい、そこの筋肉ダルマ! その鏡で、私のビームを反射させろ!』

「えっ!? 反射って、どうやって……!」

 鈴木が戸惑う中、両腕の付け根に貼られたメモが目に入った。

『パイロットの同志へ。肩を上げろ。腕を水平に保ち、決して下ろすな。君の三角筋が織りなす完璧な角度サイドレイズが、光の軌跡を導く神の鏡となる。――名もなき宇宙の友人より』

「……またか! ついに肩の筋肉(三角筋)の酷使かぁぁぁっ!!」

 鈴木は絶望の血涙を流しながら、悪魔のマルチタスクの新たなる地獄へと突入した。

 【前傾姿勢】【150kgグリッパー】【肩シュラッグ】【トルネードツイスト】【脇パタパタ】【ゴム骨咀嚼】【尻バリア】【超絶動体視力】【三半規管制御】【横隔膜シャウト】【内太ももニーグリップ】【アキレス腱跳躍】【広背筋ラットスプレッド】【大胸筋リフレクト】【腸腰筋テレポート】【心肺機能冷却】……!

 そしてついに! 鈴木はバランスボールの上で、自らの両腕を真横に真っ直ぐ伸ばし、【三角筋(肩の筋肉)】を極限まで収縮させる【究極のサイドレイズ】を開始したのである!!

「(肩が! 三角筋が! 焼け焦げるように痛いぃぃぃぃっ!!)」

 鈴木の三角筋の異常な筋力が、機体の両腕の光学ミラーを「ピッタリ45度」の完璧な角度で固定した。

 それに気づいたテムロと神崎が、同時にニヤリと笑う。

『いくぞ泥人形! フルパワーだ!』

『私に指図するな、白い悪魔! Gキャノン、最大出力!!』

 Gダムのビームライフルから放たれた極太のピンクの光条と、Gキャノンの両肩から放たれたブルーの荷電粒子砲。

 二つの破壊的なエネルギーが、アースディフェンダーの両肩のミラーに同時着弾!!

「(ぎゃぁぁぁぁっ!! 鏡が熱い! 肩が焼けるぅぅぅっ!!)」

 鈴木の三角筋がミリ単位で角度を微調整し、激しい熱と反動に耐え抜く!

 見事に反射された二つのビームは、空中で複雑に交差し、障害物のガスタンクを完璧に迂回。隠れていた4体の宇宙猛獣の脳天に、文字通り「死角からの光の雨」となって降り注いだ!

『ズドドドドドォォォォォォンッ!!!!』

 宇宙トラ、オオカミ、ヒグマ、ワシの4体は、避ける間もなくビームの直撃を受け、一瞬にして完全蒸発(気化)した。

 見事な連携プレイ。完璧な勝利。

 ――のはずだった。

 テムロ・レイと神崎流星の放ったビームは、あまりにも「出力がデカすぎた」のである。

 怪獣4体を気化させた後も、ビームの余波は全く衰えることなく、反射角の延長線上にある【川崎の工業地帯の半分】を、まるでレーザーカッターのようにスパスパと薙ぎ払ってしまったのだ!

『ドゴォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!!』

 凄まじい大爆発の連鎖。

 何十棟もの工場が崩壊し、数え切れないほどの煙突がへし折れ、川崎の空が真っ赤な炎に包まれた。

『……アハハハハハッ!! 素晴らしい破壊力だ! やはり私の計算に狂いはない! さらばだ泥人形ども!』

 テムロ・レイは、自分が街の半分を吹き飛ばしたことなど全く意に介さず、狂気の高笑いを残してGダムで空の彼方へ飛び去っていった。(※この直後、激怒したトヨハタの役員会によって、彼はまたしても無期限の謹慎処分を受けることになる)。

『チッ……! 反射角が甘いからこうなるんだ。……なっ、私のケーブルが!!』

 神崎のGキャノンは、薙ぎ払われたビームの余波で自らの【極太電源ケーブル】をうっかり切断してしまい、その場に「ガクン」と膝をついてシステムダウンしてしまった。

 焼け野原となった川崎のド真ん中で。

 両腕を水平に上げたまま、全身の筋肉を痙攣させているアースディフェンダー(鈴木)だけが、ただ一人ポツンと取り残された。

 プレハブ司令室では、炎城司令官が言葉を失い、パイプ椅子から滑り落ちていた。

「な、なんという大惨事……。怪獣は倒したが、街が半分消えたぞ……」

 広瀬が、震える手でキーボードを叩く。

「……リ、リリース、出せません。『GダムとGキャノンが大活躍! ついでに川崎も半分消滅!』なんて書けません……」

 そして現場。

 焼け落ちた工場の跡地で、真っ黒に焦げたガラスの破片を抱えた3シルバーガイが、膝から崩れ落ちていた。

「う、嘘だろ……。俺の時給1300円の最高の職場が……また一瞬で消えた……!」

 そこへ、煤まみれになった工場長が、鬼の形相で歩み寄ってきた。

「おい、シルバァ!! お前が運んでた人工衛星用の最高級ミラー、全部あのポンコツロボットの肩に付いてたじゃねえか!! しかもその反射で俺たちの工場が吹き飛んだんだぞ!! 窃盗と工場破壊の主犯だ! ペナルティとして、今月の給料から【4万円】天引きだ!!」

「んな無茶苦茶なぁぁぁぁっ!! 反射させたのはアイツらだろぉぉぉっ!!」

 3号の絶叫が、黒煙のくすぶる焼け野原に虚しく響き渡る。

 そして、命懸けで鏡の角度を調整した鈴木にも、氷室査察官からの氷のような通達が届いていた。

『……鈴木さん。お疲れ様でした。見事なサイドレイズでしたね』

「(ガクガクガク……)ひ、氷室、査察官……俺の、肩が……三角筋が固まって、両腕が下りません……十字架に磔にされたみたいになってます……」

『ええ。ところで、先ほど川崎市の企業連合から、我が防衛省に天文学的な損害賠償請求が届きました』

「えっ」

『「アースディフェンダーが鏡の角度をほんの1ミリ間違えたせいで、味方のビームが工業地帯に直撃した。よって、工場の再建費用はすべて防衛省が負担すべきである」という、トヨハタ自動車の弁護団からの極めて理不尽な内容です』

「ふざけんな! あいつらが勝手に撃ってきたんだろ!! そもそもあんな高出力で撃つな!!」

『私もそう思いますが、政治力ではトヨハタが上です。よって、あなたが【三角筋の持久力不足で鏡をブレさせた過失】として、今月の給与から【5万円】を天引きさせていただきます。次はどんな大出力ビームでも、腕をプルプルさせずに反射してくださいね』

「理不尽すぎるだろおおおおおおおおっ!!」

 足、腕、首、体幹、肺活量、そしてすべての連動。

 ついに【肩の筋肉(三角筋)を極限まで酷使し、上半身のブレを完全に固定する力】まで強制習得させられた鈴木。

 GダムとGキャノンという圧倒的な「火力」の前に、鈴木の肉体はただの「便利な反射板」として扱われ、さらに莫大な借金まで背負わされることとなった。

 しかし、ペダルを回すための脚力、引き上げる腸腰筋、スタミナを生む心肺機能、そして上半身を固定する三角筋。

 「絶対にブレない最強の自転車レーサー」としての肉体のパーツは、この理不尽な悲劇の中で、いよいよ最後のピースを迎えようとしていたのである。


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