第68話「極秘のアキレス・メテオストンプと、時給1200円の交通整理バイト」
九月。秋の気配は名ばかりで、容赦ない残暑がアスファルトを焦がす中。防衛省の空き地にポツンと建つ【プレハブ仮設司令室】では、炎城司令官がサウナのような室内で真っ赤なマフラーを振り回し、パイプ椅子の上に仁王立ちになっていた。
「ぬぉぉぉ……! 跳躍力だ!! アースディフェンダーには、重力を断ち切って大空へ舞い上がり、上空から敵を粉砕する【絶対的な縦の機動力】が欠けている!!」
炎城が、熱で反り返ったホワイトボードをバンバンと叩く。
「地上の平面的な動きだけでは、地下から現れる敵や、上空へ逃げる敵に対応しきれん! スーパーロボットたるもの、ビルを軽々と飛び越え、必殺の急降下踏みつけ(メテオ・ストンプ)で怪獣の脳天をカチ割るべきなのだ!」
氷室査察官が、首掛け式の小型扇風機を顔に当てながら冷ややかに答える。
「50トンの機体を空高く打ち上げる大推力ロケットスラスターなど、実質マイナス予算の我が防衛省には到底導入不可能です。機体の足裏に、ホッピングのバネでもガムテープで貼り付けておきますか?」
「馬鹿者! 最高のバネは己の肉体にある! パイロットの魂の跳躍で、天を突くのだ!!」
インカムから、鈴木の、もはや現世に未練を残す地縛霊のような声が響いた。
『……あの。俺、今は【バランスボール】の上で【前傾姿勢】を取り、【引き足ペダル】と【かかとブラストビート】を踏み、【両手で150キロのグリッパー】を握り、【肩のシュラッグ】をして、【腰のトルネード・ツイスト】で回転し、【脇パタパタ】で熱風、【ゴム骨咀嚼】で冷風、【尻の穴締めでプラズマ】を出し、【首に20キロのヘルメット】を被って【超絶動体視力】で索敵し、空中に飛べば【三半規管で姿勢制御】し、【横隔膜の絶叫】を上げながら、【内転筋のニーグリップ】で急カーブを曲がってるんですよ。もう俺の体は、ただ呼吸するだけで致死量のカロリーを消費する肉のからくり人形なんですよ……これ以上、何をどうしろって言うんですか……』
「甘えるな鈴木ィ! まだ足首が残っているだろうが! 漢なら、ふくらはぎの筋肉で大地を蹴り上げぇぇっ!」
一方その頃。
都内の大規模な地下鉄工事現場。ヘルメットを被り、光る誘導棒を持った青年――巨大未確認生物3号が、汗だくでダンプカーの交通整理をしていた。
(時給1,200円の『工事現場の交通整理バイト』! 立ちっぱなしで日差しがキツいが、宇宙人の持久力なら余裕だし、現場の冷えた麦茶が最高に美味いぜ)
彼が「オーライ、オーライ!」とトラックを誘導していると、資材置き場の影から、白衣の天才科学者ハカセイダーが音もなく現れた。その両手には、現場からくすねたばかりの【ショベルカー用の極太油圧シリンダー】と、【大型クレーン用の超高張力スプリング(巨大バネ)】が握られていた。
「ハカセイダー! お前また勝手に現場の重機をバラして!」
「フフフ。シルバァ、アースディフェンダーの次なる進化は【超絶跳躍】だ。あのポンコツの足元のペダル軸にこの油圧シリンダーと巨大バネを組み込み、反発力を数千倍に設定する!」
「ペダルにバネを仕込む!? 踏み込めなくなるんじゃないか?」
「そうだ! パイロットは、ただ足全体でペダルを踏むのではなく、つま先立ちになって【かかとを極限まで上下させる運動】を行わなければならない! パイロットの【腓腹筋】と【アキレス腱】がゴムのように引き絞られ、その尋常ならざる生体エネルギーがバネを圧縮・解放した瞬間、50トンの機体は成層圏まで跳躍するのだ!」
その夜、二人の宇宙人は屋外演習場へ侵入。
アースディフェンダーのペダル機構に、ショベルカーの油圧シリンダーとクレーンの巨大バネをガムテープと工業用溶接で強引に固定したのである。
翌日。
『緊急事態発生です!』
佐藤が、プレハブの床でひっくり返っているカナブンの死骸をつつながら報告した。
『上野公園の地下から、巨大未確認生物50号が出現! 全長45メートルの【宇宙モグラ】です! 奴は強靭な爪で地盤を掘り進み、上野の街に次々と巨大な陥没を発生させています!』
「出たな地底の悪魔め! 出撃だ鈴木ィ!」
上野・不忍池周辺。
宇宙モグラ(50号)が、「ギュルルルッ!」と鼻先のドリルと巨大な爪を振り回し、アスファルトをボコボコに掘り返していた。
そこへ、ズシンッ、ズシンッと重い足音を立ててGキャノンが到着した。修理を終えた極太の有線ケーブルを引きずりながら、神崎流星がコマンドカーから冷徹に指示を出す。
『――チッ。泥まみれのモグラめ。トヨハタのフルパワー・ビームキャノンで、穴ごと焼却してやる!』
Gキャノンが両肩のビームを構えようとした、その瞬間。
宇宙モグラが足元の地盤を高速で掘り崩したため、Gキャノンの足元のアスファルトが突如として陥没!
