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第66話「極秘のソウル・レゾナンスと、時給1120円のカラオケ店員」

 七月中旬。本格的な夏の暑さが到来し、防衛省の空き地にポツンと建つ【プレハブ仮設司令室】の室内温度は、エアコンがないため連日40度を超えていた。

「ぬぉぉぉ……! 広域制圧だ!! アースディフェンダーには、周囲の被害を抑えつつ敵だけを粉砕する【非致死性の広範囲攻撃】が欠けている!!」

 炎城司令官が、汗だくで首に巻いた真っ赤なマフラーを絞りながら吠えた。

「テムロ・レイの『Gダム』のビームは工場ごと消し飛ばすほどの威力だったが、あんなものを市街地で撃たれてはたまらん! スーパーロボットたるもの、建物を傷つけず、不可視の衝撃波で敵の内部構造だけを破壊する『ソニック・ブラスター(超音波兵器)』が必要なのだ!」

 氷室査察官が、熱暴走でフリーズしたタブレットに保冷剤を当てながら冷ややかに答える。

「音波を収束させて破壊力に変換する音響兵器など、予算ゼロの防衛省には夢のまた夢です。機体の口に、選挙用の拡声器でもガムテープで貼り付けておきますか?」

「馬鹿者! 最高のスピーカーは己の喉だ! パイロットの魂の咆哮シャウトで、大気を震わせろ!!」

 インカムから、鈴木の、もはや怨念の集合体のような掠れ声が響いた。

『……あの。俺、今は【バランスボール】の上で【前傾姿勢】を取り、【引き足ペダル】と【かかとブラストビート】を踏み、【両手で150キロのグリッパー】を握り、【肩のシュラッグ】をして、【腰のトルネード・ツイスト】で回転し、【脇パタパタ】で熱風を出し、【ゴム骨咀嚼】で冷風を吹き、【尻の穴を締めてプラズマ】を出し、【首に20キロのヘルメット】を被って【超絶動体視力】で索敵し、空中に飛んだら【三半規管で姿勢制御】してるんですよ。これ以上、何を叫べって言うんですか。息をするだけで精一杯なんですよ……』

「甘えるな鈴木ィ! 横隔膜を限界まで押し上げろ! おとこなら、腹の底からのシャウトで怪獣の鼓膜を破れぇぇっ!」

 一方その頃。

 都内の繁華街にあるカラオケボックス。パーティールームの清掃をしていたスタッフ用ポロシャツ姿の青年――巨大未確認生物3シルバーガイが、テーブルの上のグラスを片付けていた。

(時給1,120円の『カラオケ店員バイト』! 酔っ払いの相手や部屋の片付けは大変だが、宇宙人の聴力なら、どの部屋の客がそろそろ退室するかドア越しに分かるから効率的だぜ)

 彼が床のモップがけをしていると、モニターの裏側から、白衣の天才科学者ハカセイダーが音もなく現れた。その両手には、店からくすねたばかりの【最新機種用の超大型サブウーファー(重低音スピーカー)】と、【プロ仕様の高感度ダイナミックマイク】が握られていた。

「ハカセイダー! お前また勝手に店の機材を外して!」

「フフフ。シルバァ、アースディフェンダーの次なる進化は【魂の共鳴ソウル・レゾナンス】だ。あのポンコツの胸部にこの巨大サブウーファーを埋め込み、パイロットの咥えているシュノーケルの先端に、この高感度マイクを直結させる!」

「おっさんの声をスピーカーで流すのか!?」

「そうだ! パイロットが極限まで横隔膜を引き上げ、肺活量のすべてを乗せた『咆哮』をマイクに叩き込む! その声が宇宙テクノロジーのアンプで数万倍に増幅され、対象の固有振動数と共鳴する【破壊の音波】となって放たれるのだ! パイロットの【横隔膜】と【声帯】が、最強の音響兵器となる!」

 その夜、二人の宇宙人は屋外演習場へ侵入。

 アースディフェンダーの胸の装甲(ダンボールと塩ビ)を切り抜き、巨大サブウーファーをガムテープで固定。そして鈴木の口元のシュノーケルに、マイクの配線を強引にハンダ付けしたのである。

