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第64話「極秘のアイトラッキング・ガトリングと、時給1100円のバッティングセンター店員」

 梅雨明けの気配が近づく七月。防衛省の空き地にポツンと建つ【プレハブ仮設司令室】の屋根を、激しい雨が容赦なく打ち付けていた。

 炎城司令官は、雨漏りを受け止めるバケツの「ポチャン、ポチャン」という音をかき消すように、パイプ椅子から立ち上がって吠えた。

「ぬぉぉぉ……! 精密射撃だ!! アースディフェンダーには、針の穴を通すような【究極の命中精度】が欠けている!!」

 炎城が、湿気でヨレヨレになった真っ赤なマフラーを振り回す。

「先日のトヨハタの白い悪魔……テムロ・レイの『Gダム』のビームは確かに恐ろしい威力だった。だが、工場ごと吹き飛ばすような大雑把な攻撃では、市街地での防衛戦には使えん! スーパーロボットたるもの、敵の弱点だけをミリ単位で撃ち抜く『超・高精度スナイパーシステム』が必要なのだ!」

 氷室査察官が、湿気でショートしかけているタブレットを冷ややかにタップする。

「対象を自動追尾するミリ波レーダーや光学照準コンピューターなど、実質マイナス予算の我が防衛省には到底導入不可能です。ホームセンターで買った双眼鏡でも、機体の顔にガムテープで貼り付けておきますか?」

「馬鹿者! 最高のレンズは己の眼球だ! パイロットの魂の視力で、敵の眉間を射抜くのだ!!」

 インカムから、鈴木の、もはや怨霊と化した掠れ声が響いた。

『……あの。俺、今は【バランスボール】の上で前傾姿勢を取り、【引き足ペダル】と【かかとブラストビート】を踏み、【両手で150キロのグリッパー】を握り、【肩のシュラッグ】をして、【腰のトルネード・ツイスト】で回転しながら、【脇パタパタ】で熱風を出し、【ゴム骨咀嚼】で冷風を吹き、【尻の穴を締めてプラズマを出し】ながら、【首に20キロのヘルメット】を被って索敵してるんですよ。これ以上、どうやって精密に狙えって言うんですか。汗と涙で前すら見えないんですよ……』

「甘えるな鈴木ィ! まばたきを惜しめ! おとこなら、血走った動体視力で対象をロックオンしろぉぉっ!」

 一方その頃。

 都内の寂れたバッティングセンターで、スタッフ用ポロシャツを着た青年――巨大未確認生物3シルバーガイが、ネットに絡まった大量の硬式ボールを回収していた。

(時給1,100円の『バッティングセンター清掃バイト』! ボール拾いは地味に腰にくるが、宇宙人の動体視力なら、飛んでくるボールを避けながらでも余裕で回収できるぜ)

 彼がピッチングマシンの裏側を清掃していると、暗がりから白衣の天才科学者ハカセイダーが音もなく現れた。その手には、店からくすねたばかりの【160km/h対応・最高級ピッチングマシンの射出機構】と、プロ野球選手が使う【動体視力トレーニング用のストロボ・ゴーグル】が握られていた。

「ハカセイダー! お前また勝手に店の機械を分解して!」

「フフフ。シルバァ、アースディフェンダーの次なる進化は【超精密・視線誘導システム(アイトラッキング・ガトリング)】だ。あのポンコツの右肩にこのピッチングマシンを固定し、コクピットのヘルメットのバイザーに、このストロボ・ゴーグルを組み込む!」

「視線誘導? おっさんの目で狙いをつけるのか?」

「そうだ! ストロボの点滅によってパイロットの動体視力を強制的に極限まで引き上げ、ゴーグル内蔵のセンサーが『パイロットの眼球の動き』を完璧にトレースする。つまり、パイロットが【敵を睨みつけた瞬間】、肩のピッチングマシンが自動的にその方向を向き、超高速で弾丸(硬式球)を連射するのだ! パイロットの【外眼筋(眼球を動かす筋肉)】が、最強の照準器となる!」

