表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
72/103

第72話「極秘のソリッド・テレポートと、時給1200円のクラウドファンディング・アドバイザー」

 十月下旬。防衛省の空き地に建つ【プレハブ仮設司令室】の内部は、異様な緊張感に包まれていた。

 先日の「ダチョウ事件」以降、SNSやネット掲示板では、一部の軍事評論家や鋭い記者が「怪獣って、意外と普通の武器で倒せるんじゃないか?」という疑惑の種を撒き始めていたのだ。

 その疑惑を解消するため、氷室査察官はプレハブの一室で記者会見を強行していた。

 対峙するのは、週刊誌のベテラン記者・たちばなである。

「氷室査察官、単刀直入に聞く。ここ数回、明らかに通常兵器や建設資材、あるいはただのネットで怪獣が瀕死になったり気絶したりしている。これまでの『ロボットでないと倒せない』という説明は、防衛予算を維持するためのペテンではないのか?」

 記者の鋭い指摘に、プレハブ内の空気が凍りつく。炎城司令官が背後で机を叩こうとしたが、氷室は涼しい顔で、ボロボロのノートパソコンを開いた。

「橘さん。あなたが今見ているのは、あくまで『現象の表面』です」

 氷室は、色あせたモノクロームの画像ファイルをスクリーンに投影した。そこには、都市が完全に消滅し、クレーターの中に巨大な「何か」がのたうつ衝撃的な写真があった。

「これは【最初の惨劇】……第一号が襲来した時のアーカイブデータです。当時、最新鋭のミサイルも戦車砲も、一切通用しませんでした。最後は国家の存亡をかけて『核ミサイル』を撃ち込み、辛うじて消滅させた。あの時の絶望を、防衛省は一日たりとも忘れてはいません」

 スクリーンに流れるのは、核による大爆発のシミュレーション動画(加工済み)と、歪められた数値データ。

「その後、防衛省はアースディフェンダー(ED)を開発し、鈴木という稀有な搭乗員の肉体を削り取ることで、核を使わずとも『通常兵器に耐えうる変異種』を撃退することに成功しています。あなたが言った『通常兵器が効く』ように見える現象は、EDが事前に放射した電磁波が、怪獣の細胞を極限まで脆化させた後の『残骸』に過ぎない。もしEDの介入なしで通常兵器を撃ち込んでいたら、今頃、日本は第二、第三の核攻撃を受けていたでしょう」

 氷室の目は、一切の曇りもなく嘘を並べていた。

「真実を知らずに通常兵器を信じるのは、ただの無責任な楽観論です。私たちは、鈴木という一人の若者の肉体が、今日もその重圧と戦い、身を削って世界を核の火から救っている……その『献身』を、数字とデータで証明し続けているのです」

 橘記者は、突きつけられた偽のデータと、第一号のあまりに悲惨な惨状の記録に、言葉を失った。

「我々は予算が欲しいのではありません。……鈴木という『一人の人間』を、怪獣の餌食にさせないための防具(予算)が、どうしても必要なのです」

 氷室の冷徹な、しかし情熱を装った一言。

 その光景はリアルタイムで全国に配信されていた。

「鈴木さん……あんな過酷な環境で、たった一人で……」

「僕たちが通常兵器で勝てるなんて言ったせいで、鈴木さんがさらなる過酷な任務に……」

 視聴者の心に、強烈な罪悪感と英雄への憐れみが生まれた。

 そして次の瞬間、防衛省の公式サイトに設置された「アースディフェンダー緊急維持プロジェクト」のページに、凄まじい勢いで寄付が流れ込んだ。

『1,000円!』『100万円!』『鈴木さん、無理しないで!』

 わずか一時間で、寄付額は10億円を突破したのである。

「……計算通りですね」

 会見を終えた氷室は、誰にも聞こえない声で呟いた。

「50億円の賠償金も、これで相殺……いや、お釣りが出る」

 一方、そんなこととは露知らず、鈴木はプレハブの裏で、3シルバーガイの持ってきた「超硬質ゴムのトランポリン」の上に立っていた。

(時給1,200円の『クラウドファンディング・アドバイザーのバイト』! サイトに掲載する鈴木さんの悲惨な写真を選別する仕事だ。……おいハカセイダー、今度は何をバラしたんだ?)