『なっ!? 足場が……!!』
超重量級のGキャノンは、そのままアリジゴクのような巨大なすり鉢状の穴にズブズブと滑り落ち、腰まで泥に埋まって完全に身動きが取れなくなってしまった。
『くそっ! 姿勢制御AIがエラーを吐いている! 泥で関節モーターが動かん!』
万事休す。
そこへ、上野駅の再開発工事を行っていた建設会社の【大型クレーン車】が、避難しようとしてバランスを崩し、吊り上げていた「重さ10トンの鉄骨の束」を、あろうことか宇宙モグラの脳天に向かってうっかり落としてしまったのだ。
『あっ! しまった!!』現場の作業員が絶叫する。
今まで、テムロ・レイのビームやアースディフェンダーの超絶アナログ兵器でしか倒せないとされてきた巨大未確認生物だ。ただの建設資材の落下など、カスリ傷にもならないはず――。
――ゴォォォォォンッ!!!!!
『ギュビィィィィィィッ!?!?』
鈍い金属音と共に、10トンの鉄骨が直撃した宇宙モグラは、脳天を思い切りカチ割られ、白目を剥き、舌をだらんと垂らして「キュー……」とその場に完全に気絶(大ダメージ)してしまったのだ。
ただのH鋼の束が落ちてきただけで、あっさりと瀕死の重傷を負ってしまったのである。
「「「…………えっ?」」」
現場の作業員たち、泥に埋まった神崎、そして遅れて「ギゴ……」と到着したコクピットの鈴木までもが、その間抜けすぎる光景を見て完全にフリーズした。
「(……あれ? 今の、ただの工事現場の鉄骨だよな……?)」
鈴木の脳内に、確信に近い疑念が走る。
「(前回は警察のトゲトゲで血を出してたし……今回は鉄骨で気絶した……。もしかしてこいつら、防衛省のロボットなんか無くても、自衛隊の大砲とか、下手したらその辺の重機をぶつけるだけで普通に倒せるんじゃ……!?)」
現場の空気が、ついに「ロボット防衛計画の根底を覆す真実」にたどり着こうとした、まさにその瞬間!
プレハブ司令室の氷室査察官が、タブレットの画面を物理的に叩き割りながら、上野公園周辺の防災スピーカーをハッキングして、焦燥のあまり裏返った(しかし無理やり専門家ぶった)声を響き渡らせた!
『げ、現場の作業員に告ぐ!! 今のは極めて絶望的な状況です!!』
「えっ? 絶望的?」
『ええ! あの宇宙モグラは気絶したフリをして、落下してきた鉄骨の成分を自らの外殻と融合させ、【超重力圧縮・合金形態】へと進化する前兆(蛹化プロセス)に入ったのです!! あの白目は痛がっているのではなく、眼球のセンサーを再起動している証拠です!! 通常の物理攻撃は敵に素材を与えているだけです、直ちに現場から退避しなさい!!』
「そ、そうだったのか!! 危うく俺たちのせいで最強のバケモノを生み出すところだった!!」
氷室の、息をするように吐き出された大嘘により、現場の作業員や市民たちは震え上がり、一目散に逃げ出してしまった。
(※実際はただ鉄骨が頭に当たって脳震盪を起こしているだけである)
しかし、気絶していた宇宙モグラは、氷室のスピーカーの大音量で目を覚まし、頭をさすりながら怒り狂って再び暴れ始めた。
泥に埋まったGキャノンに向け、巨大なドリル爪が振り下ろされようとしている!
「(ぜぇ……はぁ……)なんだか腑に落ちないが、やるしかないのか!!」
鈴木が叫ぶ。
その時、鈴木の足元――油圧シリンダーが組み込まれ、異様に重くなったペダルに貼られたメモが目に入った。
『パイロットの同志へ。足裏全体で踏み込むな。つま先立ちになり、かかとを天高く引き上げよ。君のアキレス腱の悲鳴が、重力を断ち切る絶対のバネとなる。――名もなき宇宙の友人より』
「……またか! ついに足首(アキレス腱とふくらはぎ)の酷使かぁぁぁっ!!」
鈴木は絶望の涙を流しながら、悪魔のマルチタスクのさらなる極致へと至った。
【前傾姿勢】【ブラストビート】【150kgグリッパー】【肩シュラッグ】【トルネードツイスト】【脇パタパタ】【ゴム骨咀嚼】【尻バリア】【超絶動体視力】【三半規管制御】【横隔膜シャウト】【内太ももニーグリップ】……!