 翌日。

『緊急事態発生です!』

 佐藤が、プレハブの床に落ちたセミの死骸をホウキで掃きながら報告した。

『代々木公園の上空に、巨大未確認生物48号が出現! 全長40メートルの【宇宙ゼミ】です! 恐ろしいほどの爆音で鳴き声を上げ、周囲のビルの窓ガラスを次々と粉砕しています!』

「出たな騒音怪獣め! 出撃だ鈴木ィ!」

 渋谷・代々木公園。

 宇宙ゼミ(48号)が、東京タワーほどの高さの巨木にへばりつき、「ミィィィン! ギジジジジッ!!」と耳を劈くような超音波を放っていた。

 Gキャノンは前回断線したケーブルの修理が終わらず、白い悪魔(Gダム)は謹慎中。今回も頼みの綱は、防衛省のポンコツロボットだけであった。

 しかし、アースディフェンダーが「ギゴ……ギゴ……」と到着するよりも早く、現場には警視庁の【機動隊】と、応援に駆けつけた自衛隊の歩兵部隊が展開していた。

『鼓膜が破れるぞ! 総員、イヤーマフ装着! 威嚇射撃開始!』

 現場の指揮官の命令により、自衛隊員が「ダメ元」で、通常兵器である【スタングレネード(音響閃光弾)】と、歩兵用の小銃を宇宙ゼミに向けて発砲した。

 ポンッ! 閃光弾が炸裂し、タタタタンッ! と小銃の弾丸が怪獣の羽に命中する。

 すると――。

『ギ……ギャァァァァァァッ!?』

 宇宙ゼミは、小さなスタングレネードの音に過剰に驚き、さらに小銃の弾丸が薄い羽を何枚も貫通したことで、痛みにのたうち回りながら巨木から「ドスゥゥゥンッ!」と地面に墜落してしまったのだ。

「「「…………えっ?」」」

 現場の機動隊員たち、自衛隊員、そして野次馬の市民たちが、目を丸くしてフリーズした。

「おい……今、俺の撃った普通のライフル弾で、羽に穴が空いたぞ……?」

「スタングレネード一発で、あんなに痛がって落ちてきたぞ……!?」

「もしかしてこいつら……わざわざ巨大ロボットなんか出さなくても、俺たちの通常兵器で普通に倒せるんじゃないか……?」

 現場の空気が「真実」に気づきかけた、その絶対絶命のタイミング。

 プレハブ司令室の氷室査察官が、信じられない速度でキーボードを叩き、現場の警察車両のスピーカーをハッキングして、焦燥に満ちた(しかし無理やり威厳を取り繕った)声を響き渡らせた!

『げ、現場の部隊に告ぐ!! 今のは極めて危険な状態です!!』

「えっ? 危険?」

『ええ! あの宇宙ゼミは小銃の弾丸を吸収し、スタングレネードの光をエネルギーに変換して【第2形態への羽化】を始めようとしているのです!! わざと木から落ちて、死んだフリ(セミ・ファイナル)をして油断を誘っているだけです!! 通常兵器は逆効果です、直ちに攻撃を中止しなさい!!』

「そ、そうだったのか!! 危ないところだった!!」

 氷室の凄まじい詭弁とハッタリにより、現場の隊員たちはすんでのところで騙され、攻撃をストップしてしまった。

 そこへ、ギリギリのタイミングでアースディフェンダーが到着した。

「(ぜぇ……はぁ……)間に合ったか! でも、あいつなんか木から落ちてピクピクしてるけど……?」

 鈴木がシュノーケル(マイク付き)越しに呟く。

『いいから早くトドメを刺しなさい鈴木さん! 世界の(防衛省の)平和が終わる前に!!』

 氷室がヒステリックに叫ぶ。

 その時、鈴木のシュノーケルの先端に仕込まれたマイクの横に、見慣れたメモが貼られているのが目に入った。

『パイロットの同志へ。腹の底から息を吸え。そして、己の魂のすべてを声帯に乗せて叫べ。君の横隔膜の震えが、万物を砕く衝撃波となる。――名もなき宇宙の友人より』

「……またか! ついに声帯(喉)と横隔膜まで酷使するのかぁぁぁっ!!」

 鈴木は絶望の涙を流しながら、悪魔のマルチタスクに【腹式呼吸と絶叫】を追加した。

 【前傾姿勢】【引き足ペダル】【ブラストビート】【150kgグリッパー】【肩シュラッグ】【トルネードツイスト】【脇パタパタ】【ゴム骨咀嚼】【尻バリア】【超絶動体視力】【三半規管姿勢制御】……!