 ハカセイダーが、またしてもどこからか強奪してきた【高速シャッターカメラ】と【極小サイズの小型テレポーター】を手に現れた。

「シルバァ、アースディフェンダーの次なる進化は【瞬時転移ソリッド・テレポート】だ。あのポンコツのコクピットに、このテレポーターを埋め込む!」

「転移!? 鈴木のおっさんをテレポートさせるのか?」

「そうだ! パイロットが自らの【腸腰筋(足の付け根の筋肉)】を極限まで収縮させ、一歩踏み出す瞬間の『筋肉の跳躍エネルギー』を、テレポーターの起動電力に変換する! 鈴木が地面を蹴った瞬間、機体は次の瞬間には敵の背後に存在しているのだ! 鈴木の【腸腰筋の瞬発力】が、時空すらも歪める!」

 その夜、二人の宇宙人は屋外演習場へ侵入。

 アースディフェンダーの足元のペダルに、強引にテレポーターの基板をねじ込んだのである。

 翌日。

『緊急事態発生です!』

 佐藤が、プレハブの壁に溜まった湿気でビショビショになったPCを叩きながら報告した。

『都庁の上空に、巨大未確認生物54号が出現! 全長60メートルの【宇宙インパラ(巨大跳躍ガゼル)】です! 奴は超人的な跳躍で空を飛び回り、捕捉不能です!』

「出たな跳躍獣め! 出撃だ鈴木ィ!」

 新宿・都庁前。

 宇宙インパラ(54号)が、「ヒィィィィッ!」という甲高い鳴き声と共に、新宿のビル群を飛び石のように軽快に駆け回っていた。

 今回ももちろん、GキャノンとGダムは修理と謹慎中で不在。

 アースディフェンダーが現場に到着するのと同時に、地上では警視庁が、逃げ惑う市民を守るため、通常兵器である【高出力指向性スピーカー(超音波催眠機)】を使っていた。

 これは、動物を大人しくさせるためのただの訓練機器である。

『ピィィィィィ……』

 スピーカーから流れる特殊な周波数を浴びた瞬間、宇宙インパラは「……あ、あー……」と眠たそうな顔をして、ビルからボトボトと路上へと転げ落ちた。

 強靭な筋肉を誇るはずのインパラが、ただの周波数で完全に寝入ってしまったのだ。

「「「…………えっ?」」」

 現場の隊員たち、野次馬、そしてコクピットの鈴木が、またしてもフリーズする。

「(……これで何回目だ? ただの音で、ただの網で、ただの水で……こいつら、マジでただのデカいだけの動物だぞ!!)」

 鈴木の疑念が頂点に達した、その時!

 氷室の冷徹な声が、全国のテレビ局の放送をジャックして響き渡った。

『げ、現場の警備部隊に告ぐ!! 今のは超危険な【重力操作波】の放出です!!』

 全国のテレビ視聴者は、またしても「あ、そうなんだ……」と騙され、10億円の寄付の正当性に疑いを持つ者は誰もいなかった。

「(ぜぇ……はぁ……)」

 もう、氷室のハッタリに突っ込む体力さえ残っていない鈴木。

 彼は、ペダルに仕込まれたテレポーターの感触を足の裏に感じていた。

「(……またか! ついに腸腰筋(足の付け根)の酷使かぁぁぁっ!!)」

 鈴木は、もはや義務感だけで、悪魔のマルチタスクの最終段階へと突入した。

 【前傾姿勢】【ブラストビート】【150kgグリッパー】【肩シュラッグ】【トルネードツイスト】【脇パタパタ】【ゴム骨咀嚼】【尻バリア】【超絶動体視力】【三半規管制御】【横隔膜シャウト】【内太ももニーグリップ】【アキレス腱跳躍】【広背筋ラットスプレッド】【大胸筋リフレクト】……!