 その夜、二人の宇宙人は屋外演習場へ侵入。

 アースディフェンダーの右肩に巨大なピッチングマシンをガムテープと番線で強引に固定し、鈴木の被る20キロのヘルメットの内部に、怪しげな配線が繋がったストロボ・ゴーグルを仕込んだのである。

 翌日。

『緊急事態発生です!』

 佐藤が、スマホの画面に保護フィルムを貼りながら報告した。

『新宿の副都心上空に、巨大未確認生物46号が出現! 全長わずか50センチほどの【宇宙モスキート(巨大蚊)】ですが……その数が異常です! 約1万匹の群れが、時速300キロの猛スピードで飛び回り、人々の血液と車のガソリンを吸い尽くしています!』

「出たな高速の吸血鬼め! 出撃だ鈴木ィ!」

 新宿・副都心。

 空を黒く覆い尽くすほどの宇宙モスキートの群れ(46号)が、「ブゥゥゥゥンッ!」と不快な羽音を響かせながら、弾丸のような速度で飛び回っていた。

 そこへ、上空から白い悪魔――テムロ・レイの操る【Gダム】が舞い降りた。

『……チッ。群れ(スウォーム)タイプの雑魚か』

 テムロが忌々しげに舌打ちをする。

『私のGダムのビームライフルなら、群れごと新宿を更地にすることは容易いが……そんなことをすれば、またトヨハタの役員どもがうるさいからな』

 テムロはビームライフルを構え、空中のモスキートに向けて数発の牽制射撃を行った。しかし、時速300キロで不規則に飛び回る1万匹の小さな的を、大出力のビームで正確に撃ち落とすことは不可能だった。

 何発かのビームが空を切り、高層ビルの窓ガラスを無惨に溶かしただけだった。

『フン。蠅叩きは私の趣味ではない。泥人形どもに任せるとしよう』

 テムロは早々に興味を失い、Gダムを急上昇させて空の彼方へ消えていった。

 そこへ、「ギゴ……ギゴ……」と鈍い音を立ててアースディフェンダーが到着した。

「(ぜぇ……はぁ……)神崎のGキャノンもいないし、白いロボットも帰っちまった! 俺がやるしかないのか!」

 鈴木がシュノーケル越しに叫ぶ。

 その時、鈴木の被るヘルメットのバイザーが、突如として「ピカッ! ピカッ! ピカッ!」と激しいストロボ点滅を始めた。

「うおっ!? まぶしっ! なんだこれ!?」

 バイザーの隅に、いつものメモが貼られていた。

『パイロットの同志へ。目を逸らすな。点滅する光の中で、一万の羽音を視覚で捉えよ。君の眼球の躍動が、百発百中の神眼となる。――名もなき宇宙の友人より』

「……またか! ついに眼球(外眼筋)の酷使かぁぁぁっ!!」

 鈴木は絶望しながらも、悪魔のマルチタスクを展開した。

 【前傾姿勢】【引き足ペダル】【ブラストビート】【150kgグリッパー】【パイルバンカーのシュラッグ】【トルネードツイスト】【パタパタ】【ゴム骨咀嚼】【尻のバリア】……。

 その全身の筋肉がちぎれそうになる苦痛の中で、鈴木は目をカッと見開き、時速300キロで飛び回る1万匹の宇宙モスキートを「ギョロリッ!」と睨みつけた!

「(目が! 眼球を動かす筋肉が痙攣するぅぅぅぅっ!!)」

 ストロボの点滅により、脳は強制的に映像をコマ送りのように処理させられる。鈴木の動体視力は、火事場の馬鹿力を超えた異常な領域へと突入した。

 時速300キロの蚊が、まるでスローモーションのようにハッキリと見える。

 鈴木の眼球が「ギョロ! ギョロ! ギョロロロッ!」と異常な速度で左右上下に動き回る。

 それに連動して、右肩に設置されたピッチングマシンが「ギュイィィィンッ!」と動き出し、装填されていた硬式ボールが、時速160キロの猛スピードで連射された!

