第67話「極秘のロデオ・ドリフトと、時給1150円のレトロゲーセン店員」
八月。都内が茹だるような猛暑に包まれる中、防衛省の空き地に建つ【プレハブ仮設司令室】では、炎城司令官が冷風扇の生ぬるい風を浴びながら、ホワイトボードを拳で叩いていた。
「ぬぉぉぉ……! 旋回能力だ!! アースディフェンダーには、超高速戦闘において敵を追い詰める【急カーブ・ドリフト機能】が決定的に欠けている!!」
炎城が、汗だくの真っ赤なマフラーを握りしめる。
「テムロ・レイの『Gダム』や神崎の『Gキャノン』は、スラスターを吹かして空中で方向転換できる。だが我が機体は、直線番長! 一度スピードに乗れば、曲がるためにいちいち止まらねばならん! スーパーロボットたるもの、タイヤを軋ませながら直角コーナーを曲がり切り、敵の横っ腹をぶち抜く『超機動ドリフト』が必要なのだ!」
氷室査察官が、熱で変形し始めたタブレットにUSB扇風機を当てながら冷ややかに答える。
「50トンの機体を時速数百キロのまま急旋回させる姿勢制御バーニアなど、マイナス予算の我が防衛省には到底買えません。機体の足首に、スケートボードでもガムテープで巻き付けておきますか?」
「馬鹿者! 最高のサスペンションは己の股関節だ! パイロットの魂の挟み込みで、遠心力をねじ伏せるのだ!!」
インカムから、鈴木の、もはや地獄の底から響く呪詛のような声が聞こえた。
『……あの。俺、今は【バランスボール】の上で【前傾姿勢】を取り、【引き足ペダル】と【かかとブラストビート】を踏み、【両手で150キロのグリッパー】を握り、【肩のシュラッグ】をして、【腰のトルネード・ツイスト】で回転し、【脇パタパタ】で熱風、【ゴム骨咀嚼】で冷風、【尻の穴締めでプラズマ】を出し、【首に20キロのヘルメット】を被って【超絶動体視力】で索敵し、空中に飛べば【三半規管で姿勢制御】し、さらに【横隔膜の絶叫】までやってるんですよ。これ以上、何をどう挟めって言うんですか。俺の体は千手観音でも足りないんですよ……』
「甘えるな鈴木ィ! まだ内太ももが空いているだろうが! 漢なら、内転筋で暴れ馬を乗りこなせぇぇっ!」
一方その頃。
都内の寂れたレトロゲームセンター。UFOキャッチャーのぬいぐるみを補充していたポロシャツ姿の青年――巨大未確認生物3号が、額の汗を拭っていた。
(時給1,150円の『レトロゲーセンのフロアスタッフ』! クレーンゲームの設定を少し甘くして子供を喜ばせるのが密かな楽しみだが、宇宙人のパワーでレバーを壊さないように気をつけないとな)
彼がフロアの奥を巡回していると、昔懐かしい【ロデオマシーン(暴れ牛の乗り物ゲーム)】の裏側から、白衣の天才科学者ハカセイダーが音もなく現れた。その両手には、マシーンから根こそぎ取り外された【革張りのロデオサドル】と、【強烈な横揺れを生み出す超大型偏心モーター】が握られていた。
「ハカセイダー! お前また勝手に店の大型筐体を解体して!」
「フフフ。シルバァ、アースディフェンダーの次なる進化は【超機動旋回】だ。あのポンコツのバランスボールの上にこのロデオサドルを強引に縫い付け、シートの下にこの横揺れモーターを組み込む!」
「おっさんを暴れ牛に乗せるのか!?」
「そうだ! パイロットは、左右に猛烈に振り回されるサドルから振り落とされないよう、自らの【内転筋(内太もも)】でサドルを極限まで強く挟み込む(ニーグリップする)! その内転筋の驚異的な圧力がセンサーを通じて機体の駆動系に伝達され、50トンの機体を傾けたまま強引に急カーブを曲がり切る『慣性ドリフト』が可能になるのだ!」
その夜、二人の宇宙人は屋外演習場へ侵入。
アースディフェンダーのコクピットにあるバランスボールの上に、バネやゴムチューブと絡み合うようにしてロデオサドルをガムテープで固定。偏心モーターの配線をペダルのダイナモに直結したのである。
翌日。
『緊急事態発生です!』
佐藤が、プレハブの冷蔵庫から取り出した麦茶を一気飲みしながら報告した。
『都内の首都高速・都心環状線に、巨大未確認生物49号が出現! 全長40メートルの【宇宙ハウンド(巨大猟犬)】です! 奴は時速400キロの猛スピードで首都高を周回し、走行中の車を次々と弾き飛ばしています!』
「出たな最速の狂犬め! 出撃だ鈴木ィ!」
首都高速・都心環状線。
宇宙ハウンド(49号)が、「バウゥゥゥッ!!」と咆哮を上げながら、F1カーもかくやという時速400キロの超スピードでアスファルトを蹴り、複雑なカーブを次々と曲がって暴走していた。
Gキャノンは相変わらず修理待ち、白い悪魔(Gダム)は謹慎中。今回も防衛省のポンコツロボットの出番である。
しかし、アースディフェンダーが現場のインターチェンジに「ギゴ……ギゴ……」と到着するよりも早く、高速道路上では警視庁の【高速隊(パトカー部隊)】が、決死の封鎖作戦を展開していた。
『目標、時速400キロで接近中! 奴の進行ルートにスパイク帯を展開しろ!』
現場の隊長の命令により、パトカーから飛び出した隊員たちが、通常の暴走族などを止める際に使う【タイヤパンク用のスパイクチェーン】を、道路いっぱいにサッと広げた。
直後、時速400キロで突っ込んできた宇宙ハウンドが、そのスパイク帯を勢いよく踏みつけた!