 そして! 鈴木は、自らの【腸腰筋】と【足の付け根】を「ギュンッ!!」と、骨盤が折れるかと思うほどの力で引き上げた!!

「いっけぇぇぇぇっ!! 腸腰筋テレポート!!」

 瞬間、アースディフェンダーの機体が「パァァァンッ!」という破裂音と共に消失。次の瞬間、逃げようとした宇宙インパラの背後に、ぬっと姿を現したのだ。

 鈴木は、腸腰筋が引き裂かれる激痛に耐えながら、左腕の【ショルダー・パイルバンカー】を解放!

『ゴワァァァァァァァァンッ!!!!』

 背後からの一撃で、宇宙インパラを粉砕した。

 プレハブ司令室では、炎城司令官が、10億円の寄付金が振り込まれた通帳を掲げて泣き叫んでいた。

「見たか諸君!! これぞ男の瞬間移動!! アースディフェンダーの腸腰筋が、時空をねじ切ったのだ!! 鈴木ィ! 貴様の足の付け根は最強のワープ航法だぁぁっ!!」

 広瀬が、10億円を管理するシステムを構築しながらキーボードを叩く。

「完璧です! 『ED、極秘開発のソリッド・テレポート・システムを起動! 重力操作波を操る最強跳躍獣を、次元転移の神速で背後から粉砕! ※通常のスピーカーでは絶対に倒せません』でリリースします!!」

 そして現場。

 工事現場の裏でスマホを見ていた3号は、ガッツポーズをした。

「よしっ! 鈴木のおっさん、見事な腸腰筋の引きつけだったぜ! あれなら競輪のスタートダッシュで、誰よりも速くペダルを引き上げ、初速0から時速50キロまで0.1秒で加速できるな!」

 しかし、背後から工事現場の監督の怒号が飛んだ。

「おい、シルバァ! お前が誘導してたダンプの荷台から、ショベルカーの油圧シリンダーとクレーン車の巨大バネが全部消えてるぞ! しかも、現場のテレポーター(測量機)まで……! 弁償代として、今月の給料から【4万円】天引きだ!!」

「うそぉぉぉぉぉぉぉん!!」

 3号の絶叫が、工事現場の騒音に混じって虚しく響き渡る。

 そして、見事な転移で防衛省の金を稼いだ鈴木にも、氷室査察官からの事務的な死刑宣告が届いていた。

『……鈴木さん。お疲れ様でした。見事なワープでしたね』

「(ガクガクガク……)ひ、氷室、査察官……俺の、足の付け根が……筋肉が縮みすぎて、立ち上がれません……ずっと膝を抱えた姿勢です……」

『ええ。ところで、あなたがテレポートした際、新宿のビル街に【真空崩壊(気圧の急変)】を引き起こし、周辺のビルの窓ガラスをすべて粉砕しました。また、10億円のクラウドファンディング詐欺……いえ、皆様の善意の寄付金を、すべて基地の修繕費に充てることに決まりました。あなたの功績を称え、今月の給与から【4万円】を天引きさせていただきます。次はもっと静かに、優しく転移してくださいね』

「理不尽すぎるだろおおおおおおおおっ!!」

 すべての筋肉、すべての関節、すべての三半規管を強制的に改造された鈴木。

 彼が稼いだ10億円は、防衛省の腐敗した組織を維持するために、ただの一銭も鈴木に還元されることなく吸い上げられていった。

 しかし、そんな過酷な肉体改造の果てに、鈴木の体は、もはや人間の限界を超えた「競輪の絶対王者」としての土台を、誰にも気づかれぬまま完成させていたのである。

 破滅へのカウントダウンは、ついに残すところあと29話。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