 全身の筋肉がちぎれ、骨が軋む究極の苦痛。その痛みのすべてを、鈴木は横隔膜を極限まで押し上げ、声帯に集中させた!!

「(痛いぃぃぃっ!! もう嫌だぁぁぁぁっ!! この理不尽なブラック労働から俺を解放しろぉぉぉぉっ!!)」

 鈴木は、シュノーケルのマイクに向かって、肺活量のすべてを乗せた魂の絶叫を放った!!

「ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!!!」

 鈴木の放った絶叫がマイクを通じてアンプで数万倍に増幅され、アースディフェンダーの胸部の巨大サブウーファーから【超・低周波の破壊音波ソウル・レゾナンス・ブラスト】となって撃ち出された!

『ズドゴォォォォォォォォォォンッ!!!!』

 空気が目に見えるほどの波紋となって代々木公園を駆け抜ける。

 地面でピクピクしていた宇宙ゼミ(48号)は、その凄まじい衝撃波をモロに浴び、外殻と内臓の固有振動数を完全に破壊されて「パァァァンッ!」と跡形もなく破裂・消滅してしまった。

 周囲のビルや木々は、音波の波長が怪獣だけにチューニングされていたため、奇跡的に無傷であった。

「(ぜぇ……はぁ……喉が……血の味がする……)」

 鈴木は、声帯から煙を上げながらバランスボールの上で崩れ落ちた。

 プレハブ司令室では、炎城司令官が感動のあまりホワイトボードに頭突きをしていた。

「見たか諸君!! これぞ男の咆哮!! アースディフェンダーの魂のシャウトが、敵の騒音を完全に粉砕したのだ!! 鈴木ィ! 貴様の横隔膜は最強の音響兵器だぁぁっ!!」

 広瀬が、冷や汗をダラダラ流しながらキーボードを叩く。

「完璧です! 『ED、極秘開発のソウル・レゾナンス・ブラストを解放! 自衛隊の通常兵器を吸収して凶悪化した怪獣を、奇跡の音波で完全消滅! ※通常兵器は絶対に効きません』でリリースします!!」

 そして現場。

 カラオケボックスの裏手でスマホを見ていた3号は、ガッツポーズをした。

「よしっ! 鈴木のおっさん、見事なシャウトだったぜ! あれなら競輪のゴール前のスプリント勝負で、ライバルたちを威圧する『最強の怒声プレッシャー』が出せるな!」

 しかし、背後から店長の怒号が飛んだ。

「おい、シルバァ! お前が掃除してたVIPルームの、100万円する最新鋭サブウーファーとプロ用マイクが消えてるぞ! 窃盗だ! 弁償代として、今月の給料から【2万8千円】天引きだ!!」

「うそぉぉぉぉぉぉぉん!!」

 3号の絶叫が、繁華街のネオンに虚しく響き渡る。

 そして、見事な咆哮で怪獣を粉砕した鈴木にも、氷室査察官からの事務的な死刑宣告が届いていた。

『……鈴木さん。お疲れ様でした。見事な絶叫でしたね』

「(ガクガクガク……)ひ、氷室、査察官……俺の、声帯が……切れて、声が、出ません……(カスカスの声)」

『ええ。ところで、あなたが戦闘中に放ったあの音声ですが。マイクの感度が高すぎたため、「この理不尽なブラック労働から俺を解放しろ!」というあなたの悲痛な本音が、都内全域の防災無線に大音量で乗ってしまいました』

「えっ」

『防衛省がブラック企業であるかのような事実無根の風評被害を流布し、国家公務員としての信用を著しく失墜させた罪。および、130デシベルを超える騒音による環境基準法違反の罰金として、今月の給与から【3万5千円】を天引きさせていただきます。次はもっと防衛省を讃える、美しい言葉で叫んでくださいね』

「理不尽すぎるだろおおおおおおおおっ!!(※声カスカス)」

 これまでの全筋肉の極限酷使に加え、ついに【ライバルを威圧し、圧倒的な酸素を取り込むための強靭な横隔膜と、鋼鉄の声帯(肺活量)】まで強制習得させられた鈴木。

 「通常兵器で倒せるのでは?」という疑惑の種は、氷室の必死の隠蔽工作によって今回も辛うじて摘み取られた。

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