――ガリッ、ブチュッ!
『キャンッ!? キャイン、キャイィィィン!!』
宇宙ハウンドは、足の裏(肉球)に鉄のスパイクが見事に刺さり、痛みのあまりバランスを崩して「ズザザザザッ!」と首都高のアスファルトを転げ回り、完全に停止してしまった。
しかも、前足を上げて「キューン、キューン」と、普通の犬のように涙目で肉球を舐め始めたのだ。
「「「…………えっ?」」」
現場の高速隊員たち、上空のヘリのカメラマン、そしてコクピットの鈴木までもが、そのマヌケな光景を見て完全にフリーズした。
「(……あれ? 今の、ただの暴走族用のトゲトゲだよな……?)」
鈴木の脳内に、再び猛烈な違和感が走る。
「(ミサイルどころか、パトカーに積んであるスパイク帯を踏んだだけで、あんなに痛がって止まるのか……? もしかしてこいつら、巨大なだけで皮膚の強度は普通の動物と変わらないんじゃ……?)」
現場の空気が、ついに「防衛省の不要論」という真実に気づきかけた、その時!
プレハブ司令室の氷室査察官が、タブレットをへし折らんばかりの勢いでタップし、全国のテレビ放送と現場のパトカーの無線をハッキングして、焦燥と冷や汗にまみれた(しかし無理やり威厳を取り繕った)声を響き渡らせた!
『げ、現場の警察車両に告ぐ!! 今のは極めて緻密な罠です!!』
「えっ? 罠?」
『ええ! あの宇宙ハウンドは、わざとスパイクを足に刺すことで、鉄分を血液に直接取り込み【全身硬質化形態】へと進化しようとしているのです!! あの涙目は痛がっているのではなく、細胞変異に伴う発熱現象です!! 通常のトラップは逆効果です、直ちに封鎖を解除しなさい!!』
「そ、そうだったのか!! 危うく俺たちのせいでバケモノを進化させるところだった!!」
氷室の凄まじいハッタリと話術により、現場の隊員たちはすんでのところで納得してしまい、慌ててスパイク帯を回収してしまった。
(※実際はただ肉球にトゲが刺さって痛かっただけである)
スパイクが抜けて痛みが和らいだ宇宙ハウンドは、再び怒り狂い、時速400キロで首都高の急カーブへと走り出した。
そこへ、インターチェンジからアースディフェンダーが合流した。
「(ぜぇ……はぁ……)追いついた! でも、この先の『魔の急カーブ(C1)』を、このスピードでどうやって曲がればいいんだ!!」
鈴木が叫ぶ。時速数百キロのままあの直角カーブに突っ込めば、50トンの機体は遠心力で外壁を突き破り、ビル群へ落下してしまう。
その時、鈴木の座るバランスボールの上――いつの間にか設置されていた【革張りのロデオサドル】の先端に貼られたメモが目に入った。
『パイロットの同志へ。暴れ牛から振り落とされるな。両の太ももに魂を込め、鞍を粉砕する気で挟み込め。君の内転筋の万力が、遠心力をねじ伏せる神の旋回となる。――名もなき宇宙の友人より』
「……またか! ついに内太もも(内転筋)の酷使かぁぁぁっ!!」
鈴木は絶望の涙を流しながら、悪魔のマルチタスクの極致へと至った。
【前傾姿勢】【引き足ペダル】【ブラストビート】【150kgグリッパー】【肩シュラッグ】【トルネードツイスト】【脇パタパタ】【ゴム骨咀嚼】【尻バリア】【超絶動体視力】【三半規管制御】【横隔膜シャウト】……!