そしてついに! 鈴木はペダルの上で完全な「つま先立ち(ポワント)」の姿勢になり、限界を超えた重量の油圧シリンダーに対し、自らの【腓腹筋】と【アキレス腱】を弓の弦のように引き絞り、かかとを「グググググッ!!」と猛烈な力で上下させる【究極のカーフレイズ(アンクリング)】を開始したのである!!
「(足首が! ふくらはぎが! アキレス腱がブチ切れるぅぅぅぅっ!!)」
鈴木の足首が放つ、常軌を逸したスナップの力。
それが油圧シリンダーと巨大バネを極限まで圧縮し、宇宙の未知のテクノロジーによって数万倍の反発力へと変換された!
『ガコォォォォォォォォンッ!!!!!』
アースディフェンダーの足裏から凄まじい衝撃波が放たれ、50トンの巨体が、まるでトランポリンで跳ねるスーパーマリオのように、上野の上空100メートルへ向けて一直線に大跳躍したのだ!
「いっけぇぇぇぇっ!! 超跳躍からのメテオ・ストンプだぁぁぁっ!!」
天空へと舞い上がったアースディフェンダーは、【三半規管】による完璧な空中姿勢制御で天地を反転させ、眼下の宇宙モグラに向けて、両足を揃えた絶対的な急降下踏みつけ攻撃を敢行!
『ズドォォォォォォォォォォォンッ!!!!』
100メートルの高さを自由落下してきた50トンの質量と、鈴木の放つ「アキレス腱のバネ」による踏み込みが完全に融合。
宇宙モグラは、その隕石のようなストンピングを脳天にモロに食らい、断末魔を上げる暇もなく、上野の地中深くへと完全にペシャンコに潰されて消滅した。
プレハブ司令室では、炎城司令官が感動のあまりバケツを頭に被りながら号泣していた。
「見たか諸君!! これぞ男の跳躍!! アースディフェンダーの強靭なアキレス腱が、重力の楔を打ち砕いたのだ!! 鈴木ィ! 貴様のふくらはぎは地球最強のジャンプ台だぁぁっ!!」
広瀬が、先ほどの「鉄骨落下の映像」を必死にディープフェイクだと主張するネット工作を行いながらキーボードを叩く。
「完璧です! 『ED、極秘開発の超重力スプリング・ストンプを解放! 工事現場の鉄骨を吸収して自己進化しかけた地底怪獣を、天空からの急降下攻撃で完全粉砕! ※通常の鉄骨は絶対に落とさないでください』でリリースします!!」
そして現場。
地下鉄工事現場の裏手でスマホを見ていた3号は、ガッツポーズをした。
「よしっ! 鈴木のおっさん、見事なアンクリング(足首の柔軟なスナップ)だったぜ! 足全体じゃなく、足首のバネを使ってペダルを回す……これこそ、競輪において爆発的な加速を生み出す究極のペダリング技術だ!」
しかし、背後から現場監督の怒号が飛んだ。
「おい、シルバァ! お前が誘導してたエリアにあった、新品のショベルカーの油圧シリンダーと、クレーン車のバネが根こそぎパクられてるぞ! 重機解体窃盗だ! 弁償代として、今月の給料から【2万5千円】天引きだ!!」
「うそぉぉぉぉぉぉぉん!!」
3号の絶叫が、工事現場の騒音に混じって虚しく響き渡る。
そして、見事な跳躍で怪獣を粉砕した鈴木にも、氷室査察官からの事務的な死刑宣告が届いていた。
『……鈴木さん。お疲れ様でした。見事なジャンプでしたね』
「(ガクガクガク……)ひ、氷室、査察官……俺の、アキレス腱が……パキパキに張って、かかとが地面につきません……ずっとつま先立ちです……」
『ええ。ところで、あなたが急降下で踏みつけた衝撃ですが。宇宙モグラを貫通した後、そのまま地下を走る【東京メトロ銀座線】のトンネル天井を完全に粉砕し、甚大なインフラ破壊を引き起こしました』
「えっ」
『さらに、あなたが跳躍する際の踏み込みで、上野動物園のパンダ舎のガラスが衝撃波で全て割れました。これらの莫大な賠償金として、今月の給与から【3万5千円】を天引きさせていただきます。次はもっとフワリと跳んで、優しく着地してくださいね』
「理不尽すぎるだろおおおおおおおおっ!!」
これまでの全筋肉の極限酷使に加え、ついに【足首の柔軟なスナップ(アンクリング)による、爆発的な跳躍力を生み出す強靭な腓腹筋とアキレス腱】まで強制習得させられた鈴木。
「怪獣は通常兵器で倒せる」という真実は、防衛省の執念の隠蔽工作によってまたしても闇に葬られた。
しかし、太もも(プッシュ&プル)、内転筋、そして今回の足首。
自転車を最速で漕ぐために必要な【脚力的三種の神器】が完全に鈴木の肉体に揃ってしまった。
「生涯無敗の競輪王者」へと至る肉体改造は、防衛省の思惑とは全く別の次元で、静かに、そして確実な完成を見ようとしていたのである。