『ズドドドドドドドドドドッ!!!!』

 鈴木が目で追ったモスキートに対し、ピッチングマシンから放たれたボールが、一寸の狂いもなく百発百中で直撃していく!

「(右! 左! 上! 後ろ! 全部見える! 全部撃ち落とす!!)」

 鈴木の眼球はもはやワイパーの如き速度で振動し、外眼筋はちぎれんばかりの悲鳴を上げ、両目からは大量の血の涙が流れていた。

 しかし、その代償として放たれた【アイトラッキング・ガトリング(硬式球)】は、新宿の空を埋め尽くしていた1万匹の宇宙モスキートを、わずか数分で完全に撃ち落とし(物理的粉砕)、全滅させたのである。

「(お、終わった……)」

 鈴木は眼球を痙攣させたまま、バランスボールの上で前のめりに倒れ込んだ。

 プレハブ司令室では、炎城司令官が感動のあまりバケツを蹴り飛ばしていた。

「見たか諸君!! これぞ男の眼力!! テムロの最新鋭機体が諦めた精密射撃を、アースディフェンダーの動体視力が見事にやってのけたのだ!! 鈴木ィ! 貴様の眼球は高性能ロックオン・レーダーだぁぁっ!!」

 広瀬が、目薬をさしながらキーボードを叩く。

「完璧です! 『ED、極秘開発の超感覚アイトラッキング・システムを起動! Gダムが逃げ出した群れ怪獣を、百発百中の神眼で完全殲滅!』でリリースします!!」

 そして現場。

 バッティングセンターの裏手でスマホを見ていた3号は、ガッツポーズをした。

「よしっ! 鈴木のおっさん、見事な動体視力だったぜ! あれなら時速70キロで走る自転車の密集地帯でも、ミリ単位の隙間を完璧に見極められるな!」

 しかし、背後から店長の怒号が飛んだ。

「おい、シルバァ! お前が掃除してた1番ボックスのピッチングマシンの発射機と、店の硬式ボール1万球が全部消えてるぞ! 窃盗と器物損壊だ! 弁償代として、今月の給料から【2万8千円】天引きだ!!」

「うそぉぉぉぉぉぉぉん!!」

 3号の絶叫が、バッティングセンターの快音に混じって虚しく響き渡る。

 そして、見事な動体視力で街を救った鈴木にも、氷室査察官からの事務的な死刑宣告が届いていた。

『……鈴木さん。お疲れ様でした。見事な射的でしたね』

「(ガクガクガク……)ひ、氷室、査察官……俺の、眼球が……完全に乾ききって、まばたきができません……」

『ええ。ところで、あなたが戦闘中に連射した【1万発の硬式ボール】ですが。モスキートを撃ち落とした後、そのまま新宿のビル群や駐車場の車に降り注ぎ、無数の窓ガラスを粉砕しました。建造物損壊に該当します』

「えっ」

『さらに、あなたがコクピット内で血走った目をギョロギョロと異常な速度で動かしている映像がSNSで拡散され、「防衛省のパイロットはヤバい薬をやっているのではないか」と国民から通報が相次ぎました。これらの損害賠償と品位保持違反の罰金として、今月の給与から【3万5千円】を天引きさせていただきます。次はもっと爽やかな視線で、優しく見つめてくださいね』

「理不尽すぎるだろおおおおおおおおっ!!」

 足、腕、首、体幹、肺活量、握力、咬筋、僧帽筋、腹斜筋、大臀筋。

 そしてついに、【時速300キロの物体をスローモーションで捉える、常軌を逸した動体視力と強靭な外眼筋】まで強制習得させられた鈴木。

 通常兵器で倒せるはずの群れ怪獣に対し、わざわざ防衛省のパフォーマンスのために肉体の限界を削り取られたことなど、鈴木は知る由もない。

 全ては、来たるべき「無敗の競輪王者」としてレースの極限状況を生き抜くための、悪魔的な超人トレーニングとして機能してしまっているのだった。


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