そしてついに! シートの下のロデオモーターが「ガックンガックン!」と狂ったように横揺れを始める中、鈴木はサドルから振り落とされまいと、自らの【内転筋(内太もも)】を「ギィィィィンッ!!」と鋼の万力のごとく締め上げたのである!!
「(太ももが! 内転筋が! 股関節の軟骨が砕け散るぅぅぅぅっ!!)」
鈴木がサドルを挟み込む恐るべき圧力が、ペダルを通じて機体の足回り(塩ビパイプの関節)に伝達される。
時速400キロで急カーブに突っ込んだアースディフェンダーは、外側へ吹っ飛ぼうとする遠心力に対し、鈴木の内転筋が機体の重心を内側へと強引にねじ伏せた!
『ギュルルルルルルルルッ!!!!!』
アースディフェンダーの足裏から激しい火花が散り、50トンの巨体が横滑りしながら、見事な【超高速慣性ドリフト(ロデオ・コーナリング)】を決めて急カーブを曲がり切ったのだ!
「いっけぇぇぇぇっ!! インベタのさらにインだぁぁぁっ!!」
ドリフトによってアウト側に膨らんだ宇宙ハウンドの【内側】を、アースディフェンダーが猛スピードで差し切る。
鈴木は内太ももの激痛に耐えながら、すれ違いざまに限界まで引き絞っていた左腕の【ショルダー・パイルバンカー】を、宇宙ハウンドの横っ腹に向けて至近距離で解放!
『ゴワァァァァァァァァンッ!!!!』
巨大な鉄杭が、時速400キロの相対速度を乗せて宇宙ハウンドを完璧に貫通。怪獣は断末魔を上げる暇もなく、首都高の上で大爆発を起こして消滅した。
プレハブ司令室では、炎城司令官が感動のあまり扇風機を素手でへし折っていた。
「見たか諸君!! これぞ男のコーナリング!! アースディフェンダーの強靭な股関節が、遠心力という物理法則に打ち勝ったのだ!! 鈴木ィ! 貴様の内転筋は最強のサスペンションだぁぁっ!!」
広瀬が、先ほどの「スパイク帯の映像」を必死にネットから削除しながらキーボードを叩く。
「完璧です! 『ED、極秘開発の超機動ロデオ・ドリフトを解放! 自衛隊のトラップで進化しかけた最速怪獣を、インベタの急旋回で完全粉砕! ※通常トラップは絶対に使用しないでください』でリリースします!!」
そして現場。
レトロゲーセンの裏口でスマホを見ていた3号は、ガッツポーズをした。
「よしっ! 鈴木のおっさん、見事なニーグリップだったぜ! あれなら競輪のレース中、どんなに狭いコーナーでも自転車をピタリと倒し込んで、絶対に膨らまずに曲がり切れるな!」
しかし、背後から店長の怒号が飛んだ。
「おい、シルバァ! お前が拭いてた一番人気のロデオマシーン、サドルとモーターが根こそぎパクられてるぞ! 筐体破壊だ! 弁償代として、今月の給料から【2万8千円】天引きだ!!」
「うそぉぉぉぉぉぉぉん!!」
3号の絶叫が、電子音の鳴り響くゲーセンに虚しく響き渡る。
そして、見事なドリフトで首都を守り抜いた鈴木にも、氷室査察官からの事務的な死刑宣告が届いていた。
『……鈴木さん。お疲れ様でした。見事な急カーブでしたね』
「(ガクガクガク……)ひ、氷室、査察官……俺の、内太ももが……完全に痙攣して、ガニ股から足が閉じません……」
『ええ。ところで、あなたが首都高でドリフトを決めた際、足裏のアイゼンがアスファルトを深くえぐり、数百メートルにわたって道路を完全破壊しました』
「えっ」
『さらに、指定速度時速60キロの首都高を時速400キロで逆走・ドリフトしたことによる【道路交通法違反(大幅な速度超過および危険運転)】。これらの反則金と道路補修費として、今月の給与から【3万5千円】を天引きさせていただきます。次は法定速度を守って、安全運転で曲がってくださいね』
「理不尽すぎるだろおおおおおおおおっ!!」
足、腕、首、体幹、肺活量、握力、咬筋、僧帽筋、腹斜筋、大臀筋、動体視力、三半規管。
そしてついに、【自転車のサドルを万力のように挟み込み、どんな急カーブでも遠心力を殺して曲がり切る、狂靭な内転筋(内太もも)】まで強制習得させられた鈴木。
通常兵器で倒せるという「真実」は、またしても氷室の機転(という名のペテン)によって隠蔽された。
しかし、次々と露呈する怪獣の「弱さ」と、それに反比例して無駄にエスカレートしていく鈴木の肉体改造。
「無敗の競輪王者」へと至るパズルのピースは、もうすぐすべて揃おうとしていた。




